溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
102 / 118
(番外編)こびとの靴

しおりを挟む

 遡ること一週間前。

 休日のユリウスは、その時間のすべてをリヒトと過ごすことに注いでいる。
 この日も彼はリヒトの勉強部屋で読書をしながら、傍らのつがいが一生懸命絵本を読んでいるのを微笑ましく見つめていた。

 絵本、と言っても文字をだいぶ覚えてきたリヒトの手元にあるのは、比較的文章量の多いもので、もうすこしすれば小説だって読めるようになるかもしれない。
 すごいなぁ、とユリウスは感嘆混じりにそう思った。

 目で文字を追う、というユリウスにすれば当たり前の動作も、目がきちんと見えるようになったばかりの頃のリヒトは、とても苦戦していた。

 それも当然で、視覚が治癒する前のリヒトの目は、つねにぼんやりとしか働かず、焦点を結ぶということもできなかったのだ。
 だからその満月のような金色の瞳は、いつもすこし霞がかったかのように見えて、神秘的な印象があったのだけれど。

 いま熱心に文字を読んでいるリヒトの双眸は、キラキラと輝いており、活き活きとしてとてもきれいだった。

 無意識にすこし唇を尖らせているその可愛い横顔を見ていたら、無性にキスがしたくなってきて、リヒトの勉強を邪魔してはいけないと叫ぶ理性とユリウスがひとり格闘していたところで、突然リヒトが叫んだ。

「あっ‼」

 不意打ちの大声に、ユリウスは咄嗟にリヒトの全身に視線を走らせた。
 怪我をしたのか。体調が悪いのか。どこかに不具合が起きたのか……俄かに緊迫したユリウスの服の裾を、リヒトがぎゅっと握ってくる。

「ゆ、ユーリ様!」
「どうしたの、僕のオメガ」
「これ! これ見てください!」

 リヒトが広げた絵本のページを、興奮したように指さした。
 そこには、湖のある公園の絵が描かれていた。
 特になんということのないページだ。いったいこれがどうしたのか。

「これ! この湖! 前に僕がユーリ様に連れて行ってもらったところとおんなじです!」

 リヒトがいつもよりも早口に言い募ってくる。
 その様が可愛くて、ユリウスはつい我慢できずにリヒトの頬にキスをしてしまった。

 ちゅ、と唇で触れてから改めて絵を確認する。それは確かに以前リヒトを連れて行った場所に似ていた。

 豊かな自然に囲まれた、湖のある公園。描かれている白いガゼボは、手すりや柱のレリーフに特徴がある。
 なるほど、とユリウスは頷いた。

 この公園は、王族の私有地として扱われている場所であり、基本的に王族以外は許可を得た者しか立ち入ることができない。
 しかし風光明媚な場所であるため、年に数回は一般開放されることもあった。

 この絵本の画家は、湖のほとりのガゼボをモデルに、この絵を描いたのだろう。

 自身の絵姿も良く絵本に登場するユリウスである。いまさらあの公園が模写されたところでなんら驚くものではないが、リヒトにしてみれば知っている場所が絵本に出てくるなんて初体験だ。さぞびっくりしたことだろう。
 目を真ん丸にしているおのれのオメガへと、よくあることなんだよと教えてあげようとしたユリウスだったが、それよりも早くリヒトがユリウスを呼んだ。

「ユーリ様、ユーリ様! 僕、行きたいです!」
「え? 湖に?」
「はい!」
「どうして?」

 連れて行ってあげることは簡単だが、なぜそんなに行きたがるのか、とユリウスは不思議に思ったが、リヒトが読んでいた絵本のタイトルにはたと気づいた。

 『こびとの冒険』。

 そう書かれた表紙の本を、胸元に抱き締めて、リヒトが両目を輝かせている。

「ユーリ様、ここに、こびとが居るかもしれません!」

 意気揚々と、リヒトがこぶしを握った。

「前にエミール様が、こびとは姿隠しの魔法を使うから見つけられないと言ってました。でも、この湖の葉っぱの下に、こびとが隠れてるんです!」

 ここです、ここ、とリヒトがこびとが草の陰からとんがり帽子の先を覗かせている絵を見せてくれた。
 その曇りのない眼差しに、ユリウスは射貫かれた。

 可愛い。可愛すぎる。
 なんという純真さ。まさかのこびと探しを所望とは!
 あ~僕のオメガが今日も可愛すぎる!

 ユリウスは小さな唇をちゅっと啄んで、それからおのれのオメガへと微笑みかけた。

「いいね。来週にでも行こうか」
「いいんですか?」
「もちろんだよ、僕のオメガ。でも僕と約束してくれる? きみは前に湖へ行ったときも、へとへとに疲れてしまったから、こびと探しに夢中になっても、ちゃんとこまめに休憩をとること」
「はい!」
「それから、エミール殿も言ったように、こびとは姿隠しの魔法を使うからね。見つからないことの方が多いよ。だから無理をして見つけようと思わないこと」
「はい」

 ユリウスの注意に、リヒトが神妙な顔でこくりと頷いた。
 そして絵本を机に置いてから、ユリウスへと両腕で抱きついてきて。

「ありがとうございます、ユーリ様、大好きです」

 ものすごく可愛い顔で、うふふと笑みをこぼしたのだった。 




しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。