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(番外編)ともに、歩く。
裏側のお話。
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異例ずくめの式だった、と戸籍局局長、ハイマンは祭服の内側を安堵の汗で濡らしながら、たったいま証明書にサインをしたばかりのユリウスとリヒトへ祝福の拍手を送った。
王弟殿下もそのつがいも、とてもしあわせそのものといった笑顔を浮かべている。
お二人とも本当にうつくしい出で立ちだ。
本来であればハイマンも、お二人の門出を心底から祝福できたはずだった。
しかし、である。
この度の婚姻の儀は、本当に異例ずくめだった。
そもそもここに居る面子がおかしい。
国王マリウス、王妃アマーリエ、騎士団長のクラウス、そのつがいのエミール。ここまではわかる。招待されて当然だ。
しかし、なぜ侍従が紛れているのか。いや、百歩譲ってロンバードはいい。彼はユリウスの腹心で、護衛だ(いやだがしかし、挙式に堂々と護衛を伴っているのはやはり異例である。通常は、居るとわからぬよう陰に控えているものだ)。
だからロンバードはゆるせても、その息子のテオバルドなどはリヒト付きの侍従というだけの立場で、『王城内の戸籍局』の『王家の婚姻』の場に相応しい身分とは思えなかった。
さらには料理長である。
なぜ、一介の(いや、ユリウス殿下の使用人ではあるが)料理長ごときが、高貴なる王弟殿下の婚姻の儀に呼ばれているのか……。
伝統と儀礼を重んじてきた局長のハインツは、本日の段取りをユリウスと打合せした際、幾度も眩暈に襲われた。
第三の扉での立会人がほんの数名だと聞いたときは、声高に反論したものだ。
「いや殿下、それはあまりにも少なすぎます」
本来であれば各国の王侯貴族も招いて盛大に行われる祭儀である。
しかしユリウスは涼しい顔で、
「これでも多いぐらいだ。本当は僕とリヒトの二人だけでいいのに」
と信じがたいことを口にした。
そして、宝石のような緑の瞳をスッと細めて、ハインツと視線を合わせた。
「僕と、僕のつがいのための式典だ。それ以上の言葉が必要か?」
畏れ多いほど整った顔で凄まれると、大変に怖い。
しかしこれまでの伝統が……とハインツは食い下がったが、
「兄上の許可なら貰っている」
ユリウスが後出しのように国王からの書状をひらりと取り出して、ハインツの前に置いた。
そこには国王らしい豪快な文字で『弟の好きにさせるように』と記してあって、ハインツは兄馬鹿のマリウスにも頭を抱えたのだった。
ユリウスは口を開けば「リヒトリヒト」で、式典の内容は徹底的にリヒト仕様にさせられた。
一の扉から三の扉までの百歩の道程は死守したが、祝詞も署名の儀もものすごく端折る羽目となった。
本来であれば婚姻の儀はもっと長い。ハインツの述べる前口上も、厳かで伝統的なセリフがちゃんと用意されていた。
しかしユリウスが、これも要らないあれも無駄だ、と次々に切り捨ててゆき、
「式があんまり長引いて、僕のオメガが疲れたらどうするんだ」
と真顔でそんな要求をされて、ハインツは屈した。そもそも国王からの書状がある以上、伝統をごり押しするわけにもいかなかった。
そんなこんなで、『あの』婚姻の儀がこれほど簡単になるのか、という程に簡略化した行程でようやくユリウスの了承がとれ、戸籍局局員が一丸となって準備を整えて、いざ当日を迎えたのだが……。
一の扉をユリウスとリヒト、それぞれが潜った、という報告がハインツにもたらされたその数分後。
「ハインツ様、大変です」
泡を食った様子で局員のひとりが、控室のハインツへと早口で告げてきた。
「リヒト様が転びました」
なんと!
一の扉を歩いていたリヒトが突然膝をついたというのだ。
なぜだ。確かに暗いが灯りは置いてある部屋で、躓くものなどない平坦な石造りの床で、なぜ転ぶのだ!
「それで、リヒト様のご様子は?」
真っ青になったハインツが問いかけると、局員がひたいの汗を拭いながら、小声で囁いた。
「うずくまったまま、起き上がられない、と」
「怪我をされたのか?」
「いえ……そこまでは」
各部屋は、表向きは婚姻を結ぶ二人のみが立ち入れる場所であったが、不測の事態に備えて、上部に覗き窓があり、そこから数名が部屋の様子を見張っているのだった。
「どうします? お怪我がないか入室して確認してきましょうか?」
ヒソヒソと問われて、ハインツはう~んと腕を組んだ。
婚姻の儀の途中で局員が部屋に入るなんてことは、前例がない。
神聖なる祭儀の途中である。どうしたものか……。
即答できないハインツの元に、別の局員が飛び込んできて、
「申し上げます!」
と叫んだ。
「なにごとだ?」
思考を中断させられ、ハインツはすこし苛立ちながら局員の方を向いた。
若い局員は肩で息をしながら、狼狽も露わに告げてきた。
「二の扉まで進んだユリウス殿下が、突然リヒト様の部屋の扉を開け、そっちに飛び込んで行きました!」
ハインツはほとんど卒倒しそうになりながらそれを聞き、天井を仰いだ。
こんなとんでもない式典、後にも先にもこれが初めてだろう。
そう確信したハインツは、ともかくこの婚姻の儀が無事に終わるようにと万物の神に祈り、二人が歩いてくるだろう三の扉の祭壇で、スタンバイをしたのだった。
そしていま、ハインツの目の前ではおとぎ話の世界のように、きらきらしい二人が笑っている。
ハインツは惜しみない拍手を送った。
胃に穴を空けることなく今日この日を迎えることのできた自分と、局員たちに。
そして、しあわせいっぱいの、新婚の二人に。
裏側のお話。(ハインツ編)
王弟殿下もそのつがいも、とてもしあわせそのものといった笑顔を浮かべている。
お二人とも本当にうつくしい出で立ちだ。
本来であればハイマンも、お二人の門出を心底から祝福できたはずだった。
しかし、である。
この度の婚姻の儀は、本当に異例ずくめだった。
そもそもここに居る面子がおかしい。
国王マリウス、王妃アマーリエ、騎士団長のクラウス、そのつがいのエミール。ここまではわかる。招待されて当然だ。
しかし、なぜ侍従が紛れているのか。いや、百歩譲ってロンバードはいい。彼はユリウスの腹心で、護衛だ(いやだがしかし、挙式に堂々と護衛を伴っているのはやはり異例である。通常は、居るとわからぬよう陰に控えているものだ)。
だからロンバードはゆるせても、その息子のテオバルドなどはリヒト付きの侍従というだけの立場で、『王城内の戸籍局』の『王家の婚姻』の場に相応しい身分とは思えなかった。
さらには料理長である。
なぜ、一介の(いや、ユリウス殿下の使用人ではあるが)料理長ごときが、高貴なる王弟殿下の婚姻の儀に呼ばれているのか……。
伝統と儀礼を重んじてきた局長のハインツは、本日の段取りをユリウスと打合せした際、幾度も眩暈に襲われた。
第三の扉での立会人がほんの数名だと聞いたときは、声高に反論したものだ。
「いや殿下、それはあまりにも少なすぎます」
本来であれば各国の王侯貴族も招いて盛大に行われる祭儀である。
しかしユリウスは涼しい顔で、
「これでも多いぐらいだ。本当は僕とリヒトの二人だけでいいのに」
と信じがたいことを口にした。
そして、宝石のような緑の瞳をスッと細めて、ハインツと視線を合わせた。
「僕と、僕のつがいのための式典だ。それ以上の言葉が必要か?」
畏れ多いほど整った顔で凄まれると、大変に怖い。
しかしこれまでの伝統が……とハインツは食い下がったが、
「兄上の許可なら貰っている」
ユリウスが後出しのように国王からの書状をひらりと取り出して、ハインツの前に置いた。
そこには国王らしい豪快な文字で『弟の好きにさせるように』と記してあって、ハインツは兄馬鹿のマリウスにも頭を抱えたのだった。
ユリウスは口を開けば「リヒトリヒト」で、式典の内容は徹底的にリヒト仕様にさせられた。
一の扉から三の扉までの百歩の道程は死守したが、祝詞も署名の儀もものすごく端折る羽目となった。
本来であれば婚姻の儀はもっと長い。ハインツの述べる前口上も、厳かで伝統的なセリフがちゃんと用意されていた。
しかしユリウスが、これも要らないあれも無駄だ、と次々に切り捨ててゆき、
「式があんまり長引いて、僕のオメガが疲れたらどうするんだ」
と真顔でそんな要求をされて、ハインツは屈した。そもそも国王からの書状がある以上、伝統をごり押しするわけにもいかなかった。
そんなこんなで、『あの』婚姻の儀がこれほど簡単になるのか、という程に簡略化した行程でようやくユリウスの了承がとれ、戸籍局局員が一丸となって準備を整えて、いざ当日を迎えたのだが……。
一の扉をユリウスとリヒト、それぞれが潜った、という報告がハインツにもたらされたその数分後。
「ハインツ様、大変です」
泡を食った様子で局員のひとりが、控室のハインツへと早口で告げてきた。
「リヒト様が転びました」
なんと!
一の扉を歩いていたリヒトが突然膝をついたというのだ。
なぜだ。確かに暗いが灯りは置いてある部屋で、躓くものなどない平坦な石造りの床で、なぜ転ぶのだ!
「それで、リヒト様のご様子は?」
真っ青になったハインツが問いかけると、局員がひたいの汗を拭いながら、小声で囁いた。
「うずくまったまま、起き上がられない、と」
「怪我をされたのか?」
「いえ……そこまでは」
各部屋は、表向きは婚姻を結ぶ二人のみが立ち入れる場所であったが、不測の事態に備えて、上部に覗き窓があり、そこから数名が部屋の様子を見張っているのだった。
「どうします? お怪我がないか入室して確認してきましょうか?」
ヒソヒソと問われて、ハインツはう~んと腕を組んだ。
婚姻の儀の途中で局員が部屋に入るなんてことは、前例がない。
神聖なる祭儀の途中である。どうしたものか……。
即答できないハインツの元に、別の局員が飛び込んできて、
「申し上げます!」
と叫んだ。
「なにごとだ?」
思考を中断させられ、ハインツはすこし苛立ちながら局員の方を向いた。
若い局員は肩で息をしながら、狼狽も露わに告げてきた。
「二の扉まで進んだユリウス殿下が、突然リヒト様の部屋の扉を開け、そっちに飛び込んで行きました!」
ハインツはほとんど卒倒しそうになりながらそれを聞き、天井を仰いだ。
こんなとんでもない式典、後にも先にもこれが初めてだろう。
そう確信したハインツは、ともかくこの婚姻の儀が無事に終わるようにと万物の神に祈り、二人が歩いてくるだろう三の扉の祭壇で、スタンバイをしたのだった。
そしていま、ハインツの目の前ではおとぎ話の世界のように、きらきらしい二人が笑っている。
ハインツは惜しみない拍手を送った。
胃に穴を空けることなく今日この日を迎えることのできた自分と、局員たちに。
そして、しあわせいっぱいの、新婚の二人に。
裏側のお話。(ハインツ編)
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