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ふたつの体
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ユリウスは面食らった。
リヒトがこれほどに泣いている理由がよくわからない。
次々に涙を溢れさせている目元にキスをして、しっかりとリヒトの体を抱きかかえた。
「僕はどこにも行かないよ。どうしたのかな。怖い夢でも見たのかな」
やわらかに問いかけると、リヒトが首を横に振ってしがみついてきた。
「ゆぅりさま」
「ん?」
「ぼ、ぼくじゃ、ダメですか」
「え?」
なんの話だろう、とユリウスが目を丸くすると、ひたむきな金の瞳がこちらを見上げ、リヒトが声を震わせながら言いつのった。
「僕じゃダメですか? ユーリ様。ユーリ様が、いつも、夜中にあの部屋に行ってること、知ってます。あの部屋でなにをしてるかも、僕、ちゃんと知ってます。でも、だから、僕じゃダメですか? あの部屋じゃなきゃいけませんか?」
べそべそと泣きながら訴えてくるリヒトの、その言葉の内容にユリウスは驚愕した。
まさかリヒトが気づいているとは、夢にも思っていなかったのだ。
夜中にベッドを抜け出して、ユリウスが『あの部屋』へ通っていることを。
まさか気づかれていたなんて。
そうか、とユリウスは頭を殴られた気分で理解した。
自分の中のリヒトが、まだまだ五感の弱い子のままでいたことを。
ほんの子どもの頃からずっと世話を焼いてきたから、耳が聞こえるようになって、目が見えるようになって、触覚が働くようになって、味覚と嗅覚が戻って、それぞれの段階でおのれのオメガの変化に慣れることができたと思っていたけれど。
全然足りていなかった。
だからすこし気配を忍ばせれば、リヒトはわからないだろうと高をくくっていたのだ。
「リヒト、ごめん、ごめんね。不安な思いをさせてたね」
ユリウスはおのれのオメガに謝罪した。
自分の軽率な行動が、こうもリヒトを泣かせることになるなんて、と苦い気持ちがこみあげてくる。
涙で濡れた顔中にキスを降らせて、ごめんを繰り返していると、リヒトが嫌々をするように首を動かした。
「も、もう行かないでください。あの部屋へは、行かないで」
もちろんだよ、と答えようとしてユリウスは、息を吸い込んだ。
リヒトの匂い。オメガの誘惑香。
こんな場面でもそれは、ユリウスの理性を激しく揺るがせてくる。
ユリウスには『あの部屋』が必要だ。
でも、リヒトが泣いている。
おのれのオメガが。
「…………リヒト」
言い淀んだユリウスの頬に、リヒトのてのひらが押し当てられた。
リヒトの涙味の唇が、ユリウスのそれに触れた。
ちゅ、と小さな音を立てて唇が吸われる。
「僕じゃダメですか?」
先ほどと同じことを、リヒトが繰り返した。
ユリウスは呆然と、ランプの明かりで照らされたオメガの顔を見つめた。
この子はなにを言ってるんだろう。
そう考えて、ユリウスが『あの部屋』でなにをしているか知ってる、と告げられたことを思い出す。
知ってる? リヒトが? 僕が『あの部屋』でしていることを?
ごくり、と生唾を飲み込んで、ユリウスは考えを巡らせる。
なぜリヒトがそれを知るに至ったのか。
『あの部屋』への立ち入りは何人も禁じている。ロンバードですら入れたことはない。それなのに、なぜ。
リヒトがいまこのタイミングでそれを切り出した、ということも気になる。
アマーリエとエミールになにか吹き込まれたことは疑いようがなかった。
そうか、匂いか、とユリウスは思い至った。
僕についた匂いでなにかを察したリヒトが、エミールたちに相談したのか。
「リヒト、アマル殿たちになにか聞いた?」
この場をどう収めるか思案しながら、ユリウスはリヒトへと問いかけた。
この子にはまだ早い、という思いがあった。
発情期どころか、夢精すら未経験のリヒトだ。年齢はともかく、体は成熟していない。
どうにか誤魔化して、リヒトの意識を逸らさないと……。
そう考える傍から、兄の声がよみがえる。
(発情期が来ないからと言って、抱き合うことを禁じられているわけではないだろうが)
ユリウスはまた喉を鳴らした。
口渇がしている。喉の渇きはそのまま、おのれの飢えのように思えて、ユリウスは水差しのあるサイドテーブルへ体を向けようとした。
しかし。
「ユーリ様っ! 行かないで!」
ユリウスが離れてしまうと思ったのだろうか。リヒトがさらに強い力でしがみついてきて、あんまりにもかなしそうに泣くから。
ユリウスは華奢な体を覆うように両腕で抱き寄せ、そのままベッドに横たわった。
鼻先に、甘い甘い匂いがしている。世界中でただひとり、ユリウスのオメガの匂いが。
「リヒト、僕のオメガ」
唇をキスで塞いだ。
歯列をペロリと舐めると、
「ふぁい」
とリヒトが不明瞭な声で返事をする。それが可愛くて、開いた口の隙間から舌を差し込んだ。
リヒトの舌がおずおずとユリウスのそれを迎えてくれる。
舌先を軽くこすり合わせると、腕の中の体がひくんと動いた。
ユリウスは横倒しの体をごろりと転がして、リヒトの上に乗る形をとる。体重をかけないようにしながらも、両腕にリヒトを閉じ込め、金色の瞳を至近距離で見下ろした。
「リヒト、僕になにをされるか、本当にわかってる?」
おのれの金髪がさらりと落ちて、リヒトの白いひたいに乗った。
それがくすぐったかったのか、リヒトが吐息のように笑った。
そして。
「僕、ユーリ様のオメガになりたいんです」
と、濡れた瞳に強い光を宿して、そう言った。
「きみはずっと、僕のオメガだよ、リヒト」
リヒトを拾ったときから、他の何者でもなく彼はユリウスのオメガであり続けた。そのことを伝えたら、リヒトが二度まばたきをして。
「ユーリ様にも、僕のアルファになってほしいです」
銀色の睫毛に涙を絡めながら、震える声で、乞うてきた。
「つがいになりたいです。発情期が来なくても……僕、ユーリ様のつがいになりたいです。ユーリ様が好きです。大好きです。僕を、ユーリ様のオメガにしてください」
ぼろり、ぼろりと目じりから落ちる涙がきれいで、ユリウスは夢の中のいるかのような気持ちでリヒトを見つめていた。
けれど、組み敷いた体の熱は夢ではありえなかったし、おのれの下腹部に溜まる欲望も、現実のものだった。
ユリウスは激しい葛藤の中、顔をゆがめた。
このまま抱いてしまいたい、という欲求と。
リヒトを傷つけたくない、という理性が争っている。
いまならまだ、離れられる。リヒトと密着したこの体を、もぎ離すことができる。
いまなら、まだ。
ユリウスは奥歯を噛み締めた。
リヒトの首をまもる、黒い首輪。そこに嵌め込まれた金の宝石が、頼りないランプの灯りをきらりと弾いてユリウスの目を射た。
もうどこにも行かないよ、と言って。
ひたいにキスをして。
なにごともなかったかのようにこのまま二人で横たわって。
リヒトが眠ったら、また『あの部屋』へ行く。
こんどは細心の注意を払って、リヒトに勘付かれないように。
それが一番いいと、わかっていた。
でも、リヒトが。
泣いているリヒトが。
どうしようもないほどいとしい声で、
「ゆぅりさま」
と、ユリウスを呼んだから。
「僕、ゆぅりさまとひとつになりたいです」
と、自分のための願いごとを口にしたから。
ユリウスはもう、おのれのオメガに屈するしかなかった。
リヒトがこれほどに泣いている理由がよくわからない。
次々に涙を溢れさせている目元にキスをして、しっかりとリヒトの体を抱きかかえた。
「僕はどこにも行かないよ。どうしたのかな。怖い夢でも見たのかな」
やわらかに問いかけると、リヒトが首を横に振ってしがみついてきた。
「ゆぅりさま」
「ん?」
「ぼ、ぼくじゃ、ダメですか」
「え?」
なんの話だろう、とユリウスが目を丸くすると、ひたむきな金の瞳がこちらを見上げ、リヒトが声を震わせながら言いつのった。
「僕じゃダメですか? ユーリ様。ユーリ様が、いつも、夜中にあの部屋に行ってること、知ってます。あの部屋でなにをしてるかも、僕、ちゃんと知ってます。でも、だから、僕じゃダメですか? あの部屋じゃなきゃいけませんか?」
べそべそと泣きながら訴えてくるリヒトの、その言葉の内容にユリウスは驚愕した。
まさかリヒトが気づいているとは、夢にも思っていなかったのだ。
夜中にベッドを抜け出して、ユリウスが『あの部屋』へ通っていることを。
まさか気づかれていたなんて。
そうか、とユリウスは頭を殴られた気分で理解した。
自分の中のリヒトが、まだまだ五感の弱い子のままでいたことを。
ほんの子どもの頃からずっと世話を焼いてきたから、耳が聞こえるようになって、目が見えるようになって、触覚が働くようになって、味覚と嗅覚が戻って、それぞれの段階でおのれのオメガの変化に慣れることができたと思っていたけれど。
全然足りていなかった。
だからすこし気配を忍ばせれば、リヒトはわからないだろうと高をくくっていたのだ。
「リヒト、ごめん、ごめんね。不安な思いをさせてたね」
ユリウスはおのれのオメガに謝罪した。
自分の軽率な行動が、こうもリヒトを泣かせることになるなんて、と苦い気持ちがこみあげてくる。
涙で濡れた顔中にキスを降らせて、ごめんを繰り返していると、リヒトが嫌々をするように首を動かした。
「も、もう行かないでください。あの部屋へは、行かないで」
もちろんだよ、と答えようとしてユリウスは、息を吸い込んだ。
リヒトの匂い。オメガの誘惑香。
こんな場面でもそれは、ユリウスの理性を激しく揺るがせてくる。
ユリウスには『あの部屋』が必要だ。
でも、リヒトが泣いている。
おのれのオメガが。
「…………リヒト」
言い淀んだユリウスの頬に、リヒトのてのひらが押し当てられた。
リヒトの涙味の唇が、ユリウスのそれに触れた。
ちゅ、と小さな音を立てて唇が吸われる。
「僕じゃダメですか?」
先ほどと同じことを、リヒトが繰り返した。
ユリウスは呆然と、ランプの明かりで照らされたオメガの顔を見つめた。
この子はなにを言ってるんだろう。
そう考えて、ユリウスが『あの部屋』でなにをしているか知ってる、と告げられたことを思い出す。
知ってる? リヒトが? 僕が『あの部屋』でしていることを?
ごくり、と生唾を飲み込んで、ユリウスは考えを巡らせる。
なぜリヒトがそれを知るに至ったのか。
『あの部屋』への立ち入りは何人も禁じている。ロンバードですら入れたことはない。それなのに、なぜ。
リヒトがいまこのタイミングでそれを切り出した、ということも気になる。
アマーリエとエミールになにか吹き込まれたことは疑いようがなかった。
そうか、匂いか、とユリウスは思い至った。
僕についた匂いでなにかを察したリヒトが、エミールたちに相談したのか。
「リヒト、アマル殿たちになにか聞いた?」
この場をどう収めるか思案しながら、ユリウスはリヒトへと問いかけた。
この子にはまだ早い、という思いがあった。
発情期どころか、夢精すら未経験のリヒトだ。年齢はともかく、体は成熟していない。
どうにか誤魔化して、リヒトの意識を逸らさないと……。
そう考える傍から、兄の声がよみがえる。
(発情期が来ないからと言って、抱き合うことを禁じられているわけではないだろうが)
ユリウスはまた喉を鳴らした。
口渇がしている。喉の渇きはそのまま、おのれの飢えのように思えて、ユリウスは水差しのあるサイドテーブルへ体を向けようとした。
しかし。
「ユーリ様っ! 行かないで!」
ユリウスが離れてしまうと思ったのだろうか。リヒトがさらに強い力でしがみついてきて、あんまりにもかなしそうに泣くから。
ユリウスは華奢な体を覆うように両腕で抱き寄せ、そのままベッドに横たわった。
鼻先に、甘い甘い匂いがしている。世界中でただひとり、ユリウスのオメガの匂いが。
「リヒト、僕のオメガ」
唇をキスで塞いだ。
歯列をペロリと舐めると、
「ふぁい」
とリヒトが不明瞭な声で返事をする。それが可愛くて、開いた口の隙間から舌を差し込んだ。
リヒトの舌がおずおずとユリウスのそれを迎えてくれる。
舌先を軽くこすり合わせると、腕の中の体がひくんと動いた。
ユリウスは横倒しの体をごろりと転がして、リヒトの上に乗る形をとる。体重をかけないようにしながらも、両腕にリヒトを閉じ込め、金色の瞳を至近距離で見下ろした。
「リヒト、僕になにをされるか、本当にわかってる?」
おのれの金髪がさらりと落ちて、リヒトの白いひたいに乗った。
それがくすぐったかったのか、リヒトが吐息のように笑った。
そして。
「僕、ユーリ様のオメガになりたいんです」
と、濡れた瞳に強い光を宿して、そう言った。
「きみはずっと、僕のオメガだよ、リヒト」
リヒトを拾ったときから、他の何者でもなく彼はユリウスのオメガであり続けた。そのことを伝えたら、リヒトが二度まばたきをして。
「ユーリ様にも、僕のアルファになってほしいです」
銀色の睫毛に涙を絡めながら、震える声で、乞うてきた。
「つがいになりたいです。発情期が来なくても……僕、ユーリ様のつがいになりたいです。ユーリ様が好きです。大好きです。僕を、ユーリ様のオメガにしてください」
ぼろり、ぼろりと目じりから落ちる涙がきれいで、ユリウスは夢の中のいるかのような気持ちでリヒトを見つめていた。
けれど、組み敷いた体の熱は夢ではありえなかったし、おのれの下腹部に溜まる欲望も、現実のものだった。
ユリウスは激しい葛藤の中、顔をゆがめた。
このまま抱いてしまいたい、という欲求と。
リヒトを傷つけたくない、という理性が争っている。
いまならまだ、離れられる。リヒトと密着したこの体を、もぎ離すことができる。
いまなら、まだ。
ユリウスは奥歯を噛み締めた。
リヒトの首をまもる、黒い首輪。そこに嵌め込まれた金の宝石が、頼りないランプの灯りをきらりと弾いてユリウスの目を射た。
もうどこにも行かないよ、と言って。
ひたいにキスをして。
なにごともなかったかのようにこのまま二人で横たわって。
リヒトが眠ったら、また『あの部屋』へ行く。
こんどは細心の注意を払って、リヒトに勘付かれないように。
それが一番いいと、わかっていた。
でも、リヒトが。
泣いているリヒトが。
どうしようもないほどいとしい声で、
「ゆぅりさま」
と、ユリウスを呼んだから。
「僕、ゆぅりさまとひとつになりたいです」
と、自分のための願いごとを口にしたから。
ユリウスはもう、おのれのオメガに屈するしかなかった。
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