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(番外編)こびとの靴
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ユリウスはまず、アマーリエを動かした。
最近あの湖の公園で、珍しい鳥の鳴き声がするそうですよ。
そうほのめかすだけで、好奇心旺盛なアマーリエのことである。早々に家族を誘って湖に赴くことはわかっていた。
国王マリウスは多忙のため、やむなく不参加、他の子どもたちもそれぞれの公務があり、体が空いているのは末っ子のイルゼだけ。
イルゼは王女の身でありながら人形作りに没頭し、その腕前は人形師たちの間でも取沙汰されるほどであるという。
イルゼが私用で出かける際は必ず、お気に入りの人形を数体連れてゆくのは周知のことである。
当日もイルゼは人形用のバスケットに三体を入れて、湖へと向かった。
それが、ユリウスたちが湖へ来る、四日前の出来事である。
「じゃあそのときに人形の靴を落としたんですか?」
テオバルドがそう問えば、ロンバードが片頬で笑った。
「落としたんじゃない。盗まれたんだ」
「盗まれた? 靴を? 誰に?」
「俺だよ」
ロンバードが親指で自身を示した。テオバルドはあんぐりと口を開けて、父親を凝視した。
「……父さん、泥棒はまずい……しかも王族の……」
「馬鹿。殿下の指示でだよ」
ロンバードが今度は親指をクイと動かして、おのれの肩越しにガゼボのユリウスの方へ向けた。
ロンバードはアマーリエとイルゼを王城で出迎える荷運び役に混ざって、隙を見て人形の足から靴を片方拝借した。
ふだんよりユリウスに付いて王城内をうろちょろしているロンバードである。誰からも警戒されていない上に、気配を消して素早く動くことは得意技であった。
ひぇ……とテオバルドの喉からおかしな声が飛び出す。
「ということは、父さんが盗んだ靴を、リヒト様が探しそうなところにこっそり隠してたってこと?」
「だな」
「ひぇぇ……アルファ、やべぇ……」
こびとを見つけたがってたリヒトを喜ばせるために、そこまでするか!
なんと恐ろしい男だ!
テオバルドが愕然としていると、ロンバードが半笑いになりながら告げてきた。
「まだまだ」
「え?」
「ユリウス殿下の仕込みはここからってことだ」
「え? これ以上?」
テオバルドは目を瞬かせ、手紙を書いている二人へと目を向けた。
ガゼボではリヒトが、一生懸命手を動かして、こびとへの手紙を書き上げたところだった。
封筒に入れてしまってはこびとが手紙を出せないかもれない、とリヒトが言った。その純真さが眩しい。
こんな子に、その靴は人形の靴ですよなんて告げ口する真似は絶対にできない。
テオバルドはいま聞いた話を墓まで持ってゆく決心を固めた。
手紙は結局、ゆるく二つ折りにした。風で手紙が飛ばないように、ひとつの角に石を置く。その石にはユリウスのアイデアでリボンを巻いた。
これで目印になるよ、とユリウスがシロップよりも甘い声でそう言った。
リヒトが嬉しそうに頷いて、でも雨が降ったらどうしましょう、と首を傾げる。
リヒトの心配を受けて、ユリウスはテオバルドたちを手招いた。
「おまえたちも手伝え」
なにをするかと思ったら、ユリウスは石と大きな葉っぱを使って、屋根付きの手紙置き場を作った。
念のために、と葉っぱにも「ここに靴があるよ」と書く。
インクは使わずに、ペン先をきつく葉っぱに当てて書いた文字は、ふだんのユリウスの流麗な文字と違い、カクカクとしていたが、ペンで傷をつけた場所の色が濃く変色していき、文字がくっきりと読めるのがわかると、リヒトは感動したように葉っぱとユリウスを見比べていた。
「ゆぅりさま、すごい」
ぽつりとした呟きを耳にして、テオバルドは思う。
すごいのはそれで感動できるあんたですよ不思議ちゃん、と。
四人がかりで手紙をしっかりと設置して、最後にリヒトが緑色の木靴をそっと置いた。
リヒトの両手が、胸の前で組まれる。
「こびとさんが靴を見つけてくれますように」
リヒトが願い事を口にした。
その様を、息を止めるようにしてユリウスとテオバルド、そしてロンバードが見つめる。
祈るリヒトは、ハーゼを彷彿させるから。
リヒトの抱えたこころの傷が開いてしまうのではないか、と全員が危ぶんだ。
けれど祈りを終えたリヒトは指をほどいて、三人を見上げると、可愛い顔でうふふと笑った。
「連れてきてくれてありがとうございました」
そうお礼を言って、ひとりひとりに頭を下げたリヒトが、最後にユリウスと視線を合わせる。
「ユーリ様、ありがとうございます。僕、すごく楽しかったです!」
甘えるように抱きついてきたリヒトの体を揺らぎなく受け止めて、ユリウスがリヒトに負けず劣らずの眩しい微笑を浮かべた。
さて、湖へ行ってから七日後のことである。
朝食の後、ユリウスが不意に問いかけてきた。
「リヒト、こびとの靴がどうなったか、見に行ってみない?」
あれから靴がどうなったのか気になりつつも、普段は仕事で忙しくしているユリウスにもう一度連れて行ってほしいと中々言い出せなかったリヒトは、思いがけずユリウスから提案されて喜び勇んで頷いた。
そして向かった先の湖で、リヒトは歓喜の悲鳴を上げることとなる。
なんと、こびとからの返事が来ていたのだ。
『靴は確かに受け取りました。あなたの親切に感謝します』
コビトノアシアトの花びらが文字の形に貼り付けられたその手紙は、さながらこびとがペタペタと歩いた跡のように見えて。
裏側を知っているテオバルドですら、本物のこびとが書いたのではないかと一瞬錯覚してしまった。
自分たちで作った、雨避けの石と葉っぱの手紙置き場からは緑の木靴が消え、代わりのように置かれていた手紙を開いてその文字を見つけたリヒトは、興奮で頬を真っ赤に染めて、なんども「ゆぅりさま」を繰り返している。
「ゆぅりさま、こびとからのてがみです! わぁ! どうしましょう!」
はふはふと息を乱して、花の文字とユリウスの間で忙しなく視線を動かしているリヒトの背を、ユリウスがやさしい仕草で撫でた。
「良かったねリヒト、僕のオメガ」
喜ぶつがいの姿に満足げな微笑を浮かべる主人を、テオバルドは恐ろしいような思いで眺めた。
ユリウスの仕込みはまだこれから、と言っていた父の言葉が思い起こされる。
「父さんはこうなるのがわかってたってこと?」
思わずそう問えば、ロンバードが顎をさすって食えない笑みで唇の端を歪ませた。
「俺じゃなくて、殿下がな」
「ひぇ~。……え? ってことはイルゼ様は協力者?」
なら木靴を盗むなんて真似をしなくても、初めから協力してもらえば良かったのに、と考えたテオバルドへと、ロンバードが首を横に振る。
「いや、イルゼ嬢はなんも知らねぇよ。テオ、人形遊びをするのは一般的に誰だ?」
「誰って……子ども」
「そう。イルゼ嬢は王族。王族といえば慈善事業」
「エミール様もやってますよね。孤児院の慰問」
「イルゼ嬢はエミール様にも同行したことがある。人形は子どもに大人気だからな」
だからイルゼは子どもの相手には慣れているのだ、とロンバードが言った。
人形の足から靴がなくなっていることに気づいたイルゼは、恐らく、人形を連れ歩いた場所を探し、この湖の公園にも来たことだろう。
もしくはユリウスが何食わぬ顔で、湖を探してはどうかと提案したのかもしれない。
いずれにせよイルゼは湖を再訪し、そしてリヒトたちが作った目印を見つけた。
中には手紙と、緑の木靴。
まだまだ文字をうまく書けないリヒトの手紙は、イルゼの目には子どもからの手紙に見えたのかもしれない。
それに、ユリウスが刻んだ葉っぱの文字。
あれもふだんの彼の流麗な文字とまったく違い、さながら子どもの落書きめいていた。
イルゼは思ったはずだ。
イルゼが落とした人形の靴を、ここを訪れた子どもが、こびとの靴だと勘違いして返してくれたのだ、と。
だからイルゼはその子どもに宛てて返事を出した。
こびとじゃなかったと子どもをがっかりしないよう、コビトノアシアトの花びらを使って、お礼の手紙を書いたのだ。
子どもの相手に慣れているイルゼならそうするだろう、と考えてのユリウスの仕掛けである。
「ひぇぇ」
テオバルドはユリウスの先読みの良さに感心すればいいのか、なんと無駄なことに優秀な観察眼を使ったのかと呆れればいいのかわからなくなり、ただただそう言うことしかできなかった。
ロンバードがやれやれとよく晴れた空を仰ぎ、
「まぁ殿下のおかげで、リヒト様は大喜びだけどな」
と、顎でクイと二人の方を示した。
そこにはこびとからの手紙を胸に抱きしめて、弾けるような笑みを浮かべているリヒトと。
つがいの笑顔を満足そうに見つめているユリウスの姿がある。
しあわせそのものの表情の彼らを眺め、テオバルドはつぶやいた。
「アルファ、怖えぇぇ……」
『こびとの靴』 おしまい
最近あの湖の公園で、珍しい鳥の鳴き声がするそうですよ。
そうほのめかすだけで、好奇心旺盛なアマーリエのことである。早々に家族を誘って湖に赴くことはわかっていた。
国王マリウスは多忙のため、やむなく不参加、他の子どもたちもそれぞれの公務があり、体が空いているのは末っ子のイルゼだけ。
イルゼは王女の身でありながら人形作りに没頭し、その腕前は人形師たちの間でも取沙汰されるほどであるという。
イルゼが私用で出かける際は必ず、お気に入りの人形を数体連れてゆくのは周知のことである。
当日もイルゼは人形用のバスケットに三体を入れて、湖へと向かった。
それが、ユリウスたちが湖へ来る、四日前の出来事である。
「じゃあそのときに人形の靴を落としたんですか?」
テオバルドがそう問えば、ロンバードが片頬で笑った。
「落としたんじゃない。盗まれたんだ」
「盗まれた? 靴を? 誰に?」
「俺だよ」
ロンバードが親指で自身を示した。テオバルドはあんぐりと口を開けて、父親を凝視した。
「……父さん、泥棒はまずい……しかも王族の……」
「馬鹿。殿下の指示でだよ」
ロンバードが今度は親指をクイと動かして、おのれの肩越しにガゼボのユリウスの方へ向けた。
ロンバードはアマーリエとイルゼを王城で出迎える荷運び役に混ざって、隙を見て人形の足から靴を片方拝借した。
ふだんよりユリウスに付いて王城内をうろちょろしているロンバードである。誰からも警戒されていない上に、気配を消して素早く動くことは得意技であった。
ひぇ……とテオバルドの喉からおかしな声が飛び出す。
「ということは、父さんが盗んだ靴を、リヒト様が探しそうなところにこっそり隠してたってこと?」
「だな」
「ひぇぇ……アルファ、やべぇ……」
こびとを見つけたがってたリヒトを喜ばせるために、そこまでするか!
なんと恐ろしい男だ!
テオバルドが愕然としていると、ロンバードが半笑いになりながら告げてきた。
「まだまだ」
「え?」
「ユリウス殿下の仕込みはここからってことだ」
「え? これ以上?」
テオバルドは目を瞬かせ、手紙を書いている二人へと目を向けた。
ガゼボではリヒトが、一生懸命手を動かして、こびとへの手紙を書き上げたところだった。
封筒に入れてしまってはこびとが手紙を出せないかもれない、とリヒトが言った。その純真さが眩しい。
こんな子に、その靴は人形の靴ですよなんて告げ口する真似は絶対にできない。
テオバルドはいま聞いた話を墓まで持ってゆく決心を固めた。
手紙は結局、ゆるく二つ折りにした。風で手紙が飛ばないように、ひとつの角に石を置く。その石にはユリウスのアイデアでリボンを巻いた。
これで目印になるよ、とユリウスがシロップよりも甘い声でそう言った。
リヒトが嬉しそうに頷いて、でも雨が降ったらどうしましょう、と首を傾げる。
リヒトの心配を受けて、ユリウスはテオバルドたちを手招いた。
「おまえたちも手伝え」
なにをするかと思ったら、ユリウスは石と大きな葉っぱを使って、屋根付きの手紙置き場を作った。
念のために、と葉っぱにも「ここに靴があるよ」と書く。
インクは使わずに、ペン先をきつく葉っぱに当てて書いた文字は、ふだんのユリウスの流麗な文字と違い、カクカクとしていたが、ペンで傷をつけた場所の色が濃く変色していき、文字がくっきりと読めるのがわかると、リヒトは感動したように葉っぱとユリウスを見比べていた。
「ゆぅりさま、すごい」
ぽつりとした呟きを耳にして、テオバルドは思う。
すごいのはそれで感動できるあんたですよ不思議ちゃん、と。
四人がかりで手紙をしっかりと設置して、最後にリヒトが緑色の木靴をそっと置いた。
リヒトの両手が、胸の前で組まれる。
「こびとさんが靴を見つけてくれますように」
リヒトが願い事を口にした。
その様を、息を止めるようにしてユリウスとテオバルド、そしてロンバードが見つめる。
祈るリヒトは、ハーゼを彷彿させるから。
リヒトの抱えたこころの傷が開いてしまうのではないか、と全員が危ぶんだ。
けれど祈りを終えたリヒトは指をほどいて、三人を見上げると、可愛い顔でうふふと笑った。
「連れてきてくれてありがとうございました」
そうお礼を言って、ひとりひとりに頭を下げたリヒトが、最後にユリウスと視線を合わせる。
「ユーリ様、ありがとうございます。僕、すごく楽しかったです!」
甘えるように抱きついてきたリヒトの体を揺らぎなく受け止めて、ユリウスがリヒトに負けず劣らずの眩しい微笑を浮かべた。
さて、湖へ行ってから七日後のことである。
朝食の後、ユリウスが不意に問いかけてきた。
「リヒト、こびとの靴がどうなったか、見に行ってみない?」
あれから靴がどうなったのか気になりつつも、普段は仕事で忙しくしているユリウスにもう一度連れて行ってほしいと中々言い出せなかったリヒトは、思いがけずユリウスから提案されて喜び勇んで頷いた。
そして向かった先の湖で、リヒトは歓喜の悲鳴を上げることとなる。
なんと、こびとからの返事が来ていたのだ。
『靴は確かに受け取りました。あなたの親切に感謝します』
コビトノアシアトの花びらが文字の形に貼り付けられたその手紙は、さながらこびとがペタペタと歩いた跡のように見えて。
裏側を知っているテオバルドですら、本物のこびとが書いたのではないかと一瞬錯覚してしまった。
自分たちで作った、雨避けの石と葉っぱの手紙置き場からは緑の木靴が消え、代わりのように置かれていた手紙を開いてその文字を見つけたリヒトは、興奮で頬を真っ赤に染めて、なんども「ゆぅりさま」を繰り返している。
「ゆぅりさま、こびとからのてがみです! わぁ! どうしましょう!」
はふはふと息を乱して、花の文字とユリウスの間で忙しなく視線を動かしているリヒトの背を、ユリウスがやさしい仕草で撫でた。
「良かったねリヒト、僕のオメガ」
喜ぶつがいの姿に満足げな微笑を浮かべる主人を、テオバルドは恐ろしいような思いで眺めた。
ユリウスの仕込みはまだこれから、と言っていた父の言葉が思い起こされる。
「父さんはこうなるのがわかってたってこと?」
思わずそう問えば、ロンバードが顎をさすって食えない笑みで唇の端を歪ませた。
「俺じゃなくて、殿下がな」
「ひぇ~。……え? ってことはイルゼ様は協力者?」
なら木靴を盗むなんて真似をしなくても、初めから協力してもらえば良かったのに、と考えたテオバルドへと、ロンバードが首を横に振る。
「いや、イルゼ嬢はなんも知らねぇよ。テオ、人形遊びをするのは一般的に誰だ?」
「誰って……子ども」
「そう。イルゼ嬢は王族。王族といえば慈善事業」
「エミール様もやってますよね。孤児院の慰問」
「イルゼ嬢はエミール様にも同行したことがある。人形は子どもに大人気だからな」
だからイルゼは子どもの相手には慣れているのだ、とロンバードが言った。
人形の足から靴がなくなっていることに気づいたイルゼは、恐らく、人形を連れ歩いた場所を探し、この湖の公園にも来たことだろう。
もしくはユリウスが何食わぬ顔で、湖を探してはどうかと提案したのかもしれない。
いずれにせよイルゼは湖を再訪し、そしてリヒトたちが作った目印を見つけた。
中には手紙と、緑の木靴。
まだまだ文字をうまく書けないリヒトの手紙は、イルゼの目には子どもからの手紙に見えたのかもしれない。
それに、ユリウスが刻んだ葉っぱの文字。
あれもふだんの彼の流麗な文字とまったく違い、さながら子どもの落書きめいていた。
イルゼは思ったはずだ。
イルゼが落とした人形の靴を、ここを訪れた子どもが、こびとの靴だと勘違いして返してくれたのだ、と。
だからイルゼはその子どもに宛てて返事を出した。
こびとじゃなかったと子どもをがっかりしないよう、コビトノアシアトの花びらを使って、お礼の手紙を書いたのだ。
子どもの相手に慣れているイルゼならそうするだろう、と考えてのユリウスの仕掛けである。
「ひぇぇ」
テオバルドはユリウスの先読みの良さに感心すればいいのか、なんと無駄なことに優秀な観察眼を使ったのかと呆れればいいのかわからなくなり、ただただそう言うことしかできなかった。
ロンバードがやれやれとよく晴れた空を仰ぎ、
「まぁ殿下のおかげで、リヒト様は大喜びだけどな」
と、顎でクイと二人の方を示した。
そこにはこびとからの手紙を胸に抱きしめて、弾けるような笑みを浮かべているリヒトと。
つがいの笑顔を満足そうに見つめているユリウスの姿がある。
しあわせそのものの表情の彼らを眺め、テオバルドはつぶやいた。
「アルファ、怖えぇぇ……」
『こびとの靴』 おしまい
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