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第二章 馬鹿王子、巻き込まれる
第28話 馬鹿王子、追われる その四
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轟音と共に壁がぶち破られ、一人の少女が姿を現した。
歳の頃は十四,五くらいに見えるが。
茶色の髪に、真紅の瞳。開いた口から覗くのは、鋭い牙――。
「吸血鬼!?」
アンナが叫ぶ。
私は即座に光魔法の詠唱を開始した。
「――聖なる光、辟邪の槍となりて我が敵を滅せよ。降魔光槍!」
邪悪なる者どもを滅する光の槍。私の手から放たれたそれは、しかし少女吸血鬼――シュカと名乗っていたか――が生み出した暗黒の盾に阻まれる。
が――。
「おいおいちょっと待てぃ! 反則じゃろこれは!」
立て続けに生み出した光の槍が計五発。シュカに襲い掛かる。
詠唱なしで魔法を発動できる化け物に、反則呼ばわりされる筋合いはないのだけれど。
五発全てを暗黒の盾で防ぎ切ったのは、なかなか大したものだ。
でもその時にはすでに、第二弾の準備は出来ている。
「――聖なる光、辟邪の槍となりて我が敵を……」「待ってください!」
私の腰に縋りつくように、ドリス――くすんだ金髪のそばかす娘が抱きついてきた。
「この娘は、シュカは悪い娘じゃないんです!」
いや、そんなこと言われても……。
そもそも、ドリスが魅了で誑かされている可能性もある。
「シュカも落ち着いて! この人たちは私たちを助けてくれたの!」
「何、そうなのか? しかしいきなり人に魔法をぶっ放してくるような女じゃぞ?」
失礼ね。「人」相手に問答無用で攻撃したりはしないわよ。
「吸血鬼に対する人間の対応としては当然のことでしょう?」
「ふん。そういうわからず屋が多いのは確かじゃがな。中には、儂らが手を差し伸べてやれば素直に感謝して、ほんの少しだけ血を分けてくれる物わかりの良い者たちもおる。そうして儂らは長らく共存してきたのじゃ」
は? 共存? 吸血鬼と人間が? 何の冗談だろうか。
「お嬢様、騙されてはなりません。相手は吸血鬼ですよ」
アンナが剣を構えつつ、厳しい口調で言う。
そうだ。相手は人間の生き血を啜る化け物、口車に乗せられてはいけない。
「お嬢様のお耳には入っていなかったかと存じますが、最近王都の貧民街に、血を吸われた痕跡のある死体がたびたび打ち捨てられていたそうです」
そんなことがあったのか。
それにしても、ずっと王都にいた私が知らないことを、何故エリシオンにいたアンナが知っているの?
「ご卒業、ご婚礼を控えられたお嬢様のお気を煩わせることの無いよう、ジョセフ殿が気を使っておられたようです。私は王都の別宅に泊まった時に聞かされましたが、お嬢様のお耳に入れるかどうかの判断は慎重に、と釘を刺されました」
そうだったのか。気を使わせてしまったわね。
吸血鬼はというと、険しい顔つきでこちらを見据えていた。
「王都には久しく立ち寄っておらぬが、そのようなことがあったのか。じゃが、儂は関与しておらぬぞ」
「黙れ! たとえそうだとしても、貴様が吸血鬼であることに変わりはあるまい!」
決めつけるアンナに対し、吸血鬼は剣呑な笑みを浮かべ、
「なるほど、それはそうじゃな。ところで……ドリスを攫ったのは“人間”であったが、おぬしらも人間に違いないな」
うっ、それはそうだけれど……。
困惑する私を見て、吸血鬼はふっと表情を緩めた。
「ふん。まあよいわ。ドリスを助けてくれたというのが真なら、礼を言わせてもらおう。すまぬ。世話になったな」
「あ、いえ、どういたしまして」
なんだか調子が狂うな。
見た目が可愛らしい少女だからといって、騙されてはいけないということはわかっているのだけれど。
ああ、そうそう。
「――聖なる光、悪しきを祓い穢れを清めよ。解呪光陣」
「え? え?」
悪しき呪縛を祓う魔法陣が、ドリスを包み込む。
吸血鬼の魅了もこれで解除できるはず。
「あのー、何だかすごくすっきりした気分なんですけど、今のは一体?」
確かに、解呪光陣には気分を爽快にさせる副次的効果はあるのだが……。憑き物が落ちたかんじではないな。本当に、何もされていないのか?
「失礼なやつじゃな。儂がドリスを魅了で誑かしておるとでも思ったのか? 先日、こやつが毒蛇に咬まれて難渋しておったところを助けてやっただけじゃと言うに」
え、そうなの?
「大体じゃな。人間に魅了を掛けて言いなりにしたのでは、血を『分けてもらう』ではなく『奪う』になってしまうじゃろうが。そんな真似をした日には、母に叩っ斬られてしまうわ」
「そ、そう。厳しいお母様なのね」
どこまで本気にしていいのか、正直わからないのだが……。
本当に調子が狂うな。
「ああ。厳しい母じゃったよ。今ではもう、見る影もなくなっておるじゃろうがの」
どういう意味だろうか。年を経て性格が丸くなったということか? 吸血鬼が老いたりはしないだろうし……。
「よろしいのですか、お嬢様?」
「うーん、油断するわけにはいかないけれど、こいつからあまり邪悪なものを感じないことも事実なのよね」
「ですが……」
アンナが納得いかないのも理解できる。
なにしろ、吸血鬼といえばかつて魔王メディアーチェの走狗として人類を苦しめた、悍ましい化け物、決して相容れることのない存在だ。
けれど……彼女からはそのような邪悪さが感じられない。
たとえ、彼女がその見た目にそぐわず魔王の時代から生き続けてきた存在なのだとしても、きっとメディアーチェとは関りがない。――そういう直感めいたものが、確かにあった。
私自身、一かけらの懸念も無いわけではないのだが、ひとまずは休戦しておこう。
「これ以上やり合うつもりは無さそうじゃな。結構結構。……さて、ドリスを攫ったこの男どもじゃが、殺しても良いかの?」
シュカが小首を傾げ、お菓子をつまみ食いして良いか尋ねるかのような口調で問い掛ける。
「駄目に決まっているでしょう。いえ、悪党に慈悲をかけろと言っているのではなくって。こいつらを衛兵に引き渡して、組織の上層部も摘発してもらいたいのよ」
ただ、貴族が後ろ盾に付いていて揉み消されてしまうのではないかというのが心配だ、と私が言うと、シュカは何だそんなことかと笑った。
「儂に任せておくがよい。万事解決して見せよう」
そう言って、シュカはリーダー格の男の頭を掴み、その目を覗き込んだ。
「正直に申せ。そなたらの背後には誰ぞ偉い人間が付いておるのか?」
「……はい、俺も詳しくは知りやせんが、確かヴェルノ伯爵というお方が……」
「だそうじゃ」
魅了に掛かったのだろう。男は洗いざらい喋ってくれた。
ヴェルノ伯か。確か、王国の市泊総監――海外交易を取り仕切る役所の重職にある人物だ。
そんな人物が人身売買に関わっているとは、と激しい憤りを覚えたが、しかしこれは、確実に揉み消されるな。
やはりお父様の威光に頼るしかないのか。ユグノリアの名を出さずに済ませるつもりが、これでは本末転倒だ。
かと言って、この場でこの者たちに私刑を下すわけにもいかないし……。
「ようし、為すべきことは心得たな? では、朝まで休んでおるがよい」
私の悩みをよそに、シュカは男たち全員に魅了を掛けて、縄を解いてやっていた。
「ちょっと! 自由にしてやるつもりなの?」
「心配せずとも逃げ出したりはせぬよ。夜が明けたら、町の中央広場に赴き、おのれらの悪行と組織の全容を大声で告白せよと命じておいた。これで役所も揉み消せぬであろうし、こやつらは全員処刑される。それで文句はなかろう」
そうかなぁ。頭のおかしい者たちの戯言扱いされて尻尾切りされそうな気もするが。
まあいいか。王都のジョセフに手紙で詳細を伝え、良いように取り計らってもらおう。
少なくとも、この男たちがこれ以上悪事を働くことは心配しなくてよいだろうし。
私たちは夜明けとともにタンベリーを発つとしよう。
「で、何であなたがついてくるのよ」
赤褐色のローブをまとい、フードを目深にかぶった十四,五歳の少女――の姿をした吸血鬼が、私たちのすぐ後ろをついてくる。
「何を言うか。おぬしらが儂の前を歩いておるだけじゃ。儂はソレルフィールドに用があるのでな」
「ソレルフィールド?」
アンナに尋ねると、ここからシャロ―フォードに向かう途中にある村の名だと教えてくれた。
つまり、そこまでこの吸血鬼と一緒に行く羽目になるわけか。
「そこに何の用があるのよ」
「父と母が暮らしておる。もちろん、村の民とは平和的に共存しておるぞ。母が年老いてもう長くはないのでな。一度顔を見せておこうと思うたのじゃ」
老いる? 吸血鬼が?
「それ、その『吸血鬼』という呼び方は止めよ。『夜を統べる者』と呼んでもらおう」
何が「夜を統べる者」よ。
シュカが語るところによれば、百年あまり前、両親に反発して村を飛び出し、各地を転々としていたが、父親が使い魔を飛ばしてよこした手紙により、母の死期が近いことを知って、生まれ故郷を目指しているのだそうだ。
ちなみにドリスとは、タンベリー近郊の村を通りかかった際に彼女が毒蛇に咬まれたところに遭遇し、助けてやったお礼に吸わせてもらった血がすこぶる美味だったので、しばらく逗留していたのだとか。何をやっているのだか。
夜明け前に彼女を背負って村まで送って行き――ドリスを背負ったまま、5メートルほどある城壁を軽々と跳び越えていった。つくづく化け物だ――、しばし名残りを惜しんだ後、故郷への旅を再開して、私の後ろを歩いているという次第。
「ところであなた、太陽の光に当たっても平気なの?」
ふと興味が湧いたので尋ねてみる。
「我らのことを下級死霊と一緒くたにしておるのか? まあ確かに、まともに日の光を浴びれば肌を焼かれてしまうがな。このように日除けの呪式を施した衣をまとっておれば、どうということはないわ」
そういうものなのか。それにしたって、夜に行動する方が良いだろうに。
「人間どもの営みを見るのが好きなものでな。やつらが寝静まった夜は味気ない」
まったく、おかしな吸、いや、夜を統べる者だな。
さすがに、マルグリス様のところまで連れて行くわけにはいかないが、ソレルフィールドとやらで別れることになるならそれでいいか。
それに――。彼女には絶対に言うつもりはないが、ヒースリー山地を越えるにあたっての用心棒としては、かなり頼りになるだろう。
少なくとも、その間くらいは同行しても良い。
しゃしゃり出てきた狼猿が、シュカが虚空に生みだした漆黒の槍で貫かれるのを見ながら、私はそんなことを考えていた。
歳の頃は十四,五くらいに見えるが。
茶色の髪に、真紅の瞳。開いた口から覗くのは、鋭い牙――。
「吸血鬼!?」
アンナが叫ぶ。
私は即座に光魔法の詠唱を開始した。
「――聖なる光、辟邪の槍となりて我が敵を滅せよ。降魔光槍!」
邪悪なる者どもを滅する光の槍。私の手から放たれたそれは、しかし少女吸血鬼――シュカと名乗っていたか――が生み出した暗黒の盾に阻まれる。
が――。
「おいおいちょっと待てぃ! 反則じゃろこれは!」
立て続けに生み出した光の槍が計五発。シュカに襲い掛かる。
詠唱なしで魔法を発動できる化け物に、反則呼ばわりされる筋合いはないのだけれど。
五発全てを暗黒の盾で防ぎ切ったのは、なかなか大したものだ。
でもその時にはすでに、第二弾の準備は出来ている。
「――聖なる光、辟邪の槍となりて我が敵を……」「待ってください!」
私の腰に縋りつくように、ドリス――くすんだ金髪のそばかす娘が抱きついてきた。
「この娘は、シュカは悪い娘じゃないんです!」
いや、そんなこと言われても……。
そもそも、ドリスが魅了で誑かされている可能性もある。
「シュカも落ち着いて! この人たちは私たちを助けてくれたの!」
「何、そうなのか? しかしいきなり人に魔法をぶっ放してくるような女じゃぞ?」
失礼ね。「人」相手に問答無用で攻撃したりはしないわよ。
「吸血鬼に対する人間の対応としては当然のことでしょう?」
「ふん。そういうわからず屋が多いのは確かじゃがな。中には、儂らが手を差し伸べてやれば素直に感謝して、ほんの少しだけ血を分けてくれる物わかりの良い者たちもおる。そうして儂らは長らく共存してきたのじゃ」
は? 共存? 吸血鬼と人間が? 何の冗談だろうか。
「お嬢様、騙されてはなりません。相手は吸血鬼ですよ」
アンナが剣を構えつつ、厳しい口調で言う。
そうだ。相手は人間の生き血を啜る化け物、口車に乗せられてはいけない。
「お嬢様のお耳には入っていなかったかと存じますが、最近王都の貧民街に、血を吸われた痕跡のある死体がたびたび打ち捨てられていたそうです」
そんなことがあったのか。
それにしても、ずっと王都にいた私が知らないことを、何故エリシオンにいたアンナが知っているの?
「ご卒業、ご婚礼を控えられたお嬢様のお気を煩わせることの無いよう、ジョセフ殿が気を使っておられたようです。私は王都の別宅に泊まった時に聞かされましたが、お嬢様のお耳に入れるかどうかの判断は慎重に、と釘を刺されました」
そうだったのか。気を使わせてしまったわね。
吸血鬼はというと、険しい顔つきでこちらを見据えていた。
「王都には久しく立ち寄っておらぬが、そのようなことがあったのか。じゃが、儂は関与しておらぬぞ」
「黙れ! たとえそうだとしても、貴様が吸血鬼であることに変わりはあるまい!」
決めつけるアンナに対し、吸血鬼は剣呑な笑みを浮かべ、
「なるほど、それはそうじゃな。ところで……ドリスを攫ったのは“人間”であったが、おぬしらも人間に違いないな」
うっ、それはそうだけれど……。
困惑する私を見て、吸血鬼はふっと表情を緩めた。
「ふん。まあよいわ。ドリスを助けてくれたというのが真なら、礼を言わせてもらおう。すまぬ。世話になったな」
「あ、いえ、どういたしまして」
なんだか調子が狂うな。
見た目が可愛らしい少女だからといって、騙されてはいけないということはわかっているのだけれど。
ああ、そうそう。
「――聖なる光、悪しきを祓い穢れを清めよ。解呪光陣」
「え? え?」
悪しき呪縛を祓う魔法陣が、ドリスを包み込む。
吸血鬼の魅了もこれで解除できるはず。
「あのー、何だかすごくすっきりした気分なんですけど、今のは一体?」
確かに、解呪光陣には気分を爽快にさせる副次的効果はあるのだが……。憑き物が落ちたかんじではないな。本当に、何もされていないのか?
「失礼なやつじゃな。儂がドリスを魅了で誑かしておるとでも思ったのか? 先日、こやつが毒蛇に咬まれて難渋しておったところを助けてやっただけじゃと言うに」
え、そうなの?
「大体じゃな。人間に魅了を掛けて言いなりにしたのでは、血を『分けてもらう』ではなく『奪う』になってしまうじゃろうが。そんな真似をした日には、母に叩っ斬られてしまうわ」
「そ、そう。厳しいお母様なのね」
どこまで本気にしていいのか、正直わからないのだが……。
本当に調子が狂うな。
「ああ。厳しい母じゃったよ。今ではもう、見る影もなくなっておるじゃろうがの」
どういう意味だろうか。年を経て性格が丸くなったということか? 吸血鬼が老いたりはしないだろうし……。
「よろしいのですか、お嬢様?」
「うーん、油断するわけにはいかないけれど、こいつからあまり邪悪なものを感じないことも事実なのよね」
「ですが……」
アンナが納得いかないのも理解できる。
なにしろ、吸血鬼といえばかつて魔王メディアーチェの走狗として人類を苦しめた、悍ましい化け物、決して相容れることのない存在だ。
けれど……彼女からはそのような邪悪さが感じられない。
たとえ、彼女がその見た目にそぐわず魔王の時代から生き続けてきた存在なのだとしても、きっとメディアーチェとは関りがない。――そういう直感めいたものが、確かにあった。
私自身、一かけらの懸念も無いわけではないのだが、ひとまずは休戦しておこう。
「これ以上やり合うつもりは無さそうじゃな。結構結構。……さて、ドリスを攫ったこの男どもじゃが、殺しても良いかの?」
シュカが小首を傾げ、お菓子をつまみ食いして良いか尋ねるかのような口調で問い掛ける。
「駄目に決まっているでしょう。いえ、悪党に慈悲をかけろと言っているのではなくって。こいつらを衛兵に引き渡して、組織の上層部も摘発してもらいたいのよ」
ただ、貴族が後ろ盾に付いていて揉み消されてしまうのではないかというのが心配だ、と私が言うと、シュカは何だそんなことかと笑った。
「儂に任せておくがよい。万事解決して見せよう」
そう言って、シュカはリーダー格の男の頭を掴み、その目を覗き込んだ。
「正直に申せ。そなたらの背後には誰ぞ偉い人間が付いておるのか?」
「……はい、俺も詳しくは知りやせんが、確かヴェルノ伯爵というお方が……」
「だそうじゃ」
魅了に掛かったのだろう。男は洗いざらい喋ってくれた。
ヴェルノ伯か。確か、王国の市泊総監――海外交易を取り仕切る役所の重職にある人物だ。
そんな人物が人身売買に関わっているとは、と激しい憤りを覚えたが、しかしこれは、確実に揉み消されるな。
やはりお父様の威光に頼るしかないのか。ユグノリアの名を出さずに済ませるつもりが、これでは本末転倒だ。
かと言って、この場でこの者たちに私刑を下すわけにもいかないし……。
「ようし、為すべきことは心得たな? では、朝まで休んでおるがよい」
私の悩みをよそに、シュカは男たち全員に魅了を掛けて、縄を解いてやっていた。
「ちょっと! 自由にしてやるつもりなの?」
「心配せずとも逃げ出したりはせぬよ。夜が明けたら、町の中央広場に赴き、おのれらの悪行と組織の全容を大声で告白せよと命じておいた。これで役所も揉み消せぬであろうし、こやつらは全員処刑される。それで文句はなかろう」
そうかなぁ。頭のおかしい者たちの戯言扱いされて尻尾切りされそうな気もするが。
まあいいか。王都のジョセフに手紙で詳細を伝え、良いように取り計らってもらおう。
少なくとも、この男たちがこれ以上悪事を働くことは心配しなくてよいだろうし。
私たちは夜明けとともにタンベリーを発つとしよう。
「で、何であなたがついてくるのよ」
赤褐色のローブをまとい、フードを目深にかぶった十四,五歳の少女――の姿をした吸血鬼が、私たちのすぐ後ろをついてくる。
「何を言うか。おぬしらが儂の前を歩いておるだけじゃ。儂はソレルフィールドに用があるのでな」
「ソレルフィールド?」
アンナに尋ねると、ここからシャロ―フォードに向かう途中にある村の名だと教えてくれた。
つまり、そこまでこの吸血鬼と一緒に行く羽目になるわけか。
「そこに何の用があるのよ」
「父と母が暮らしておる。もちろん、村の民とは平和的に共存しておるぞ。母が年老いてもう長くはないのでな。一度顔を見せておこうと思うたのじゃ」
老いる? 吸血鬼が?
「それ、その『吸血鬼』という呼び方は止めよ。『夜を統べる者』と呼んでもらおう」
何が「夜を統べる者」よ。
シュカが語るところによれば、百年あまり前、両親に反発して村を飛び出し、各地を転々としていたが、父親が使い魔を飛ばしてよこした手紙により、母の死期が近いことを知って、生まれ故郷を目指しているのだそうだ。
ちなみにドリスとは、タンベリー近郊の村を通りかかった際に彼女が毒蛇に咬まれたところに遭遇し、助けてやったお礼に吸わせてもらった血がすこぶる美味だったので、しばらく逗留していたのだとか。何をやっているのだか。
夜明け前に彼女を背負って村まで送って行き――ドリスを背負ったまま、5メートルほどある城壁を軽々と跳び越えていった。つくづく化け物だ――、しばし名残りを惜しんだ後、故郷への旅を再開して、私の後ろを歩いているという次第。
「ところであなた、太陽の光に当たっても平気なの?」
ふと興味が湧いたので尋ねてみる。
「我らのことを下級死霊と一緒くたにしておるのか? まあ確かに、まともに日の光を浴びれば肌を焼かれてしまうがな。このように日除けの呪式を施した衣をまとっておれば、どうということはないわ」
そういうものなのか。それにしたって、夜に行動する方が良いだろうに。
「人間どもの営みを見るのが好きなものでな。やつらが寝静まった夜は味気ない」
まったく、おかしな吸、いや、夜を統べる者だな。
さすがに、マルグリス様のところまで連れて行くわけにはいかないが、ソレルフィールドとやらで別れることになるならそれでいいか。
それに――。彼女には絶対に言うつもりはないが、ヒースリー山地を越えるにあたっての用心棒としては、かなり頼りになるだろう。
少なくとも、その間くらいは同行しても良い。
しゃしゃり出てきた狼猿が、シュカが虚空に生みだした漆黒の槍で貫かれるのを見ながら、私はそんなことを考えていた。
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