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光あれ
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ユリウスは首を捻っている侍従へと問いかけた。
「テオ、おまえはリヒトと同じ髪と瞳の色を持つ者に会ったことがあるか?」
「いいえ。リヒト様が初めてです」
「そう。先ほどエミール殿もこう言っていた。銀髪はともかく、金の瞳を見たのはリヒトが初めてだ、と。ではエミール殿、銀の髪を持つ者は、どれぐらい居たでしょうか」
視線をエミールへ流すと、クラウスに肩を抱かれているエミールがハッと顔を上げ、眠っているリヒトを一度振り返ってから、口を開いた。
「……どれぐらい、と言われると、そうですね。ほんの数人……孤児院で見かけたくらいでしょうか」
「つまり、移民を多く受け入れている我が国であっても、銀髪はとても珍しい。大陸全土を探せば金の瞳を持つ者も居ないことはないでしょうが、それでも数えるほどだと思います。とすると、ここで新たな疑問が生まれる」
ユリウスがテオバルドに視線を戻すと、彼はごくりと喉を鳴らした。
「……そうか、銀の髪も金の瞳も、遺伝しにくいのか……」
ひとりごちるような言葉が、テオバルドの口から漏れた。
それを受けてユリウスは頷いた。
「そう。遺伝しにくい。にも関わらず、なぜデァモントには絶えることなくハーゼが存在し続けたのか」
ユリウスの提示した疑問に、テオバルドもエミールも沈黙した。
「遺伝というのは、掛け合わせだとベルンハルトに教えてもらったことがある」
しずかな声を聞かせたのは、クラウスだ。
クラウスはユリウスとマリウスをそれぞれ手で示して、続けた。
「父の特徴と母の特徴の掛け合わせが、子に反映される。マリウス兄上と私の顔は、父譲り。ユーリは母譲り。私の目の色は母と同じで、ユーリの目の色は父と同じ。マリウス兄上は、祖父と同じ榛色。そして我々三人の髪は父譲りの金髪。私たち兄弟だけでも、幾通りもの掛け合わせの結果が見てとれる」
「……では」
クラウスを見つめていたエミールが、考えながら言葉を発した。
「では、ノルメル村の女性が、教皇ヨハネスの子を産んだと仮定して、教皇は黒髪だと仰っていましたよね」
「黒い髪に黒い目だ」
「そちらの方が、遺伝しやすいというならば、生まれてくる子のほとんどは黒目黒髪ということになります」
「だが実際には、ハーゼは受け継がれ続けた。銀の髪と金の瞳の子は一定数以上生まれたということだ」
「……どういうことなのでしょう」
エミールが眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。
「このからくりの鍵は、クラウス兄上の仰った、遺伝は父と母の特徴の掛け合わせ、というところです」
ユリウスが次兄ふうふの会話に口を差し挟むと、全員の視線がユリウスへと向けられてきた。
「当たり前の話ですが、僕たちの父と母にもそれぞれの両親が居る。マリウス兄上の目の色は祖父譲り。父の父と同じ色です。では、教皇ヨハネスの両親はどうだったのでしょう?」
「えっ?」
思いがけぬ方向から石が飛んできたかのように、テオバルドがポカンと目を丸くした。
「黒じゃ、ないんですか?」
「ノルメルの女の言葉を思い出せ。黒い髪と目の子どもは信者に。つまり、銀髪に金の瞳の女からも黒髪と黒い瞳の子どもは生まれているんだよ、テオ」
唖然、とテオバルドが口を半開きにした。
エミールがひたいを押さえて、ちょっと待ってくださいと言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。あまりよく、理解が……」
「エミール殿」
「は、はい」
狼狽するオメガへと、ユリウスは尋ねた。
「アルファとつがうオメガは、オメガの子を産む確率が他のバース性に比べると高い。でもオメガよりももっと高い確率で産まれてくるバース性がある。それはなんですか?」
ユリウスの問いの意味を頭の中で咀嚼するような間を挟んで、エミールの双眸が、ゆるゆると見開かれた。
「それは……それは、アルファです」
つまりはこういうことだ。
ノルメル村の女の言葉通りであれば、銀の髪と金の瞳の男子は、ハーゼになる。すでにべつの子どもがハーゼとなっている場合は、生まれてすぐに処分される。
ハーゼは短命。ほとんどはバース性の分化を待つ前に亡くなってしまう。
銀の髪と金の瞳の女子は、母胎にされる。
成長すれば教皇と交わり、次のハーゼを産むためだけの存在に成り下がる。
黒目黒髪であれば、男女を問わずデァモント教団に預けられ、信者の道を進むこととなる。
黒目黒髪の子どもは、他の信者の子同様に育てられる。デァモント自体が貧しいため、食べ物は粗末ではあるが成長するだけの栄養を得ることができる。
年頃になるとバース性は分化する。
アルファか、オメガか、ベータかの三種類に分かれる。
アルファとつがったオメガの産む子どもは、アルファがもっとも多いとされる。次いで、オメガが。
デァモントの信者たちはそのほとんどがベータだ。その中で支配する性とも言われるアルファは抜きんでる。
成長してアルファと成った子どもはほどなく、他者を導き、まとめあげ、指導する立場になる。そして中央教会へと招かれ、宣教師となって各集落を束ねてゆく。
病や高齢などを理由に教皇が譲位をするという段で、ハーゼが次の教皇を選ぶ。
選ぶというのは形だけのもので、これはユリウスがすでに暴いた通り、祈りの部屋と教皇の執政室を繋ぐ音の響く仕掛けを使って、神の声を演出した教皇の意思が反映されている。
次の教皇は宣教師の中から指名される。
黒目黒髪の、アルファの子が。
そして教皇となったアルファは、過去の教皇と同じようにノルメル村を訪れ、そこで暮らす銀の髪と金の瞳の女を抱き、次のハーゼと、次の教皇をつくるのだ。
因みに黒目黒髪の子どもがオメガだった場合、恐らく長生きはしなかったと思われる。
アルファであれば溢れる才覚で要領よく生き抜けるが、アルファに比べるとオメガは弱い。生きることのみに必死で他のことに割く余力がない環境では、体も成熟せず、発情期もこない。リヒトがいい例だ。そして周りはベータばかり。オメガであることに気づかれることなく一生を終えた子どもも居ただろう。
「ヨハネスの両親は恐らく、先代か先々代の教皇、そしてノルメル村の屋敷に住む女のうちの誰かだろう。ヨハネス自身にも、銀の髪と金の瞳の特徴を持つ血が流れている。両親ともがその特徴を受け継いでいるから、遺伝しにくいと思われる銀の髪と金の瞳も、絶えることなく受け継がれ続けた。数百年に及ぶデァモントの歴史の中で、ハーゼが存在し続けたからくりが、これなんだよ」
そう結論づけたユリウスを、エミールやテオバルドが戸惑う目で凝視していた。
「え、っと……待ってください待ってください」
テオバルドが忙しないまばたきをしながら、やべぇ、と漏らした。
「それって、じゃあ……ハーゼと教皇は兄弟の可能性があるってことですかっ?」
「腹違いかもしれないけど、種は同じかもね」
「っていうか、うわやべぇ。えっ? いやいやちょっとマジで混乱します。教皇と銀髪に金の瞳の女から生まれたアルファが、成長して教皇になって? で、またノルメル村で女を抱いて? 次の教皇をつくって? でもって銀髪に金の瞳の女はそもそも前の教皇の種でできた子で? ってそれ、近親婚じゃないですかっ!」
「近親も近親。ずぶずぶだな。親と子、兄と妹、姉と弟、状況次第ではなんでもあり得る組み合わせだ」
テオバルドの悲鳴に、マリウスが頷きながら口を挟んできた。
「だから気色が悪いし胸糞が悪いと言ったんだ、俺は」
ひどく渋い顔つきで、マリウスはそう吐き捨てた。
「ヨハネスとやらは、生まれてくる銀髪と金の瞳の男子を殺し続け、ハーゼが成長しきる前に次代のハーゼをつくり、成長したハーゼを手に掛けてきたんだ。おのれの子を、だ。おのれの兄弟かもしれぬ存在を、だ。それほどに教団を維持することが大切なのか。正気の沙汰じゃない」
「同感です」
ユリウスは同意を示して、そっとリヒトを振り向いた。
ソファに横たわる華奢な体。深く眠り続けるリヒト。
リヒトの母は、ノルメル村の屋敷の女たちのうちの、誰かだろう。
そして父は……リヒトから五感を奪った、教皇ヨハネスなのかもしれない。リヒトの前にハーゼとして存在していた子どもは、ヨハネスの兄弟だったのかもしれない。
なぜ、血を分けた子どもを……家族をそのように扱えるのか。
ユリウスは込み上げる怒りにぶるりと体を震わせた。
「テオ、おまえはリヒトと同じ髪と瞳の色を持つ者に会ったことがあるか?」
「いいえ。リヒト様が初めてです」
「そう。先ほどエミール殿もこう言っていた。銀髪はともかく、金の瞳を見たのはリヒトが初めてだ、と。ではエミール殿、銀の髪を持つ者は、どれぐらい居たでしょうか」
視線をエミールへ流すと、クラウスに肩を抱かれているエミールがハッと顔を上げ、眠っているリヒトを一度振り返ってから、口を開いた。
「……どれぐらい、と言われると、そうですね。ほんの数人……孤児院で見かけたくらいでしょうか」
「つまり、移民を多く受け入れている我が国であっても、銀髪はとても珍しい。大陸全土を探せば金の瞳を持つ者も居ないことはないでしょうが、それでも数えるほどだと思います。とすると、ここで新たな疑問が生まれる」
ユリウスがテオバルドに視線を戻すと、彼はごくりと喉を鳴らした。
「……そうか、銀の髪も金の瞳も、遺伝しにくいのか……」
ひとりごちるような言葉が、テオバルドの口から漏れた。
それを受けてユリウスは頷いた。
「そう。遺伝しにくい。にも関わらず、なぜデァモントには絶えることなくハーゼが存在し続けたのか」
ユリウスの提示した疑問に、テオバルドもエミールも沈黙した。
「遺伝というのは、掛け合わせだとベルンハルトに教えてもらったことがある」
しずかな声を聞かせたのは、クラウスだ。
クラウスはユリウスとマリウスをそれぞれ手で示して、続けた。
「父の特徴と母の特徴の掛け合わせが、子に反映される。マリウス兄上と私の顔は、父譲り。ユーリは母譲り。私の目の色は母と同じで、ユーリの目の色は父と同じ。マリウス兄上は、祖父と同じ榛色。そして我々三人の髪は父譲りの金髪。私たち兄弟だけでも、幾通りもの掛け合わせの結果が見てとれる」
「……では」
クラウスを見つめていたエミールが、考えながら言葉を発した。
「では、ノルメル村の女性が、教皇ヨハネスの子を産んだと仮定して、教皇は黒髪だと仰っていましたよね」
「黒い髪に黒い目だ」
「そちらの方が、遺伝しやすいというならば、生まれてくる子のほとんどは黒目黒髪ということになります」
「だが実際には、ハーゼは受け継がれ続けた。銀の髪と金の瞳の子は一定数以上生まれたということだ」
「……どういうことなのでしょう」
エミールが眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。
「このからくりの鍵は、クラウス兄上の仰った、遺伝は父と母の特徴の掛け合わせ、というところです」
ユリウスが次兄ふうふの会話に口を差し挟むと、全員の視線がユリウスへと向けられてきた。
「当たり前の話ですが、僕たちの父と母にもそれぞれの両親が居る。マリウス兄上の目の色は祖父譲り。父の父と同じ色です。では、教皇ヨハネスの両親はどうだったのでしょう?」
「えっ?」
思いがけぬ方向から石が飛んできたかのように、テオバルドがポカンと目を丸くした。
「黒じゃ、ないんですか?」
「ノルメルの女の言葉を思い出せ。黒い髪と目の子どもは信者に。つまり、銀髪に金の瞳の女からも黒髪と黒い瞳の子どもは生まれているんだよ、テオ」
唖然、とテオバルドが口を半開きにした。
エミールがひたいを押さえて、ちょっと待ってくださいと言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。あまりよく、理解が……」
「エミール殿」
「は、はい」
狼狽するオメガへと、ユリウスは尋ねた。
「アルファとつがうオメガは、オメガの子を産む確率が他のバース性に比べると高い。でもオメガよりももっと高い確率で産まれてくるバース性がある。それはなんですか?」
ユリウスの問いの意味を頭の中で咀嚼するような間を挟んで、エミールの双眸が、ゆるゆると見開かれた。
「それは……それは、アルファです」
つまりはこういうことだ。
ノルメル村の女の言葉通りであれば、銀の髪と金の瞳の男子は、ハーゼになる。すでにべつの子どもがハーゼとなっている場合は、生まれてすぐに処分される。
ハーゼは短命。ほとんどはバース性の分化を待つ前に亡くなってしまう。
銀の髪と金の瞳の女子は、母胎にされる。
成長すれば教皇と交わり、次のハーゼを産むためだけの存在に成り下がる。
黒目黒髪であれば、男女を問わずデァモント教団に預けられ、信者の道を進むこととなる。
黒目黒髪の子どもは、他の信者の子同様に育てられる。デァモント自体が貧しいため、食べ物は粗末ではあるが成長するだけの栄養を得ることができる。
年頃になるとバース性は分化する。
アルファか、オメガか、ベータかの三種類に分かれる。
アルファとつがったオメガの産む子どもは、アルファがもっとも多いとされる。次いで、オメガが。
デァモントの信者たちはそのほとんどがベータだ。その中で支配する性とも言われるアルファは抜きんでる。
成長してアルファと成った子どもはほどなく、他者を導き、まとめあげ、指導する立場になる。そして中央教会へと招かれ、宣教師となって各集落を束ねてゆく。
病や高齢などを理由に教皇が譲位をするという段で、ハーゼが次の教皇を選ぶ。
選ぶというのは形だけのもので、これはユリウスがすでに暴いた通り、祈りの部屋と教皇の執政室を繋ぐ音の響く仕掛けを使って、神の声を演出した教皇の意思が反映されている。
次の教皇は宣教師の中から指名される。
黒目黒髪の、アルファの子が。
そして教皇となったアルファは、過去の教皇と同じようにノルメル村を訪れ、そこで暮らす銀の髪と金の瞳の女を抱き、次のハーゼと、次の教皇をつくるのだ。
因みに黒目黒髪の子どもがオメガだった場合、恐らく長生きはしなかったと思われる。
アルファであれば溢れる才覚で要領よく生き抜けるが、アルファに比べるとオメガは弱い。生きることのみに必死で他のことに割く余力がない環境では、体も成熟せず、発情期もこない。リヒトがいい例だ。そして周りはベータばかり。オメガであることに気づかれることなく一生を終えた子どもも居ただろう。
「ヨハネスの両親は恐らく、先代か先々代の教皇、そしてノルメル村の屋敷に住む女のうちの誰かだろう。ヨハネス自身にも、銀の髪と金の瞳の特徴を持つ血が流れている。両親ともがその特徴を受け継いでいるから、遺伝しにくいと思われる銀の髪と金の瞳も、絶えることなく受け継がれ続けた。数百年に及ぶデァモントの歴史の中で、ハーゼが存在し続けたからくりが、これなんだよ」
そう結論づけたユリウスを、エミールやテオバルドが戸惑う目で凝視していた。
「え、っと……待ってください待ってください」
テオバルドが忙しないまばたきをしながら、やべぇ、と漏らした。
「それって、じゃあ……ハーゼと教皇は兄弟の可能性があるってことですかっ?」
「腹違いかもしれないけど、種は同じかもね」
「っていうか、うわやべぇ。えっ? いやいやちょっとマジで混乱します。教皇と銀髪に金の瞳の女から生まれたアルファが、成長して教皇になって? で、またノルメル村で女を抱いて? 次の教皇をつくって? でもって銀髪に金の瞳の女はそもそも前の教皇の種でできた子で? ってそれ、近親婚じゃないですかっ!」
「近親も近親。ずぶずぶだな。親と子、兄と妹、姉と弟、状況次第ではなんでもあり得る組み合わせだ」
テオバルドの悲鳴に、マリウスが頷きながら口を挟んできた。
「だから気色が悪いし胸糞が悪いと言ったんだ、俺は」
ひどく渋い顔つきで、マリウスはそう吐き捨てた。
「ヨハネスとやらは、生まれてくる銀髪と金の瞳の男子を殺し続け、ハーゼが成長しきる前に次代のハーゼをつくり、成長したハーゼを手に掛けてきたんだ。おのれの子を、だ。おのれの兄弟かもしれぬ存在を、だ。それほどに教団を維持することが大切なのか。正気の沙汰じゃない」
「同感です」
ユリウスは同意を示して、そっとリヒトを振り向いた。
ソファに横たわる華奢な体。深く眠り続けるリヒト。
リヒトの母は、ノルメル村の屋敷の女たちのうちの、誰かだろう。
そして父は……リヒトから五感を奪った、教皇ヨハネスなのかもしれない。リヒトの前にハーゼとして存在していた子どもは、ヨハネスの兄弟だったのかもしれない。
なぜ、血を分けた子どもを……家族をそのように扱えるのか。
ユリウスは込み上げる怒りにぶるりと体を震わせた。
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