溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
122 / 184
かなしみの匂い

しおりを挟む
 翌日、ユリウスはシモンを屋敷へと呼んだ。
 奇しくもリヒトが、シモンに相談したいことがあると言ってきたからだ。

 ユリウスは慌てて、
「どこか調子が悪いの?」
 と尋ね、おのれのオメガの顔色や爪の色、皮膚状態を確認したが、リヒトは首を横に振って、
「シモンさんに、聞きたいことがあるのです」
 そう答えるだけで詳細は教えてくれなかった。

 たぶん、嗅覚と味覚の治療についての相談がしたいのだろう。そう検討づけて、元よりシモンと話をしようと思っていたユリウスは二つ返事で了承し、医師団の長を召喚したのだった。

 片眼鏡モノクルの医師はいつものように穏やかな笑顔で、ユリウスとリヒトに挨拶の口上を述べ、
「さて、それで今日はどうされましたかなぁ」
 と穏やかに切り出した。
 場所は食事をするための部屋で、ユリウスとリヒト、そしてシモンの前にはテオバルドが淹れた紅茶が置かれている。

 朝食を終えたばかりのリヒトは、もじもじとうつむいていたが、シモンの声に顔を上げ、隣に座るユリウスと壁際に控えるテオバルドに控えめえな視線を向けてきた。

「リヒト?」

 どうしたのか、とユリウスがリヒトの名を呼ぶのと同時に、シモンが口を開いた。

「おお、そういえばユリウス殿下は今日はお休みの日ですかな?」

 ふだんであれば登城して、執務につく時間である。
 しかしユリウスのオメガが診察を受けるのだから、そちらが優先に決まっていた。

「これが済んだら行くよ」

 だからこちらの都合は気にするな、と暗に伝えたつもりのユリウスだったが、片眼鏡モノクルの医師は瞳をやわらかく撓めて、
「おお、それでは家でなさる仕事も溜まっておることでしょうなぁ。殿下、ここは私に任せて、どうぞ執務に取り掛かってください。リヒト様の診察が済みましたらお呼びいたしましょう。ほれ、そこの御方、殿下をお連れして」
 と、有無を言わせぬ口調でユリウスとテオバルドを急かし、なんと、部屋の外へと締めだしたのだ。この家の主たる自分を!

 ユリウスは束の間呆気にとられ、内側から閉じられた扉を見つめ、そして同様に締め出されたテオバルドに視線を向けた。

 あまりに手際よく追い出されてしまったテオバルドもポカンと口を開けていたが、ユリウスの眼差しを浴びてハッと我に返ると、そうっと持ち上げた手で扉をノックした。

「シモン様、シモン様! 開けてください!」
「ほっほ。良いですか、診察というものは本来、おひとりで受けていただくもの。これまではリヒト様の五感が弱く、ユリウス殿下にも同席していただいておりましたが、リヒト様は殿下のおかげで目も耳も調子が良うございますなぁ。それゆえ今日からは他の患者と同様にさせていただきます」

 ドア越しに聞こえてくるシモンの言葉に、なるほど、と頷きかけた侍従へとユリウスが軽い蹴りを入れると、テオバルドが「足癖……」と呟きつつこちらを窺ってきた。
 父親によく似たその茶色の目をユリウスは半眼で見つめ返す。

 テオバルドがぶるりと震えあがり、もう一度ドンドンドンとノックした。いや、ノックというには勢いが良すぎる強さである。

「シモン様! えっとですね、あの……あっ、そうだ、俺はリヒト様付きの従者なので、俺だけは入れてもらっていいですよね!」

 テオバルドが頭をフル回転して絞り出した言葉に、ユリウスはそれでいいと頷いた。

 シモンを警戒しているわけではないが、可愛い可愛いオメガを自分以外の男とは二人きりにはできない。ユリウスがダメならテオバルドだけでも中へ入れたかった。
 しかしシモンの回答は素っ気ない。

「リヒト様はもうとっくに成人なさってる歳ですぞ。付き添いは不要です」

 あっさりと撃退されたテオバルドに変わり、ユリウスは常よりすこし低い声で老医師へと話しかけた。

「シモン。国王陛下にも同じことが言えるか?」

 シモンは国王マリウスの主治医だ。マリウスの診察は常に数人の付き人が立ち合いのもとで行われる。成人しているから付き添いが不要という言い分は通らない。
 だからリヒトの診察に侍従のテオバルドが立ち会うことだっておかしくはないはずだ。

 ユリウスの反論に、テオバルドがなるほどと頷いたが、肝心のシモンは「ほっほ」と笑っただけだった。

「殿下。このシモンめがリヒト様に害を成すとお考えですかな」
「そんなことは言ってない」
「そうでしょうともそうでしょうとも。ユリウス殿下、後できちんと報告はいたします。どうぞお離れになってください」

 やんわりとした話し方で立ち去るように促され、ユリウスは鼻筋にしわを寄せた。

「殿下。私が信じられぬというのならそれは、我が師ベルンハルトを信じないのと同じこと。ユリウス殿下。あなた様はそうおっしゃりたいのですかな?」

 最後通牒とばかりに故ベルンハルトの名を出され、ユリウスは天井を仰いでため息をついた。

「わかった。ここはおまえに譲る。リヒト、リヒト、聞こえる?」
「は、はいっ」

 扉に顔を寄せ、リヒトの名を呼ぶとつっかえながらリヒトが返事をした。

「シモンの診察が終わったら、ベルを鳴らして教えて」
「はい」
「すこしでも嫌なことをされたら、そのときも鳴らすんだよ?」
「……はい」

 どこか困ったような声での「はい」だった。シモンがリヒトになにかすると思っているわけではないが、リヒトの体にことはすべて知っておきたい。それなのにこうして締め出されてしまったのだから、多少の過保護ぐらいゆるされるだろう。

 けれどおのれのオメガが、シモンとユリウスの間で板挟みになり困っていることも察せられて、ついでに侍従が横から呆れたような目でこちらを見ていることもわかって、ユリウスは渋々……本当に渋々身を引いたのだった。
 





 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...