ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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Frenzyレッスン中(2)

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 だが、そうなると現実に存在する“アイドル”とはどういう存在になっていくべきなのだろう?
 淳にとってアイドルはずっと“アイドル”。
 人に元気や勇気を与えてくれる存在。
 歌やダンスの楽しさを伝え、努力すれば報われることもあるのだとキラキラ輝く姿で導いてくれる。
 圧倒的で、絶対的で、刹那的で、不変的なもの。
 どんな苦境も逆境も糧にして食らい尽くす。
 ゴール地点であり、スタート地点。

「まあ、アイドルなんて所詮は“入り口”の扱いだからな。そこからどういう世界に進むのかはこれから色々経験して決めていけばいい。お前は決まってるんだっけ?」
「はい。俺はミュージカル俳優になりたいです! あ、でも最近はドラマの撮影にお呼ばれしたりもしているので、最悪演技に携わる仕事ができたらそれでいいかなー、なんて思い始めてます」

 社長が「ミュージカルの劇団買い取ってる」とか「劇場作ってます」とか言うので、なんかもうそこまでされるくらいなら……と思っている。
 どうか世界よ安寧であれ。

「演技ってなにが楽しいのかわかんねー」
「なはは。わからないならわからないでも大丈夫ですよ。さてと、そろそろ休憩終わりにして合わせましょうか」
「え、もう少し休みたいです……」
「松田体力なさすぎねぇ? いくら高一の時に普通科に転科してたとしても、後輩に負けてるとかヤバくない?」
「う……っ」
「まあまあ……」

 なお、体力はやはり石動が一番ある。
 技術も歌唱力も表現力も淳が思わず推しうちわを振りたくなるほどだ。
 それに、やはりカリスマ性がある。
 こんな人がいるのに自分がリーダー、というのがやはり猛烈な違和感。
 しかし、リーダーはあくまでもグループをまとめ、支える役割。
 リーダーとしてはまだまだ新参の淳に、石動が時々助言をくれるくらい。
 だが、この場合どうしたらいいのか。
 体力に差がありすぎて、梅春だけレッスンが遅れてしまう。

「でも、梅春先輩は追加レッスンをどこかに入れていただいてもいいですか? 俺と上総先輩は一応いわゆる現役なんですけど、梅春先輩はアイドル業にブランクがありますし……」
「や……やっぱり……?」
「そういえばさぁ、淳って朝科くんと連絡先交換してなかった? 連絡取り合ってんの?」
「え? あ、はい。たまーに近況報告が届きますから、俺も近況報告してます」
「そうなんだー…………気持ち悪いね」
「え?」

 なんで、と言いかけたが石動の顔がガチすぎる。
 朝科旭あさしなあさひとは彼が卒業する時に連絡先を交換した。
 二週間に一度くらい、近況報告の連絡がくる。
 彼もプロデビューに向けたレッスンで忙しい様子。
 デビュー日も決まっているらしく、IG夏の陣の推薦枠で本戦出場をすることになっているらしい。
 ある意味、当然といえる。
 なぜならIGは秋野直芸能事務所が主催なので。
 その秋野直芸能事務所所属で、デビューするので事務所のゴリ押しで参加できるのはまあ、なにも不思議ではない。
 魔王軍は昨年の夏の陣、ベスト8に入っているので批判は出ないだろう。
 というわけで淳としては朝科にそういう情報を漏らされて悪い気はしていないのだが、石動の表情がガチすぎる。

「あ、ち、千景くん! 最近新曲作ったって聞かせてくれましたよ」

 話題を変えよう。
 梅春をもう少し休ませるためにも、話を引き延ばそう。
 というわけで、石動が興味ありそうな話題を振ってみる。
 無表情のままだがスッ……と淳の方を見て「続けて」という眼差し。

「えーと……日守くんもかなりおとなしくなっていて、千景くんと仲良くしていますよ。最高学年になった蓮名先輩のことは学年が違うのでわからないですけど」
「千景なー……あいつ才能はあるけど変なのを寄せつけやすい体質だから、ちょっと心配なんだよなぁ」
「変なの……?」

 やれやれ、と肩を竦ませる石動。
 一瞬普通の人の目には見えないものが見える怖い話? と思ってしまったが、そういう話ではないらしい。

「あいつ、自己評価低いだろう?」
「低いですね」

 なので淳が徹底的に褒めちぎりまくって、淳の前で謝ったり自己否定をするようなことを言ったら泣くまで褒めるようにしている。
 泣くまで褒められるので千景は淳の前では謝ったり自己否定をしたりしなくなったので、いいのか悪いのか。
 
「ああいうやつって『俺が守ってやらなきゃ』とか『自分の言いなりにできる』みたいな勘違い野郎を引き寄せがちなんだよ。四月の定期ライブは星光騎士団の新人が襲われたんだろう?」
「はい……そうなんです。それで、同じ一年生の子が正当防衛で庇って活動自粛を宣言してしまって……」
「そういうのを千景も引き寄せそうって話。特に去年の夏からにわかが増えたからな。二年目になるとそういうにわかの目に入りづらいんだが、あいつ顔がいいから」
「そうですね」

 そこについては真顔で頷く。
 魁星と日守、千景の顔は相変わらずいい。
 注目度はどうしたって高いだろう。
 なんなら、そんな顔のいい三人の上に淳がいるのがおかしいというか。

「顔から入って、あの自己評価の低い控えめな性格でアドバイス厨とかが寄ってくるの。どう考えたってあいつのスペック自己評価とは不釣り合いなのに」
「アドバイス厨……」
「淳は綾城タイプのアイドルだから、隙が少ない。でも、ドルオタの部分で共感を呼ぶ。花房くんだっけ? あれもおバカキャラと顔面の強さで親しみやすい。日守くんは俺、あんまよく知らないけど攻撃的な感じで近寄りがたいがカリスマ性はあるから変なやつのターゲットにはなりにくい。でも、千景はそういう身を守る盾がない。こんなこと頼むのお門違いなのは分かってるけど、今まで通り気にかけてあげてほしい」
「もちろんです!」

 後輩に甘い石動に、無意識に推しうちわを取り出してしまう淳。
 それをそっと回収する石動。
 そして「もういい?」と梅春に冷たい眼差しを向ける。
 もう休憩終わりでいい? という意味だ。

「う、は、はい」
「じゃ、再開な」
「…………頑張りましょうね」

 梅春、泣きそう。

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