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リヒト⑭
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「リヒト。さっきは思いがけないことで取り乱してしまいましたが、ユーリ様はあなたのことを心底愛しています。もうひとりのオメガ、というのが誰かはわかりませんが、なにか、事情があるのではないでしょうか?」
「あら、気休めはダメよ。アルファは、その気になれば何人もつがいを持てるのだから」
「……アマル。なんでリヒトを傷つけるようなことを言うんだよ」
「わたくしは事実しか言ってませんわ。この国のアルファはそれはそれは愛情深いけれど、一度に複数のオメガとつがってるアルファが居ないわけじゃないのだから」
「でもよりによってユーリ様がそんなこと」
「あら。ユーリは王族。王族の教育はあなただってよく知ってるはずでしょう」
王族の教育ってなんだろう。
僕が首を傾げたら、エミール様が困ったように眉を下げた。飴色の瞳が僕とアマル様の間を行き来して、唇からは「う~ん」と唸り声が漏れた。
「リヒト、前に……二年前でしょうか、あなたと最初に会ったとき、オメガの話をしましたね」
「……はい」
覚えている。エミール様に、なにをすればオメガのままでいられるかを尋ねた。
あの頃はまだ五感が弱くて、いまよりもずっと不安が強かったように思う。
「あのときは、あなたがあまりにバース性のことを知らなかったので、オレは驚きました」
「う……はい」
物を知らないのはいまも同じだけれど、あのときは絵本すらも読めなかったから、僕の知識は本当に乏しかっただろう。恥ずかしくなって体をもぞもぞと動かすと、エミール様がきれいに微笑まれて、さっき僕がみんなの名前を書いた紙の表面を、指先で辿った。
「あなたになにを教えてなにを教えないか。ユーリ様はとても気を配っておられた。オレはそれを、ユーリ様の独善だとは言いたくない。あなたが無為に傷つくことのないようにと考えた上での、ユーリ様の愛だと思います」
エミール様の言葉は僕にはすこし難しい。
けれど、エミール様が。
「だからあなたは、自分を恥ずかしいと思う必要はないんです」
と、物を知らない僕をやさしく肯定してくれたから。
「……はい」
僕は素直に頷くことができた。
エミール様がそんな僕にやわらかく目を細めて、それからふっと微笑を消して真顔になった。
「ただ、アマルの言ったことも本当です。アルファは同時に複数のオメガをつがいにすることができる。逆にオレたちオメガにはそれができない。同時に複数のアルファとはつがえない。つがうのはひとりきりです」
「……はい」
僕はこくりと頭を動かして、エミール様を見つめ返した。
ユーリ様に僕以外のオメガが居ても不思議ではない。そのことを教えてくれているのだとわかった。
たとえ僕が念願叶って、ユーリ様にうなじを噛んでもらえたとしても、ユーリ様は僕だけのアルファではないということだ。
「王族のアルファは、その血を絶やすなと教えられています。血統を繋げてゆけ、と」
「……けっとう」
「おのれの子をつくれ、という意味です」
エミール様の説明に、僕は息を飲んだ。
それは、クラウス様のつがいであるエミール様にも当てはまることだと気づいてしまった。
僕の動揺に気づいたエミール様がさびしげに微笑まれ、首を横に振る。
「オレのことは大丈夫です。リヒト、これはあなたも避けては通れない道かもしれない。ユーリ様は王族です。当然、幼い頃より王族としての義務をその身に叩きこまれている。ですからリヒト以外にもオメガや……女性を囲うというのも不思議ではない」
ユーリ様の身分。僕はそれをこれまで深く考えたことがなかったけれど、エミール様に教えられて、心臓が凍ってしまいそうなほどのショックを受けた。
ぶるり、と震えた僕の手を、エミール様が握ってくる。
「ですが、リヒト。オレは、ユーリ様のオメガはやはりあなたしか居ないと思います」
「エミール様……」
力強い言葉をくれたエミール様の名前を、僕はほとんど囁きに近い音で呼んだ。
涙が盛り上がって、視界が歪みだす。
「あらまぁ、気休めはダメって言ったのに」
アマル様が呆れたようにそう言って、ふぅ、とため息を吐かれた。
でも僕は気休めでも嬉しかった。ユーリ様のオメガは僕だと言ってくださった、エミール様のお言葉が。
「……ぼく、僕、ユーリ様にお聞きしてみます。もうひとりのオメガのひとのこと、聞いてみます」
「リヒト」
「ユーリ様が、もうひとりのオメガのひとの方がいいって言われたとしても、僕も、ユーリ様のオメガで居続けられるように頑張ります。発情期が来たとき、ユーリ様が僕をつがいにしてもいいって思ってもらえるように頑張ります」
握りこぶしでそう気持ちを固めた僕の膝を、アマル様がやわらかく叩いた。
「ちょっとお待ちなさいな。なんだか一周回って同じところに着地している気がするわ。妖精さん、それじゃあ根本の解決になっていなくてよ」
「え……?」
「あなた、なぜユーリが夜中に出ていくのか、わかってて?」
ユーリ様が夜中にベッドを抜け出される理由。
僕はパチパチと数回まばたきをしながら首を捻った。
「僕に、内緒にしたいから……」
「なにを内緒にしたいのかしら」
「アマル! ちょ、それはっ」
エミール様が慌てて僕の方へ手を伸ばし、僕の両耳を塞いだ。
「こんな純真な子になにを聞かせるつもりだよっ」
「まぁ! マリウスの話ではもう二十歳は超えているはずでしてよ! 教えて悪いことなどなくてよ!」
「でもユーリ様の居ない場所でこんなっ」
「あら。ユーリが居ないからちょうどいいんじゃなくて? ねぇ、リヒト」
エミール様の手で耳を押さえられていても、聴覚が鈍かった頃に比べるとお二人の会話する声は格段に聞き取りやすくて、話を振られた僕は、ユーリ様の行動の理由が知りたくて頷いた。
「僕、知りたいです。教えてください」
エミール様が頭を抱え、
「オレは知らないからな! ユーリ様に怒られるときはきみひとりで怒られろよ!」
と、ふだんよりずっと乱暴な話し方でそう言われた。
アマル様はツンと顎を上げて、そばかすの鼻筋にしわを作ると、
「わたくしは本当のことしか言わないもの。でも怒ったユーリも素敵だから拝みたいですわ」
そう言って、軽やかで明るい笑い声を響かせた。
そして僕はアマル様から、教えてもらった。
ユーリ様が夜に他のオメガのところへ行くのは、『せいてきよっきゅう』を満たすためだと。
大人であれば当然のことよ、とアマル様は仰った。
僕はよくわからなくてエミール様を見上げたら、エミール様はサッと顔を逸らして、
「オレに聞かないでください」
と言った。
アマル様が頬を膨らませて、そんなエミール様を肘でつついた。
「わたくしがぜんぶ話すより、同性のあなたが説明してあげるほうがわかりやすいのに!」
「きみが勝手に始めたんだろ? オレを巻き込むなってば!」
「もう! 頼りにならないエルですこと」
ふん、と鼻を鳴らしたアマル様が僕に向きなおって、説明を続けてくれる。
「あら、気休めはダメよ。アルファは、その気になれば何人もつがいを持てるのだから」
「……アマル。なんでリヒトを傷つけるようなことを言うんだよ」
「わたくしは事実しか言ってませんわ。この国のアルファはそれはそれは愛情深いけれど、一度に複数のオメガとつがってるアルファが居ないわけじゃないのだから」
「でもよりによってユーリ様がそんなこと」
「あら。ユーリは王族。王族の教育はあなただってよく知ってるはずでしょう」
王族の教育ってなんだろう。
僕が首を傾げたら、エミール様が困ったように眉を下げた。飴色の瞳が僕とアマル様の間を行き来して、唇からは「う~ん」と唸り声が漏れた。
「リヒト、前に……二年前でしょうか、あなたと最初に会ったとき、オメガの話をしましたね」
「……はい」
覚えている。エミール様に、なにをすればオメガのままでいられるかを尋ねた。
あの頃はまだ五感が弱くて、いまよりもずっと不安が強かったように思う。
「あのときは、あなたがあまりにバース性のことを知らなかったので、オレは驚きました」
「う……はい」
物を知らないのはいまも同じだけれど、あのときは絵本すらも読めなかったから、僕の知識は本当に乏しかっただろう。恥ずかしくなって体をもぞもぞと動かすと、エミール様がきれいに微笑まれて、さっき僕がみんなの名前を書いた紙の表面を、指先で辿った。
「あなたになにを教えてなにを教えないか。ユーリ様はとても気を配っておられた。オレはそれを、ユーリ様の独善だとは言いたくない。あなたが無為に傷つくことのないようにと考えた上での、ユーリ様の愛だと思います」
エミール様の言葉は僕にはすこし難しい。
けれど、エミール様が。
「だからあなたは、自分を恥ずかしいと思う必要はないんです」
と、物を知らない僕をやさしく肯定してくれたから。
「……はい」
僕は素直に頷くことができた。
エミール様がそんな僕にやわらかく目を細めて、それからふっと微笑を消して真顔になった。
「ただ、アマルの言ったことも本当です。アルファは同時に複数のオメガをつがいにすることができる。逆にオレたちオメガにはそれができない。同時に複数のアルファとはつがえない。つがうのはひとりきりです」
「……はい」
僕はこくりと頭を動かして、エミール様を見つめ返した。
ユーリ様に僕以外のオメガが居ても不思議ではない。そのことを教えてくれているのだとわかった。
たとえ僕が念願叶って、ユーリ様にうなじを噛んでもらえたとしても、ユーリ様は僕だけのアルファではないということだ。
「王族のアルファは、その血を絶やすなと教えられています。血統を繋げてゆけ、と」
「……けっとう」
「おのれの子をつくれ、という意味です」
エミール様の説明に、僕は息を飲んだ。
それは、クラウス様のつがいであるエミール様にも当てはまることだと気づいてしまった。
僕の動揺に気づいたエミール様がさびしげに微笑まれ、首を横に振る。
「オレのことは大丈夫です。リヒト、これはあなたも避けては通れない道かもしれない。ユーリ様は王族です。当然、幼い頃より王族としての義務をその身に叩きこまれている。ですからリヒト以外にもオメガや……女性を囲うというのも不思議ではない」
ユーリ様の身分。僕はそれをこれまで深く考えたことがなかったけれど、エミール様に教えられて、心臓が凍ってしまいそうなほどのショックを受けた。
ぶるり、と震えた僕の手を、エミール様が握ってくる。
「ですが、リヒト。オレは、ユーリ様のオメガはやはりあなたしか居ないと思います」
「エミール様……」
力強い言葉をくれたエミール様の名前を、僕はほとんど囁きに近い音で呼んだ。
涙が盛り上がって、視界が歪みだす。
「あらまぁ、気休めはダメって言ったのに」
アマル様が呆れたようにそう言って、ふぅ、とため息を吐かれた。
でも僕は気休めでも嬉しかった。ユーリ様のオメガは僕だと言ってくださった、エミール様のお言葉が。
「……ぼく、僕、ユーリ様にお聞きしてみます。もうひとりのオメガのひとのこと、聞いてみます」
「リヒト」
「ユーリ様が、もうひとりのオメガのひとの方がいいって言われたとしても、僕も、ユーリ様のオメガで居続けられるように頑張ります。発情期が来たとき、ユーリ様が僕をつがいにしてもいいって思ってもらえるように頑張ります」
握りこぶしでそう気持ちを固めた僕の膝を、アマル様がやわらかく叩いた。
「ちょっとお待ちなさいな。なんだか一周回って同じところに着地している気がするわ。妖精さん、それじゃあ根本の解決になっていなくてよ」
「え……?」
「あなた、なぜユーリが夜中に出ていくのか、わかってて?」
ユーリ様が夜中にベッドを抜け出される理由。
僕はパチパチと数回まばたきをしながら首を捻った。
「僕に、内緒にしたいから……」
「なにを内緒にしたいのかしら」
「アマル! ちょ、それはっ」
エミール様が慌てて僕の方へ手を伸ばし、僕の両耳を塞いだ。
「こんな純真な子になにを聞かせるつもりだよっ」
「まぁ! マリウスの話ではもう二十歳は超えているはずでしてよ! 教えて悪いことなどなくてよ!」
「でもユーリ様の居ない場所でこんなっ」
「あら。ユーリが居ないからちょうどいいんじゃなくて? ねぇ、リヒト」
エミール様の手で耳を押さえられていても、聴覚が鈍かった頃に比べるとお二人の会話する声は格段に聞き取りやすくて、話を振られた僕は、ユーリ様の行動の理由が知りたくて頷いた。
「僕、知りたいです。教えてください」
エミール様が頭を抱え、
「オレは知らないからな! ユーリ様に怒られるときはきみひとりで怒られろよ!」
と、ふだんよりずっと乱暴な話し方でそう言われた。
アマル様はツンと顎を上げて、そばかすの鼻筋にしわを作ると、
「わたくしは本当のことしか言わないもの。でも怒ったユーリも素敵だから拝みたいですわ」
そう言って、軽やかで明るい笑い声を響かせた。
そして僕はアマル様から、教えてもらった。
ユーリ様が夜に他のオメガのところへ行くのは、『せいてきよっきゅう』を満たすためだと。
大人であれば当然のことよ、とアマル様は仰った。
僕はよくわからなくてエミール様を見上げたら、エミール様はサッと顔を逸らして、
「オレに聞かないでください」
と言った。
アマル様が頬を膨らませて、そんなエミール様を肘でつついた。
「わたくしがぜんぶ話すより、同性のあなたが説明してあげるほうがわかりやすいのに!」
「きみが勝手に始めたんだろ? オレを巻き込むなってば!」
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