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前編
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これはハッピーエンドだ。
人々を恐怖に陥れた悪らつな魔王は、勇者一行に倒されて、世界に平和が取り戻された。
勇者達は王様の元に無事帰還し、傷だらけながら晴れやかな顔で勝利を報告した。帰りを待ちわびていた姫は感極まり、想い人である勇者に抱きついた。
抜けるような青空へ祝砲が轟く。人々が笑顔で勇者を称える。ありがとう勇者様、災いの魔王はもういない、幸いなるかな勇者様――――。
歓喜に包まれる人々を――その輪の中心で笑う勇者ハルトを、僕は小さな羽根で中空に羽ばたきながら眺めていた。
憂いの晴れた幸せな世界。これは間違いなくハッピーエンドだ。
だから、モブ妖精である僕の役目は終わったのだ。
「……終わっちゃったなあ」
泣き笑いというモブ妖精にあるまじき複雑な表情で、僕はポツリと呟く。
僕が定位置である背中のフードの中からいなくなっていることにすら、ハルトは気づいていないだろう。
羽根を撫でるそよ風があまりに温かく優しくて、ボツンと宙に浮く僕は、孤独と辛さをいっそう噛みしめざるを得なかった。
■
僕は、いわゆる“神様”が創った存在だ。
“神様”とは王や姫はもちろん、勇者や魔王よりも高位な存在。この世界で生きる者には知覚することすら不可能な、言うなれば世界全体を導く運命のようなもの。そんな規格外の存在に、僕はたったひとつの役目のために生み出された。
それは勇者として選ばれた青年・ハルトを、魔王討伐の旅へと導くこと。
絶対恐怖と恐れられた魔王には申し訳ないのだが、魔王が勇者に倒されることはあらかじめ“神様”が決めたことだった。
神様は「物語」の始まりから終わりまでのシナリオを決めていて、エンディングに向けてのあらゆることをプログラムしている。
そう、プログラム。
“神様”とは、つまりこの剣と魔法と冒険のRPGの創造主――「現実世界」におけるゲーム制作スタッフなのだ。
どうして僕が「現実世界」のことを知っているのかって?
それは僕の前世が、そのスタッフの一員だったから。担当はキャラクターデザインとかグラフィック関連。連日連夜の激務がたたって体を壊し、ゲームの完成を見ないまま病死してしまった。
自分の描いたキャラクター達が動くところを見てみたかったなあ、と死の間際に悔しい思いを抱いてしまったせいなのか、僕の魂はゲームの中に転生し、妖精「エス」として生まれ変わったのだ。
エスは、大人の顔より少し大きめの体にアゲハ蝶の羽根が生えた銀髪の妖精だ。十代半ばくらいの少年の姿をしている。スタッフの大半は美少女妖精を推したのだが、女性プロデューサーの趣味、基、強い意向で美少年になった。そのおかげで、前世では冴えない容貌だった僕が今はなかなか綺麗な顔つきをしている。プロデューサーに感謝すべきなのかどうなのか。だって「エス」は所詮、物語においてはただのモブなのだから。
身寄りもなく放浪の旅を続けていたハルトの前に、ある日妖精エスが現れ、古代遺跡へといざなう。遺跡の奥深くには、勇者以外誰も抜くことが出来ないと伝えられる神剣が石の台座に突き刺さっていた。
これを抜いた者こそ、世界を恐怖で支配しようとしている魔王を倒すために選ばれた勇者。そして貴方こそ、神様に選ばれた勇者その人である、とエスはハルトに告げる。
妖精の言葉に半信半疑のハルトだったが、困っている人の頼みは断らないという性格だったので、「自分が試してこの妖精が喜ぶなら」と人助けの気持ちで神剣を掴んだところ、軽々と抜けてしまった。驚くハルトだったが、エスが促すまま魔王討伐への旅を始め、その道中で志を同じくする仲間達と出会い、やがて偉大な勇者として覚醒していく――というのが、物語のあらすじだ。
ハルトの旅立ちに際してこそ、それなりの役割を担うエスだが、以降特に出番はない。
ゲーム的にはメニュー画面にマスコットキャラクターとして配置されているのだが(ごり押しで美少年にしたプロデューサーが妖精を気に入っていたらしく、「美少年は画面に置いておきたいでしょ!」と主張したため)、本当にそれだけのもの。つまり序盤イベント用に用意されただけのモブなのだ。
天涯孤独だったハルトは、魔王討伐の旅の途中でかけがえのない絆を結んでいく。王国に忠誠を誓う剣士デュランはハルトと無二の親友となり、お嬢様魔法使いのフランチェスカはハルトに片想いするツンデレとなり、飄々とした教会の司祭セネスはハルトと兄弟のように信頼し合っていく。そしてハルトを最初に勇者と認め支援し続けたロバスティアナ王国の国王と、ハルトと密かに交流を重ねていた王女アスティは、パーティーの外側でハルトの心の支えになってくれた。
魔王を倒し勇者の役目が終わっても――ゲームで描かれる物語が終わってしまっても、ハルトにはハッピーエンドのその先を幸福に生きていくだろう、大事な人達との関係が残ったのだ。
一方の僕――せいぜいマスコットでしかないモブ妖精エスには何も残らなかった。
旅に同道していたとはいえ、特に台詞も活躍もなく、新たに築いた関係もない。
だから僕にとって、冒険の終わりは存在そのものの終焉に同じ。迎えるのはハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもない、無への帰還なのだ。
――まあ、そりゃあそうだよね。
主要キャラクター達なら設定資料集にその後のことも書かれているだろうけど、序盤にちょっと出てきただけのモブなんて、そこまで細かに設定が用意されているはずもない。
そもそもモブが意思をもっていること自体変な話で、僕が転生さえしなければ、「エス」がこんな、さみしいなんて感情を抱くこともなかったのだ。
「……さみしい」
何気ない一言が、小さくて薄い胸に刃となって突き刺さる。
「そっか、僕……さみしいんだな」
声に出すと惨めさがひとしおで、僕は鼻の奥のツンとした痛みを顔を顰めて耐えるしかない。
僕は今一人だ。周りには誰もいない。
ここは王国の領地の外れで、もう少し飛べば国外れの森に差し掛かる。
僕は誰にも何も言わずにここまで飛んできた。誰にも――ハルトにさえも。
これまたプロデューサーの意向で女の子受けしそうなキャラクターにデザインされたハルトは、いざ生身の人間として対峙してみると、前世で見た設定画の百倍、いや千倍くらい魅力的だった。冒険者という肩書きからするとやや筋肉が足りないスラッとした体つきだが、目の前にすると威圧感がなくて親しみやすい。そのくせ武器の扱いは超一流で、剣でも弓でも槍でも、何を持たせても体の一部かのように扱って戦える強い戦士でもあった。
精悍さよりは優しい印象の先立つ顔立ちは、人の警戒心を無意識のうちに解きほぐすの最適で、困った人の心に寄り添い世界を救う勇者というのは、こういう人のことを言うのかもしれないと妙に納得したものだ。にっこり笑った顔はちょっと可愛くて、使い古された表現だけど、太陽みたいに輝いていた。
『なあエス、この別れ道、どっちに進めばいいと思う?』
まだ仲間達と出会う前、勇者初心者として独りきりで――僕と二人きりで旅していた頃。ハルトはしばしば僕の意見を聞いてくれた。神剣を抜く前もいち冒険者として旅慣れていたはずなのに、何故かよく僕に話しかけてくれたのを覚えている。
『神剣が導くままにだよ、ハルト』
僕が「妖精エス」に与えられた役目通りの台詞を返すと、ハルトは「ちがうちがう」と苦笑しながら首を横に振って、
『じゃあ聞き方を変えよっか。エスはどっちに進んでみたい?』
そんな風に僕の気持ちを確かめるようなことを言うものだから、僕はたいそう困ってしまった。
前世でシナリオに関わっていたら具体的なアドバイスが出来たかもしれないが、自分は絵周り担当だったので物語の展開やフラグに関する知識はない。そもそも「エス」が明確にハルトへ指示を出すのは神剣入手のくだりだけで、あとはいるけどいない、空気同然なモブになるのだから。
『……僕に聞くのは間違ってるよ、ハルト』
間違った選択肢を選んだ時の定型文のような答は、きっと「エス」の返事として正解だった。
だけどハルトはキョトンとした顔で聞き返してきたのだから、僕はさらに困ってしまった。
『なんで? エスは旅の相棒なんだから、エスの意見は大事だろ』
相棒って。ハルトがそんな認識している設定はなかったはずなんだけどな。いや、僕が知らないだけ?
困惑しているとハルトが自分の肩をチョンチョンと指さしてきた。
『ていうかさ、ずっと飛んでるの疲れない? よかったら俺の肩に乗ってく?』
『大丈夫だよ、僕のことは気にしないで。ちゃんとハルトについていくから』
『昨日強い風に煽られて飛ばされそうになってただろ。……あ、そうだ。俺のフードの中に入ってなよ。襟足邪魔かもしれないけど』
ハルトの髪は柔らかな栗毛で、うなじにちょろりとかかる襟足はクルクルして猫っ毛だ。爽やかで甘い印象のハルトの顔に、さらに愛嬌を足している。
パーカーのように背中に垂らしたフードは僕の体が収まるのにちょうど良い大きさで、ハルトはそれを引っ張って「ほらほら」とにこやかに誘ってきた。前世の記憶ではハルトがエスにこんな構う「設定」はなかったはずなのだが……僕の知識が乏しいだけなのだろうか。
『じゃあ、お言葉に甘えて』
押し問答するのも悪いなと思い、僕はハルトのフードに身を滑り込ませることにした。
ハルトは「やった!」と何故か上機嫌で、以来僕の定位置はハルトのフードの中になった。彼が気にした猫っ毛は、むしろ揺れる時に捕まれるロープ代わりとなって助かったほどだ。
『そこにいてくれれば、はぐれる心配がなくなるしさ。エスと一緒に旅してるんだって感じがして、嬉しいよ』
嬉しい。――思えば、その一言がすべての始まりだった。
ドキッとしたのだ、彼の笑顔と弾む声に。まるで僕に好意をもっているかのような態度だったから。
神剣を抜くイベントのために用意されただけの、メニュー画面に添えられるだけの僕が、ひとりの人格として扱われたようで。
「……嬉しかったのは僕の方なんだよ、ハルト」
また独り言が風に紛れる。春の風はやはり温もりと優しさに満ちていて、どうしたってハルトのことを思い出してしまう。
二度と会わないと決めて、別れの挨拶もせずに彼のフードから飛び立ってきたというのに。
人々を恐怖に陥れた悪らつな魔王は、勇者一行に倒されて、世界に平和が取り戻された。
勇者達は王様の元に無事帰還し、傷だらけながら晴れやかな顔で勝利を報告した。帰りを待ちわびていた姫は感極まり、想い人である勇者に抱きついた。
抜けるような青空へ祝砲が轟く。人々が笑顔で勇者を称える。ありがとう勇者様、災いの魔王はもういない、幸いなるかな勇者様――――。
歓喜に包まれる人々を――その輪の中心で笑う勇者ハルトを、僕は小さな羽根で中空に羽ばたきながら眺めていた。
憂いの晴れた幸せな世界。これは間違いなくハッピーエンドだ。
だから、モブ妖精である僕の役目は終わったのだ。
「……終わっちゃったなあ」
泣き笑いというモブ妖精にあるまじき複雑な表情で、僕はポツリと呟く。
僕が定位置である背中のフードの中からいなくなっていることにすら、ハルトは気づいていないだろう。
羽根を撫でるそよ風があまりに温かく優しくて、ボツンと宙に浮く僕は、孤独と辛さをいっそう噛みしめざるを得なかった。
■
僕は、いわゆる“神様”が創った存在だ。
“神様”とは王や姫はもちろん、勇者や魔王よりも高位な存在。この世界で生きる者には知覚することすら不可能な、言うなれば世界全体を導く運命のようなもの。そんな規格外の存在に、僕はたったひとつの役目のために生み出された。
それは勇者として選ばれた青年・ハルトを、魔王討伐の旅へと導くこと。
絶対恐怖と恐れられた魔王には申し訳ないのだが、魔王が勇者に倒されることはあらかじめ“神様”が決めたことだった。
神様は「物語」の始まりから終わりまでのシナリオを決めていて、エンディングに向けてのあらゆることをプログラムしている。
そう、プログラム。
“神様”とは、つまりこの剣と魔法と冒険のRPGの創造主――「現実世界」におけるゲーム制作スタッフなのだ。
どうして僕が「現実世界」のことを知っているのかって?
それは僕の前世が、そのスタッフの一員だったから。担当はキャラクターデザインとかグラフィック関連。連日連夜の激務がたたって体を壊し、ゲームの完成を見ないまま病死してしまった。
自分の描いたキャラクター達が動くところを見てみたかったなあ、と死の間際に悔しい思いを抱いてしまったせいなのか、僕の魂はゲームの中に転生し、妖精「エス」として生まれ変わったのだ。
エスは、大人の顔より少し大きめの体にアゲハ蝶の羽根が生えた銀髪の妖精だ。十代半ばくらいの少年の姿をしている。スタッフの大半は美少女妖精を推したのだが、女性プロデューサーの趣味、基、強い意向で美少年になった。そのおかげで、前世では冴えない容貌だった僕が今はなかなか綺麗な顔つきをしている。プロデューサーに感謝すべきなのかどうなのか。だって「エス」は所詮、物語においてはただのモブなのだから。
身寄りもなく放浪の旅を続けていたハルトの前に、ある日妖精エスが現れ、古代遺跡へといざなう。遺跡の奥深くには、勇者以外誰も抜くことが出来ないと伝えられる神剣が石の台座に突き刺さっていた。
これを抜いた者こそ、世界を恐怖で支配しようとしている魔王を倒すために選ばれた勇者。そして貴方こそ、神様に選ばれた勇者その人である、とエスはハルトに告げる。
妖精の言葉に半信半疑のハルトだったが、困っている人の頼みは断らないという性格だったので、「自分が試してこの妖精が喜ぶなら」と人助けの気持ちで神剣を掴んだところ、軽々と抜けてしまった。驚くハルトだったが、エスが促すまま魔王討伐への旅を始め、その道中で志を同じくする仲間達と出会い、やがて偉大な勇者として覚醒していく――というのが、物語のあらすじだ。
ハルトの旅立ちに際してこそ、それなりの役割を担うエスだが、以降特に出番はない。
ゲーム的にはメニュー画面にマスコットキャラクターとして配置されているのだが(ごり押しで美少年にしたプロデューサーが妖精を気に入っていたらしく、「美少年は画面に置いておきたいでしょ!」と主張したため)、本当にそれだけのもの。つまり序盤イベント用に用意されただけのモブなのだ。
天涯孤独だったハルトは、魔王討伐の旅の途中でかけがえのない絆を結んでいく。王国に忠誠を誓う剣士デュランはハルトと無二の親友となり、お嬢様魔法使いのフランチェスカはハルトに片想いするツンデレとなり、飄々とした教会の司祭セネスはハルトと兄弟のように信頼し合っていく。そしてハルトを最初に勇者と認め支援し続けたロバスティアナ王国の国王と、ハルトと密かに交流を重ねていた王女アスティは、パーティーの外側でハルトの心の支えになってくれた。
魔王を倒し勇者の役目が終わっても――ゲームで描かれる物語が終わってしまっても、ハルトにはハッピーエンドのその先を幸福に生きていくだろう、大事な人達との関係が残ったのだ。
一方の僕――せいぜいマスコットでしかないモブ妖精エスには何も残らなかった。
旅に同道していたとはいえ、特に台詞も活躍もなく、新たに築いた関係もない。
だから僕にとって、冒険の終わりは存在そのものの終焉に同じ。迎えるのはハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもない、無への帰還なのだ。
――まあ、そりゃあそうだよね。
主要キャラクター達なら設定資料集にその後のことも書かれているだろうけど、序盤にちょっと出てきただけのモブなんて、そこまで細かに設定が用意されているはずもない。
そもそもモブが意思をもっていること自体変な話で、僕が転生さえしなければ、「エス」がこんな、さみしいなんて感情を抱くこともなかったのだ。
「……さみしい」
何気ない一言が、小さくて薄い胸に刃となって突き刺さる。
「そっか、僕……さみしいんだな」
声に出すと惨めさがひとしおで、僕は鼻の奥のツンとした痛みを顔を顰めて耐えるしかない。
僕は今一人だ。周りには誰もいない。
ここは王国の領地の外れで、もう少し飛べば国外れの森に差し掛かる。
僕は誰にも何も言わずにここまで飛んできた。誰にも――ハルトにさえも。
これまたプロデューサーの意向で女の子受けしそうなキャラクターにデザインされたハルトは、いざ生身の人間として対峙してみると、前世で見た設定画の百倍、いや千倍くらい魅力的だった。冒険者という肩書きからするとやや筋肉が足りないスラッとした体つきだが、目の前にすると威圧感がなくて親しみやすい。そのくせ武器の扱いは超一流で、剣でも弓でも槍でも、何を持たせても体の一部かのように扱って戦える強い戦士でもあった。
精悍さよりは優しい印象の先立つ顔立ちは、人の警戒心を無意識のうちに解きほぐすの最適で、困った人の心に寄り添い世界を救う勇者というのは、こういう人のことを言うのかもしれないと妙に納得したものだ。にっこり笑った顔はちょっと可愛くて、使い古された表現だけど、太陽みたいに輝いていた。
『なあエス、この別れ道、どっちに進めばいいと思う?』
まだ仲間達と出会う前、勇者初心者として独りきりで――僕と二人きりで旅していた頃。ハルトはしばしば僕の意見を聞いてくれた。神剣を抜く前もいち冒険者として旅慣れていたはずなのに、何故かよく僕に話しかけてくれたのを覚えている。
『神剣が導くままにだよ、ハルト』
僕が「妖精エス」に与えられた役目通りの台詞を返すと、ハルトは「ちがうちがう」と苦笑しながら首を横に振って、
『じゃあ聞き方を変えよっか。エスはどっちに進んでみたい?』
そんな風に僕の気持ちを確かめるようなことを言うものだから、僕はたいそう困ってしまった。
前世でシナリオに関わっていたら具体的なアドバイスが出来たかもしれないが、自分は絵周り担当だったので物語の展開やフラグに関する知識はない。そもそも「エス」が明確にハルトへ指示を出すのは神剣入手のくだりだけで、あとはいるけどいない、空気同然なモブになるのだから。
『……僕に聞くのは間違ってるよ、ハルト』
間違った選択肢を選んだ時の定型文のような答は、きっと「エス」の返事として正解だった。
だけどハルトはキョトンとした顔で聞き返してきたのだから、僕はさらに困ってしまった。
『なんで? エスは旅の相棒なんだから、エスの意見は大事だろ』
相棒って。ハルトがそんな認識している設定はなかったはずなんだけどな。いや、僕が知らないだけ?
困惑しているとハルトが自分の肩をチョンチョンと指さしてきた。
『ていうかさ、ずっと飛んでるの疲れない? よかったら俺の肩に乗ってく?』
『大丈夫だよ、僕のことは気にしないで。ちゃんとハルトについていくから』
『昨日強い風に煽られて飛ばされそうになってただろ。……あ、そうだ。俺のフードの中に入ってなよ。襟足邪魔かもしれないけど』
ハルトの髪は柔らかな栗毛で、うなじにちょろりとかかる襟足はクルクルして猫っ毛だ。爽やかで甘い印象のハルトの顔に、さらに愛嬌を足している。
パーカーのように背中に垂らしたフードは僕の体が収まるのにちょうど良い大きさで、ハルトはそれを引っ張って「ほらほら」とにこやかに誘ってきた。前世の記憶ではハルトがエスにこんな構う「設定」はなかったはずなのだが……僕の知識が乏しいだけなのだろうか。
『じゃあ、お言葉に甘えて』
押し問答するのも悪いなと思い、僕はハルトのフードに身を滑り込ませることにした。
ハルトは「やった!」と何故か上機嫌で、以来僕の定位置はハルトのフードの中になった。彼が気にした猫っ毛は、むしろ揺れる時に捕まれるロープ代わりとなって助かったほどだ。
『そこにいてくれれば、はぐれる心配がなくなるしさ。エスと一緒に旅してるんだって感じがして、嬉しいよ』
嬉しい。――思えば、その一言がすべての始まりだった。
ドキッとしたのだ、彼の笑顔と弾む声に。まるで僕に好意をもっているかのような態度だったから。
神剣を抜くイベントのために用意されただけの、メニュー画面に添えられるだけの僕が、ひとりの人格として扱われたようで。
「……嬉しかったのは僕の方なんだよ、ハルト」
また独り言が風に紛れる。春の風はやはり温もりと優しさに満ちていて、どうしたってハルトのことを思い出してしまう。
二度と会わないと決めて、別れの挨拶もせずに彼のフードから飛び立ってきたというのに。
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