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第二章 馬鹿王子、巻き込まれる
第21話 馬鹿王子、巻き込まれる その十五
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水浴びを終えて、僕らは川から上がった。上着もそろそろゆすいで乾かそうか。
絞って水気を切ってから、風魔法で乾燥させる。
そうしていると、フィリップが話しかけてきた。
「そう言えば、件の飛竜はどうなさったのですか? 何やら治療なさっているようだったと、偵察の者が申しておりましたが」
「ああ、あいつなら、斬り落とした翼を繋げてやって、レニーが使い魔にしたよ」
僕の言葉にフィリップは一瞬絶句した後、絞り出すように言った。
「……つくづくとんでもない女ですね。やはり、あれを敵に回そうとした私たちが愚かだったということでしょうか」
「そう思うのなら、もう手を引くんだな」
「はい、つくづく懲りました。父にしてみても、単に気に食わないというだけで実害があるわけでもない小娘一人のために、赤鼠の精鋭をごそっと失ったのは大誤算だったでしょうし」
だといいのだけどな。
さすがに赤鼠の戦力を全て投入したわけではないだろうし、フィリップも赤鼠の全容は知らされていないようだが、それでも今回のメンバーが選りすぐりだったのは間違いなさそうだ。
レニー一人を狩るには過剰すぎるほどの戦力を投じておいて、それが全滅させられたのでは、ロレイン公も頭を抱えたくなるだろう。
ただ、貴族というやつはメンツが命みたいなところがあるからなぁ。
意地になって手を出してくる可能性も否定しきれない。
「あー、さっぱりした」
レニーがセイとマドラをつれて戻ってきた。
タンベリーの宿では体を拭うだけだったからな。本人も言うとおり、さっぱりした表情だ。
「……だいたい、有翼獅子を使い魔にしているって時点でおかしいんだよなぁ」
フィリップが呟いた。
彼も幻獣召喚の授業は受けていたからな。その時の一部始終はその目で見ていたのだ。
「そういうあんただって成功させてたじゃん、幻獣召喚。例年、ほとんどの生徒が失敗するって話だったでしょ」
「ほとんど役に立たないけどな。山羊魚なんて」
フィリップが召喚したのは、体の前半分が山羊で後ろ半分が魚の姿をした幻獣だった。
まあたしかに、陸上では魚の尻尾を引きずりながらのたのた走り、さりとて水中での泳ぎが速いとも言い難い、残念な幻獣だ。
本当にこのフィリップという男は、決して魔法の才に恵まれていないわけではなく、努力だってしているのだけれど、せいぜい秀才止まりなんだよな。
ついでに言うと、彼の四人の兄たちも、あまり突出した才の持ち主はいない。
ただし、フィリップは魔道具の扱いや開発に関しては才に恵まれており、それを活かすことができれば、とは思うのだが。
レニーも上着を乾かす。
香水のにおいはさほど気にならないくらいにまで落ちてくれた。
元々、香水入りの水をまともにかぶったわけではなく、その場にいたためにおいが染みついただけだからな。
マドラも調子が戻ってきたようだ。よしよし。
そのまま河原で焚き火を熾し、交代で睡眠を取りながら夜明けまで過ごした。
そして東の空が白みかけるころ、ウィンザーの城門へと向かう。
夜中には空全体を覆っていた雲は、夜明けを迎える頃にはかなりまばらになっていた。
黒妖犬はともかく有翼獅子は目立ちすぎるので、一旦お役御免だ。
レニーが魔法陣布を広げ、幽明の狭間に封印する。
城門の前にたどり着くと、野営して開門を待っていたのは僕たちだけではなかったようで、数人の行列が出来ていた。
朝日が昇り始めると同時に、鐘が打ち鳴らされ、城門が開く。
口頭での簡単な手続きを終え、城門をくぐると、いきなり声を掛けられた。
「マグ、レニー!」
ジェスたちだ。
エレナ嬢たちを連れて無事ウィンザーに着き、夜は城門の中で過ごしたものの、僕たちのことを心配してくれていたのだろう。
「飛竜はどうしたんだ。撃退したのか? まさか倒してしまったとか……」
ブリッツが駆け寄って来て尋ねる。
使い魔にしました、とはさすがに言えないよなぁ。
「ヒースリー山地にあの飛竜が姿を見せることはもうありませんよ」
うん、嘘は言ってないぞ。
「マジかよ。すげえな……。っておい、かすかにいい匂いがするぞ。花売りキャラバンでも回ってたのか?」
花売りのキャラバン?
何だそりゃ。王都の広場では花を売ってる屋台も見かけるけど、城壁の外にはいないだろうに、などと考えていると、
「馬鹿たれ! レニーも一緒なんだよ。そんなの買うわけないだろ!」
ジェスが思いっ切りブリッツをどついた。
何が何だかわからないな。
レニーに聞いてみようかと思ってそちらを窺うと、なんだか気まずそうな表情を浮かべている。
「あー、殿、いや、マグ。“花売りキャラバン”ていうのはな、若い――とは限らないが――女たちを馬車に乗せて、各地を回る連中のことだ。何を売っているかは言わなくてもわかるな?」
フィリップが教えてくれた。
あー、そういうやつか。戦場などにも慰問に回ったりするっていう、あれだな。
ちょっと頬が熱くなる。
「ん? 誰だい、あんた」
ブリッツがフィリップに目を向ける。
あー、さて、何と説明したものか。
「あの、もしかしてフィリップ様ですか? ロレイン公爵家の」
おずおずと声を掛けたのは、エレナ嬢だった。彼女も来ていたのか。
彼女の実家スピアード商会は魔道具取り扱いに関しては大手。ロレイン公爵家に出入りしていてもおかしくはないが、娘のエレナ嬢が公爵家の息子、それも五男坊を知っているのか?
「君は……、スピアード商会のエレナ嬢か」
「はい! 覚えていていただいて光栄です!」
ものすごく嬉しそうな表情を浮かべるエレナ嬢に、ジェスが尋ねる。
「えーっと、お知り合いですか?」
「はい! こちらはロレイン公爵家の御子息で、私の婚約者のフィリップ様です!」
え、フィリップとエレナ嬢が婚約者同士!? 何だその偶然!?
あ、いや、偶然ではないのか?
まさか、最初から仕組まれていた?
じゃあ、フィリップの婚約者と知っていて、飛竜をけし掛けたのか?
ふと見ると、エレナ嬢に付き添っていた女性――たしかサラといったか――の顔が青ざめている。
彼女も一件に関わっていて、フィリップとレニーが一緒にいることに困惑しているのか?
彼女の役割がどの程度のものなのかはわからないが、そりゃあ、主家――なのだろう、おそらく――のお坊ちゃまと標的が一緒にいたら混乱するわな。
一方、フィリップの顔を窺うと、エレナ嬢と出会したことに本気で驚いているようだ。
どうやら本当に、彼は知らなかったようだな。
やはり悪いのはヴィクターという男か。
取りあえずブリッツたちには、フィリップと僕たちは魔法学校の同級生で、フィリップが飛竜に襲われて連れとはぐれたところに偶然出会した、ということにしておいた。
いささか苦しい言い訳だが仕方ない。
さて、サラから詳しい話を聞きたいところだが、どうしたものか、と思案していると、フィリップがエレナ嬢に向かって言った。
「エレナ嬢、すまないがちょっとサラと話がしたい。いいかな?」
おっと、僕の気持ちを察してくれたのか? 気が利くな。
彼自身も気になっているのかもしれないが。
「サラ、ちょっとこちらへ来てくれ。君の実家に関わることだ」
ん? サラは元々ロレイン公爵家とかかわりがあったのか?
僕の疑問に、フィリップが答えてくれた。
彼女はフィリップとエレナ嬢の婚約が決まった時に、公爵家から教育係として送り込まれたのだそうだ。なるほど。
「マグ、君も一緒に来てくれ」
フィリップはそう言って、サラと僕を連れて皆から十メートルばかり離れた路地裏に入った。
絞って水気を切ってから、風魔法で乾燥させる。
そうしていると、フィリップが話しかけてきた。
「そう言えば、件の飛竜はどうなさったのですか? 何やら治療なさっているようだったと、偵察の者が申しておりましたが」
「ああ、あいつなら、斬り落とした翼を繋げてやって、レニーが使い魔にしたよ」
僕の言葉にフィリップは一瞬絶句した後、絞り出すように言った。
「……つくづくとんでもない女ですね。やはり、あれを敵に回そうとした私たちが愚かだったということでしょうか」
「そう思うのなら、もう手を引くんだな」
「はい、つくづく懲りました。父にしてみても、単に気に食わないというだけで実害があるわけでもない小娘一人のために、赤鼠の精鋭をごそっと失ったのは大誤算だったでしょうし」
だといいのだけどな。
さすがに赤鼠の戦力を全て投入したわけではないだろうし、フィリップも赤鼠の全容は知らされていないようだが、それでも今回のメンバーが選りすぐりだったのは間違いなさそうだ。
レニー一人を狩るには過剰すぎるほどの戦力を投じておいて、それが全滅させられたのでは、ロレイン公も頭を抱えたくなるだろう。
ただ、貴族というやつはメンツが命みたいなところがあるからなぁ。
意地になって手を出してくる可能性も否定しきれない。
「あー、さっぱりした」
レニーがセイとマドラをつれて戻ってきた。
タンベリーの宿では体を拭うだけだったからな。本人も言うとおり、さっぱりした表情だ。
「……だいたい、有翼獅子を使い魔にしているって時点でおかしいんだよなぁ」
フィリップが呟いた。
彼も幻獣召喚の授業は受けていたからな。その時の一部始終はその目で見ていたのだ。
「そういうあんただって成功させてたじゃん、幻獣召喚。例年、ほとんどの生徒が失敗するって話だったでしょ」
「ほとんど役に立たないけどな。山羊魚なんて」
フィリップが召喚したのは、体の前半分が山羊で後ろ半分が魚の姿をした幻獣だった。
まあたしかに、陸上では魚の尻尾を引きずりながらのたのた走り、さりとて水中での泳ぎが速いとも言い難い、残念な幻獣だ。
本当にこのフィリップという男は、決して魔法の才に恵まれていないわけではなく、努力だってしているのだけれど、せいぜい秀才止まりなんだよな。
ついでに言うと、彼の四人の兄たちも、あまり突出した才の持ち主はいない。
ただし、フィリップは魔道具の扱いや開発に関しては才に恵まれており、それを活かすことができれば、とは思うのだが。
レニーも上着を乾かす。
香水のにおいはさほど気にならないくらいにまで落ちてくれた。
元々、香水入りの水をまともにかぶったわけではなく、その場にいたためにおいが染みついただけだからな。
マドラも調子が戻ってきたようだ。よしよし。
そのまま河原で焚き火を熾し、交代で睡眠を取りながら夜明けまで過ごした。
そして東の空が白みかけるころ、ウィンザーの城門へと向かう。
夜中には空全体を覆っていた雲は、夜明けを迎える頃にはかなりまばらになっていた。
黒妖犬はともかく有翼獅子は目立ちすぎるので、一旦お役御免だ。
レニーが魔法陣布を広げ、幽明の狭間に封印する。
城門の前にたどり着くと、野営して開門を待っていたのは僕たちだけではなかったようで、数人の行列が出来ていた。
朝日が昇り始めると同時に、鐘が打ち鳴らされ、城門が開く。
口頭での簡単な手続きを終え、城門をくぐると、いきなり声を掛けられた。
「マグ、レニー!」
ジェスたちだ。
エレナ嬢たちを連れて無事ウィンザーに着き、夜は城門の中で過ごしたものの、僕たちのことを心配してくれていたのだろう。
「飛竜はどうしたんだ。撃退したのか? まさか倒してしまったとか……」
ブリッツが駆け寄って来て尋ねる。
使い魔にしました、とはさすがに言えないよなぁ。
「ヒースリー山地にあの飛竜が姿を見せることはもうありませんよ」
うん、嘘は言ってないぞ。
「マジかよ。すげえな……。っておい、かすかにいい匂いがするぞ。花売りキャラバンでも回ってたのか?」
花売りのキャラバン?
何だそりゃ。王都の広場では花を売ってる屋台も見かけるけど、城壁の外にはいないだろうに、などと考えていると、
「馬鹿たれ! レニーも一緒なんだよ。そんなの買うわけないだろ!」
ジェスが思いっ切りブリッツをどついた。
何が何だかわからないな。
レニーに聞いてみようかと思ってそちらを窺うと、なんだか気まずそうな表情を浮かべている。
「あー、殿、いや、マグ。“花売りキャラバン”ていうのはな、若い――とは限らないが――女たちを馬車に乗せて、各地を回る連中のことだ。何を売っているかは言わなくてもわかるな?」
フィリップが教えてくれた。
あー、そういうやつか。戦場などにも慰問に回ったりするっていう、あれだな。
ちょっと頬が熱くなる。
「ん? 誰だい、あんた」
ブリッツがフィリップに目を向ける。
あー、さて、何と説明したものか。
「あの、もしかしてフィリップ様ですか? ロレイン公爵家の」
おずおずと声を掛けたのは、エレナ嬢だった。彼女も来ていたのか。
彼女の実家スピアード商会は魔道具取り扱いに関しては大手。ロレイン公爵家に出入りしていてもおかしくはないが、娘のエレナ嬢が公爵家の息子、それも五男坊を知っているのか?
「君は……、スピアード商会のエレナ嬢か」
「はい! 覚えていていただいて光栄です!」
ものすごく嬉しそうな表情を浮かべるエレナ嬢に、ジェスが尋ねる。
「えーっと、お知り合いですか?」
「はい! こちらはロレイン公爵家の御子息で、私の婚約者のフィリップ様です!」
え、フィリップとエレナ嬢が婚約者同士!? 何だその偶然!?
あ、いや、偶然ではないのか?
まさか、最初から仕組まれていた?
じゃあ、フィリップの婚約者と知っていて、飛竜をけし掛けたのか?
ふと見ると、エレナ嬢に付き添っていた女性――たしかサラといったか――の顔が青ざめている。
彼女も一件に関わっていて、フィリップとレニーが一緒にいることに困惑しているのか?
彼女の役割がどの程度のものなのかはわからないが、そりゃあ、主家――なのだろう、おそらく――のお坊ちゃまと標的が一緒にいたら混乱するわな。
一方、フィリップの顔を窺うと、エレナ嬢と出会したことに本気で驚いているようだ。
どうやら本当に、彼は知らなかったようだな。
やはり悪いのはヴィクターという男か。
取りあえずブリッツたちには、フィリップと僕たちは魔法学校の同級生で、フィリップが飛竜に襲われて連れとはぐれたところに偶然出会した、ということにしておいた。
いささか苦しい言い訳だが仕方ない。
さて、サラから詳しい話を聞きたいところだが、どうしたものか、と思案していると、フィリップがエレナ嬢に向かって言った。
「エレナ嬢、すまないがちょっとサラと話がしたい。いいかな?」
おっと、僕の気持ちを察してくれたのか? 気が利くな。
彼自身も気になっているのかもしれないが。
「サラ、ちょっとこちらへ来てくれ。君の実家に関わることだ」
ん? サラは元々ロレイン公爵家とかかわりがあったのか?
僕の疑問に、フィリップが答えてくれた。
彼女はフィリップとエレナ嬢の婚約が決まった時に、公爵家から教育係として送り込まれたのだそうだ。なるほど。
「マグ、君も一緒に来てくれ」
フィリップはそう言って、サラと僕を連れて皆から十メートルばかり離れた路地裏に入った。
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