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(番外編)こびとの靴
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木靴にはとても細かな模様が入っていた。
リヒトは目の高さまで持ってきたそれをまじまじと見つめ、
「小さいですねぇ」
とつぶやいた。
その言い方が可愛くて、ユリウスが思わず笑みをこぼす。
「そうだね、小さいね。よく見つけたね、リヒト」
草と同化してしまいそうな緑色の小さな靴。それを見逃さなかったおのれのオメガに感心すると、リヒトが照れ臭そうにうふふと笑った。
満月の瞳がゆるく細められる。神秘的な印象のリヒトの目は、太陽の光に負けじと輝いていて、これから先この子の目に映るものがすべてうつくしいものであればいいと、ユリウスは願った。
「リヒトがあんまり熱心に探してるものだから、こびとの方から近づいてきたのかもしれないね。それできみに見つかりそうになって、慌てて逃げたんだ。その拍子に靴が片方脱げちゃったのかな」
リヒトのてのひらにある緑色の木靴。それを指先でつつきながらユリウスがそう言うと、リヒトがきょろきょろと足元を見渡した。
「まだどこかに居るでしょうか?」
「どうかな。魔法で隠れてしまったかもね」
リヒトがユリウスの腕の中から抜け出して、コビトノアシアトが咲く場所へと戻ってゆく。ユリウスはリヒトの白い帽子の後ろ姿を追ってゆっくりと足を運んだ。
リヒトが赤い花の間にしゃがみ込み、
「こびとさん、靴を落としましたよ、こびとさん」
と話しかけている。ひそひそ声になっているのは、こびとが驚かないようにというリヒトなりの配慮なのだろう。
その様が可愛すぎて、ユリウスはその場で悶え転がりそうになった。
「ユーリ様、こびとさんが見つかりません。どうしたらいいですか?」
ユリウスを振り仰いで、リヒトが眉をへにゃりと下げた。
困っている顔まで可愛くて、ユリウスはつい鼻の頭にキスをしてしまう。
「リヒト、姿隠しの魔法を使われたら探しようがないよ。その靴、どうする?」
緑色の、片方の木靴。握っているそれをリヒトは逡巡するように束の間見つめて、長い睫毛をふさりと動かした。
「こびとに、返したいです」
「でもせっかくきみが見つけたのに」
貴重なこびとの靴を手放してしまうのか、と尋ねたユリウスへと、愛すべきつがいは大真面目に答えた。
「靴が片方ないのは可哀想です。裸足で歩いたら、足の裏が痛くなります。僕が裸足だったらユーリ様が抱っこしてくれるけど……こびとにユーリ様のようなひとが居なかったら、誰も抱っこしてくれません」
「ふっ……あははっ! そうだね、僕のオメガ。僕なら、きみが裸足でも靴を履いてても抱っこしてあげるけど、こびとは誰にも抱っこしてもらえないかもしれないからね。その靴、返してあげようか」
ユリウスは笑いながら、赤い花の場所からリヒトを抱き上げた。
抱っこされることに慣れているリヒトは、すぐにユリウスの肩に手を回してくる。
「どうやって返したらいいでしょうか」
リヒトが小首を傾げて、う~んと考え込んだ。
「テオ、どう思う?」
ガゼボに戻る道すがら、半歩後ろを歩く侍従へと尋ねると、話しかけられるとは思っていなかったテオバルドが「ひえっ」と声を漏らした。
「えっ? 俺?」
「テオさん、どうすればいいですか?」
なにか妙案が出るか、とリヒトが期待に満ち満ちた目でテオバルドを見た。
あんまり可愛い顔で他の男を見ないでほしいなぁ、とユリウスは、おのれで話を振っておきながらものすごく狭量なことを思った。
ユリウスの冷えた視線とリヒトのきらきらしい眼差しを同時に浴びたテオバルドは、震えながらひたいの汗を拭い、なんとか答えをひねり出す。
「ええっと……元あった場所に返す、というのはどうでしょう」
「……元の場所……僕、靴を見つけた場所に目印をつけるのを忘れてました」
リヒトがしょぼんと肩を落とした。
赤い花が広がる場所は奥の林に向かって広範囲に及んでおり、あの中からピンポイントに靴のあった場所を探すのは、確かにリヒトの言う通り目印でもなければ無理だろう。
「僕、靴を見つけたことで浮かれてしまって……ユーリ様、僕……」
「リヒト、リヒト、大丈夫だよ。そんな顔をしないで」
半分泣きそうになっているつがいの頬と目じりにキスをして、ユリウスは代案を出した。
「リヒト、ここに靴があるってわかるように、なにか大きな飾りを付けよう。それと、手紙を書こうか」
「てがみ……」
「そう。靴を落としたこびと宛てに。リヒト、きみが書くんだよ」
「僕が、こびとさん宛てに」
「うん」
ユリウスが首肯すると、リヒトが大きな瞳をさらに大きくして、力いっぱい頷いた。
「僕、書きます!」
斯くしてリヒトはガゼボのベンチに戻り、ユリウスの指導を受けながらこびとに宛てて手紙をしたためた。
途中、不安そうに顔を上げ、
「こびとさんは字が読めるでしょうか」
と質問を寄越してくる。
「こびとは魔法が使えるからね。人間の文字も読めるんじゃないかな」
「でも、僕の字が下手過ぎて読めないのじゃないかしら」
「大丈夫だよ、僕のオメガ。きみがこころを込めて書いた文字は、きっとこびとにもちゃんと伝わるよ」
ユリウスが甘い声でおのれのつがいを励まし、リヒトは真剣な表情でペンを握って、続きに取り組んだ。
それをすこし離れた場所で見守りながら、テオバルドは父親の準備の良さに舌を巻いた。
まさかこびと探しという名のピクニックに来て、インクとペンと便箋を用意していたとは!
備えあれば憂いなし。自分も父を見習わなければならない。
しかし本当にこびとは居るのかもしれない。
「リヒト様は強運の持ち主だよな~。まさかこびとの靴を見つけてくるなんて」
もはやその存在を否定できなくなり、テオバルドが独り言ちると、茶色の頭をガシガシと掻いたロンバードがスッと明後日の方向を向いた。
……なんだ、いまのは。
「父さん」
「なんだよ」
「……なにか知ってますね」
半眼になってそう問えば、ロンバードが苦笑をひらめかせた。
「おまえが騙されやすすぎて、俺ぁ心配だよ、テオ」
父親の大きな手が、テオバルドの頭をぐしゃりと撫でる。
ロンバードの言葉の意味を、テオバルドは最大限に思考を巡らせて考えた。
ユリウスがリヒトを誘導した、赤い花の群生地。
そこに都合よく転がっていた、小さな緑の木靴。
そして、準備の良すぎたペンと便箋。
あっ、と小さくテオバルドは叫んだ。
「まさか、ユリウス殿下の仕込み……?」
テオバルドの推理に、ロンバードが軽く肩を竦めてみせた。
「三日前に、アマル様がイルゼ嬢とここを訪れている」
アマルことアマーリエは国王マリウスの妻、そしてイルゼは国王夫妻の末の娘だ。確か今年で17か18歳になる王女様の名前がロンバードの口から出て、テオバルドは曖昧に頷いた。
ユリウスの行くところにどこでもついて行く父と違って、テオバルドはほぼ屋敷で過ごすリヒトと行動を共にしているので、国王夫妻の子どもたちとはあまり面識がない。
「アマーリエ様とイルゼ様がどうかしたんですか?」
「イルゼ嬢がここ数年ハマっているのが、人形作りだ」
「人形作り?」
「そう。ぬいぐるみじゃなくて、人形。俺にはよくわからん世界だが、イルゼ嬢はご自分でぜんぶ作られるんだと。人形本体だけじゃなく、ドレスや帽子や靴までな。巷じゃ結構評判いいらしいぞ」
「へぇ……って、えっ! そしたら!」
父の言葉に暢気に相槌を打っている途中で、テオバルドはハッとひらめいた。
そのとき、ガゼボでリヒトと肩を寄せ合うようにして手紙の書き方を教えていたユリウスが、チラと顔を上げてこちらに視線を流してきた。
テオバルドは両手で口を塞ぐ。
それでいいというようにユリウスが軽く頷き、蕩けそうな眼差しでおのれのオメガを見つめた。
ロンバードの巨躯に隠れるように身を縮めて、テオバルドは極限まで潜めた声で囁いた。
「そしたらあの木靴は、こびとのものじゃなくて、イルゼ様の人形の靴ってことですか?」
問いかけた途端、大木のようなロンバードの腕がテオバルドの肩にのしっと載った。
「誰にも言うなよ」
ぼそり、とロンバードが前置きし、この件の裏側の種明かしを始めた。
リヒトは目の高さまで持ってきたそれをまじまじと見つめ、
「小さいですねぇ」
とつぶやいた。
その言い方が可愛くて、ユリウスが思わず笑みをこぼす。
「そうだね、小さいね。よく見つけたね、リヒト」
草と同化してしまいそうな緑色の小さな靴。それを見逃さなかったおのれのオメガに感心すると、リヒトが照れ臭そうにうふふと笑った。
満月の瞳がゆるく細められる。神秘的な印象のリヒトの目は、太陽の光に負けじと輝いていて、これから先この子の目に映るものがすべてうつくしいものであればいいと、ユリウスは願った。
「リヒトがあんまり熱心に探してるものだから、こびとの方から近づいてきたのかもしれないね。それできみに見つかりそうになって、慌てて逃げたんだ。その拍子に靴が片方脱げちゃったのかな」
リヒトのてのひらにある緑色の木靴。それを指先でつつきながらユリウスがそう言うと、リヒトがきょろきょろと足元を見渡した。
「まだどこかに居るでしょうか?」
「どうかな。魔法で隠れてしまったかもね」
リヒトがユリウスの腕の中から抜け出して、コビトノアシアトが咲く場所へと戻ってゆく。ユリウスはリヒトの白い帽子の後ろ姿を追ってゆっくりと足を運んだ。
リヒトが赤い花の間にしゃがみ込み、
「こびとさん、靴を落としましたよ、こびとさん」
と話しかけている。ひそひそ声になっているのは、こびとが驚かないようにというリヒトなりの配慮なのだろう。
その様が可愛すぎて、ユリウスはその場で悶え転がりそうになった。
「ユーリ様、こびとさんが見つかりません。どうしたらいいですか?」
ユリウスを振り仰いで、リヒトが眉をへにゃりと下げた。
困っている顔まで可愛くて、ユリウスはつい鼻の頭にキスをしてしまう。
「リヒト、姿隠しの魔法を使われたら探しようがないよ。その靴、どうする?」
緑色の、片方の木靴。握っているそれをリヒトは逡巡するように束の間見つめて、長い睫毛をふさりと動かした。
「こびとに、返したいです」
「でもせっかくきみが見つけたのに」
貴重なこびとの靴を手放してしまうのか、と尋ねたユリウスへと、愛すべきつがいは大真面目に答えた。
「靴が片方ないのは可哀想です。裸足で歩いたら、足の裏が痛くなります。僕が裸足だったらユーリ様が抱っこしてくれるけど……こびとにユーリ様のようなひとが居なかったら、誰も抱っこしてくれません」
「ふっ……あははっ! そうだね、僕のオメガ。僕なら、きみが裸足でも靴を履いてても抱っこしてあげるけど、こびとは誰にも抱っこしてもらえないかもしれないからね。その靴、返してあげようか」
ユリウスは笑いながら、赤い花の場所からリヒトを抱き上げた。
抱っこされることに慣れているリヒトは、すぐにユリウスの肩に手を回してくる。
「どうやって返したらいいでしょうか」
リヒトが小首を傾げて、う~んと考え込んだ。
「テオ、どう思う?」
ガゼボに戻る道すがら、半歩後ろを歩く侍従へと尋ねると、話しかけられるとは思っていなかったテオバルドが「ひえっ」と声を漏らした。
「えっ? 俺?」
「テオさん、どうすればいいですか?」
なにか妙案が出るか、とリヒトが期待に満ち満ちた目でテオバルドを見た。
あんまり可愛い顔で他の男を見ないでほしいなぁ、とユリウスは、おのれで話を振っておきながらものすごく狭量なことを思った。
ユリウスの冷えた視線とリヒトのきらきらしい眼差しを同時に浴びたテオバルドは、震えながらひたいの汗を拭い、なんとか答えをひねり出す。
「ええっと……元あった場所に返す、というのはどうでしょう」
「……元の場所……僕、靴を見つけた場所に目印をつけるのを忘れてました」
リヒトがしょぼんと肩を落とした。
赤い花が広がる場所は奥の林に向かって広範囲に及んでおり、あの中からピンポイントに靴のあった場所を探すのは、確かにリヒトの言う通り目印でもなければ無理だろう。
「僕、靴を見つけたことで浮かれてしまって……ユーリ様、僕……」
「リヒト、リヒト、大丈夫だよ。そんな顔をしないで」
半分泣きそうになっているつがいの頬と目じりにキスをして、ユリウスは代案を出した。
「リヒト、ここに靴があるってわかるように、なにか大きな飾りを付けよう。それと、手紙を書こうか」
「てがみ……」
「そう。靴を落としたこびと宛てに。リヒト、きみが書くんだよ」
「僕が、こびとさん宛てに」
「うん」
ユリウスが首肯すると、リヒトが大きな瞳をさらに大きくして、力いっぱい頷いた。
「僕、書きます!」
斯くしてリヒトはガゼボのベンチに戻り、ユリウスの指導を受けながらこびとに宛てて手紙をしたためた。
途中、不安そうに顔を上げ、
「こびとさんは字が読めるでしょうか」
と質問を寄越してくる。
「こびとは魔法が使えるからね。人間の文字も読めるんじゃないかな」
「でも、僕の字が下手過ぎて読めないのじゃないかしら」
「大丈夫だよ、僕のオメガ。きみがこころを込めて書いた文字は、きっとこびとにもちゃんと伝わるよ」
ユリウスが甘い声でおのれのつがいを励まし、リヒトは真剣な表情でペンを握って、続きに取り組んだ。
それをすこし離れた場所で見守りながら、テオバルドは父親の準備の良さに舌を巻いた。
まさかこびと探しという名のピクニックに来て、インクとペンと便箋を用意していたとは!
備えあれば憂いなし。自分も父を見習わなければならない。
しかし本当にこびとは居るのかもしれない。
「リヒト様は強運の持ち主だよな~。まさかこびとの靴を見つけてくるなんて」
もはやその存在を否定できなくなり、テオバルドが独り言ちると、茶色の頭をガシガシと掻いたロンバードがスッと明後日の方向を向いた。
……なんだ、いまのは。
「父さん」
「なんだよ」
「……なにか知ってますね」
半眼になってそう問えば、ロンバードが苦笑をひらめかせた。
「おまえが騙されやすすぎて、俺ぁ心配だよ、テオ」
父親の大きな手が、テオバルドの頭をぐしゃりと撫でる。
ロンバードの言葉の意味を、テオバルドは最大限に思考を巡らせて考えた。
ユリウスがリヒトを誘導した、赤い花の群生地。
そこに都合よく転がっていた、小さな緑の木靴。
そして、準備の良すぎたペンと便箋。
あっ、と小さくテオバルドは叫んだ。
「まさか、ユリウス殿下の仕込み……?」
テオバルドの推理に、ロンバードが軽く肩を竦めてみせた。
「三日前に、アマル様がイルゼ嬢とここを訪れている」
アマルことアマーリエは国王マリウスの妻、そしてイルゼは国王夫妻の末の娘だ。確か今年で17か18歳になる王女様の名前がロンバードの口から出て、テオバルドは曖昧に頷いた。
ユリウスの行くところにどこでもついて行く父と違って、テオバルドはほぼ屋敷で過ごすリヒトと行動を共にしているので、国王夫妻の子どもたちとはあまり面識がない。
「アマーリエ様とイルゼ様がどうかしたんですか?」
「イルゼ嬢がここ数年ハマっているのが、人形作りだ」
「人形作り?」
「そう。ぬいぐるみじゃなくて、人形。俺にはよくわからん世界だが、イルゼ嬢はご自分でぜんぶ作られるんだと。人形本体だけじゃなく、ドレスや帽子や靴までな。巷じゃ結構評判いいらしいぞ」
「へぇ……って、えっ! そしたら!」
父の言葉に暢気に相槌を打っている途中で、テオバルドはハッとひらめいた。
そのとき、ガゼボでリヒトと肩を寄せ合うようにして手紙の書き方を教えていたユリウスが、チラと顔を上げてこちらに視線を流してきた。
テオバルドは両手で口を塞ぐ。
それでいいというようにユリウスが軽く頷き、蕩けそうな眼差しでおのれのオメガを見つめた。
ロンバードの巨躯に隠れるように身を縮めて、テオバルドは極限まで潜めた声で囁いた。
「そしたらあの木靴は、こびとのものじゃなくて、イルゼ様の人形の靴ってことですか?」
問いかけた途端、大木のようなロンバードの腕がテオバルドの肩にのしっと載った。
「誰にも言うなよ」
ぼそり、とロンバードが前置きし、この件の裏側の種明かしを始めた。
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