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第一章 馬鹿王子、旅立つ
第3話 馬鹿王子、野に下る(前編)
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注! 本作の舞台となる世界では、十六歳から飲酒が認められているという設定です。現実世界での飲酒は各国・地域の法律を遵守しましょう!
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酒場の喧噪というのも、慣れれば意外と心地いい。
ここは王都マッシリアの城下。冒険者ギルドからほど近く、彼らの溜まり場ともなっている酒場だ。
「よう、レニー。まだ明るいうちからいいご身分だな」
エールをちびちび飲んでいるあたしに、冒険者の一人が声を掛けてきた。
「余計なお世話よ。そういうあんたも同類でしょ」
「へっ、ぬかしやがる。言っとくが、今日の分の仕事はもう済ませたからな?」
「あっそ、それは結構。もうすぐ連れが来る予定だから、さっさと向こうへ行ってちょうだい」
手を振ってむさ苦しい野郎を追い払う。
あたしは王立魔法学校で魔法を学ぶ傍ら、ギルドに籍を置いていくつかの依頼をこなしてきた。
まあ、まだそれほど本格的な依頼には手を出していないので、駆け出し冒険者ではあるのだが。
そして先日、王立魔法学校の六年間の課程を修了し、いよいよ本格的に冒険者として独り立ちしようってところ……なのだが、問題は、パーティーを組んでくれる仲間がまだ見つかってないってことだ。
自慢じゃないが、あたしは魔法学校で「天魔の再来」と評されるぐらい、魔法の技量は突出している。
けれど、駆け出しのくせになまじ腕が立ちすぎると、同じく駆け出しの子たちは尻込みするし、ベテランからは無意味な敵愾心を向けられてしまう。
それに、そもそも王立魔法学校は、身分が低くとも魔法の才に優れた者を拾い上げ、宮廷魔道士を頂点とする王国の魔道士管理体制に組み込むためのもの――というのは、ある人の受け売りだが――。王太子殿下を差し置いて首席を獲ったあたしが冒険者なんぞになることについて、とやかく言う連中も多い。
そしてそんな状況であたしに誘いをかけてくるのは、妙な下心が透けて見えるようなやつらばかり。中々上手くいかないもんだ。
などと考えながらエールを飲んでいると、隣のテーブルでくだを巻いている連中の会話が、耳に入ってきた。
「そう言や、オーティスのやつの消息はわかったのか?」
「いや、一月ほど前に依頼を完了してから、誰も見たやつはいないらしい。ギルドも心当たりは無いって話だしな」
オーティスというと、王都の冒険者ギルドでも屈指の腕利きだ。
あたしも顔と名前は知ってるが、話したことはない。
と言うか、相当に偏屈な性格で、ずっと誰とも組まずに一人でやってきて、仕事上で必要なこと以外はほぼ口をきかない、酒場の注文ですら、いつも決まったものしか頼まず無言で済ませる、というくらいだそうだ。
あたしとしては、そういうタイプは嫌いじゃない。
そんじょそこらの魔物にやられてしまうような人ではないはずだが、一月も行方知れずとなるとちょっと心配だな。
ギルドを通さない依頼を受けて王都を離れた可能性も無くはないだろうけれど……。
いや、やっぱり無いな。
冒険者が依頼を受ける際にギルドを通さないと色々ペナルティを食らうことになるので、普通は直接話を持ち掛けられても断るし、わざわざ一流冒険者に指名依頼をするような人たち――大抵、貴族や豪商だ――は、ギルドに支払う仲介料をケチったりはしない。
なんてことをとりとめもなく考えていると、
「やあ、レニー。待たせたね」
荒くれ者どもがたむろする酒場にはいささか不似合いなくらい爽やかな声で、マグがあたしに呼びかけた。
いやなに、そんなに待っちゃいないよ。
マグ。――この国の王太子にして魔法学校の友人、マルグリスの愛称だ。王太子殿下をつかまえてそんな呼び方をするのは、あたしくらいのものだが。
甘くて美味しそうな蜂蜜色の髪に、青空みたいな瞳。美男子を見ると三日寿命が延びると言うけれど、この六年間であたしの寿命は随分延びたことになるな。
酒場のお姉さんにエールを注文して、マグはいきなりあたしに頭を下げた。
「今回はありがとう、レニー。憎まれ役をやらせてしまって申し訳ない」
「ああ、気にしなくていいよ。結構楽しかったしね」
普通なら、ドレスなんぞ着込んでパーティーに出るなんて願い下げなんだけど、中々楽しい経験をさせてもらったよ。
「それにしても、馬鹿王、おっと」
あたしは口から出かけた言葉を飲み込み、代わりに呪文を唱えた。
「風はそよぎて静寂を包む――遮音魔法」
人に聞かれちゃまずいこともぽろっと口にしちゃいそうだからね。用心、用心。
ん? どうしたの、マグ?
「いや……。遮音魔法って、王侯貴族や富裕な商人が密談をする時に、一流どころの魔道士に張らせるものであって、酒場での雑談のために酒杯片手に使うような魔法じゃないはずなんだけど……」
「そりゃあ、あたしは超一流だからね。それに、あんただって出来るでしょ? 魔法学校次席どの」
「お酒を飲みながら片手間に出来るかと言ったら、ちょっと難しいかな」
ふぅん、そんなものかねぇ。まあいいや。
「で、どうだった? 馬鹿王様には叱られた?」
むしろ叱りつけてやりたいくらいだけど、立場が立場だからね。
「お前は今日限りで廃嫡だ、王位継承権を剥奪する、だってさ」
ああ、やっぱり。マグが予想していた通りの展開だね。
「それにしても馬鹿王様、子供たちの結婚式をだしに公爵様を王都におびき寄せて殺っちまおうだなんて、とても正気とは思えないよね」
息子の前で父親を貶すのはちょっと心苦しいのだけれど、言わずにいられないんだよね。
結局、それを阻止するためにマグが泥を被ることになっちゃったんだから。
「まったく、面目ない」
「いやいや、マグが謝ることないでしょ」
「そうは言っても、あんなのでも一応父親だからね。馬鹿王の子に生まれるっていうのも、中々気苦労なものだよ」
父親、かぁ。あたしの実の父さんは一介の農夫だったけど、あたしが小さい頃、戦争に駆り出されて命を落とし、残された母さんも、心労が祟って後を追うように逝ってしまった。一人ぼっちになったあたしを育ててくれたのが、亡き父さんの親友で冒険者稼業をやっていた育ての父さん母さんだ。
育ての父さんはいつも陽気で、母さんはとても優しい。まあ怒らせると怖いんだけど。
あたしのことを孤児だからって憐みの視線を向けるやつらもいるけれど、あたし自身は両親に恵まれたと思ってる。
だから、子供に負い目を負わせたり情けない気持ちを抱かせたりするような馬鹿親には我慢がならないんだ。たとえそれが国王であろうとも。
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酒場の喧噪というのも、慣れれば意外と心地いい。
ここは王都マッシリアの城下。冒険者ギルドからほど近く、彼らの溜まり場ともなっている酒場だ。
「よう、レニー。まだ明るいうちからいいご身分だな」
エールをちびちび飲んでいるあたしに、冒険者の一人が声を掛けてきた。
「余計なお世話よ。そういうあんたも同類でしょ」
「へっ、ぬかしやがる。言っとくが、今日の分の仕事はもう済ませたからな?」
「あっそ、それは結構。もうすぐ連れが来る予定だから、さっさと向こうへ行ってちょうだい」
手を振ってむさ苦しい野郎を追い払う。
あたしは王立魔法学校で魔法を学ぶ傍ら、ギルドに籍を置いていくつかの依頼をこなしてきた。
まあ、まだそれほど本格的な依頼には手を出していないので、駆け出し冒険者ではあるのだが。
そして先日、王立魔法学校の六年間の課程を修了し、いよいよ本格的に冒険者として独り立ちしようってところ……なのだが、問題は、パーティーを組んでくれる仲間がまだ見つかってないってことだ。
自慢じゃないが、あたしは魔法学校で「天魔の再来」と評されるぐらい、魔法の技量は突出している。
けれど、駆け出しのくせになまじ腕が立ちすぎると、同じく駆け出しの子たちは尻込みするし、ベテランからは無意味な敵愾心を向けられてしまう。
それに、そもそも王立魔法学校は、身分が低くとも魔法の才に優れた者を拾い上げ、宮廷魔道士を頂点とする王国の魔道士管理体制に組み込むためのもの――というのは、ある人の受け売りだが――。王太子殿下を差し置いて首席を獲ったあたしが冒険者なんぞになることについて、とやかく言う連中も多い。
そしてそんな状況であたしに誘いをかけてくるのは、妙な下心が透けて見えるようなやつらばかり。中々上手くいかないもんだ。
などと考えながらエールを飲んでいると、隣のテーブルでくだを巻いている連中の会話が、耳に入ってきた。
「そう言や、オーティスのやつの消息はわかったのか?」
「いや、一月ほど前に依頼を完了してから、誰も見たやつはいないらしい。ギルドも心当たりは無いって話だしな」
オーティスというと、王都の冒険者ギルドでも屈指の腕利きだ。
あたしも顔と名前は知ってるが、話したことはない。
と言うか、相当に偏屈な性格で、ずっと誰とも組まずに一人でやってきて、仕事上で必要なこと以外はほぼ口をきかない、酒場の注文ですら、いつも決まったものしか頼まず無言で済ませる、というくらいだそうだ。
あたしとしては、そういうタイプは嫌いじゃない。
そんじょそこらの魔物にやられてしまうような人ではないはずだが、一月も行方知れずとなるとちょっと心配だな。
ギルドを通さない依頼を受けて王都を離れた可能性も無くはないだろうけれど……。
いや、やっぱり無いな。
冒険者が依頼を受ける際にギルドを通さないと色々ペナルティを食らうことになるので、普通は直接話を持ち掛けられても断るし、わざわざ一流冒険者に指名依頼をするような人たち――大抵、貴族や豪商だ――は、ギルドに支払う仲介料をケチったりはしない。
なんてことをとりとめもなく考えていると、
「やあ、レニー。待たせたね」
荒くれ者どもがたむろする酒場にはいささか不似合いなくらい爽やかな声で、マグがあたしに呼びかけた。
いやなに、そんなに待っちゃいないよ。
マグ。――この国の王太子にして魔法学校の友人、マルグリスの愛称だ。王太子殿下をつかまえてそんな呼び方をするのは、あたしくらいのものだが。
甘くて美味しそうな蜂蜜色の髪に、青空みたいな瞳。美男子を見ると三日寿命が延びると言うけれど、この六年間であたしの寿命は随分延びたことになるな。
酒場のお姉さんにエールを注文して、マグはいきなりあたしに頭を下げた。
「今回はありがとう、レニー。憎まれ役をやらせてしまって申し訳ない」
「ああ、気にしなくていいよ。結構楽しかったしね」
普通なら、ドレスなんぞ着込んでパーティーに出るなんて願い下げなんだけど、中々楽しい経験をさせてもらったよ。
「それにしても、馬鹿王、おっと」
あたしは口から出かけた言葉を飲み込み、代わりに呪文を唱えた。
「風はそよぎて静寂を包む――遮音魔法」
人に聞かれちゃまずいこともぽろっと口にしちゃいそうだからね。用心、用心。
ん? どうしたの、マグ?
「いや……。遮音魔法って、王侯貴族や富裕な商人が密談をする時に、一流どころの魔道士に張らせるものであって、酒場での雑談のために酒杯片手に使うような魔法じゃないはずなんだけど……」
「そりゃあ、あたしは超一流だからね。それに、あんただって出来るでしょ? 魔法学校次席どの」
「お酒を飲みながら片手間に出来るかと言ったら、ちょっと難しいかな」
ふぅん、そんなものかねぇ。まあいいや。
「で、どうだった? 馬鹿王様には叱られた?」
むしろ叱りつけてやりたいくらいだけど、立場が立場だからね。
「お前は今日限りで廃嫡だ、王位継承権を剥奪する、だってさ」
ああ、やっぱり。マグが予想していた通りの展開だね。
「それにしても馬鹿王様、子供たちの結婚式をだしに公爵様を王都におびき寄せて殺っちまおうだなんて、とても正気とは思えないよね」
息子の前で父親を貶すのはちょっと心苦しいのだけれど、言わずにいられないんだよね。
結局、それを阻止するためにマグが泥を被ることになっちゃったんだから。
「まったく、面目ない」
「いやいや、マグが謝ることないでしょ」
「そうは言っても、あんなのでも一応父親だからね。馬鹿王の子に生まれるっていうのも、中々気苦労なものだよ」
父親、かぁ。あたしの実の父さんは一介の農夫だったけど、あたしが小さい頃、戦争に駆り出されて命を落とし、残された母さんも、心労が祟って後を追うように逝ってしまった。一人ぼっちになったあたしを育ててくれたのが、亡き父さんの親友で冒険者稼業をやっていた育ての父さん母さんだ。
育ての父さんはいつも陽気で、母さんはとても優しい。まあ怒らせると怖いんだけど。
あたしのことを孤児だからって憐みの視線を向けるやつらもいるけれど、あたし自身は両親に恵まれたと思ってる。
だから、子供に負い目を負わせたり情けない気持ちを抱かせたりするような馬鹿親には我慢がならないんだ。たとえそれが国王であろうとも。
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