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リヒト⑧
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起き抜けはいつも、自分がどこに居てどういう体勢になっているかわからない。
このときも僕は半分眠りながら、ぼやけた視界の中で顔を巡らせた。
茶色の髪のひとが見えた。
テオバルドさんだろうか?
ここ最近は目覚めたときには彼がベッドの横に居ることが多かったので、きっとテオバルドさんだろうと思いつつ、「……ておばるどさんですか?」と眠気で動かしにくい口をもごもごと開いて問いかけた。
「ひぃっ!」
テオバルドさんらしきひとがなんだかおかしな悲鳴をあげた。
と思ったら。
「なんでっ! リヒト! なんでテオなんかを最初に呼ぶの! 僕は? 僕のこと見えてるっ?」
聞き取りやすくくっきりとした声が響いて、僕の視界が金と新緑のきれいな色で塞がれた。
……え?
え?
ええ?
なんでだろう。
ユーリ様のように見える色合いが、僕に覆いかぶさっている。
え?
どういうこと??
僕の頭がハテナでいっぱいになって、それから昨日(昨日なのかな? 日付がよくわからないけど、まさか二日も寝てたわけじゃないと思う)見た夢のことを思い出す。
夢の中ではユーリ様が僕に、僕のオメガ、と言ってくれて。
一緒に居るための強さが持てるように頑張れと、キスをしてくれて……。
ということは僕はまだ夢の世界に居るのかな?
目が覚めたと思ったけれど、まだ夢を見ているのかしら。
僕はそうっと両手を伸ばして、ユーリ様のような形の顔をてのひらで包んでみた。
夢の中でユーリ様と会ったときは、体が動かなかったけれど、いまは思う通りに動いた。
触った、という感触はあまりない。でも僕の手は確かになにかに触れていて、これが夢だとしたら、なんだかとても存在感があってまるで現実のユーリ様のようだと思った。
「僕の夢、すごい……」
触っても消えないユーリ様に、思わずそう呟くと、
「まだ夢だと思ってるの? リヒト、僕のオメガ、そろそろちゃんと起きようか」
笑いの混ざった声がそう言って、僕の頬にちゅっとキスが降ってきた。
その段で僕はようやく、自分の姿勢がどうなっているのかを理解した。
体には毛布のようなものが巻かれていて、その状態で誰かの膝に横向きに座っているのだ。
誰かというのはこの、金色の髪に新緑色の瞳のひとで……。
「…………ユーリ様ですか?」
恐る恐る問いかけたその声は、自分の耳には聞こえなかった。
ちゃんと音になったかどうかもわからない。
それでもそのひとが。
「やっと僕の名前を呼んでくれた」
と言って、笑ったから。
僕は驚きすぎて、ポカンとしたあと、もがくように手足を動かして体勢を変えようとした。
「うわっ、リヒト危ない。膝から落ちるよ」
「ゆ、ユーリ様ですかっ? 本物のユーリ様ですかっ?」
注意されたけれどじっとしていられず、僕はバランスを崩しながらもなんとか(というか、たぶんユーリ様の手が背中とかを支えてくれていたのだろう)向かい合わせの形になって、正面からユーリ様の顔を見つめた。
目と、口の位置はわかる。
でも他はぼやけてハッキリとは見えない。
僕の目では、ユーリ様かどうか断言できない。でも。
「もう一度僕を呼んで、リヒト」
やさしい声で、そう促された僕は、ボロボロと泣きながら口を開いた。
「ゆ、ゆぅりさま。ユーリ様。お帰りなさい。会いたかったです」
ユーリ様の名前を呼びながら目の前のひとにしがみついた。離れてしまったらまぼろしみたいに消えてしまうではないかと怖くて、怖くて、消えないようにしがみついた。
そうしたらユーリ様の腕がぎゅうっと僕を抱きしめてくれて。
「ただいま。僕のオメガ」
こころが震えそうなほどの音が、僕の耳にぼわんと滲んで、胸の奥まで落ちてきた。
ああ。ユーリ様だ。ユーリ様が居る。
嬉しくて、嬉しいのに涙が止まらなくて、息が詰まってはふはふと口を開けたら、ユーリ様が軽やかな笑い声をあげられた。
「リヒト、リヒト、目が溶けてしまいそうだよ。ああほら、そのまま顔を上げておいて」
僕の目尻にユーリ様の唇がつけられて、たぶん、涙を舐めとられた。それからユーリ様はテオバルドさんからハンカチのようなものを受け取って、それで僕の目と、鼻と、口の下を拭いてくださった。
もしかして僕の顔、ものすごくきたないのじゃないのかな。
急に心配になって、僕はそろりとユーリ様から顔を離した。でも服を握った手はやっぱり離せなくて、しがみついたままだ。
そんな僕の頬にまたユーリ様がキスをする。
「リヒト。お風呂に入って、食事にしようか。その前にトイレに行く? あ、喉が渇いているかな。先に水を飲もうか。しまった。いつもの栄養ドリンクを持ってきたらよかった」
なんだか弾んだ口調で立て続けに言われて、僕は、お腹は空いていなかったけれど久しぶりにユーリ様と食事ができるのだと思うと嬉しくなって、うふふと笑った。
ユーリ様が突然「あっ」と大きな声を出されて、僕は急に顔をユーリ様の旨に押し付ける形で抱き込まれてしまう。
「見ないでください!」
ユーリ様が叫んだ。
一瞬僕に向けられた言葉かと思ったけれど、どこからか、
「なるほど。おまえが隠しておきたがった理由がわかった。これはアマルに見つかったら大騒ぎだな!」
と、低く、びりびりするような声が聞こえてきて、僕はそろりと振り返った。
「リヒト。見なくていいよ」
ユーリ様のてのひら? かな? それが僕の目を覆って視界が塞がれた。
「ど、どなたでしょうか。ユーリ様、僕……」
「リヒト。大丈夫。気にしなくていい相手だから」
「なんと! クラウス聞いたか。俺たちの弟があんな無情なことを言うものか。あれはユーリじゃなくてユーリの偽物じゃないのか」
偽物!
え? ユーリ様の偽物?
僕が驚いて身じろぎをしたら、
「兄上! リヒトが混乱するのでやめてください!」
ユーリ様がそう言って、大きなため息をついてから僕の目の上のてのひらをどけてくださった。
兄上……兄上って聞こえた気がする。
ユーリ様のお兄さんといえば、上のお兄さんが国王様で、下のお兄さんがエミール様のつがいで騎士団の……。
「リヒト。上の兄のマリウスと、下の兄のクラウスだよ」
僕が一生懸命記憶を手繰り寄せるよりも早く、ユーリ様がそう教えてくださった。
僕はユーリ様の膝の上で半身を捻って、いつの間にか傍に立っていらしたお二人を見上げた。
金色だ、と思った。
ユーリ様と同じ金髪のひとたちが、僕を囲んでいる。
国王様と、騎士団長様。お二人の立場を思い出して、僕は咄嗟にユーリ様の膝から降りて自分で立ち上がろうとした。
でも腰に回ったユーリ様の腕が、僕の体を固定している。
結局僕の体はくるりと向きを変えただけで、背中をユーリ様にもたれさせる形で膝に抱かれたまま立つこともできずに、どうしたら良いのか途方に暮れてしまった。
「あ、あの、僕、僕は」
「あらためて、僕のオメガのリヒトです。マリウス兄上、クラウス兄上」
ユーリ様が僕の代わりにそう言ってくださる。僕は慌てて口を開いた。
「リヒトです! あの、僕は、目が良く見えません。お顔が覚えられません。だから次にお会いしたときにも、お名前をお聞きするかもしれません。ごめんなさい」
再びお会いする機会があるかはわからなかったけれど、きっと失礼なことをしてしまうだろうか先に謝っておく。
僕が頭を下げると、後頭部になにかが乗った気配がした。
なんだろう。首を捻って見てみると、ユーリ様が僕の頭を撫でてくださったのだとわかった。
「リヒト、大丈夫。きみのことは兄たちもちゃんとわかっているから」
そうなのだろうか。
でもやっぱり国王様と騎士団長様に失礼があったらいけないと思う。
あれ、そういえばここはどこなのだろう。
僕はエミール様のお屋敷に居たはずなのに。
エミール様のことを思い出して顔を巡らせてみたら、金髪のひとの後ろに、ユーリ様よりも濃い髪色のほっそりとしたシルエットが見えた。
エミール様だろうか。
僕の目がそっちを見たことに気づいてくれたのだろう、そのひとが前に出てくる。
「……エミール様ですか?」
「はい、エミールです。リヒト。具合はいかがですか?」
エミール様のやさしいお声が返ってきて、僕はひと間違いをしなかったことにすこしホッとした。
それから、夜中にお屋敷に入れてもらった上に僕の吐いたものでエミール様を汚してしまったことを思い出して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「エミール様、あの、昨日はすみませんでした。僕、エミール様のお洋服を汚してしまって」
「リヒト。汚れたものなどなにもありませんよ。あなたが元気になって良かった。やっぱりあなたにはユーリ様が特効薬なのですね。一緒に眠って元気を分けてもらったのでしょう」
「え?」
僕はポカンとなって、ユーリ様を振り仰いだ。
いまのエミール様の言い方だと、ユーリ様が帰って来られたのはつい今しがたのことではなくて。
僕が体調を崩したすぐ後のことで、それで戻ってすぐに僕と一緒のベッドで寝てくださった、ということなのだろうか。
ということは、あの夢は。
ユーリ様と一緒に生きるための強さを持ってほしいと言われた、あのやさしくて、あたたかくて、しあわせなあの夢は。
「……夢じゃ、なかったんですか?」
涙混じりに僕が呟くと、ユーリ様がやさしい口調で、
「だから最初に夢じゃないよって教えてあげたのに。僕のオメガときたら、夢でいいだなんてさびしいことを言うから、僕はショックで失神寸前だったよ」
冗談交じりに、そう言って。
「僕を信じるって約束したこと、覚えてる?」
と、問いかけてきた。
僕は新緑色の瞳を見つめながら、頷いた。
「いい子」
ちゅ、とこめかみにユーリ様の唇がつけられる。
「きみの願いは僕がすべて叶えるからね、リヒト。でもその話の前に食事をしないと、僕のオメガが痩せて消えてしまいそうだ」
僕を抱っこして、ユーリ様がひょいと立ち上がった。
目線が急に上がって、僕は慌ててユーリ様の肩に手を回す。
「シモン。リヒトをお風呂に入れてもあげてもいいのかな」
ユーリ様が口にした名前には聞き覚えがあった。そうだ。昨日僕を見てくれた医師のシモンさんだ。
「殿下。先に簡単に診察させていただきたいですなぁ」
ベンさんによく似たおっとりとした話し方で、シモンさんがそう答えた。
僕はユーリ様の腕の中でもぞりと動いて、ユーリ様の耳の近くに検討をつけ、そこに口を近づけて囁いた。
「ユーリ様、僕、あの、おトイレに行きたいです」
ユーリ様が笑いながらまたちゅっとキスを降らせて、
「僕のオメガは簡単なことしかおねだりしてくれないんだから!」
と笑った。
このときも僕は半分眠りながら、ぼやけた視界の中で顔を巡らせた。
茶色の髪のひとが見えた。
テオバルドさんだろうか?
ここ最近は目覚めたときには彼がベッドの横に居ることが多かったので、きっとテオバルドさんだろうと思いつつ、「……ておばるどさんですか?」と眠気で動かしにくい口をもごもごと開いて問いかけた。
「ひぃっ!」
テオバルドさんらしきひとがなんだかおかしな悲鳴をあげた。
と思ったら。
「なんでっ! リヒト! なんでテオなんかを最初に呼ぶの! 僕は? 僕のこと見えてるっ?」
聞き取りやすくくっきりとした声が響いて、僕の視界が金と新緑のきれいな色で塞がれた。
……え?
え?
ええ?
なんでだろう。
ユーリ様のように見える色合いが、僕に覆いかぶさっている。
え?
どういうこと??
僕の頭がハテナでいっぱいになって、それから昨日(昨日なのかな? 日付がよくわからないけど、まさか二日も寝てたわけじゃないと思う)見た夢のことを思い出す。
夢の中ではユーリ様が僕に、僕のオメガ、と言ってくれて。
一緒に居るための強さが持てるように頑張れと、キスをしてくれて……。
ということは僕はまだ夢の世界に居るのかな?
目が覚めたと思ったけれど、まだ夢を見ているのかしら。
僕はそうっと両手を伸ばして、ユーリ様のような形の顔をてのひらで包んでみた。
夢の中でユーリ様と会ったときは、体が動かなかったけれど、いまは思う通りに動いた。
触った、という感触はあまりない。でも僕の手は確かになにかに触れていて、これが夢だとしたら、なんだかとても存在感があってまるで現実のユーリ様のようだと思った。
「僕の夢、すごい……」
触っても消えないユーリ様に、思わずそう呟くと、
「まだ夢だと思ってるの? リヒト、僕のオメガ、そろそろちゃんと起きようか」
笑いの混ざった声がそう言って、僕の頬にちゅっとキスが降ってきた。
その段で僕はようやく、自分の姿勢がどうなっているのかを理解した。
体には毛布のようなものが巻かれていて、その状態で誰かの膝に横向きに座っているのだ。
誰かというのはこの、金色の髪に新緑色の瞳のひとで……。
「…………ユーリ様ですか?」
恐る恐る問いかけたその声は、自分の耳には聞こえなかった。
ちゃんと音になったかどうかもわからない。
それでもそのひとが。
「やっと僕の名前を呼んでくれた」
と言って、笑ったから。
僕は驚きすぎて、ポカンとしたあと、もがくように手足を動かして体勢を変えようとした。
「うわっ、リヒト危ない。膝から落ちるよ」
「ゆ、ユーリ様ですかっ? 本物のユーリ様ですかっ?」
注意されたけれどじっとしていられず、僕はバランスを崩しながらもなんとか(というか、たぶんユーリ様の手が背中とかを支えてくれていたのだろう)向かい合わせの形になって、正面からユーリ様の顔を見つめた。
目と、口の位置はわかる。
でも他はぼやけてハッキリとは見えない。
僕の目では、ユーリ様かどうか断言できない。でも。
「もう一度僕を呼んで、リヒト」
やさしい声で、そう促された僕は、ボロボロと泣きながら口を開いた。
「ゆ、ゆぅりさま。ユーリ様。お帰りなさい。会いたかったです」
ユーリ様の名前を呼びながら目の前のひとにしがみついた。離れてしまったらまぼろしみたいに消えてしまうではないかと怖くて、怖くて、消えないようにしがみついた。
そうしたらユーリ様の腕がぎゅうっと僕を抱きしめてくれて。
「ただいま。僕のオメガ」
こころが震えそうなほどの音が、僕の耳にぼわんと滲んで、胸の奥まで落ちてきた。
ああ。ユーリ様だ。ユーリ様が居る。
嬉しくて、嬉しいのに涙が止まらなくて、息が詰まってはふはふと口を開けたら、ユーリ様が軽やかな笑い声をあげられた。
「リヒト、リヒト、目が溶けてしまいそうだよ。ああほら、そのまま顔を上げておいて」
僕の目尻にユーリ様の唇がつけられて、たぶん、涙を舐めとられた。それからユーリ様はテオバルドさんからハンカチのようなものを受け取って、それで僕の目と、鼻と、口の下を拭いてくださった。
もしかして僕の顔、ものすごくきたないのじゃないのかな。
急に心配になって、僕はそろりとユーリ様から顔を離した。でも服を握った手はやっぱり離せなくて、しがみついたままだ。
そんな僕の頬にまたユーリ様がキスをする。
「リヒト。お風呂に入って、食事にしようか。その前にトイレに行く? あ、喉が渇いているかな。先に水を飲もうか。しまった。いつもの栄養ドリンクを持ってきたらよかった」
なんだか弾んだ口調で立て続けに言われて、僕は、お腹は空いていなかったけれど久しぶりにユーリ様と食事ができるのだと思うと嬉しくなって、うふふと笑った。
ユーリ様が突然「あっ」と大きな声を出されて、僕は急に顔をユーリ様の旨に押し付ける形で抱き込まれてしまう。
「見ないでください!」
ユーリ様が叫んだ。
一瞬僕に向けられた言葉かと思ったけれど、どこからか、
「なるほど。おまえが隠しておきたがった理由がわかった。これはアマルに見つかったら大騒ぎだな!」
と、低く、びりびりするような声が聞こえてきて、僕はそろりと振り返った。
「リヒト。見なくていいよ」
ユーリ様のてのひら? かな? それが僕の目を覆って視界が塞がれた。
「ど、どなたでしょうか。ユーリ様、僕……」
「リヒト。大丈夫。気にしなくていい相手だから」
「なんと! クラウス聞いたか。俺たちの弟があんな無情なことを言うものか。あれはユーリじゃなくてユーリの偽物じゃないのか」
偽物!
え? ユーリ様の偽物?
僕が驚いて身じろぎをしたら、
「兄上! リヒトが混乱するのでやめてください!」
ユーリ様がそう言って、大きなため息をついてから僕の目の上のてのひらをどけてくださった。
兄上……兄上って聞こえた気がする。
ユーリ様のお兄さんといえば、上のお兄さんが国王様で、下のお兄さんがエミール様のつがいで騎士団の……。
「リヒト。上の兄のマリウスと、下の兄のクラウスだよ」
僕が一生懸命記憶を手繰り寄せるよりも早く、ユーリ様がそう教えてくださった。
僕はユーリ様の膝の上で半身を捻って、いつの間にか傍に立っていらしたお二人を見上げた。
金色だ、と思った。
ユーリ様と同じ金髪のひとたちが、僕を囲んでいる。
国王様と、騎士団長様。お二人の立場を思い出して、僕は咄嗟にユーリ様の膝から降りて自分で立ち上がろうとした。
でも腰に回ったユーリ様の腕が、僕の体を固定している。
結局僕の体はくるりと向きを変えただけで、背中をユーリ様にもたれさせる形で膝に抱かれたまま立つこともできずに、どうしたら良いのか途方に暮れてしまった。
「あ、あの、僕、僕は」
「あらためて、僕のオメガのリヒトです。マリウス兄上、クラウス兄上」
ユーリ様が僕の代わりにそう言ってくださる。僕は慌てて口を開いた。
「リヒトです! あの、僕は、目が良く見えません。お顔が覚えられません。だから次にお会いしたときにも、お名前をお聞きするかもしれません。ごめんなさい」
再びお会いする機会があるかはわからなかったけれど、きっと失礼なことをしてしまうだろうか先に謝っておく。
僕が頭を下げると、後頭部になにかが乗った気配がした。
なんだろう。首を捻って見てみると、ユーリ様が僕の頭を撫でてくださったのだとわかった。
「リヒト、大丈夫。きみのことは兄たちもちゃんとわかっているから」
そうなのだろうか。
でもやっぱり国王様と騎士団長様に失礼があったらいけないと思う。
あれ、そういえばここはどこなのだろう。
僕はエミール様のお屋敷に居たはずなのに。
エミール様のことを思い出して顔を巡らせてみたら、金髪のひとの後ろに、ユーリ様よりも濃い髪色のほっそりとしたシルエットが見えた。
エミール様だろうか。
僕の目がそっちを見たことに気づいてくれたのだろう、そのひとが前に出てくる。
「……エミール様ですか?」
「はい、エミールです。リヒト。具合はいかがですか?」
エミール様のやさしいお声が返ってきて、僕はひと間違いをしなかったことにすこしホッとした。
それから、夜中にお屋敷に入れてもらった上に僕の吐いたものでエミール様を汚してしまったことを思い出して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「エミール様、あの、昨日はすみませんでした。僕、エミール様のお洋服を汚してしまって」
「リヒト。汚れたものなどなにもありませんよ。あなたが元気になって良かった。やっぱりあなたにはユーリ様が特効薬なのですね。一緒に眠って元気を分けてもらったのでしょう」
「え?」
僕はポカンとなって、ユーリ様を振り仰いだ。
いまのエミール様の言い方だと、ユーリ様が帰って来られたのはつい今しがたのことではなくて。
僕が体調を崩したすぐ後のことで、それで戻ってすぐに僕と一緒のベッドで寝てくださった、ということなのだろうか。
ということは、あの夢は。
ユーリ様と一緒に生きるための強さを持ってほしいと言われた、あのやさしくて、あたたかくて、しあわせなあの夢は。
「……夢じゃ、なかったんですか?」
涙混じりに僕が呟くと、ユーリ様がやさしい口調で、
「だから最初に夢じゃないよって教えてあげたのに。僕のオメガときたら、夢でいいだなんてさびしいことを言うから、僕はショックで失神寸前だったよ」
冗談交じりに、そう言って。
「僕を信じるって約束したこと、覚えてる?」
と、問いかけてきた。
僕は新緑色の瞳を見つめながら、頷いた。
「いい子」
ちゅ、とこめかみにユーリ様の唇がつけられる。
「きみの願いは僕がすべて叶えるからね、リヒト。でもその話の前に食事をしないと、僕のオメガが痩せて消えてしまいそうだ」
僕を抱っこして、ユーリ様がひょいと立ち上がった。
目線が急に上がって、僕は慌ててユーリ様の肩に手を回す。
「シモン。リヒトをお風呂に入れてもあげてもいいのかな」
ユーリ様が口にした名前には聞き覚えがあった。そうだ。昨日僕を見てくれた医師のシモンさんだ。
「殿下。先に簡単に診察させていただきたいですなぁ」
ベンさんによく似たおっとりとした話し方で、シモンさんがそう答えた。
僕はユーリ様の腕の中でもぞりと動いて、ユーリ様の耳の近くに検討をつけ、そこに口を近づけて囁いた。
「ユーリ様、僕、あの、おトイレに行きたいです」
ユーリ様が笑いながらまたちゅっとキスを降らせて、
「僕のオメガは簡単なことしかおねだりしてくれないんだから!」
と笑った。
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