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(番外編)ともに、歩く。
裏側のお話2
しおりを挟む「殿下、この度はおめでとうございます」
ロンバードがとても優雅とは言えない礼とともに祝辞を述べると、ユリウスがきれいな新緑色の瞳を撓ませた。
「おまえに畏まられると気持ちが悪いな」
くっくっと機嫌の良い笑い声を漏らす主に、ロンバードも笑いの形に唇を歪める。
「ひでぇ言い方だ。こんな場違いな場に招待いただき、感激しきりの忠実なる側近に対する言葉とは思えませんねぇ」
「それは僕に対する嫌味か」
「嫌味のひとつも勘弁してくださいよ。ほら、うちの倅なんて気絶寸前じゃねぇですか」
ロンバードがチラと視線でテオバルドの方を示すと、ユリウスの目をそちらへと流れた。
リヒト付きのテオバルドは、律儀にリヒトの背後に陣取って、リヒトとともにアマーリエやエミールたちに囲まれている。
彼らの傍らには当然のようにそのつがい……つまり、国王マリウスと騎士団長クラウスの姿もあるので、ロンバードの指摘通り、テオバルドはそろそろ気絶しそうな勢いだ。
身分、というものにあまり馴染みのないリヒトがたまに恐れ知らずな発言をするから、いつなんどき無礼な言葉を発するかと戦々恐々としている様子が、その後ろ姿から伺い知ることができた。
息子よ、頑張れ。
ロンバードはこころの中でエールを送り、婚礼衣装に身を包んだ主をまじまじと見つめた。
「しかしあんたはそういう服が似合いますねぇ」
賛辞など腐るほど浴びているユリウスが鼻を鳴らして笑う。
「白は僕よりもリヒトが似合う。可愛いだろう?」
青い花飾りを髪にさしたつがいに蕩けそうな眼差しを送り、ユリウスが甘い声で自慢してくる。
確かに、ひらひらのたくさんついた白い衣装は、リヒトに似合っていた。
リボンなどいくつ付いてるのだと思うほど複雑な作りのそれを、おのれの息子が必死で着付けていったのだと聞いて、ロンバードは同情を禁じえなかった。
息子よ、強く生きろよ。
「しかしまぁ、俺や倅にまでこんな立派な服を仕立ててもらって、ありがたいやら恐ろしいやら」
ロンバードはおのれの正装姿を見下ろし、ぶるりと胴震いをした。
ユリウスが喉奥で笑い、
「存外似合ってる」
と薄っぺらい感想を寄越す。
婚姻の儀の立会人として選ばれたロンバード親子には、ユリウスよりまるで貴族が着るような豪奢で華やかな衣装が贈呈されていた。
それはユリウスの厚意……というわけではなく、「服がないから参列できない」という逃げ道を塞ぐためだった。
なんともまぁ、気の回る主である。
「まぁでも道化みてぇにこんな恰好をしただけの甲斐はある式でしたよ」
ロンバードは茶色の髪を掻きながら、ぼそりと囁いた。
ユリウスが横目でこちらを見て、きれいな微笑を浮かべる。
「感動で泣きそうだったか?」
「いや、むしろ局長が気の毒で泣きそうになりました。こんな式、前代未聞でしょうねぇ」
「当然だ。リヒトのための婚姻の儀が、二度もあってなるものか」
「あんたがリヒト様のために、一の扉の部屋に飛び込んで行ったとき、局長、涙目になってましたが」
「僕のオメガの匂いが変わったんだ。迎えに行って当然だろう」
「局長の前口上も署名の儀もめちゃくちゃ短かったじゃないですか。俺たち庶民の式典だって、もうちょっと長いっすよ」
ロンバードの言葉に、ユリウスが「うるさいなぁ」と眉をしかめた。
「こんなときまで説教か、ロンバード」
「いや……リヒト様のために、伝統ある式典まで捻じ曲げたアルファ様にドン引きしてるだけです」
「リヒトを想えば当然のことだ」
「……こんなときになんですが、殿下」
「こんなときと思うなら言うな」
てのひらで制止してくるユリウスに構わず、ロンバードは言葉を続けた。
「あんたちょっと、過保護すぎやしませんかね?」
ユリウスの双眸が寒々しい色を浮かべ、ロンバードの方を向く。
並みの人間なら怯むところだが、ユリウスとの付き合いが長いロンバードは軽く肩を竦めただけだった。
「リヒト様が転べば助けに行って、大人数が苦手だと言えば気心が知れた人間だけに絞って、王城の仕来たりや王族のマナーを覚えるのが難しいと先んじてその機会を奪う。そりゃあ本当にリヒト様のためになってるんですかね?」
顎を掻きながら、ロンバードは主へと苦言を呈した。
こんなめでたい席で言うべき内容ではなかったが、この機を逃すとユリウスは聞く耳を持たないだろうという確信があった。
ユリウスはしばらく沈黙し、切れ長の目にロンバードを映していた。
やがてしずかにまばたきをし、口を開いた。
「ロン」
「はい」
「おまえには僕と同じ気持ちでいてほしい。だから話す」
「はい」
「僕はリヒトを愛している」
「……そりゃ知ってますが」
いまさらなにを言うのかこのひとは、とロンバードは半眼になった。
ユリウスはちらとも笑みを浮かべずに、真顔で続けた。
「いいか、僕は、この先一生を懸けて、僕のつがいの憂いを払うと決めている。この僕が、そう決めたんだ」
ユリウスの述べたそれは、彼の誓いだった。
「これまで僕は、僕のオメガが不当に傷つけられていることを知らずに生きてきた。幼いリヒトが飢えに苦しんでいたとき、僕は王城で豪華な晩餐を楽しんでいただろう。僕のオメガの五感が奪われたとき、僕は暢気にテオとじゃれあっていたかもしれない」
「いや殿下、それは……」
悔恨の滲む声を止めようとしたロンバードへ、ユリウスがてのひらを向けてくる。
「そうだ。わかってる。僕のせいじゃない。でも僕は、僕のオメガと出会い、リヒトを愛した。これまでのあの子の凄惨な過去を、僕がなかったことにすることはできない。だから僕はこの先、僕の手の届く範囲の憂いは、すべて払うと決めている。いいか、僕は僅かもあの子を傷つけたくはないんだ」
リヒトの生い立ちは特殊で……過酷だった。
それはロンバードもよく知っている。
だからユリウスの誓いもよくわかる。しかし。
「だからと言ってあんたが先に障害物を排除してたら、リヒト様がご自分でそれを乗り越える力がつかないでしょうに」
甘やかすだけが愛ではない、とロンバードは主張したが、それをユリウスは一笑して切り捨てた。
「障害物を、リヒトひとりで乗り越えさせるわけないだろう?」
この僕が居るのに。
言葉にしなかったその続きが聞こえたような気がして、ロンバードは思わず笑いを漏らした。
確かにユリウスならば、障害物を叩き壊し、リヒトの前を平らに均すことぐらい必ずやり遂げるだろう。
いや、もしかしたらリヒトを抱っこして、ユリウス自身が障害物をひょいと乗り越えるのかもしれない。
このアルファならば、きっと、必ず。
これから未来を歩んでゆくリヒトの傍には、常にユリウスが居て、この先もずっとともに居るのだから。
「くははっ。違いねぇ。アルファってのはつくづく、どうしようもねぇ生き物ですねぇ。はいはいわかりましたよ、ユリウス殿下。あんたが一生を懸けてリヒト様を甘やかすのを、今後一切俺は止めません」
片手を上げて宣誓したロンバードへと満足げな頷きを返して。
ユリウスが蕩けそうに甘い声で彼のオメガの名を呼び、ロンバードに背を向けたのだった。
裏側のお話。(ロンバード編)
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