溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
167 / 184
(番外編)こびとの靴

しおりを挟む
 サーリーク王国王弟、ユリウス・ドリッテ・ミュラーが正式につがい関係を結んだ、と王城より国民へ向けての正式な通達があったのは、つい先月のことである。

 王室の慶事に民たちは大いに沸いた。
 見目麗しく、物語の王子様のモデルとしてもたびたび登場するユリウス殿下の、さてつがい様はどんな御方なのだ、という話題も行き交った。

 どこそこの王女様を娶ったのでは、いやいや兄のクラウス殿下と同じく市井のオメガを見初めたらしい、オメガではなくベータと婚姻されたという噂もあるぞ。

 様々な説が取り沙汰されたが、そのうちに噂は実しやかにある一説へと収束していった。

 曰く、ユリウス殿下のつがい様は絶世の美女で、お体があまり頑健であらせられないため民へのお披露目はなく、殿下はそのつがい様を溺愛されているのだ、と。


 その、市井の民たちにとっては謎のヴェールをかぶった、深窓のつがい様は、いま、テオバルドの目の前で地面にしゃがみ込み、熱心に草を掻き分けていた。

「リヒト様、帽子を」

 つばの広い白い帽子を銀髪の頭に載せると、リヒトがこちらを振り返り、
「ありがとうございます」
 とお礼を言う。
 季節は新緑の頃で、殊更に日差しが強いというわけではなかったが、色素の薄いリヒトは日光に弱いため、前もってのケアは欠かせなかった。

 太陽からおのれの主人をまもった、というささやかな達成感を覚えながらテオバルドが顔を上げると、そこにどこからともなく氷の眼差しが突き刺さってくる。
 ひぇっ、と小さな悲鳴を上げてテオバルドが恐々そちらを見ると、今日もキラキラしい美貌のユリウスが、東屋ガゼボのベンチから冷ややかにテオバルドを睨んでいた。

「な、なんでそんな怖い顔で俺を⁉」

 まったく身に覚えがなくて思わずそう問いかけると、ユリウスは長いまつげを動かして、ますます冷たい目つきになった。

「なぜ僕のオメガに、僕のゆるしもなくおまえが触れるんだ」

 触れる? と首を傾げかけたテオバルドは、つい先般自分がリヒトに帽子をかぶせたことを思い出す。
 リヒトに触れたのは帽子であって、断じてテオバルドの手ではない。テオバルドはほんのわずかもリヒトに触ってはいないでないか!

「いやいやいやいや」

 ぶんぶんと勢いよく首を振り、ついでに両手も忙しなく動かしたテオバルドは身の潔白を訴えた。

「俺は触ってませんよ! 帽子をかぶせただけですから!」
「なぜ僕の仕事をおまえが盗るのかと聞いている」
「いやいやいや、どう考えても俺の仕事でしょ」

 リヒトの世話はリヒト付きのテオバルドの仕事だ。他ならぬユリウスが任命したのだから。

「テオ、諦めろ。殿下はリヒト様のうなじを噛んでから、以前にも増して狭量になってんだ」

 ロンバードが横から口を挟んでくる。それをうるさげに一瞥して、ユリウスはゆっくり立ち上がると、テオバルドの方へ近づいてくる。

 優雅な仕草で伸びてきた、爪の先までうつくしいユリウスの手が、テオバルドの胸倉を掴んだ。

 この王弟殿下は見目こそ麗しく、荒事とは無縁そうな印象であったが、若い頃は騎士団に所属し、外交長官のポストについて以降も剣技を磨いていたので、たおやかに見えるだけで腕力は相当なものがある。
 そのユリウスに手加減なしでぐいとシャツを引かれて、テオバルドはぐぇっとうめき声をあげた。

 ユリウスの顔がテオバルドへと寄せられた。

「おまえがリヒトの世話をしていいのは、僕が傍に居られないときだけだ」

 甘い声が、低く囁いた。
 絶句したテオバルドへと、
「テオ、復唱」
 ユリウスが短く促してくる。

「……私がリヒト様の世話をするのは、殿下が居ないときだけです」
「よし」

 ユリウスが素っ気ない仕草でひとつ頷き、胸倉の手を離した。
 と思ったら顔つきをがらりと変えて、蜂蜜をまぶしたような笑みを浮かべ、リヒトの方へと歩み寄っていく。

「リヒト、どう? 見つかった?」

 ユリウスに問いかけられたリヒトが、片手で帽子を押さえながら顔を上げ、
「いいえ」
 と答えてしょんぼりと肩を落とした。

「僕も一緒に探していい?」

 どこから出てるのだ、と思うほどにやさしい声でユリウスがそう言った。途端にリヒトが満月のような瞳を丸くして、パァっと顔を輝かせた。

「はい!」

 頷いたリヒトの白い帽子を、ユリウスが一度持ち上げて、あらわになった白いひたいに愛情たっぷりのキスを落とす。
 それから銀の髪をさらりと掻き分けてやり、帽子をかぶせ直した。

 そんなにか! とテオバルドは内心で突っ込む。
 そんなに俺が帽子をかぶせたのが気に入らなかったのか! わざわざやり直すほどに‼

 日頃からユリウスの溺愛を知るテオバルドだったが、しかし本当に父の言った通り、つがいになって以降のユリウスはすごい。
 これまでもすごかったが、なんというか、輪をかけてすごくなった気がする。

「アルファってやべぇな……」

 ガゼボのベンチに持ち込んだクッションを黙々と敷き詰めていたロンバードが、テオバルドの呟きを耳にして、喉奥で笑いを漏らした。

「この国は王様を始め、どのアルファも皆つがいに狂ってやがるからなぁ」

 言葉こそ不敬であったが、ロンバードが言うことは正しい、とテオバルドは思った。

 ユリウスはリヒトに狂っている。

 こびとを探したい、と言い出したつがいの願いを全面的に受け入れ、こんな場所にまでこびとを探しに来る程度には、しっかりと狂っている。





しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...