婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第二章 馬鹿王子、巻き込まれる

第20話 馬鹿王子、巻き込まれる その十四

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 黒妖犬マドラ有翼獅子セイを両脇に抱え込む――というか、二頭に挟み込まれた状態で、フィリップが魔力を供給してやっている。
 治癒のために人の魔力を吸い取る、といっても、淫魔サキュバスのように精気を吸い尽くして涸らしてしまうわけじゃない。魔力切れで一時的に魔法が使えなくなるのと、少々気分が落ち込む程度だ。
 何で自分がこんな目に、みたいな顔をしてはいるが、今の立場を弁えているのだろう。口に出しては何も言わない。

「さて、セイたちがある程度回復したら場所を移そうか。ここはくさくてかなわないし」

 レニーが言った。
 まあそうなんだけど、服にも荷物にも香水のにおいが染みついているからなぁ。

「犬、それもただの犬じゃなく使い魔らしきのを連れているからって、連中が対策を練ったようなのですけどね。ああ、殿下の使い魔のことは知っていたのに、なんで思い至らなったのか……」

 フィリップがぼやく。

「レニーの同行者が僕だとわかっていたら、暗殺を断念していたのか?」

 それはもちろん……と言い掛けて、フィリップは項垂うなだれた。

「私はそう考えたでしょうが、ヴィクターがどう判断したかは、正直わかりません……」

 ヴィクターという男、ロレイン公への絶対的な忠誠心をいだいており、あるじの命令の完遂を最優先する傾向がある、というのは、ほんの数日行動を共にしただけでよくわかりました、とフィリップは語る。

 まったく、厄介なやつを取り逃がしてしまったな。
 躊躇うことなくフィリップを置いて逃げたのも、自分可愛さではなく次の機会を期してのことだろう。
 やつにとっての優先順位というものがよくわかる。

「この場を引き払うというのは賛成だけれど、刺客たちの死体はどうしたものかな」

 僕は首をひねった。
 このまま放置しておいたら、明日の朝には大騒ぎになるのは間違いない。

「後始末は連中のあるじに任せればいいんじゃない?」

 レニーがそう言うと、フィリップは顔をしかめ、

「簡単に言うな! ロレイン公爵家にゆかりのある者たちが七人も殺されたとあっては、どんな噂が立つことか」

 それはそうだろうな。
 ロレイン公の立場やメンツなど知ったことではないが、騒ぎが大きくなるのは僕たちにとっても困りものだ。
 かといって、任務を遂行するにあたり公爵家との繋がりを示すようなものを身に着けてはいないとはいえ、このまま遺体を放置しておいたらおいたで、大騒ぎは避けられない。

「やっぱり、埋めてしまうしかないか。彼らの遺族には申し訳ないが」

 僕の言葉に、フィリップが反応した。

「その点はお気遣いなく。元々、任務に失敗すればしかばねは打ち捨てられるだけ、というのは、彼らも覚悟していたようですから」

 憐れみを込めた口調。
 彼らにそのような運命を強いたのは公爵家だろうが、とも思ったが、フィリップ自身が関与していたわけでもないからな。むしろ、自分の家の闇に触れて、心を痛めている部分は少なからずあるようだ。

 それに、実を言えば王家も無関係ではない。
 赤鼠、というかそれも含めた黒鼠は、言うまでもなくロレイン公爵家の私兵だが、十八年戦争当時、王家がこれを借り受け、アングラム王国の要人暗殺に用いたことがある。
 しかし、向こうにも同じような部隊が存在し、泥沼の暗殺合戦に陥りかけて、さすがにこれはまずいと、どちらからともなく手を引いたのだとか。

 魔燈火マジックランタンで照らしながら、キャンプエリアの中に入り、土魔法で直径三メートル、深さ五メートルあまりの穴を掘る。
 そしてそこに、刺客たちの亡骸なきがらを放り込んでいく。

 もちろん、フィリップにも手伝わせたのだが、彼は若い女の亡骸の前で、そっと手を合わせた。
 その娘は多分、魔力を持っていない刺客だな。

「ニーナという名前だそうです。暗殺術にはけていても、魔力が無いということで、他の者たちからは下に見られ、雑用を押し付けられたり、色々も受けて、苦労していたようです」

 そうだったのか。気の毒に。
 いや、僕が口にすべきことではないかもしれないが。
 フィリップも随分と同情を寄せていたようだ。
 亜麻色あまいろの髪を一房切り取っていたのは、さすがに入れ込み過ぎなのではないかとも思ったが、彼も根は優しい人間なのかもしれない。

 刺客たちの亡骸を七体すべて放り込んだら、ついでと言っては何だが、セイたちに引きずって来てもらった水棲馬ケルピーの死体も放り込む。そこそこ強力な魔物だし、放っておいたら目立つからな。
 もちろん魔石だけは取り出しておく。
 ちなみに、水棲馬ケルピーの肉はのにおいがきつくて食えたものではないらしい。

 穴を埋め、周囲の壁も崩しておく。
 色々と痕跡が残ってはいるが、さすがにわざわざ掘り返す者もいないだろう。
 獣や魔物もそう簡単に掘り返せないほどの深さにしておいたしな。

 さて、この場を離れると言っても、まだ夜明けまではだいぶ時間がある。当然、町には入れない。

「ねえ、ウィンザーの近くを川が流れてたよね? そこで水浴びして服も洗おうよ」

 レニーがそう提案した。


 ヒースリー山地に源を発した川が、ウィンザーのすぐ近くを流れている。
 本流は水運に用いられるほどの幅と深さがあるが、ここはもっと小さな支流の一つだ。

 川岸に穴を掘って水を引き込み、そこに脱いだ服を漬ける。
 そして、近くに生えていた木の枝を一本、火炎魔法で炭にし、石ですりつぶした粉を投入。
 これでちょっとでも香水のにおいを吸い取ってくれたらいいのだが。

 こちらも上着を脱いで炭粉入りの水に漬け込み、下着だけの姿になったレニーが言った。

「さて、それじゃあちょっと水浴びして来るね。フィリップ、覗いたらぶっ殺すよ?」

「誰が覗くか、バカ!」

「マグも覗いたりしちゃ駄目だよ? 見たかったらいくらでも見せてあげるからさ」

「ちょっ! 揶揄からかうなよ、レニー」

 レニーはふふっと笑って、セイとマドラを連れて行ってしまった。
 狙われているのは彼女なのだし、用心のためだ。
 さて、僕もこちらで水浴びをするか。
 下着も脱いで、生まれたままの姿になる。

「フィリップ、君も来いよ」

 そう誘ったのは、一人だと気恥ずかしいというのと、まだ彼のことを完全に信用してはいないので、服を着た状態でいられるのは不安、という二つの理由からだ。
 僕だって、こいつと一緒に水浴びなんかしたいわけではないのだけどな。

「は、はぁ」

 困惑気味ながら、フィリップも意外と素直に服を脱いだ。

 川の水で体を洗いながら、フィリップが尋ねる。

「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

「何だい?」

「何故、婚約破棄などなさったのです? 殿下が、代わりにレニー=シスルを妃に出来るなどと本気でお考えになるような方とは、とても思えないのですが」

 ああ、そのことか。
 ユグノリア公謀殺計画の件、どうやらフィリップは本当に知らないらしい。
 ロレイン公も知らない、と安直に判断するわけにはいかないが。

「まあ、色々事情があってね。別に彼女に篭絡されたわけじゃないからな?」

「はあ、左様ですか」

 パーティーの一件でレニーに汚れ役をお願いしたことが、ロレイン公の神経を逆撫さかなでしたというのなら、僕にも責任の一端があるわけだ。
 やっぱり少々軽率だったのかな。

 ああ、そうそう。
 僕も聞かなきゃいけないことがあったのだった。

「昼間、僕たちに飛竜ワイバーンをけし掛けてきたのは、君の発案か?」

 厳しい声でそう尋ねると、フィリップは焦った様子で、

「へ!? あ、いえ、あれは違います! 偶々飛来した飛竜ワイバーンを見て、ヴィクターが考え付いたことで!」

「本当だな?」

「ほ、本当です!」

 ふむ。まあ信じてやるか。
 エレナ嬢一行やその護衛の天翔ける翼の面々まで巻き込もうとしたあのやり口、もしフィリップが考えたのだったら、そう簡単に許してやるわけにはいかないところだ。

「……正直に申し上げますと、ラークヒルの村で、赤鼠の一人に冒険者の振りをさせる案を出したのは、私です。もっとも、ヴィクターも似たようなことは考えていたようでして。父がレニー暗殺に踏み切ろうとしたあたりで、赤鼠のメンバーを三人ほど、王都で冒険者登録させていたようですが」

「ああ、そうだったのか。発想は悪くなかったが、役者が不足していたな」

「お恥ずかしい限りです」

「ぷっ、ははははは」

 真面目にそんな話をしているのがなんだか可笑しくなって、僕はたまらず吹き出した。

「は、はは……」

 つられて笑い出したフィリップだったが、その笑い声は少し引きつっていた。
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