溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
55 / 118
かなしみの匂い

しおりを挟む
 最近、リヒトの元気がない。
 彼を取り巻くかなしみの匂いもまた、リヒト自身の匂いに溶け込んで、消え去る気配はなかった。

 いったいなにが、とユリウスは訝しみながらリヒトを抱きしめる。
 かなしみの理由を問うても、リヒトは「なにもありません」と言うばかりで具体的な答えを返してはこない。リヒト付きの従者、テオバルドからも取り立てて重要だと思える報告は上がってきていなかった。

 ユリウスの腕の中で、リヒトは華奢な体全体を使ってしがみついてくる。ぎゅうっとこちらを抱き返してくる健気なまでの必死さは、可愛くて、すこし痛々しくもあった。

「どうしたの、僕のオメガ」

 あやす仕草で背を撫でて問えば、胸元でリヒトが首を横に振るのがわかった。
 なんでもないです、とくぐもった声が返ってくる。ここ数日、夜に二人で過ごすときはずっとこんな調子だ。
 おのれのオメガにこんなふうにくっつかれて、喜ばないアルファは居ない。ただし、かなしみの匂いがなければ、の話だ。

 ユリウスはう~んと頭を悩ませた。

 リヒトに、彼の抱える不安を吐露させるにはどうしたらいいのだろうか。
 そもそも彼がなにをかなしんでいるのかすら、ユリウスにはわからない。
 こころあたりがあるとすれば、味覚と嗅覚が戻っていないことか。

 視覚と聴覚、触覚の三つを取り戻したことが奇跡だとユリウスは思うのだけれど、リヒト当人にしてみれば満足のいく結果ではないのかもしれない。

 けれど、とユリウスは腕の中のオメガをやさしく撫でながら、これまでの月日を思った。

 リヒトが五感の治療を始めて、すでに二年。
 これ以上の治癒は望めないのかもしれない。
 リヒトは健気にも薬という名のただの栄養剤を飲み続けているが、もういいよ、と言ってあげる時期なのかもしれなかった。

 しかし、そのきっかけがない。

 どう伝えればリヒトが傷つかずにすむのか。ユリウスはおのれのオメガの可愛い頬にキスを落としながら、アルファというのは無力だなぁと吐息する。
 日頃優秀だと評される頭脳も、弁が立つと言われる口も、リヒト相手だとまったく役に立たないのだから、本当に無力だ。
 そして、鉄壁だと思っていた理性も。

 リヒトに触覚が戻って以降、ユリウスはこれまで以上に運命のつがいという存在の持つ強烈な引力を実感していた。
 ユリウスのハグひとつ、キスひとつにリヒトが反応する。ひくりと肩を揺らしたり、気持ちよさそうに目を細めたりするのだ。
 いままでになかったその数々の仕草は、どうしようもなくユリウスの欲求を刺激してきた。

 可愛い。可愛い。可愛い。リヒトが可愛くて仕方ない。
 抱きしめて、キスをして、服を剥ぎ、繋がりたい。そしてうなじを噛みたい。細く華奢な首筋に歯を立てて……自分のものにしてしまいたい。
 ユリウスの内側を、本能による欲望がジリジリと熱く舐め上げてくる。
 その衝動を間違ってもこの可愛いオメガにぶつけたりしないよう、ユリウスは夜な夜な性欲を発散させるための場所に通っているのだった。

 僕も薬をもらおうかな、とユリウスは極力リヒトの匂いを吸い込まないように気を付けながら、考える。

 リヒトの偽薬プラセボの件と、自分の抑制剤の件を、医師団のシモンに相談してみよう。

 抑制剤はともかく、リヒトのことは急ぎたい。
 おのれのオメガにこんなかなしい匂いをさせておくなんて、アルファ失格だ。
 そうと決まれば明日にでもシモンに連絡をとって……。

「ゆぅり様」

 ふと名前を呼ばれてユリウスは思考の海から引き上げられた。見れば膝の上のリヒトが半身をひねってこちらを窺っている。

「お疲れですか?」

 金色の、満月のような瞳が心配げに瞬いた。

「僕、重いですか? 降りましょうか?」

 もぞり、と動こうとする体に両腕を巻き付けて素早く阻止し、ユリウスはぶんぶんと首を横に振った。

「リヒトっ! 降りなくていいから! 全然疲れてないし、全然重くないよ」
「でも……」
「こうやってリヒトを抱っこできるのが一日のご褒美なんだから、降りないで」
「……でも、じゃあ……」

 リヒトの睫毛がふさりと下を向いた。
 なにかを言いたげに口をもごりとさせたリヒトを覗き込んで、「なに?」と問うと、リヒトは首を横に振って、本当に言いたいことを飲み込んだ様子で、またかなしみの匂いを漂わせた。

「リヒト? なに? 言ってごらん」

 ユリウスは膝の上の体を軽く揺らして、促してみたが、可愛いオメガはほんのりと微笑して、
「お疲れじゃないなら良かったです」
 と答えただけだった。

 結局はその日もかなしみの原因を聞きだすことができず仕舞いで、悶々としたユリウスはリヒトを寝かしつけた後で、またこっそりとベッドを抜け出し、いつものように溜まった欲望を吐き出すための場所へと向かったのだった。


 
 


しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。