2 / 11
一緒に夕飯を
しおりを挟む
平民にしては大きめの一軒家の自宅で洗濯物を畳んでいると、控えめなノックの音が三回響いた。
マテウスは残るひとつとなった靴下をくるりとまとめて所定の位置に戻すと、足早に玄関に向かった。
扉を開けた先には、燃えるような髪と目を持った同僚が学院にいるときよりもラフな格好をして立っていた。
「こんばんは、マテウス先生」
「こんばんは。ちょうどいいタイミングだったよ。今やることが全部終わったところだ」
「本当ですか。我ながらナイスですね。ではすぐに出発しても?」
アイザックは待ちきれないとばかりに手を伸ばしてくるが、マテウスはそれを両手でまあまあと宥めて待ったをかけた。
「ああ待って。良い酒が手に入ったんだ。今日の晩酌にと思ってね。取ってくるから待っててくれ」
「はい」
マテウスは一旦家の中に引っ込み、キッチンの隅にある保冷庫の中からボトルを取り出した。
アストラウス国の西に位置するカーテル地方産の、二十年もののヴィンテージワインだ。
晩酌用の酒を買いに行ったら顔見知りの店員にこのワインを紹介され、まんまと口車に乗せられて買ってしまったが、この店員の勧めるものは間違いがないから後悔はしていない。
「待たせたね」
「待ってませんよ。では手を」
「よろしくね」
「はい」
改めて差し出されたアイザックの手に手を重ねるとふわりと握られる。
彼が歌うように古語で詠唱すると光の粒が二人の体を包み、瞬きをした次の瞬間には違う景色が広がっていた。
美しい庭園に面したテラスには、無垢の木材を使った広いローテーブルとふかふかのクッションが鎮座する手触りの良いソファが置いてある。
そのテーブルの上には見るからに美味しそうな食事が並んでいて、そこから立ち上る湯気はまるで早く食べてほしいと言わんばかりに揺れていた。
アイザックは握ったマテウスの手をそのままにソファまでエスコートし、自身は深くソファに座るとその膝の上に横向きにマテウスを座らせた。
マテウスがアイザックにワインボトルを渡すと彼は慣れた手つきでコルクを開けてグラスに注ぎ、マテウスにそれを手渡してきた。
「今日もお疲れさま」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせるとチンと高い音が響いた。
アイザックはワインを一口飲むと、先生のセンスは流石ですねと言って頬を緩めた。
正確にはマテウスのセンスではないのだが、買うと決めたのはマテウス自身のためそういうことにしておこう。
アイザックはフォークを手に取ると、瑞々しいレタスのサラダにそれを刺してマテウスの口元に持ってきた。
マテウスはそれをパクリと食べる。
レモンの風味のドレッシングがさっぱりしていて食べやすい。
次はムール貝の香草焼き。
口の中に入れると香草の香りが広がり、プリプリとした身を噛めばジュワッと旨みが凝縮された汁が溢れ出る。
溢れ出たそれが熱くてハフハフと口を開けば、間髪入れずにアイザックがハンカチを口元に持ってきてくれる。
「いつ食べてもアイクの手料理は美味しいね」
「ありがとうございます。マテウス先生のためにたくさん練習しましたからね」
至近距離で微笑まれれば、胸の辺りがキュンと疼く。
(ああ、この子はなんて良い子なんだろう)
マテウスは堪らず彼の頭を撫でた。
すると彼は柄にもなく唇を窄めて拗ねて見せた。
そういうところは年下らしくて可愛らしい。
「俺、もう子どもじゃありませんよ」
「知っているよ。でも、ついねぇ。そんな顔しているから、君が僕の教え子だったころみたいだよ」
「そんなこと言ったって……」
未だ拗ね続ける彼に、マテウスは話題を切り替えることにした。
「そういえば今日の儀式。平民科の最後の子は君を彷彿とさせたね」
「それは俺も思いました。もう十五年前になりますね」
思い出すのは、十五年前の召喚の儀のことだ。
あの日のことは強烈すぎて鮮明に覚えている。
きっと二人が思い出している景色は同じものに違いない。
マテウスは残るひとつとなった靴下をくるりとまとめて所定の位置に戻すと、足早に玄関に向かった。
扉を開けた先には、燃えるような髪と目を持った同僚が学院にいるときよりもラフな格好をして立っていた。
「こんばんは、マテウス先生」
「こんばんは。ちょうどいいタイミングだったよ。今やることが全部終わったところだ」
「本当ですか。我ながらナイスですね。ではすぐに出発しても?」
アイザックは待ちきれないとばかりに手を伸ばしてくるが、マテウスはそれを両手でまあまあと宥めて待ったをかけた。
「ああ待って。良い酒が手に入ったんだ。今日の晩酌にと思ってね。取ってくるから待っててくれ」
「はい」
マテウスは一旦家の中に引っ込み、キッチンの隅にある保冷庫の中からボトルを取り出した。
アストラウス国の西に位置するカーテル地方産の、二十年もののヴィンテージワインだ。
晩酌用の酒を買いに行ったら顔見知りの店員にこのワインを紹介され、まんまと口車に乗せられて買ってしまったが、この店員の勧めるものは間違いがないから後悔はしていない。
「待たせたね」
「待ってませんよ。では手を」
「よろしくね」
「はい」
改めて差し出されたアイザックの手に手を重ねるとふわりと握られる。
彼が歌うように古語で詠唱すると光の粒が二人の体を包み、瞬きをした次の瞬間には違う景色が広がっていた。
美しい庭園に面したテラスには、無垢の木材を使った広いローテーブルとふかふかのクッションが鎮座する手触りの良いソファが置いてある。
そのテーブルの上には見るからに美味しそうな食事が並んでいて、そこから立ち上る湯気はまるで早く食べてほしいと言わんばかりに揺れていた。
アイザックは握ったマテウスの手をそのままにソファまでエスコートし、自身は深くソファに座るとその膝の上に横向きにマテウスを座らせた。
マテウスがアイザックにワインボトルを渡すと彼は慣れた手つきでコルクを開けてグラスに注ぎ、マテウスにそれを手渡してきた。
「今日もお疲れさま」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせるとチンと高い音が響いた。
アイザックはワインを一口飲むと、先生のセンスは流石ですねと言って頬を緩めた。
正確にはマテウスのセンスではないのだが、買うと決めたのはマテウス自身のためそういうことにしておこう。
アイザックはフォークを手に取ると、瑞々しいレタスのサラダにそれを刺してマテウスの口元に持ってきた。
マテウスはそれをパクリと食べる。
レモンの風味のドレッシングがさっぱりしていて食べやすい。
次はムール貝の香草焼き。
口の中に入れると香草の香りが広がり、プリプリとした身を噛めばジュワッと旨みが凝縮された汁が溢れ出る。
溢れ出たそれが熱くてハフハフと口を開けば、間髪入れずにアイザックがハンカチを口元に持ってきてくれる。
「いつ食べてもアイクの手料理は美味しいね」
「ありがとうございます。マテウス先生のためにたくさん練習しましたからね」
至近距離で微笑まれれば、胸の辺りがキュンと疼く。
(ああ、この子はなんて良い子なんだろう)
マテウスは堪らず彼の頭を撫でた。
すると彼は柄にもなく唇を窄めて拗ねて見せた。
そういうところは年下らしくて可愛らしい。
「俺、もう子どもじゃありませんよ」
「知っているよ。でも、ついねぇ。そんな顔しているから、君が僕の教え子だったころみたいだよ」
「そんなこと言ったって……」
未だ拗ね続ける彼に、マテウスは話題を切り替えることにした。
「そういえば今日の儀式。平民科の最後の子は君を彷彿とさせたね」
「それは俺も思いました。もう十五年前になりますね」
思い出すのは、十五年前の召喚の儀のことだ。
あの日のことは強烈すぎて鮮明に覚えている。
きっと二人が思い出している景色は同じものに違いない。
490
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算
てんつぶ
BL
「呪いは解くので、結婚しませんか?」
竜を愛する竜騎士・リウは、横暴な第二王子を庇って代わりに竜の呪いを受けてしまった。
痛みに身を裂かれる日々の中、偶然出会った天才魔法使い・ラーゴが痛みを魔法で解消してくれた上、解呪を手伝ってくれるという。
だがその条件は「ラーゴと結婚すること」――。
初対面から好意を抱かれる理由は分からないものの、竜騎士の死は竜の死だ。魔法使い・ラーゴの提案に飛びつき、偽りの婚約者となるリウだったが――。
惚れ薬をもらったけど使う相手がいない
おもちDX
BL
シュエは仕事帰り、自称魔女から惚れ薬を貰う。しかしシュエには恋人も、惚れさせたい相手もいなかった。魔女に脅されたので仕方なく惚れ薬を一夜の相手に使おうとしたが、誤って天敵のグラースに魔法がかかってしまった!
グラースはいつもシュエの行動に文句をつけてくる嫌味な男だ。そんな男に家まで連れて帰られ、シュエは枷で手足を拘束された。想像の斜め上の行くグラースの行動は、誰を想ったものなのか?なんとか魔法が解ける前に逃げようとするシュエだが……
いけすかない騎士 × 口の悪い遊び人の薬師
魔法のない世界で唯一の魔法(惚れ薬)を手に入れ、振り回された二人がすったもんだするお話。短編です。
拙作『惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら』と同じ世界観ですが、読んでいなくても全く問題ありません。独立したお話です。
かわいい王子の残像
芽吹鹿
BL
王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
【完】姉の仇討ちのハズだったのに(改)全7話
325号室の住人
BL
姉が婚約破棄された。
僕は、姉の仇討ちのつもりで姉の元婚約者に会いに行ったのに……
初出 2021/10/27
2023/12/31 お直し投稿
以前投稿したことのあるBLのお話です。
完結→非公開→公開 のため、以前お気に入り登録していただいた方々がそのままお気に入り登録状態になってしまっております。
紛らわしく、申し訳ありません。
2025/04/22追記↓
☆本文に記載ありませんが、主人公の姉は婚約破棄された時、主人公の学園卒業時に実家の爵位が国に返上されるよう、手続きをしていた…という設定アリ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる