溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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(番外編)ともに、歩く。

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 男が両のてのひらをそれぞれ、リヒトとユリウスへ向けてきた。
 ユリウスがそのてのひらへ向けて頭を下げた。リヒトもそれに倣う。

 歩く練習と名前を書く練習はたくさんしたけれど、他の細かなことはテオバルドもエミールも、「ユーリ様の真似をしたら大丈夫です」と言うばかりだったので、本当に大丈夫なのかすこしドキドキしてしまう。

「万物の神ヴォーダンの名の下に、戸籍局局長ハインツが証人となり、お二人の婚姻を見届けます」

 男……ハインツが深みのある声で宣言した。

 ユリウスが顔を上げた。横目でそれを確認したリヒトも同じように姿勢を戻した。

 白い台の上には、一枚の紙がある。白紙のそれの右上には王家の紋章が入っていた。
 ハインツがその用紙の上に、ペンを置いた。そして、透明な液体の入ったインク壺は、その横に。

「それでは、殿下からどうぞ」

 ハインツがユリウスへ目配せをした。
 ユリウスが細かな細工の施されたペンを握り、ペン先を透明な液体に潜らせた。

 そのまま、気負いのない仕草でユリウスが、用紙の上にペンでサラサラと署名する。

 リヒトは目を真ん丸に見開いて、思わず「わぁ……」と声をこぼした。
 紙面には、魔法のように金色の文字が浮かんでいたのだ。

 すごい。インクは水のように透明なのに、なんで文字が書けたんだろう。

 素直に驚くリヒトの反応に、ユリウスが小さく笑った。ハインツの目じりも下がっている。

 リヒトはハッとして姿勢を正した。いけない。いまは式典の最中だった。インクの謎は、後でユーリ様に確認しよう。

 気持ちを引き締めたリヒトへと、ハインツの声が掛かる。

「それでは、リヒト様」

 リヒトはユリウスからペンを受け取った。
 ドキドキしながら、ペン先をインク壺に入れ、紙の上にそっと滑らせた。

 ユリウス・ドリッテ・ミュラー。きれいな文字で綴られたユリウスの名前の横に、自分の名前を書く。

 リヒト・ベアテ・ミュラー。

 おのれの名はすべて、ユリウスにもらったものだ。

 リヒトベアテ祝福される者・ミュラー。

 この名に、どれだけの想いが、祈りが、込められているだろう。
 
 下手くそでぎこちない文字だったけれど、丁寧に丁寧にリヒトは名前を書いた。
 ペンが動いた後に、金色の文字が浮かび上がる。

 二人の名前が並んだ。
 ペンを置いたリヒトの手を、ユリウスがぎゅっと握ってくれる。

 ハインツが用紙の向きを自分の方へ変え、二人の署名を確認してから頷いた。

「お二人が正式な婚姻を結ばれたこと、このハインツが確かに確認いたしました。こころよりお祝い申し上げます」

 言葉の最後でにっこりと微笑まれ、リヒトはポカンとしてしまう。

 終わり? これで終わり? 
 自分はちゃんとできたのだろうか? 
 婚姻の儀を、きちんとやり遂げることができたのだろうか?

 不安になってユリウスを見上げると、ユリウスは眩しいほどの笑みでこちらを見ていた。

「リヒト! 僕のオメガ! これで僕たちは正式なふうふだ! どこへ行ってもきみは僕のつがいで、僕の伴侶なんだよ、リヒト!」

 ユリウスがぎゅうっとリヒトを抱きしめて、キスの雨をくれる。
 リヒトはユリウスの首にしがみつき、
「ぼ、僕、ちゃんとできましたか?」
 と尋ねたら、唇をちゅっと啄まれた。

「きみはちゃんとに歩けていたし、ちゃんと署名もできたよ、僕のオメガ。ほら」

 リヒトを抱っこしたユリウスが、くるりと振り返る。
 そこにはいつの間にか近くまで来ていたエミールやアマーリエたちが、拍手をしながらお祝いの言葉を口々にかけてくれていた。

「リヒト、リヒト、おめでとうございます。ユーリ様と歩いているあなたを見たら感動しました」

 目を潤ませたエミールがそう言ってくる後ろでは、テオバルドが腕で顔を覆って号泣していた。

 皆がリヒトたちを祝福してくれていた。
 なんてあたたかなひとたちなんだろう。
 リヒトはこらえきれずに涙をこぼし、ぐすぐすと鼻を啜りながら、この場に居てくれる全員にお礼を言った。

 ひとりひとりの名を呼びながら、「ありがとうございます」と告げてゆくリヒトを、
「そんなに泣くと目が溶けちゃうよ、僕のオメガ」
 ユリウスがやさしくそう言って、顔を拭いてくれる。
  
 リヒトは誰よりもいとしいつがいに抱きつき、
「ゆぅりさま、だいすきです」
 と告げた。
 
 ユリウスと歩いてきた三十四歩の道には、白い花弁がひらひらと舞い、雪のように仄かに積もっている。
 リヒトのこれからの未来を象徴するように、部屋は光に満ちていた。

 未来には辿れる足跡などはない。
 けれどリヒトは今日と同じようにこの先も、ユリウスと歩幅を合わせて歩くことができるだろう。
 おのれのアルファが、揺らぎなく隣にいてくれるのだから。
 
 ユリウスのきれいな顔が近づいてきて、愛のこもったキスをくれた。
 鼻先には、ユリウスの香り。
 
 終わりのないしあわせに、リヒトは爪の先まで満たされた。



  

  
  『ともに、歩く。』終幕
 



 
 
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