溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
114 / 118
(番外編)ともに、歩く。

裏側のお話2

しおりを挟む

「殿下、この度はおめでとうございます」

 ロンバードがとても優雅とは言えない礼とともに祝辞を述べると、ユリウスがきれいな新緑色の瞳を撓ませた。

「おまえに畏まられると気持ちが悪いな」

 くっくっと機嫌の良い笑い声を漏らすあるじに、ロンバードも笑いの形に唇を歪める。

「ひでぇ言い方だ。こんな場違いな場に招待いただき、感激しきりの忠実なる側近に対する言葉とは思えませんねぇ」
「それは僕に対する嫌味か」
「嫌味のひとつも勘弁してくださいよ。ほら、うちのせがれなんて気絶寸前じゃねぇですか」

 ロンバードがチラと視線でテオバルドの方を示すと、ユリウスの目をそちらへと流れた。

 リヒト付きのテオバルドは、律儀にリヒトの背後に陣取って、リヒトとともにアマーリエやエミールたちに囲まれている。
 彼らの傍らには当然のようにそのつがい……つまり、国王マリウスと騎士団長クラウスの姿もあるので、ロンバードの指摘通り、テオバルドはそろそろ気絶しそうな勢いだ。

 身分、というものにあまり馴染みのないリヒトがたまに恐れ知らずな発言をするから、いつなんどき無礼な言葉を発するかと戦々恐々としている様子が、その後ろ姿から伺い知ることができた。

 息子よ、頑張れ。

 ロンバードはこころの中でエールを送り、婚礼衣装に身を包んだ主をまじまじと見つめた。

「しかしあんたはそういう服が似合いますねぇ」

 賛辞など腐るほど浴びているユリウスが鼻を鳴らして笑う。

「白は僕よりもリヒトが似合う。可愛いだろう?」

 青い花飾りを髪にさしたつがいに蕩けそうな眼差しを送り、ユリウスが甘い声で自慢してくる。
 確かに、ひらひらのたくさんついた白い衣装は、リヒトに似合っていた。
 リボンなどいくつ付いてるのだと思うほど複雑な作りのそれを、おのれの息子が必死で着付けていったのだと聞いて、ロンバードは同情を禁じえなかった。

 息子よ、強く生きろよ。

「しかしまぁ、俺や倅にまでこんな立派な服を仕立ててもらって、ありがたいやら恐ろしいやら」

 ロンバードはおのれの正装姿を見下ろし、ぶるりと胴震いをした。
 ユリウスが喉奥で笑い、
「存外似合ってる」
 と薄っぺらい感想を寄越す。

 婚姻の儀の立会人として選ばれたロンバード親子には、ユリウスよりまるで貴族が着るような豪奢で華やかな衣装が贈呈されていた。
 それはユリウスの厚意……というわけではなく、「服がないから参列できない」という逃げ道を塞ぐためだった。
 なんともまぁ、気の回る主である。

「まぁでも道化みてぇにこんな恰好をしただけの甲斐はある式でしたよ」

 ロンバードは茶色の髪を掻きながら、ぼそりと囁いた。
 ユリウスが横目でこちらを見て、きれいな微笑を浮かべる。

「感動で泣きそうだったか?」
「いや、むしろ局長が気の毒で泣きそうになりました。こんな式、前代未聞でしょうねぇ」
「当然だ。リヒトのための婚姻の儀が、二度もあってなるものか」
「あんたがリヒト様のために、一の扉の部屋に飛び込んで行ったとき、局長、涙目になってましたが」
「僕のオメガの匂いが変わったんだ。迎えに行って当然だろう」
「局長の前口上も署名の儀もめちゃくちゃ短かったじゃないですか。俺たち庶民の式典だって、もうちょっと長いっすよ」

 ロンバードの言葉に、ユリウスが「うるさいなぁ」と眉をしかめた。

「こんなときまで説教か、ロンバード」
「いや……リヒト様のために、伝統ある式典まで捻じ曲げたアルファ様にドン引きしてるだけです」
「リヒトを想えば当然のことだ」
「……こんなときになんですが、殿下」
「こんなときと思うなら言うな」

 てのひらで制止してくるユリウスに構わず、ロンバードは言葉を続けた。

「あんたちょっと、過保護すぎやしませんかね?」

 ユリウスの双眸が寒々しい色を浮かべ、ロンバードの方を向く。
 並みの人間なら怯むところだが、ユリウスとの付き合いが長いロンバードは軽く肩を竦めただけだった。

「リヒト様が転べば助けに行って、大人数が苦手だと言えば気心が知れた人間だけに絞って、王城の仕来たりや王族のマナーを覚えるのが難しいと先んじてその機会を奪う。そりゃあ本当にリヒト様のためになってるんですかね?」

 顎を掻きながら、ロンバードは主へと苦言を呈した。
 こんなめでたい席で言うべき内容ではなかったが、この機を逃すとユリウスは聞く耳を持たないだろうという確信があった。

 ユリウスはしばらく沈黙し、切れ長の目にロンバードを映していた。
 やがてしずかにまばたきをし、口を開いた。

「ロン」
「はい」
「おまえには僕と同じ気持ちでいてほしい。だから話す」
「はい」
「僕はリヒトを愛している」
「……そりゃ知ってますが」

 いまさらなにを言うのかこのひとは、とロンバードは半眼になった。
 ユリウスはちらとも笑みを浮かべずに、真顔で続けた。

「いいか、僕は、この先一生を懸けて、僕のつがいの憂いを払うと決めている。この僕が、そう決めたんだ」

 ユリウスの述べたそれは、彼の誓いだった。

「これまで僕は、僕のオメガが不当に傷つけられていることを知らずに生きてきた。幼いリヒトが飢えに苦しんでいたとき、僕は王城で豪華な晩餐を楽しんでいただろう。僕のオメガの五感が奪われたとき、僕は暢気にテオとじゃれあっていたかもしれない」
「いや殿下、それは……」

 悔恨の滲む声を止めようとしたロンバードへ、ユリウスがてのひらを向けてくる。

「そうだ。わかってる。僕のせいじゃない。でも僕は、僕のオメガと出会い、リヒトを愛した。これまでのあの子の凄惨な過去を、僕がなかったことにすることはできない。だから僕はこの先、僕の手の届く範囲の憂いは、すべて払うと決めている。いいか、僕は僅かもあの子を傷つけたくはないんだ」

 リヒトの生い立ちは特殊で……過酷だった。
 それはロンバードもよく知っている。
 だからユリウスの誓いもよくわかる。しかし。

「だからと言ってあんたが先に障害物を排除してたら、リヒト様がご自分でそれを乗り越える力がつかないでしょうに」

 甘やかすだけが愛ではない、とロンバードは主張したが、それをユリウスは一笑して切り捨てた。

「障害物を、リヒトひとりで乗り越えさせるわけないだろう?」

 この僕が居るのに。
 
 言葉にしなかったその続きが聞こえたような気がして、ロンバードは思わず笑いを漏らした。

 確かにユリウスならば、障害物を叩き壊し、リヒトの前を平らに均すことぐらい必ずやり遂げるだろう。
 いや、もしかしたらリヒトを抱っこして、ユリウス自身が障害物をひょいと乗り越えるのかもしれない。
 このアルファならば、きっと、必ず。

 これから未来を歩んでゆくリヒトの傍には、常にユリウスが居て、この先もずっとともに居るのだから。

「くははっ。違いねぇ。アルファってのはつくづく、どうしようもねぇ生き物ですねぇ。はいはいわかりましたよ、ユリウス殿下。あんたが一生を懸けてリヒト様を甘やかすのを、今後一切俺は止めません」

 片手を上げて宣誓したロンバードへと満足げな頷きを返して。
 ユリウスが蕩けそうに甘い声で彼のオメガの名を呼び、ロンバードに背を向けたのだった。      




  裏側のお話。(ロンバード編)


しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。