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第三章 馬鹿王子、師を得る
第29話 馬鹿王子、師を得る その一
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※五百年前のお話です。R15色強めのためご注意ください。
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ガリィがまた側室を迎え入れた。
これで何人目だったか……。もはや数える気にもなれない。
ガリィ、いや、ガリアール王国初代国王ガリアール=ヴァローズ陛下とお呼びするべきなのだろうか。
あたし――アンジュ=カシマにとっては、ただのガリィだが。
王国を地獄の坩堝に叩き込んだ魔王メディアーチェを、苦難の末に討ち果たしてから早五年。
お伽話ならば、悪い魔王を退治してめでたしめでたし、で終わるのだろうけれど、本当の苦労はむしろそこからだった。
王都エリシオンは滅茶苦茶に破壊され、魔王が撒き散らした瘴気のため、普通の人間はとてもじゃないが長期間留まることすらできないような状況となっていた。
そんな王都の浄化を一手に引き受けたのが、あたしの戦友であり親友の一人、ノーラ。聖女ユグノリア=ナバーラだ。
彼女は光魔法に長けた者たちを組織し、エリシオンの浄化に力を尽くした。
つくづくすごいやつだ。心から尊敬しているよ。真っ先に抜け駆けしやがったことへの恨みはもう忘れた。うん、忘れた。
そしてガリィは、王国西部の港湾都市、魔王戦争の被害が比較的少なかったマッシリアにて、新たな国王として即位した。
旧王家の人たちは、ほとんどが魔王とその配下たちに殺し尽くされていたからね。
新王朝の樹立に他ならない。
そのような状況の下、旧王家の数少ない生き残りのうち、ほぼ唯一の若い女性であるアンジェリカ姫――前の王様の弟の十二番目の娘が、王妃に立てられた。
つまり、ガリィの正室だ。
いや、国の再建のため、やむを得ない措置だということくらい、あたしだってわかる。
だから、ガリィ本人に対する恨み言は胸の奥にしまい込み、ノーラと、レイニーことロレイン=アーデナー――“天魔”の異名を取る天才魔道士の三人で、自棄酒を酌み交わすにとどめておいた。
まあ、王妃との結婚式の前夜には、三人で押し掛けて行って足腰立たなくしてやったのだけれど、そのくらいの意趣返しは許されるだろう。多分。
当時弱冠十五歳のアンジェリカ姫は、とても気立ての良い娘だった。
もちろん、傍系でおまけに母親は側室とはいえ、まがりなりにも王家の娘。腹のうちを他人にさとらせぬ術くらいは心得ていたのかもしれないが、側室となったあたしたち三人の顔を、できるかぎり立てようとしてくれた。
救国の英雄として心から尊敬しています、と言ってくれたのも、多分本心なのだと思う。
もちろんガリィも、あたしたちのことは公私ともに可能な限り尊重してくれた。
王妃様も含めた四人それぞれと過ごす時間がなるたけ均等になるように配慮してくれたし、あたしたちが産んだ子をそれぞれ公爵に立てて所領を分配する、という約束もしてくれた。
あたし自身は、公爵位なんてものにさほど興味はないのだけれど。
元々あたしは、東方からの流れ者。
親父はまだ子供のあたしを連れて、故郷を離れあての無い旅を続けていた。
故郷を逐われた理由は知らない。親父は言葉を濁して教えてくれなかったからね。
親父から東方流の剣術を叩き込まれ、自分で言うのも何だが天賦の才があったのだろう。
十五の歳には親父に本気を出させる域に至り――、結局乗り越えることはできないまま永遠の別れを迎えた。
旅の途中で訪れた国で、その国の王様を悩ませていた暗殺教団の討伐を請け負い、依頼を完遂するも、自らも毒刃に倒れたのだ。
親父を埋葬し、形見の剣を引っ提げて、あたしはさらに西へと旅を続け、剣の腕も磨き続けて、二十歳の時にこの国に辿り着いた。
折しも、魔王メディアーチェの侵攻により大混乱に陥っていた時期だ。
ガリアールは下級騎士の子で、剣技にも魔法にも長けてはいたが、魔王討伐に向かった者たちの中でそれほど期待を寄せられた存在ではなかった。
他にも優れた才能の持ち主は大勢いたから。
そんな彼の――魔力や魔法技術ではロレインに及ばず、光魔法に関してはユグノリアに及ばず、剣技ではあたしに及ばない彼の最大の武器は、天性の人の良さと義理堅さ。
困っている人を見たら助けずにはおられず、人との約束は決して違えない彼に対し、多くの人々が助力を惜しまなかった。
もちろん、あたしたち三人もだ。
自身の力だけを恃んだ者たちは、魔王軍との戦いの中で命を落とし、王都での最終決戦の時生き残っていたのはあたしたちだけ。
そして、死闘の末に、あたしたちはメディアーチェを討ち果たしたのだ。
これで平和になると信じたのは、まさしくその通り。
でも、幸せが訪れるかどうかはまた別の問題だった。
ノーラとレイニーが共にガリィの妻となったのは、まあいい。
かけがえのない戦友で親友だし、あいつらに対してガリィを独り占めしたいだなんて言えるほど、あたしは厚かましくない。
そして、アンジェリカ姫を正妻にしたことも、まあ仕方ないと思っていた。
けれどその後、ガリィは旧王国生き残りの貴族たちの娘を、次から次へと側室に迎えていった。
国の再建のために彼らの協力を得るため、という理屈はわからないでもないし、お人好しな彼のことだから、断り切れないということもあったのだろう。
でも、あたしにだって我慢できることとできないことがある。
あたし自身、ガリィに愛され可愛い娘も生まれたが、次第に心は鬱屈していった。
そんなある日、レイニーと話をする機会があって、あたしは彼女の口から衝撃的な事実を知らされた。
貴族の娘たちを積極的に側室に迎えるよう裏で画策していたのは、アンジェリカ王妃その人なのだと。
王妃様としては、ガリィの後宮内に旧王国時代の秩序を持ち込み、あたしたち三人の立場を相対化したかったのだろう、とレイニーは推測していた。
弱小とはいえ貴族の生まれであるレイニーは、そのあたりの機微に通じている。
王妃様を恨むんじゃないよ、とレイニーは言った。
旧王家の生き残りとはいえ、強力な後ろ盾があるわけではなく、もちろん魔法や武芸であたしたちと張り合えるわけもなく、ガリィと生死を共にした固い絆があるわけでもなく、ただただ「高貴な血筋」という名のぺらっぺらの紙の宝剣だけが頼みの綱である彼女なりの、必死の戦いなのだろう、と言われれば、あたしだって憎いと思う気持ちは挫けてしまう。
それに、あたしはよく知らなかったことなのだが、マッシリアの領主マッシリア伯の失脚にも、アンジェリカ王妃が関わっていたらしい。
魔王戦争中は自身の兵力を損なわないことだけに腐心し、いざ戦争が終わったら大きな顔をしようとしていた伯爵の娘を迎え入れることに対しては、のらりくらりと先延ばしにし、ついに公金私物化の罪を暴いて失脚させた。
その一件も、アンジェリカ王妃が裏で手を回してのことだという。
そんな彼女が本気になれば、弱小貴族の娘や、神殿で育てられた孤児、それに東方からの流れ者など、排除することは容易かっただろう。
そうしなかったのは、救国の英雄たちへの遠慮なのか、あるいは彼女なりのあたしたちへの好意の証なのか。
もちろん、ガリィのことも恨んではいない。
けれど――。もうここにはいたくない。
そんな気持ちが募っていった。
そしてついに、あたしの気持ちは限界を超えてしまった。
二歳になったばかりの愛娘、ジュリアをレイニーに託し、あたしは王宮を後にした。
母親としての責任を放棄した罪悪感は、胸に重くのしかかってきたが、それでも、もうこれ以上は耐えられなかったのだ。
親父の形見の剣――無銘だが、魔王とやり合っても折れることのなかった刀だけを相棒に、あてどもなく彷徨う。
かつての生活に戻っただけだ。
結局、あたしにはこんな生き方がお似合いなのだろう。
そう思っていた。
あいつとめぐり逢うまでは――。
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ガリィがまた側室を迎え入れた。
これで何人目だったか……。もはや数える気にもなれない。
ガリィ、いや、ガリアール王国初代国王ガリアール=ヴァローズ陛下とお呼びするべきなのだろうか。
あたし――アンジュ=カシマにとっては、ただのガリィだが。
王国を地獄の坩堝に叩き込んだ魔王メディアーチェを、苦難の末に討ち果たしてから早五年。
お伽話ならば、悪い魔王を退治してめでたしめでたし、で終わるのだろうけれど、本当の苦労はむしろそこからだった。
王都エリシオンは滅茶苦茶に破壊され、魔王が撒き散らした瘴気のため、普通の人間はとてもじゃないが長期間留まることすらできないような状況となっていた。
そんな王都の浄化を一手に引き受けたのが、あたしの戦友であり親友の一人、ノーラ。聖女ユグノリア=ナバーラだ。
彼女は光魔法に長けた者たちを組織し、エリシオンの浄化に力を尽くした。
つくづくすごいやつだ。心から尊敬しているよ。真っ先に抜け駆けしやがったことへの恨みはもう忘れた。うん、忘れた。
そしてガリィは、王国西部の港湾都市、魔王戦争の被害が比較的少なかったマッシリアにて、新たな国王として即位した。
旧王家の人たちは、ほとんどが魔王とその配下たちに殺し尽くされていたからね。
新王朝の樹立に他ならない。
そのような状況の下、旧王家の数少ない生き残りのうち、ほぼ唯一の若い女性であるアンジェリカ姫――前の王様の弟の十二番目の娘が、王妃に立てられた。
つまり、ガリィの正室だ。
いや、国の再建のため、やむを得ない措置だということくらい、あたしだってわかる。
だから、ガリィ本人に対する恨み言は胸の奥にしまい込み、ノーラと、レイニーことロレイン=アーデナー――“天魔”の異名を取る天才魔道士の三人で、自棄酒を酌み交わすにとどめておいた。
まあ、王妃との結婚式の前夜には、三人で押し掛けて行って足腰立たなくしてやったのだけれど、そのくらいの意趣返しは許されるだろう。多分。
当時弱冠十五歳のアンジェリカ姫は、とても気立ての良い娘だった。
もちろん、傍系でおまけに母親は側室とはいえ、まがりなりにも王家の娘。腹のうちを他人にさとらせぬ術くらいは心得ていたのかもしれないが、側室となったあたしたち三人の顔を、できるかぎり立てようとしてくれた。
救国の英雄として心から尊敬しています、と言ってくれたのも、多分本心なのだと思う。
もちろんガリィも、あたしたちのことは公私ともに可能な限り尊重してくれた。
王妃様も含めた四人それぞれと過ごす時間がなるたけ均等になるように配慮してくれたし、あたしたちが産んだ子をそれぞれ公爵に立てて所領を分配する、という約束もしてくれた。
あたし自身は、公爵位なんてものにさほど興味はないのだけれど。
元々あたしは、東方からの流れ者。
親父はまだ子供のあたしを連れて、故郷を離れあての無い旅を続けていた。
故郷を逐われた理由は知らない。親父は言葉を濁して教えてくれなかったからね。
親父から東方流の剣術を叩き込まれ、自分で言うのも何だが天賦の才があったのだろう。
十五の歳には親父に本気を出させる域に至り――、結局乗り越えることはできないまま永遠の別れを迎えた。
旅の途中で訪れた国で、その国の王様を悩ませていた暗殺教団の討伐を請け負い、依頼を完遂するも、自らも毒刃に倒れたのだ。
親父を埋葬し、形見の剣を引っ提げて、あたしはさらに西へと旅を続け、剣の腕も磨き続けて、二十歳の時にこの国に辿り着いた。
折しも、魔王メディアーチェの侵攻により大混乱に陥っていた時期だ。
ガリアールは下級騎士の子で、剣技にも魔法にも長けてはいたが、魔王討伐に向かった者たちの中でそれほど期待を寄せられた存在ではなかった。
他にも優れた才能の持ち主は大勢いたから。
そんな彼の――魔力や魔法技術ではロレインに及ばず、光魔法に関してはユグノリアに及ばず、剣技ではあたしに及ばない彼の最大の武器は、天性の人の良さと義理堅さ。
困っている人を見たら助けずにはおられず、人との約束は決して違えない彼に対し、多くの人々が助力を惜しまなかった。
もちろん、あたしたち三人もだ。
自身の力だけを恃んだ者たちは、魔王軍との戦いの中で命を落とし、王都での最終決戦の時生き残っていたのはあたしたちだけ。
そして、死闘の末に、あたしたちはメディアーチェを討ち果たしたのだ。
これで平和になると信じたのは、まさしくその通り。
でも、幸せが訪れるかどうかはまた別の問題だった。
ノーラとレイニーが共にガリィの妻となったのは、まあいい。
かけがえのない戦友で親友だし、あいつらに対してガリィを独り占めしたいだなんて言えるほど、あたしは厚かましくない。
そして、アンジェリカ姫を正妻にしたことも、まあ仕方ないと思っていた。
けれどその後、ガリィは旧王国生き残りの貴族たちの娘を、次から次へと側室に迎えていった。
国の再建のために彼らの協力を得るため、という理屈はわからないでもないし、お人好しな彼のことだから、断り切れないということもあったのだろう。
でも、あたしにだって我慢できることとできないことがある。
あたし自身、ガリィに愛され可愛い娘も生まれたが、次第に心は鬱屈していった。
そんなある日、レイニーと話をする機会があって、あたしは彼女の口から衝撃的な事実を知らされた。
貴族の娘たちを積極的に側室に迎えるよう裏で画策していたのは、アンジェリカ王妃その人なのだと。
王妃様としては、ガリィの後宮内に旧王国時代の秩序を持ち込み、あたしたち三人の立場を相対化したかったのだろう、とレイニーは推測していた。
弱小とはいえ貴族の生まれであるレイニーは、そのあたりの機微に通じている。
王妃様を恨むんじゃないよ、とレイニーは言った。
旧王家の生き残りとはいえ、強力な後ろ盾があるわけではなく、もちろん魔法や武芸であたしたちと張り合えるわけもなく、ガリィと生死を共にした固い絆があるわけでもなく、ただただ「高貴な血筋」という名のぺらっぺらの紙の宝剣だけが頼みの綱である彼女なりの、必死の戦いなのだろう、と言われれば、あたしだって憎いと思う気持ちは挫けてしまう。
それに、あたしはよく知らなかったことなのだが、マッシリアの領主マッシリア伯の失脚にも、アンジェリカ王妃が関わっていたらしい。
魔王戦争中は自身の兵力を損なわないことだけに腐心し、いざ戦争が終わったら大きな顔をしようとしていた伯爵の娘を迎え入れることに対しては、のらりくらりと先延ばしにし、ついに公金私物化の罪を暴いて失脚させた。
その一件も、アンジェリカ王妃が裏で手を回してのことだという。
そんな彼女が本気になれば、弱小貴族の娘や、神殿で育てられた孤児、それに東方からの流れ者など、排除することは容易かっただろう。
そうしなかったのは、救国の英雄たちへの遠慮なのか、あるいは彼女なりのあたしたちへの好意の証なのか。
もちろん、ガリィのことも恨んではいない。
けれど――。もうここにはいたくない。
そんな気持ちが募っていった。
そしてついに、あたしの気持ちは限界を超えてしまった。
二歳になったばかりの愛娘、ジュリアをレイニーに託し、あたしは王宮を後にした。
母親としての責任を放棄した罪悪感は、胸に重くのしかかってきたが、それでも、もうこれ以上は耐えられなかったのだ。
親父の形見の剣――無銘だが、魔王とやり合っても折れることのなかった刀だけを相棒に、あてどもなく彷徨う。
かつての生活に戻っただけだ。
結局、あたしにはこんな生き方がお似合いなのだろう。
そう思っていた。
あいつとめぐり逢うまでは――。
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