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かなしみの匂い②
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先ほどからマリウスの発する言葉は、ユリウスを驚かせてばかりだ。
新緑色の瞳を丸くして、ユリウスは長兄を凝視し……首をゆるく横へ振った。
「いえ、兄上それは……」
「なぜだ。いいかユーリ、国民の大半はベータだ。彼らには発情期などないが、しっかりと愛を育んでいるぞ」
「それはそうですが」
「発情など、殊更重要なものでもあるまい。さいわいなことにアマーリエが俺の子をたくさん産んでくれた。おまえやクラウスに王家の後継ぎの荷を背負わせることがないことは、実に喜ばしい」
なぁ、とマリウスがクラウスに同意を求めた。
次兄は唇をわずかにほころばせると、しずかに首肯した。
マリウスが立ち上がり、ユリウスの両肩にどんと手を置いた。
「ユーリ。愛する者を抱きたいと思うことは自然なことだ。俺たちの本能だ。おまえたちが互いに同じ思いであるなら、おまえたちを阻むものなどない。それなのに、なにがおまえをそうも躊躇させているんだ」
兄の問いは真っ直ぐに、ユリウスの耳へと届いた。
ユリウスはひたいにかかる髪を払うふりで、マリウスの視線を遮った。
しかし逃げることはゆるさないとばかりに、目を逸らした先にはクラウスが陣取っている。
「ユーリ。マリウス兄上の発破は幾分無責任だが」
「おい」
「私も兄上と同意見だ。発情期などないベータとアルファがつがう例もある。リヒトに発情が来ないことと、おまえがリヒトに手を出さないことはまったくべつものだと、私も思うが」
二人の兄に詰め寄られ、ユリウスは一歩後退った。
「……だ」
「「だ?」」
「……だって、怖いじゃないですか!」
ユリウスは顔を覆って叫んだ。
「リヒトはあんなに小さいんですよ? 僕が……僕が無体を働いてあの子に痛い思いをさせたらどうするんですっ。リヒトを前にして理性なんて保てませんよ! 絶対無理だ! それなら、あの子の体が成熟するまで待つしかないじゃないですかっ!」
羞恥に頬を熱くしながらも、ユリウスはひと息に吐露した。
王族の男子は皆、その成長に合わせて閨での手ほどきを受ける。
だからユリウスも色事は一通り経験済みだ。それなのになにを情けないことを、と笑われる覚悟で告白したのだが……兄たちからはなんの返事も聞こえてこない。
あまりの沈黙に耐え兼ね、ユリウスがおのれの顔からそろりと手を退け、マリウスとクラウスを見上げると……二人は同様に口を押え感極まったかのように打ち震えていた。
「かっ……可愛いっ! 俺たちの弟が可愛すぎるっ!」
「ユーリ、おまえっなんて初々しいことを……!」
「よしよし、この兄が慰めてやろう」
「いやいやここは私が。ユーリ、この兄がハグしてやる」
二人がそろって両腕を広げ、さぁ飛び込んで来いと準備万端待ち構えている。
ユリウスはジリ、ジリ、と後退したが先ほど己が蹴倒した椅子に足を取られ、バランスを崩しかけた。
すかさず伸びてきたクラウスの腕がユリウスの背を支え、そのクラウスごとマリウスがぎゅうっと抱きしめてくる。
ぐぇっ、とユリウスの喉からおかしな声が出た。
「はっはっは! おまえはいつまで経っても末っ子だなぁ、ユーリ」
「顔を真っ赤にして拗ねるところは昔のままだ。ユーリ、我らの弟よ」
騎士団長のクラウスは当然のことながら、国王であるマリウスもかなりガタイはいい。二人の兄と比べると(あくまで二人と比べると、だ)ユリウスは細身で、たおやかですらあった。
兄たちの筋肉に挟まれ、両腕でもみくちゃにされ、頭までぐりぐりと撫でまわされて、ユリウスはげんなりとしながらもひたすらに耐えた。
クラウスはともかく、マリウスは絶対に気が済むまでやめないからだ。
ユリウスがようやく解放されたときには、髪は乱れ、服にはしわがより、惨憺たる有様となっていた。
なぜ自分がこんな目に……と思いはしたが、悩み相談のはずが結局は兄に二人がかりで可愛がられてしまったおのれがなんだかおかしくて、ユリウスはたまらず笑い声をあげた。
クックッと肩を揺らして笑うユリウスを、二人の兄が満足げに見つめてくる。
「まったく……兄上たちには敵いませんね。ありがとうございます。笑ったらスッキリしました」
礼を言ったユリウスの金髪を、マリウスが手櫛で整えながら(いや、本人は整えているつもりかもしれないが、ユリウスにとっては余計に乱れている気がする)、うむ、と頷いた。
「おまえは笑顔が一番だ」
「マリウス兄上。そういう言葉はアマル殿にどうぞ」
ユリウスが兄の手を巧みに避け、自分で髪を掻き上げてさらりと後ろへ流す。
もしやクラウスも撫でたいと言い出すのではないか、と警戒して次兄へチラと視線を向ければ、クラウスが不自然なほどの動きでサッと目を逸らした。
ん? とユリウスは首を傾げる。
なんだ、いまの避け方は。
不思議に思いながら長兄を見ると、マリウスは明後日の方向を見ながら、吹けもしない口笛をひゅ~とか細く鳴らしていた。
ユリウスは半眼になって、二人の兄を見比べた。
「……そういえば」
「なっ、なんだっ!」
「お二人が連名で僕を呼び出した理由を、まだお聞きしていませんでしたね」
軽く顎を上げ、冷ややかに二人を眺めてそう問うと、兄たちの頬がひくりと引きつるのがわかった。
「お、俺たちは可愛い弟の悩みを聞いてやろうとだな」
「兄上がそれを言い出したのは、僕と顔を合わせた後のことです。僕に用事があったのですよね? マリウス兄上? クラウス兄上?」
それぞれの名を呼んで尋ねてみれば、クラウスがそっと、
「兄上、早く白状した方がいいぞ」
と長兄を肘でつついた。
「う、うむ」
マリウスが空咳をしながら頷く。
新緑色の瞳を丸くして、ユリウスは長兄を凝視し……首をゆるく横へ振った。
「いえ、兄上それは……」
「なぜだ。いいかユーリ、国民の大半はベータだ。彼らには発情期などないが、しっかりと愛を育んでいるぞ」
「それはそうですが」
「発情など、殊更重要なものでもあるまい。さいわいなことにアマーリエが俺の子をたくさん産んでくれた。おまえやクラウスに王家の後継ぎの荷を背負わせることがないことは、実に喜ばしい」
なぁ、とマリウスがクラウスに同意を求めた。
次兄は唇をわずかにほころばせると、しずかに首肯した。
マリウスが立ち上がり、ユリウスの両肩にどんと手を置いた。
「ユーリ。愛する者を抱きたいと思うことは自然なことだ。俺たちの本能だ。おまえたちが互いに同じ思いであるなら、おまえたちを阻むものなどない。それなのに、なにがおまえをそうも躊躇させているんだ」
兄の問いは真っ直ぐに、ユリウスの耳へと届いた。
ユリウスはひたいにかかる髪を払うふりで、マリウスの視線を遮った。
しかし逃げることはゆるさないとばかりに、目を逸らした先にはクラウスが陣取っている。
「ユーリ。マリウス兄上の発破は幾分無責任だが」
「おい」
「私も兄上と同意見だ。発情期などないベータとアルファがつがう例もある。リヒトに発情が来ないことと、おまえがリヒトに手を出さないことはまったくべつものだと、私も思うが」
二人の兄に詰め寄られ、ユリウスは一歩後退った。
「……だ」
「「だ?」」
「……だって、怖いじゃないですか!」
ユリウスは顔を覆って叫んだ。
「リヒトはあんなに小さいんですよ? 僕が……僕が無体を働いてあの子に痛い思いをさせたらどうするんですっ。リヒトを前にして理性なんて保てませんよ! 絶対無理だ! それなら、あの子の体が成熟するまで待つしかないじゃないですかっ!」
羞恥に頬を熱くしながらも、ユリウスはひと息に吐露した。
王族の男子は皆、その成長に合わせて閨での手ほどきを受ける。
だからユリウスも色事は一通り経験済みだ。それなのになにを情けないことを、と笑われる覚悟で告白したのだが……兄たちからはなんの返事も聞こえてこない。
あまりの沈黙に耐え兼ね、ユリウスがおのれの顔からそろりと手を退け、マリウスとクラウスを見上げると……二人は同様に口を押え感極まったかのように打ち震えていた。
「かっ……可愛いっ! 俺たちの弟が可愛すぎるっ!」
「ユーリ、おまえっなんて初々しいことを……!」
「よしよし、この兄が慰めてやろう」
「いやいやここは私が。ユーリ、この兄がハグしてやる」
二人がそろって両腕を広げ、さぁ飛び込んで来いと準備万端待ち構えている。
ユリウスはジリ、ジリ、と後退したが先ほど己が蹴倒した椅子に足を取られ、バランスを崩しかけた。
すかさず伸びてきたクラウスの腕がユリウスの背を支え、そのクラウスごとマリウスがぎゅうっと抱きしめてくる。
ぐぇっ、とユリウスの喉からおかしな声が出た。
「はっはっは! おまえはいつまで経っても末っ子だなぁ、ユーリ」
「顔を真っ赤にして拗ねるところは昔のままだ。ユーリ、我らの弟よ」
騎士団長のクラウスは当然のことながら、国王であるマリウスもかなりガタイはいい。二人の兄と比べると(あくまで二人と比べると、だ)ユリウスは細身で、たおやかですらあった。
兄たちの筋肉に挟まれ、両腕でもみくちゃにされ、頭までぐりぐりと撫でまわされて、ユリウスはげんなりとしながらもひたすらに耐えた。
クラウスはともかく、マリウスは絶対に気が済むまでやめないからだ。
ユリウスがようやく解放されたときには、髪は乱れ、服にはしわがより、惨憺たる有様となっていた。
なぜ自分がこんな目に……と思いはしたが、悩み相談のはずが結局は兄に二人がかりで可愛がられてしまったおのれがなんだかおかしくて、ユリウスはたまらず笑い声をあげた。
クックッと肩を揺らして笑うユリウスを、二人の兄が満足げに見つめてくる。
「まったく……兄上たちには敵いませんね。ありがとうございます。笑ったらスッキリしました」
礼を言ったユリウスの金髪を、マリウスが手櫛で整えながら(いや、本人は整えているつもりかもしれないが、ユリウスにとっては余計に乱れている気がする)、うむ、と頷いた。
「おまえは笑顔が一番だ」
「マリウス兄上。そういう言葉はアマル殿にどうぞ」
ユリウスが兄の手を巧みに避け、自分で髪を掻き上げてさらりと後ろへ流す。
もしやクラウスも撫でたいと言い出すのではないか、と警戒して次兄へチラと視線を向ければ、クラウスが不自然なほどの動きでサッと目を逸らした。
ん? とユリウスは首を傾げる。
なんだ、いまの避け方は。
不思議に思いながら長兄を見ると、マリウスは明後日の方向を見ながら、吹けもしない口笛をひゅ~とか細く鳴らしていた。
ユリウスは半眼になって、二人の兄を見比べた。
「……そういえば」
「なっ、なんだっ!」
「お二人が連名で僕を呼び出した理由を、まだお聞きしていませんでしたね」
軽く顎を上げ、冷ややかに二人を眺めてそう問うと、兄たちの頬がひくりと引きつるのがわかった。
「お、俺たちは可愛い弟の悩みを聞いてやろうとだな」
「兄上がそれを言い出したのは、僕と顔を合わせた後のことです。僕に用事があったのですよね? マリウス兄上? クラウス兄上?」
それぞれの名を呼んで尋ねてみれば、クラウスがそっと、
「兄上、早く白状した方がいいぞ」
と長兄を肘でつついた。
「う、うむ」
マリウスが空咳をしながら頷く。
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