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リヒト⑭
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人間には三つの欲求というものがあって、それは、食べること、寝ること、そして性的なものだということだった。
よく食べて、よく寝て、基本的な欲求が満たされると、次は誰かを求めたくなるのだとアマル様は仰った。
「リヒト、あなたはユーリが欲しいと思ったことはなくて?」
ユーリ様が欲しい? それはいつでもそう思ってる。
「僕、ユーリ様が好きです。ユーリ様に抱っこされてるときが一番しあわせです。僕のオメガと呼ばれるのも好きです。ユーリ様のお声を聞いてるとこのへんがもぞもぞして落ち着かなくなるけど、でもとっても好きです。だからユーリ様がお仕事に行かれてる間はさびしいです」
僕が正直な気持ちを言葉にしたら、アマル様が急に両手で顔を覆ってしまわれた。
「まぁっ! なんて愛らしいこと! ああ待って。わたくし、なにかいけないことをしてる気になってきましたわ」
「だからよせって言ったのに」
エミール様が横目でアマル様をひと睨みして、それから僕の頭をよしよしと撫でてくれた。
「リヒト、いまの話は忘れていいですから」
「あら。なにもよくなくてよ。いいこと妖精さん。あなたは自分に発情があればいいのにと言ってましたわね。発情というのはつまりは性的な欲求のことですわ。そして性的欲求は、人間の三大欲求のひとつ。リヒト、わたくしの言ってること、わかりますわね?」
アマル様にそう問われ、僕はその眼差しの強さに押されるようにして頷きかけ……でもやっぱりよくわからなくて「すみません」と謝った。
性的な欲求と、僕がずっとなりたいと思っていた発情期。それが近しいものだということはなんとなく理解できたのだけれど……。
物わかりの悪い僕を、アマル様は叱ったりはされなかった。
ただもう一度、
「『人間の』三大欲求ですわ」
と繰り返した。
エミール様がそっと、
「オメガだけにある欲求ではない、ということですよ」
僕の耳元でそう囁いた。
アマル様がその通りと頷かれる。
「いいこと、リヒト。発情は確かにオメガの特性ですわ。でも、性的な欲求はどのバース性にも等しく備わっているもの。身もこころも結ばれたい、愛しい相手と体を繋げたい、と思う気持ちはオメガだろうがベータだろうが変わりありませんわ。発情期が来ないからオメガとして不完全だなんて、なぜそんな考えになったのかしら。わたくしは心底不思議でしてよ。リヒト、考えてごらんなさいな。発情期などないベータも、当たり前に愛を育んでいるのに」
「え……」
アマル様の指摘に、僕は目を真ん丸にした。
オメガには発情期がある、ということだけに気を取られて、ベータのひとがどうだとかいうことは考えたことがなかった。
ベータのひとには発情期がない。そうだ、そういえばアルファにもないのだ。
でも、テオさんのご両親(僕はお父さんのロンバードさんしか知らないけれど)はベータだけれど、結婚している。結婚というのはつがいと同じ意味だと昔に教えてもらった。
つまり、とアマル様が口を開いた。
「つまり極端なことを言いますと、ユーリの欲求はベータでも受け止められる、ということですわ」
「アマル! いい加減そこでストップだ!」
「わたくしは本当のことしか言ってません! リヒト、おわかり? ですからあなたがユーリを引き留めることに、なんら障害はないとわたくしは申してますのよ」
「え……」
「たしかにわたくしたちオメガは、発情が来なければ子どもは産めませんわ。発情というのは子づくりの準備ができたというサインですもの。でも、それだけのことよ」
アマル様がきっぱりとした口調でそう言った。
「それだけのことなのよ、リヒト。あなたがユーリを欲しいと思って、ユーリもあなたを求めているなら、あなたたちが抱き合うことを阻むものはありませんわ。あなたはユーリを引き留めてもいいの。他のオメガのところへ行ってはダメだと言ってもいいの。発情でなくても、ユーリと身もこころも繋げてもいいの」
おわかり? とアマル様が赤みがかった瞳に僕を映した。
僕は……僕は、喉元に込み上げてくる泣きたくなる気持ちをなんとか飲み込んで、こくこくと頷いた。
発情がなくても、ユーリ様を引き留めてもいい。
行かないでほしいと言ってもいい。
僕は、僕のままでユーリ様を欲しがってもいいのだ、と。
そう言われて、嬉しかった。
「自分たちは運命のつがいじゃない、とアマルは言ってましたけど、運命ってなんでしょうね」
エミール様がやさしく表情をゆるめて、僕を見つめてきた。
「オレの目には、マリウス様とアマルは充分愛し合っているように見えるし、リヒト、あなたはアルファの匂いもわからず、運命のつがいだと認識もできなかった頃から、ずっとユーリ様だけを求めてた。匂いはたぶん、ただのきっかけです。互いの存在を知らせるためだけの、ただのきっかけです。そのおかげであなたはユーリ様に見つけてもらったけれど……でもあなたはきっと、他の誰でもなく、ユーリ様だから惹かれたんでしょうね」
ユーリ様だから惹かれた。
それはあまりに当たり前のことのように思えた。
だって、ユーリ様しか居ない。
僕のこころの中には、ユーリ様しか居ないから。
「それはユーリ様も同じでしょうね。リヒト、あなただからユーリ様はあれほど大事に大事にしてきたのだと思いますよ。もうひとりのオメガが本当に居たとしても、ユーリ様が選ぶのはあなたです。だからあなたの素直な気持ちを、ユーリ様にぶつけてみてください」
エミール様に応援されて、僕は堪えきれずに涙をこぼした。
うぇぇと泣く僕を、エミール様とアマル様が交互に撫でてくれる。
お二人の手は心地よくて、泣いている途中で僕はふわふわとした気持ちになって、気づけば僕はうふふと笑ってしまっていた。
そうしたらお二人が同時に
「「ああっ」」
と叫んで。
「天使っ」
「妖精っ」
と、また僕をべつの名前で呼んだ。
僕はしばらくエミール様たちに撫でられていたけれど、呼吸が落ち着いてからこれだけは聞いておかないといけないと思い出して、お二人の顔を交互に見て尋ねた。
「あの……ユーリ様と体を繋げるって、どうしたらいいのですか?」
その瞬間、エミール様もアマル様も時間が止まったかのように動くことをピタリとやめてしまった。
あんまり動かないから僕は心配になったけれど、お二人はハッとしたように顔を見合わせて、急にぼそぼそとお喋りをし始めた。
「きみが言い出したんだから責任もって最後まで教えろよ」
「まぁ。あなたの方が適任だわ。だって、同じ男性なんだから。わたくし女にはわからないことも教えてあげられるじゃありませんこと?」
「オレは最初から止めたのに、強引に話を進めたのはアマルだろ」
「まぁまぁ! わたくしが悪いと言うなら力尽くで止めたら良かったじゃないの!」
「王妃相手にできるわけないだろ! どうするんだよ、これ……」
「だってわたくし、こんなに純粋培養だと思ってなかったのよ。どうしましょう……」
喧嘩なのか相談なのかよくわからない言葉を交わされた後、エミール様がゴホンと咳ばらいをして、
「そういえばリヒト、飾り緒の方は順調ですか?」
と、急に全然違う話をしだしたから、僕は驚いて目をパチパチとさせた。
飾り緒……。
テオさんに教えてもらって、編みなおしている飾り緒。
頑張っているけど、実はまだ全然完成していない。だって、僕が編んだものはやっぱりなんだか貧相で、ユーリ様に相応しくないと思ってしまうから。
ユーリ様に差し上げても恥ずかしくないものができるまで、僕は何度もやり直しをしているところだった。
飾り緒は元々エミール様に教えていただいたものだから、エミール様にもちゃんと報告をしないといけない。そう考えて僕は、飾り緒のお話をしようとしたのだけれど。
そこになぜだかものすごく息を切らしたユーリ様が、風のような速さで駆けつけてきて、
「リヒトっ! 大丈夫っ?」
と一目散に僕を抱きしめてきたから。
このお話は途中で終わってしまったのだった。
よく食べて、よく寝て、基本的な欲求が満たされると、次は誰かを求めたくなるのだとアマル様は仰った。
「リヒト、あなたはユーリが欲しいと思ったことはなくて?」
ユーリ様が欲しい? それはいつでもそう思ってる。
「僕、ユーリ様が好きです。ユーリ様に抱っこされてるときが一番しあわせです。僕のオメガと呼ばれるのも好きです。ユーリ様のお声を聞いてるとこのへんがもぞもぞして落ち着かなくなるけど、でもとっても好きです。だからユーリ様がお仕事に行かれてる間はさびしいです」
僕が正直な気持ちを言葉にしたら、アマル様が急に両手で顔を覆ってしまわれた。
「まぁっ! なんて愛らしいこと! ああ待って。わたくし、なにかいけないことをしてる気になってきましたわ」
「だからよせって言ったのに」
エミール様が横目でアマル様をひと睨みして、それから僕の頭をよしよしと撫でてくれた。
「リヒト、いまの話は忘れていいですから」
「あら。なにもよくなくてよ。いいこと妖精さん。あなたは自分に発情があればいいのにと言ってましたわね。発情というのはつまりは性的な欲求のことですわ。そして性的欲求は、人間の三大欲求のひとつ。リヒト、わたくしの言ってること、わかりますわね?」
アマル様にそう問われ、僕はその眼差しの強さに押されるようにして頷きかけ……でもやっぱりよくわからなくて「すみません」と謝った。
性的な欲求と、僕がずっとなりたいと思っていた発情期。それが近しいものだということはなんとなく理解できたのだけれど……。
物わかりの悪い僕を、アマル様は叱ったりはされなかった。
ただもう一度、
「『人間の』三大欲求ですわ」
と繰り返した。
エミール様がそっと、
「オメガだけにある欲求ではない、ということですよ」
僕の耳元でそう囁いた。
アマル様がその通りと頷かれる。
「いいこと、リヒト。発情は確かにオメガの特性ですわ。でも、性的な欲求はどのバース性にも等しく備わっているもの。身もこころも結ばれたい、愛しい相手と体を繋げたい、と思う気持ちはオメガだろうがベータだろうが変わりありませんわ。発情期が来ないからオメガとして不完全だなんて、なぜそんな考えになったのかしら。わたくしは心底不思議でしてよ。リヒト、考えてごらんなさいな。発情期などないベータも、当たり前に愛を育んでいるのに」
「え……」
アマル様の指摘に、僕は目を真ん丸にした。
オメガには発情期がある、ということだけに気を取られて、ベータのひとがどうだとかいうことは考えたことがなかった。
ベータのひとには発情期がない。そうだ、そういえばアルファにもないのだ。
でも、テオさんのご両親(僕はお父さんのロンバードさんしか知らないけれど)はベータだけれど、結婚している。結婚というのはつがいと同じ意味だと昔に教えてもらった。
つまり、とアマル様が口を開いた。
「つまり極端なことを言いますと、ユーリの欲求はベータでも受け止められる、ということですわ」
「アマル! いい加減そこでストップだ!」
「わたくしは本当のことしか言ってません! リヒト、おわかり? ですからあなたがユーリを引き留めることに、なんら障害はないとわたくしは申してますのよ」
「え……」
「たしかにわたくしたちオメガは、発情が来なければ子どもは産めませんわ。発情というのは子づくりの準備ができたというサインですもの。でも、それだけのことよ」
アマル様がきっぱりとした口調でそう言った。
「それだけのことなのよ、リヒト。あなたがユーリを欲しいと思って、ユーリもあなたを求めているなら、あなたたちが抱き合うことを阻むものはありませんわ。あなたはユーリを引き留めてもいいの。他のオメガのところへ行ってはダメだと言ってもいいの。発情でなくても、ユーリと身もこころも繋げてもいいの」
おわかり? とアマル様が赤みがかった瞳に僕を映した。
僕は……僕は、喉元に込み上げてくる泣きたくなる気持ちをなんとか飲み込んで、こくこくと頷いた。
発情がなくても、ユーリ様を引き留めてもいい。
行かないでほしいと言ってもいい。
僕は、僕のままでユーリ様を欲しがってもいいのだ、と。
そう言われて、嬉しかった。
「自分たちは運命のつがいじゃない、とアマルは言ってましたけど、運命ってなんでしょうね」
エミール様がやさしく表情をゆるめて、僕を見つめてきた。
「オレの目には、マリウス様とアマルは充分愛し合っているように見えるし、リヒト、あなたはアルファの匂いもわからず、運命のつがいだと認識もできなかった頃から、ずっとユーリ様だけを求めてた。匂いはたぶん、ただのきっかけです。互いの存在を知らせるためだけの、ただのきっかけです。そのおかげであなたはユーリ様に見つけてもらったけれど……でもあなたはきっと、他の誰でもなく、ユーリ様だから惹かれたんでしょうね」
ユーリ様だから惹かれた。
それはあまりに当たり前のことのように思えた。
だって、ユーリ様しか居ない。
僕のこころの中には、ユーリ様しか居ないから。
「それはユーリ様も同じでしょうね。リヒト、あなただからユーリ様はあれほど大事に大事にしてきたのだと思いますよ。もうひとりのオメガが本当に居たとしても、ユーリ様が選ぶのはあなたです。だからあなたの素直な気持ちを、ユーリ様にぶつけてみてください」
エミール様に応援されて、僕は堪えきれずに涙をこぼした。
うぇぇと泣く僕を、エミール様とアマル様が交互に撫でてくれる。
お二人の手は心地よくて、泣いている途中で僕はふわふわとした気持ちになって、気づけば僕はうふふと笑ってしまっていた。
そうしたらお二人が同時に
「「ああっ」」
と叫んで。
「天使っ」
「妖精っ」
と、また僕をべつの名前で呼んだ。
僕はしばらくエミール様たちに撫でられていたけれど、呼吸が落ち着いてからこれだけは聞いておかないといけないと思い出して、お二人の顔を交互に見て尋ねた。
「あの……ユーリ様と体を繋げるって、どうしたらいいのですか?」
その瞬間、エミール様もアマル様も時間が止まったかのように動くことをピタリとやめてしまった。
あんまり動かないから僕は心配になったけれど、お二人はハッとしたように顔を見合わせて、急にぼそぼそとお喋りをし始めた。
「きみが言い出したんだから責任もって最後まで教えろよ」
「まぁ。あなたの方が適任だわ。だって、同じ男性なんだから。わたくし女にはわからないことも教えてあげられるじゃありませんこと?」
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「まぁまぁ! わたくしが悪いと言うなら力尽くで止めたら良かったじゃないの!」
「王妃相手にできるわけないだろ! どうするんだよ、これ……」
「だってわたくし、こんなに純粋培養だと思ってなかったのよ。どうしましょう……」
喧嘩なのか相談なのかよくわからない言葉を交わされた後、エミール様がゴホンと咳ばらいをして、
「そういえばリヒト、飾り緒の方は順調ですか?」
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飾り緒……。
テオさんに教えてもらって、編みなおしている飾り緒。
頑張っているけど、実はまだ全然完成していない。だって、僕が編んだものはやっぱりなんだか貧相で、ユーリ様に相応しくないと思ってしまうから。
ユーリ様に差し上げても恥ずかしくないものができるまで、僕は何度もやり直しをしているところだった。
飾り緒は元々エミール様に教えていただいたものだから、エミール様にもちゃんと報告をしないといけない。そう考えて僕は、飾り緒のお話をしようとしたのだけれど。
そこになぜだかものすごく息を切らしたユーリ様が、風のような速さで駆けつけてきて、
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