ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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焦燥(1)

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「えっと、誰かが忘れ物をとりに来ている、とか」
「そ、そうですよ、ね。せ、先生かもしれませんし……」
「でも今日ってあれだよね……先生午前の一限目、教員会議で自習だよね? 自主練禁止で運営関係の三年生は半分休み、半分仕事で登校している人少ないし一年生はサイン練習でめっちゃテンション上がる授業だからサボるやついるわけないし……」
「二年生かな? でも……二年は二年で来月の期末テスト対策を周くんがやってるよね?」
「うん」

 去年地獄を見ているアイドルたちに、周が日々の授業から先生たちが事前に話していた範囲を中心に来月初めに行われる期末テストの対策解説を行っている。
 これはB組の生徒も招いて実施するとのこと。
 なぜなら先生たちに「二年生たちの成績が悪すぎる」依頼されているので。
 例年、それほど成績がいいわけではない東雲学院芸能科。
 しかし、今年の二年生は去年の平均点数が全教科60点だったらしい。
 全教科平均点数80点以上だったのは淳と周のみ。
 二人の平均点でギリギリ60点になった、と言われて周と淳が宇宙猫になったのはいうまでもない。
 つまり――今年の二年生は全体的に、おバカ。
 ショックだった。淳と周、対策授業をやったこともあるのに。
 そりゃあ東雲学院芸能科は別に成績云々が重要視されているわけではないが、それでもバカすぎる、と言われるとなにも言い返せない。
 成績向上委員会が発足し、忙しい淳の代わりに周が率先してバカたちを鍛え直す――その第一弾が本日の自習時間。
 バカたちは自分以外のバカを逃さないために躍起になっていたので、やはり練習棟にいるとは考えにくい。

「「「「………………」」」」

 再び沈黙。
 それぞれとアイコンタクトを感じてから、生唾を飲み込む月光。

「確認してこよう」
「えええっ!? で、でも、でも」
「どうせなんでもないと思うよ? でもまあ、その……一応ね? なにかあったら警備員を呼んでほしいかな」
「待って待って待って! お、俺たちも一緒に行くよ!」
「うーん、じゃあ先輩たちが来るかもしれないから、千景くんと月光くんは待っててもらっていい? なにかあったらすぐ警備員呼んでもらうから、その時はレッスン室に鍵をかけて立てこもって自分たちの安全を確保して」
「ええ? でも」
「ちょっと様子を見てくるだけだから。ね」
「わ……わかりました……」

 不安げな千景と月光を残し、太陽とともに第二レッスン室を出て廊下を見渡す。
 レッスン室はどこも防音なので、廊下からはもこのレッスン室の扉が開いたのかわからない。
 しかし、レッスン室の反対側にはロッカールームや倉庫、収録室などもある。
 もしかしたら、こちらの方になにか忘れ物をした生徒が来たのかもしれない。

「誰もいないね。気のせい、かな?」
「でもなんか、変な感じしたんだよね。俺だけじゃなく、千景くんも太陽くんも、月光くんも」
「……そうなんだよね。なんか、変な感じっていうか……第六感的なのがね」
「うん」

 形容し難いので、二人ともそれ以上なにも言えない。
 そう、見逃すことのできる要素の方が多いのに、なにか、感じるものがあるのだ。
 淳だけならまだ「気のせい」と言えたかもしれないのに、四人とも「なにか変」と感じた。
 だから確認に出てきたというわけだ。

「あ……」

 ロッカールームから人が出てきて思わず固まる。
 出てきた人間も、淳と太陽と目があって面白いほどビシッと硬直した。
 その手には大きめの袋。

「ふ……苳茉ふきまくん……? な、なにしてるの?」
「あ……ッ」

 苳茉葵ふきまあおい
Sandサンド』所属の毒親、毒姉、毒妹持ちのやる気のないアイドル。
 なんだか久しぶりに見かけた気がする。
 ああ、新年のコラボユニット以来だろうか。

「えっと……お久しぶり……?」
「お…………ッ、お久しぶり、です」
「なに持ってるの? ジャージ、じゃないよね? 今着てるし」
「………………………………」

 ものすごーーーく長い沈黙。
 思い切り顔色悪く、目も合わない。
 淳も彼の家庭環境は知っているので、溜息を吐き出す。

「あの、元に戻してきてくれたら、なにも見なかったことにするけど……」

 と、淳が言うとまたも長い沈黙のあと、ロッカールームに戻り、しばらくしたら畳んだ袋を持って廊下に出てきた。
 俯いて、ただ居心地悪そうに佇む。

「苳茉くん、お母さんやお姉さんや妹さんに言われた?」

 こくり、と頷く。
 まあ、そんな気はしていた。
 ロッカールームからなにを取っていこうとしたのかわからないが、私物管理は一年生の頃から徹底的に教え込まれる。
 多分普通に備品しかない。
 だが、その備品でも盗んだりすれば普通に一発アウト――退学だ。

「苳茉くん、あのさ、俺、アイドルが好きなんだよね」
「え?」
「は……あ?」

 突然の告白。
 というよりオタク宣言。
 残念ながら今年の二年生はだいたい存じ上げている。

「だからアイドルを傷つけるものって嫌いなんだけど、苳茉くんは…………どうしたい?」
「ど、どう……?」
「うん、どうしたい? アイドルを続けたい? それとも辞めたい?」
「どうって……」

 これまた長い沈黙。
 確か、一月の岡山リントの特別授業の時に「カウンセリング受けろ」と言われていたが……。
 ちゃんとカウンセリングを受けていたのだろうか?
 そして少しは、彼自身の雁字搦めになっていた心は、自由になっただろうか?
 涙が薄らと滲む苳茉。
 人はこんなにも、静かに、悲しく泣けるのかと驚いた。

「……卒業までは……アイドル……やり、たい……です」

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