溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
138 / 184
かなしみの匂い②

しおりを挟む
 なるほど、ユリウスに用事があるのはマリウスの方か、とそちらへ一歩足を踏み出したら、先ほどのユリウスを真似るかのようにマリウスがジリジリと後退した。

「ユーリ、あのな、怒らずに聞いてくれ」
「内容によります」
「ユーリ、兄上にもっとやさしく」
「内容によります」

 ユリウスが同じ返事を繰り返すと、その冷ややかさに押されて二人の兄が顔を見合わせた。
 おまえが説明しろ、とマリウスの目が語り、それは兄上の仕事でしょうとクラウスが無言の抗議を上げる。

 やがて諦めの吐息をついた次兄が、
「ユーリ」
 と口を開いた。

「おまえのオメガが今日、エミールと会っているだろう」

 クラウスの言葉に、ユリウスは頷いた。

 エミールに会いたい、と言い出したのはリヒト本人だ。

「エミール様のお屋敷へ行ってもいいですか」
 と乞うてきたリヒトを、ユリウスは、本当は全力で引き止めたかった。

 だって、エミールの屋敷へ行くということは、クラウスの住まいへ行くということと同義なのである。
 これまでの、嗅覚を阻害されていたリヒトがそこへ行くのとはわけが違う。
 ユリウス以外のアルファの匂いが沁みつく屋敷へ行き、クラウスの匂いをリヒトが嗅いでしまうということなのだ!

 クラウス様の匂いはいい匂いです、とおのれのオメガが言い出したらどうしよう、というのがユリウスの最大の懸念だった。
 そんな言葉、おのれのオメガの口から絶対に聞きたくない。きっとユリウスだけでなく、この国サーリークのアルファが聞きたくない言葉第一位がそれだろう。自分以外の、べつのアルファの匂いを、ほんのわずかでも「いい匂い」だと認識してほしくない。

 しかしユリウスは、リヒトの願いをすべて叶えてやりたい。リヒトがエミールに会いたいと言うなら「もちろんいいよ」と言ってあげたかった。

 ここしばらく、ずっとかなしみの匂いを纏っているリヒト。この子がすこしでも楽しい時間が過ごせるなら、エミールを招待してもいい。
 そうだ、リヒトが行くのではなく、エミールに来てもらえばいいのだ。

 ユリウスはおのれの思い付きに膝を打ち、リヒトへとそう提案したのだが。
「僕が、エミール様のお屋敷へ行ってはいけませんか?」
 と。リヒトが金色の瞳をうるうるとさせてそう尋ねてきたから。

 ユリウスは仕方なく、本当に仕方なく、可愛いオメガのささやかな願いを聞き入れるべく、クラウスの下へと、明日リヒトが尋ねてゆくと使いを出したのだった。
 ついでに使いには手紙以外にも消臭効果のあるハーブをたくさん持たせ、リヒトが立ち入るかもしれない部屋に必ず置くように、と指示も書きつけた。

 そんな昨日のやりとりを思い出しながら、ユリウスは、
「ええ。リヒトの訪問を快諾いただきありがとうございます」
 次兄に礼を述べた。
 けれどクラウスは唇の端をひくりと動かし、次の瞬間、
「すまん!」
 とユリウスに向って深々と頭を下げたのだった。
  
 突然の兄の謝罪にわけがわからず、ユリウスは目を丸くする。

「ど、どうしたんですか兄上」

 国王以外に低頭することなどない騎士団長の、金髪のつむじが見えて、さすがにユリウスはたじろいだ。
 なにに対して謝られたのかまったくわからない。

 疑問符を散らせるユリウスの目の横で、今度はマリウスがクラウスに倣えとばかりに腰を直角に折った。

「すまん、ユーリ!」
「なっ……マリウス兄上までなんなんですかっ」

 ユリウスは慌てて二人の顔を上げさせようとしたが、彼らは絨毯を見つめたままでぼそぼそと口を開いた。

「ユーリ、今日リヒトが私の屋敷へ来ることを、私はうっかりマリウス兄上へと告げてしまったのだ」
「うむ。俺は聞いてしまった。リヒトが今日、エミールと会うという話を」
「……それがどうした……んです……か……」

 言いかけたユリウスはそこで、ある可能性に行き当たり、ハッと目を瞠った。

「ちょっと待ってください。ものすごく嫌な予感がしますが」
「うむ。おまえのその予感は恐らく当たりだ」

 国王が、頭を下げた状態であるにも関わらず、なぜか威厳溢れる声で告げてきた。

「俺がアマルにうっかり話してしまったのだ」

 それを聞いた瞬間ユリウスは、頭が真っ白になって目の前が真っ暗になったかのような感覚に襲われた。 

 くらり、と揺れた視界を一度てのひらで塞ぎ、兄の言葉を反芻する。

 マリウスの妻、アマーリエに。
 本日リヒトがエミールに会うという情報が、漏れた。漏れたというか、マリウスが口を滑らせたのか。

「そ、それで、アマル殿は……」
「……クラウスの屋敷なら勝手知ったる場所だから、おまえのオメガを盗み見してくると言って……昼前に出かけてしまった」

 果たしてユリウスの嫌な予感は見事に的中した。

「すまん」

 男らしい眉を情けなく下げて、マリウスが謝罪を繰り返す。

「俺にアマルは止められん」
「私にも無理だった。ユーリ、すまない」

 マリウスに続いてクラウスも詫びてきたが、そんな言葉、いまはなんの意味もなかった。
 ユリウスは思い切り冷ややかな視線を兄たちに浴びせ、喉奥から低い声を吐き出した。

「リヒトになにかあったら、兄上たちとは一生口を利きませんからね。それでは僕はこれで失礼します」

 一礼もなく踵を返したユリウスの肩を、左右から二人の兄が掴んで追いすがってくる。

「まっ、待て、ユーリっ!」
「ユーリ、落ち着け」
「放してください」
「ユーリ! 俺の妻がおまえのオメガになにかするはずないだろうが」
「兄上。相手はアマル殿ですよ? あのアマル殿相手に、繊細な僕のオメガが太刀打ちできると思いますか?」

 ユリウスの質問に、マリウスがぐぅっとおかしな声を漏らして黙った。  

 サーリーク王国の王妃・アマーリエ。
 彼女はマリウスが妻にと選んだだけあって、決して悪い人間ではない。

 しかし生粋のお嬢様育ちの彼女は、よく言えばおおらか、悪く言えば無神経なところがあり、度々トラブルを勃発させるのだった。

 アマーリエが十代の頃、マリウスに嫁いで自由がなくなる前に市井の民の暮らしを一度経験してみたい、と言い出したことがあった。
 そこで学舎でできた友人の家へと泊まりに行ったのだが、部屋に通された彼女はなんと、
「いつになったらわたくしは中へ入れてもらえるのかしら」
 と聞いたらしい。

 そしてここが居間であると知るや、
「まぁ! わたくし、てっきりお玄関かと思ってましたわ! あら~、これがお部屋なのね。ずいぶんと小さいこと」
 そう言って無邪気に笑ったのだそうだ。

 ユリウスがまだ幼いころのことだったので、伝聞ではあるが、マリウスが否定しなかったので事実は事実なのだろう。

 断っておくがアマーリエに悪気はない。
 悪気はないからなにを言ってもいい、というわけではもちろんないが、アマーリエに悪気はないのだ。

 そんなアマーリエだから、周囲は彼女を憎めない。
 ユリウスも無論、この兄嫁が嫌いではない。いつまでも無邪気で若々しい笑顔も好ましく目に映る。

 しかし、である。
 思ったことをなんでも口にしてしまう彼女が、ユリウスの掌中の珠、誰よりも大事なオメガにいったいどんな失言をするのか、想像するだけでも恐ろしい。

 アマーリエがリヒトを傷つけることなどないとは思うが、彼女の無神経はわりと群を抜いている。
 王族のユリウスをして、世間知らずと言いたくなるアマーリエが、箱入りのリヒトと初の顔合わせを、ユリウスの居ない場所で行おうとしているのだ。
 それを看過できるはずなどなかった。

 急いでリヒトの下へと向かうべく、ユリウスは二人の兄を振り切った。

「ユーリ! アマルからはおまえを足止めしておくよう言われているんだ。俺たちがおまえを止めようとした、という事実はおまえの口からちゃんと伝えてくれ!」

 背中でマリウスがわめいている。

 まったく、我が兄ながらつがいに甘すぎる! なんでもつがいの好きにさせるな! ちゃんと手綱を握っておけ!

 振り向いてそう言い返そうとしたが、立ち止まっている時間が勿体なくて、ユリウスは腹の中で怒鳴るに留めてカツカツと早足に廊下を歩いた。
 すぐ後ろから、クラウスの靴音もついてきている。

「クラウス兄上がしっかり止めてくれたら良かったのに!」

 ほとんど嘆く口調でそう言うと、隣に並んだクラウスが真顔で首を横に振った。

「兄上でも無理なのに、この私の言うことをアマルが聞くわけないだろう」
「威張って言うことじゃないでしょう」
「私も私のつがいが心配なんだ。ユーリ、痛み分けだ」
「はぁ?」

 ユリウスは横目で次兄を睨んだ。

「エミール殿はアマル殿に慣れているけど、僕のリヒトは初対面なんですよ。痛み分けなはずないでしょう。リヒトになにかあればきっちり責任をとっていただきますからね!」

 言い捨てて、ユリウスは歩調を早めた。
 頭の中は、おのれのオメガのことでいっぱいになっていた。
 
 


しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...