305 / 553
焦燥(2)
しおりを挟むポツポツと、苳茉が特別授業以降、カウンセリングを受けて少しずつ考えが変わったと話してくれた。
自分の家が、家族が異常だということは理解していたけれど、それがどれほどたくさんの人たちを傷つけるのかも実感として思い知り、しかし行く当てがなくて苦しい。
三回ほど、カウンセリングあとに秋野直が会いにきてくれたことがあったという。
後藤や他にも知り合いがカウンセリングに通っていたのでたまたま、と本人は言っていたが多分、苳茉に合いにきた。
夕飯を奢って、カウンセリングの話を聞いて、自分の将来についても考えるように促されたらしい。
彼と話していると、余計に自分が甘えていたような気がして、そして同じぐらい“アイドル”に憧れた。
目の前の“アイドル”があまりにも眩しく、感銘を受けたのだ。
自分の認識していた家族が迷惑をかける対象は、人を元気づけ、勇気づけ、未来に導いてくれる。
そんなアイドルになりたい。
「秋野さんみたいなアイドルに……なりたい……無理なのは、わかるけど……」
静かに雫が床に落ちていく。
とても綺麗な涙だった。
家族に蔑ろにされていた苳茉にとって、きっと初めて抱いた夢なのだ。
「うん……そっか、うん……じゃあ、俺は君の力になるよ」
「……え」
「だって俺はアイドルが好きだから。大好きだから。東雲学院芸能科の生徒がアイドルになろうというのなら、俺は全力で応援する!」
待っててね、とスマホを取り出して、操作をする。
恐る恐る「なにしているの?」と太陽が聞いてきたので、満面の笑顔で答えた。
「レッスン室を一週間抑えたよ」
「え? うん? なに、え?」
「苳茉くん、来年星光騎士団に入れるようにレッスンしよっか」
「………………へ、え?」
本気で「意味がわからない」という表情の苳茉に淳は「『Sand』は来年苳茉くんしか残らないでしょ? だから、来年から星光騎士団においでよ」と言い放つ。
目を見開く苳茉と、「えええええ」と口を大きく開けた太陽。
なにも不思議なことはない。
星光騎士団は元々少数精鋭。
歴代の星光騎士団も二年や三年の時に新規加入するメンバーがいたことがある。
主に先輩が卒業して消滅したグループのメンバーの、受け皿となっていたのだ。
もちろん、相応の実力が必要だけれど。
「というわけで苳茉くんには、今から星光騎士団に加入できるレベルの実力をつけていただきます。いいよね?」
「い、いいよね……!?」
有無を言わさない、もはや確認作業。
ギョッとした苳茉があわあわしていたが「あ、吾妻先輩と葉加瀬先輩には今お許しをいただきました」
はい、とスマホを見せるとメッセージ欄の名前がSandの先輩たち、吾妻夕と葉加瀬雅たちから『俺たちが卒業したあとの話? りょうかーい。よろしくね!』『葵ちゃんをよろしくお願いします』と許可が出ていた。
目が飛び出そうになっている苳茉。
先輩たち、可愛い後輩をあっさりと差し出した。
いや、愛故に自分たちの卒業後を案じている……のかもしれない。
「え、えっ、えっ、えっ……?」
「ついでにコラボユニットの企画書も作ってくるねー。つきっきりで色々お世話してあげたいけど、スケジュールパツパツで無理だから苳茉くんのスケジュール提出してくれたらこっちでレッスンを詰め込むから安心してね。あ、もしもし宇月先輩? お休みの時に申し訳ありません、実は――」
「ちょ、ちょっ……」
「お、音無くん仕事早すぎぃ……」
宇月からは『えー、吾妻と葉加瀬のオッケーが出て、本人が頑張れるっていうのならいいんじゃなーい?』と許可も出た。
鏡音、柳とともにレッスンを受けてもらい、星光騎士団のメンバーとして迎えて問題ない実力になってもらいたい。
「苳茉くんは、来年星光騎士団でいい?」
「え、えっと……」
「俺たち来年も絶対にIGに出るよ」
自信満々に言い放つ。
星光騎士団が数年保ってきたIG本戦出場。
来年はFrenzyのリーダーとして、綾城のように二つのグループを優勝に導かなければならない。
どちらのグループもメンバーは実力十分。
綾城のようにどちらも優勝に導かないなら、純粋に淳の実力不足。
そうならないために、今年と来年時間の限り努力しなければならない。
でも――
(それはそれとしてアイドルがアイドルとして輝こうとしているなら応援することこそがドルオタとしての喜び……! 上総先輩には『そんなんだから色気が足りなくなるんだよ』って叱られそうだけれど、ミュージカル封印をされている今、アイドルの推し活は人生の潤い!)
という感じでレッスン室に苳茉を連れて戻り、千景に説明。
察した千景がすぐに「え? 星光騎士団の曲も作っていいんですか……!? ありがとうございます! ありがたくご奉仕させていただきます!」と目をキラキラさせて苳茉含めた来年分の新曲を書き始めた。
オタク、燃料が与えられるとすぐ生産を始める。
千景の場合『推しに自分の作詞作曲した楽曲を歌って踊ってもらいたい』という結構オタクの中では高度めな創作をやっているタイプのオタク。
東雲学院芸能科のアイドル相手なら涎垂らして作詞作曲しちゃう。
床に薄く待ってペンを走らせる姿は、ちょっと怖い。
「はい、スケジュールはこっちで設定しておいたから、お休みは自分で調整してね。来年は割と俺、IGのために容赦なくレッスン詰めるから頑張ってね! IGはCRYWNの秋野直芸能事務所が主催だから、秋野直様に存分にアイドルの姿を見せてあげることができるよう!」
「…………あ、秋野……」
はっ、とした苳茉が、仄暗かった目に光を灯す。
わかる。
推しって生きる力になるよね。
80
あなたにおすすめの小説
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
制服の少年
東城
BL
「新緑の少年」の続きの話。シーズン2。
2年生に進級し新しい友達もできて順調に思えたがクラスでのトラブルと過去のつらい記憶のフラッシュバックで心が壊れていく朝日。桐野のケアと仲のいい友達の助けでどうにか持ち直す。
2学期に入り、信次さんというお兄さんと仲良くなる。「栄のこと大好きだけど、信次さんもお兄さんみたいで好き。」自分でもはっきり決断をできない朝日。
新しい友達の話が前半。後半は朝日と保護司の栄との関係。季節とともに変わっていく二人の気持ちと関係。
3人称で書いてあります。栄ー>朝日視点 桐野ー>桐野栄之助視点です。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる