これはハッピーエンドだ!~モブ妖精、勇者に恋をする~

ツジウチミサト

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後編

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「うそ、なんで、え、どうして」

 混乱した僕が目を白黒させている間にハルトは目の前まで歩いてきて、木の根元でボロボロになっていた僕をそっと両手で掬い上げる。
 掌の上に乗せた僕を目の高さにまで持ち上げて、破れた羽根を認めると痛みを感じているかのように眉根を寄せた。

「間に合ってなんかなかったな。ごめんな、エス。こんな酷い姿にさせちゃって……ごめんな、ごめん」

 心底悔しそうに唇を噛みしめるハルトの顔なんて初めて見た。
 僕はもうわけがわからなくて、どうして、と呟くことしか出来ない。

「どうしてこんなところにいるのハルト。姫と結婚するんじゃないの。ハルトはハッピーエンドを迎えたのに」
「姫様との結婚はないよ。好意はありがたいけどそれだけのこと。王様とそろって結婚の申し込みをされそうな雰囲気を察したから、言われる前に国を出てきた」
「は、はあ!?」
「さて、答えたから俺からの質問だ。どうして勝手に行方をくらましたんだ? 心底肝が冷えたし、めちゃくちゃ探した。行き先の勘が当たってよかったよ」

 それは、と言いさして口を噤む。
 だって、カッコ悪すぎて言えないでしょ。ハルトが姫と結婚するのが辛すぎて見ていられなくて死に場所を探しに来ましたなんて!
 出てきた時の悲壮な覚悟はどこへやら、ハルトの顔を見て感動してしまったせいか命が助かって安堵したせいか、僕はすっかり脱力していた。そもそも羽根が破れている以上、ハルトの手から飛び立つことも出来ないのだ。

「……どうしてここにいるってわかったの?」
「答えてないのに質問で返すなよ」
「いや、それは、あのええと……何となく?」
「くくっ、誤魔化すの下手過ぎだなあ」

 ハルトが破顔して噴き出す。
 これ、前にもあった気がする。僕がうっかりハルトのフードの中で寝ちゃって、急に声を掛けられた時に「寝てないよ!」って答えた時だ。

「そういうところもさ、可愛いなって思ってたけど。誤魔化すってことは逆ってことだって、白状してるようなもの」
「逆って、なに」

 何故かクスクスハルトが笑う。そして背中のフードを引っ張って、その中に入るよう僕に促した。
 迷ったけれど、ハルトが譲らなさそうなので僕はしぶしぶ住み慣れた定位置に戻る。そこは離れてそんなに経っていないのに、二度と帰れないと思っていたからかものすごく懐かしくて、僕がまた鼻の奥をツンと痛めてしまう。

「じゃあ行くから、捕まってて」

 有無を言わさず歩き出したハルトの歩みに合わせてフードが揺れる。僕は言われたとおりハルトの襟足にしがみつき、ちょこんと顔だけ覗かせた。
 向かっているのは遺跡のようだ。木々の間から徐々に姿を現していく、白く大きな石の重なり。あちこち崩れて建物の原型をほとんど留めていない古代遺跡は、蔦と木々に抱かれて深い眠りについているかのように静謐だ。
 パッと見にはどこが入り口か定かではないが、ハルトは僕が案内した時のことを覚えているのだろう。迷わず足を踏み入れていく。
 
「エスの質問に答えるよ。ここに来た理由のひとつは、神剣を返すためだ」
「え、返すの?」
「王様とも相談したんだけど、魔王を倒した以上俺はもう勇者じゃない。だから神剣を持っている理由はない」

 そうかもしれないが、だからってわざわざ返さなくても、と僕は思う。
 多分同じ答を王様にもされたのだろう。ハルトはさらりと続きを話した。

「神剣も勇者も、魔王がいる間は希望の象徴だ。だけどその脅威が去った今、今度は神剣自体が新しい脅威になってしまう。この剣は神の剣。ひとつの国が、ましてや一人の人間が独占していいものじゃない」

 僕はハッとした。
 ハッピーエンドの先の世界――魔王がいなくなった後の世界の軍事事情なんて、僕は考えたことがなかった。いやそもそも“神様”だってそこまでの設定練っていないはずだ。なのに「キャラクター」でしかないハルトは、勇者という地位におごり高ぶらず、そんな深いところまで考えていたのか。

「ハルトが神剣を持つ勇者のままだったら、軍事力の不均衡が起こるってこと?」
「やっぱりエスは賢いなあ。返さなくていいって最後まで反対してたデュランに聞かせてやりたい」

 ハルトは面白そうに声を立てて笑ったが、苦笑も少し混じっているようだった。デュランはハルトの親友であり、そもそもロバスティアナ王国に忠誠を誓った剣士だ。ハルトと王国が強大過ぎる力を持ち続けていても、それが正義に違いないと何の疑問も抱かないのだろう。

「だから神剣は本当の鞘、つまり刺さっていた遺跡の台座に返すべきなんだよ。俺が倒した魔王の前にもその前にも魔王はいて、その度にその時代の勇者が神剣を抜いて魔王を倒してきた。俺もその歴史の一部になるべきだと思う」
「ハルトが言うならきっとそうだよ。勇者の気持ちを一番わかるのは、勇者であるハルトなんだから」
「そう。おまえが選んでくれた勇者だ」
「僕じゃなくて神様がだよ。僕はただ伝えに来ただけで」
「俺にとっては、おまえが選んでくれたからこそだった。おまえの勇者でありたかったから、どんなに辛くても戦い抜けたんだよ、エス」
 
 僕は思わず押し黙る。なんだかものすごく、とんでもないことを言われた気がして。
 まるで僕が、ハルトの中でズシリと重くて、かけがえのない存在であるかのような。

「で、ここにきたもうひとつの理由。正直神剣を返しに来たのはついででさ、こっちが俺にとっては重要なんだ」
「な、なに?」
「エスが向かうなら、二人の思い出の場所しかないと思った。もしエスが、俺と同じ気持ちでいてくれるならって」

 僕は何も言えない。
 顔が熱い。喉が緊張でカラカラになる。心臓がバクバク音を立てている。
 
 ――“もしエスが、俺と同じ気持ちでいてくれるなら”?
 
 遺跡をズンズン迷うことなく進んでいたハルトが、足を止めた。
 辿り着いたのは僕達の始まりの場所。古い石造りの薄暗い遺跡の中にあって、そこだけ天井が崩れ、差し込む陽光に神々しく照らされた部屋。中央にあるハルトの腰の高さほどの円柱は、かつて神剣が刺さっていた台座だ。あの時、僕が半信半疑のハルトを導いた場所がここだった。

「エス」
「う、うん」
「好きだ」
「え?」
「ずっとおまえが好きだった。魔王を倒して勇者としての使命を全うできたら告白するつもりだった。おまえが選んでくれた勇者として恥ずかしくない成果をあげられたら言おうって、旅の途中から心に決めてたんだよ」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 何も言えない。何も考えられない。
 わけがわからなくて、また鼻の奥が痛んで、僕はポカンと呆けたままボロボロ泣き出してしまった。

「え、どうしたエス!? 何で泣く!?」
「わ、わかんな、ひくっ、わかないよぉー……!」
「それ嬉し涙だって言ってもらえないと、俺もどうしていいのかわからないぞ!」

 泣き濡れた顔を目の前のハルトの服に埋める。フードの縁を涙でグッショリ濡らした僕に、ハルトは見たこともないくらいに慌てた。いつも泰然自若としているハルトをこんなに焦らせるなんて、僕の涙は魔王より怖いのだろうか。そんなことあっていいのか。ハルトの言葉をそのまま信じていいのか、受け取ってしまっていいのか、役目を失ったモブでしかない僕が。

「ハルトには、姫様がいるじゃないか。フランチェスカだって。ハルトはみんなに囲まれて、讃えられて、それで次の王様になるべきだよ。勇者のハッピーエンドってそういうものでしょ。“神様”だってそのつもりで設定してるよ」

 泣きながら僕は喚くように並べ立てる。
 ハルトは黙って聞いていて、ようよう僕が落ち着いてきた頃に指先で髪を撫でてきた。慎重に、丁寧に、ハルトにとっては小さな僕の頭を、壊れ物でも扱うかのように大切そうに、撫でてくれた。
 
「ハッピーエンドっていうのが俺の幸せを指すのなら、エスこそ俺のハッピーエンドだよ」

 潤んだ瞳で見上げたハルトの顔は、僕の大好きな太陽の笑顔だ。
 その顔はいろんな人の心を温めてきた。みんながハルトを好きになったのは、勇者だからだけじゃなくて、ハルトがハルトだからだ。
 僕だってそう。僕が好きになった人。僕の想いが届いていいはずがない眩しい人。

「僕なんてただのモブなのに!」
「モブ?」

 この世界では存在しない言葉にハルトが首を傾げるが、僕はお構いなしでまくし立てる。
 
「僕は、ただ神剣のイベント用に用意されただけで! ゲームでは出番も台詞もない、大事な設定もついてない、何にもしてない、何の重みもないモブなのに!」
「何にもしてないなんてことないよ。フードの中から囁いて、いつだって俺のこと支えてくれただろ」

 ――ハルト、神剣はすごい力をもってるから、魔物以外に使っちゃいけないよ。
 ――デュランは王様を大事に思ってるから、まず王様の信頼を固めるといいよ。
 ――フランチェスカは素直じゃないだけで、本当は優しい子だよ、わかってあげてね。
 ――セネスの試すような物言い、ハルトでもカチンとくるかもしれないけど、勇者の資質がハルトにあるのか見極めようと必死なんだ。
 
「それは……」
 
 確かにアドバイスみたいなことをした覚えはある。キャラクター達の設定を知っていたし、いないもの扱いされていた僕はハルト以外の人達がハルトのいないところで何をしているのか、本当はどんな気持ちでいるのか、探るのに適任だったから。そうやって少しでもハルトの役に立てたらいいなと、こっそり情報を集めてフードの中から声を掛けた。
 
「前に話したよな、エス。俺は親の顔を知らない。育ててくれた親戚には疎まれて、結果村を追い出された。……一人で旅をしてたのは、どこにも居場所がなかったからだ」

 ハルトが腰の鞘から剣をスラリと抜く。
 先ほど魔物を斬ったばかりだというのに血や脂の汚れもなく、数多の魔物と魔王を切り伏せてきたのに刃こぼれすらない。神がこの地に使わした唯一無二の神聖なる剣の切っ先を、ハルトは台座の裂け目に差し込む。

「おまえは俺を優しいと言ったけど、それは違う。敵を作らないように笑顔の仮面を被って、当たり障りなく振る舞ってただけだ」
「そんなこと、」
「あるよ。おまえと出会うまでは、俺はそうやってひねた心で生きてきた。でもおまえが変えてくれた。おまえが、俺を勇者だと言ってくれたから!」

 ――ハルト。大丈夫だよハルト。
 ――どんなに魔王が強大でも、ハルトならきっと、この世界を救えるよ。
 ――だってハルトは……僕の大事な、勇者なんだから。

「勇者じゃなくなってもおまえと離れたくない、だから俺から飛び立っていかないでくれ」

 ハルトが力を込める。剣が台座の中に押し込まれていく。
 僕はそれをハルトの肩に掴まって見ていた。そして僕への想いを告げる真剣な横顔を見つめていた。

「好きなんだ、エス!」
 
 ズンッ、という地鳴りのような衝撃と共に、神剣は石の台座に半ばまで収まった。
 僕達が初めてここを訪れた時と同じ姿になった神剣から、ハルトはゆっくりと手を離す。
 台座に直立したその剣が長い眠りについたことを、僕もハルトも感じ取っていた。ハルトの勇者として天から与えられた責務は、ここに完了したのだ。
 
 だから今僕に微笑んで手を差し出し、僕を台座の上に座らせて、そして恭しく膝をついた人は、最早勇者ではなくただの旅人でしかない。
 姫のプロポーズをわざと聞かないで、恐らく口下手な少女の恋心にわざと気づかないふりをして。もしかすると王や親友や兄代わりの人が引き留めるのも振り切って、勝手に飛んでいってしまったモブ妖精を探しにはるばるやって来てくれた人。

「羽根、元に戻らないのか?」

 僕以上に傷ついた顔で、破れてしまった羽根を見つめるハルトに、僕は自分の価値を思い知らされる。

「蝶の羽根は再生しないっていうから、僕の羽根もダメなんじゃないかな」
「……もっと俺が早く駆けつけていれば」
「気に病まないでよ。僕がハルトの気持ちを確かめもせずに、ハルトから離れた罰だと思う」

 ハルトから飛び立った時の覚悟は本気だったけれど、今思えばなんて滑稽なことをしたのかと自分で笑ってしまう。
 ハルトはずっと僕を大事にしてくれていたのに、その気持ちを台無しにしかけたのは僕だ。前世の記憶から僕を価値のないモブと決めつけて、ハルトの想いをちゃんと受け止められていなかった。僕が転生した時点で、僕は「エス」であって「エス」ではなかったのに。
 
「エス、俺はまた旅に出る。さっきみたいに残った魔物が人を襲うかもしれないから、ただの旅人として困っている人を助けたい」
「うん」
「ずっと一人で旅をしていても平気だったんだ。でも一度相棒を得てしまってから、もう独りではいられなくなった」
「……うん」
「ついてきてくれないか、エス」
「僕も……僕もハルトと一緒にいたい」

 僕はちゃんと人格があって、魂があって、ハルトを想う心がある。
 僕は僕だ、ちゃんとここに「いる」。
 これが僕の望む、本当の結末。僕は立ち上がり、ハッピーエンドに向けて腕を広げた。

「僕も、ハルトが好き!」

 ハルト目がけて台座からジャンプする。
 満面の笑顔をキラキラ浮かべたハルトが、両手で僕をキャッチしようとする。
 
 ――あれ?

 ところがだんだんハルトが小さくなって、みるみる顔が近づいて。

「うわあっ!」

 ドサリ、という音共に僕はハルトに覆い被さる。ハルトは予期せぬ重みに僕を受け止められず、石の床の上に頭から倒れ込んだ。

「わー、ハルト! 大丈夫? しっかりして!」

 大慌ての僕がハルトの首根っこを掴んでユサユサ揺らすと、逆に首が絞まってしまったハルトがグエッと情けない悲鳴を上げる。
 僕はさらに混乱していとも容易く泣いてしまい、「うわーん、ハルトぉ!」と叫ぶ始末。

「魔王よりも慌てたおまえのほうが怖いよ……」

 ぜえぜえ呼吸を整えながら、ハルトはようやく落ち着いた僕にため息をついた。

「ゴメンねえ、ハルト、う、ひっく」
「うんわかった、わかったからもう泣かないでくれ。……それよりおまえ、その姿」
「姿?」
 
 改めて指をさされ、僕はようやく事態を飲み込んだ。
 ハルトが小さくなったというのは錯覚で、それは周囲を見渡してみればわかる。ハルトと神剣、それに部屋の大きさの比率はそのまま。つまり僕が大きくなったのだ。しかも着ていたはずの白いローブはどこかに消え、生まれたままの姿。つまり真っ裸。

「……ハルト、僕今、どのくらいの大きさ?」

 さすがに股間は隠しながら、おそるおそる立ち上がる。

「そうだな……顔ひとつ分っていうところ?」

 合わせて立ち上がったハルトと背比べをしてみると、少し見上げる位置にハルトの顔があった。
 まるで人間の、青年と少年の背の違い。そう、人間の。

「エス、背中に羽根がなくなってる」
「え」

 後ろ手にさすると、確かにあったはずの感触がなくなっている。
 僕とハルトは顔を見合わせた。どちらも驚きで目が丸くなっている。

「人間になったのか?」
「人間になったっていうこと?」

 同時に結論を発した途端、ハルトが思い切り僕を抱き締めた。今までの指先だけではない力強さと逞しさで、僕を腕の中に閉じ込めた。

「妖精の姿ももちろん可愛かったけど、人間になったエス、めちゃくちゃ可愛いな!」
「最初に出てくるのそれ!?」
「抱き締めてみたかった、手を繋いでみたかった、出来るならキスも、それ以上もしてみたかったんだよ! 全部叶うってことか!?」
「わー、いきなり具体的に欲望ぶつけてきた!」

 見たこともないくらいはしゃぐハルトに呆気にとられていると、急に頬を両手で包まれる。
 至近距離に近づいたのは今まで見てきた大きな顔ではなく、同じくらいの大きさの、視線が真っ直ぐ合ってしまう人同士の。
 そして息を飲むほど真剣な、ハルトの顔。

「……全部、してもいいのか?」
「ぜん、ぶ?」

 鼓動が走り出す。ハルトの顔がうっすら朱色に染まっている気がするけれど、僕の頬は燃えるくらいに真っ赤だと思う。

「キスしたい、エス」
「僕も……んっ」
 
 しっとり重ね合わされた唇の感触と腰を抱き寄せる腕の強さに、僕は目を閉じて酔いしれる。
 僕は今、好きな人の腕の中で、好きな人が万感の想いをこめたキスを受け止めている。
 これをハッピーエンドといわずに何と言おう。魔王が倒され世界が救われたことよりもっと、僕にとっては幸せなこと。叶うはずがないと知りながら夢みたのよりもっともっと最高な、僕とハルトのハッピーエンド。

 ――もしかして。
 もしかしてもしかすると、「エス」がお気に入りだったプロデューサーが、「エス」のために秘密の設定を書き加えていたなんてことがあるのだろうか。
 モブのはずの彼が意思をもち、幸せになりたいと願ったら、そしてそれに答える人がいたならば、人として愛し合える体を授けるという隠しエンディングを――。

「エス、好きだ。好きだよ」

 真相はわからない。そもそも僕はゲームの中の「エス」とは既に別物だから。
 確かなことはただひとつ。僕とハルトが今、抱き締め合っていること。好きだと言葉を交わし合えること。

「僕も、ハルトが好き。……大好きだよ、ハルト」

 想いを告げられる幸福にまたちょっと涙ぐんでしまった僕を見つめながら、ハルトが嬉しそうに顔をほころばせた。
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