婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第三章 馬鹿王子、師を得る

第45話 馬鹿王子、師を得る その十七

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「おい、レニー! そのことはむやみにしゃべるなと言っておいただろうが!」

 アルバートさんに叱られ、レニーはしまったという顔をしている。
 一方、当のアンジュ様はというと、リエッタの顔をまじまじと見つめ、呆れたように呟いた。

「おやおや。とうとうノーラまでお出ましかい。一体どうなってるんだい、今の世代は」

「『ノーラ』?」

 リエッタが首を傾げる。

「聖女ユグノリアの愛称だそうだよ」

「はあ……。私がユグノリア様に似ている、ということですか?」

「そのようだね」

 僕たちがひそひそ話をしていると、アンジュ様がリエッタに話しかけてきた。

「リエッタと言ったね。貴族の娘だって話だけど、それはナバーラ家かい?」

「えっ、どうしてそれを!?」

 驚くリエッタに、アンジュ様はくすくす笑いながら、

「そりゃあ、ユグノリアノーラに似ていると言われてもさもありなん、ていう顔だし、王家の子弟であるマグと婚約しているっていうんだから、そこいらの小貴族なわけもない。それに何より――」

 アンジュ様はそこで一旦言葉を切って、ふと昔を懐かしむような表情を浮かべた。

「さっきバートの話に出てきた、不死人形イモータルドールを一掃したっていう光魔法。魔王メディアーチェにすら大打撃を与えたノーラの必滅魔法、『最終ファイナル審判ジャッジメント』なんだろ? 今じゃユグノリア公爵家門外不出の秘奥義ひおうぎ扱いされてるっていう」

 ああ、そりゃあバレるか。
 今年の冬期休暇に里帰りした時、父上であるユグノリア公からじきじきに伝授されたとは聞いていたけれど、実際に使用するところは初めて見た。
 そもそも、めったなことで使うような魔法でもないからな。

「それをご存じということは、本当にアンジュ様……なのですか?」

「はは、嘘は言ってないよ」

 それを聞いて、リエッタが瞳を輝かせる。
 伝説の四英雄の一人に会えたとなれば、誰だってそうなるよな。

 と、そこでシュカが会話に割り込んできた。

「そこの男、たしかリエッタは『マルグリス』と呼んでおったが、それは王太子の名ではないのか?」

 おっと、それもバレてしまったか。
 王太子の本名は、貴族はともかく国民全般にまで知れ渡ってはいないと思っていたのだけれど。
 僕が苦笑まじりに頷くと、シュカは腕組みして、

「一年ほど前に娘が、王立魔法学校に入学していたそうでな。魔力は高いが魔法の適性はないということで三年で退学になったそうで、貴族出身の連中にはいびられるし、あまり良い思い出はなかったという話じゃったが、王太子のマルグリス殿下に親しくお声掛けいただいたことがある、というのが自慢の種だと言っておった」

 はあ。そういった子は何人かいたと思うけど、どの子のことだろうか、と考えていると、アルバートさんが鋭い目つきで僕を睨みつけ、言った。

「そうか。マグ、お前、ガリアールの直系だったのか。血は争えんようだな」

 いえその、決して二股かけているわけではないのですが……。
 するとアンジュ様が取りなすように、

「まあいいじゃないか。ガリィは三人、マグは二人なんだから、まだマシってもんさ」

 うーん、全然助け舟になっていない気が……。

「えーっと、二人なんだよね? 他にもいたりは……」

 真顔で僕を見つめるアンジュ様。

「「「しません!」」」

 僕とレニー、リエッタの声が唱和した。

「ふん、まあいい。ところで、ジュジュの方の首尾はどうだったんだ?」

 アルバートさんがアンジュ様に尋ねる。

「ああ、総勢十人にも満たない小規模な盗賊のねぐらを一つ見つけてね。人身売買には関わっていないってことだったし、そこまで悪質な連中でもなさそうだったから、全員ふん縛って、ソレルフィールドの村長むらおさ蝙蝠使い魔を飛ばしておいたよ。朝になったら村に連行して、適当に対処してくれるだろ」

「なるほどな。そんな連中だったら、俺だって皆殺しにしたりはしないぞ」

 アルバートさん、アンジュ様に言われたことをちょっと根に持っていたみたいだな。

「はは、悪かったよ。結果から言えば、逆の担当の方が良かったかもしれないね」

 たしかに、アンジュ様なら不死人形イモータルドール真気しんきで滅することができただろうからな。

「それにしても、本当に不死人形イモータルドールってたちが悪いですね。傷を負わせても再生するわ、下手をすると分裂して増えてしまうわ、普通の魔法は効かないわ。その上魔法まで使えるっていうんだから」

 レニーがぼやく。
 僕も全面的に同感だが。

「おまけに、魔法を無詠唱で使えるってどういうことなんです? ちょっとズルくありません?」

 確かにね。
 にされた人間が生前に習得していた魔法を使える、というのはまあいいとして、それを無詠唱、発動句キーワードすら無しで使えてしまう、というのは、厄介なことでもあるし、納得しがたくもある。

「ズルいと言われてもな。おそらくは、存在がなってしまうということなのだろうが……」

 自身も無詠唱で魔法を使える夜を統べる者アルバートさんが、頭を掻きつつそう言うと、シュカが口を挟んだ。

「むしろ、わしに言わせれば、何故人間どもは呪文詠唱などどいう面倒なことが必要なのか、ということの方が疑問……」

 人間たちと、元人間のアンジュ様にまで睨まれて、最後は尻すぼみになる。

「そもそも、何故不死人形イモータルドールなんてものが出現したのでしょう? 元は魔王メディアーチェが作り出したものだったのでしょう?」

 そう疑問を提示しながら、途中でリエッタの表情が重苦しいものになった。
 何か不吉なものでも感じ取ったのだろうか。

「さあて、皆目見当がつかんな。魔王が滅びてすでに五百年、その間、あんなものが現れたことはついぞ無かったはずだが」

 実際にその時代を生き抜いてきて、国内各地を旅もしていたアルバートさんたちがそう言うのだから、魔王討滅後も共に滅びずに残っていた、という線は考えにくい。

「転移魔法で現れた、というのは、つまりそんなことができる魔法使い、それもおそらく人間じゃないやつが関わっているってことなんですよね?」

 レニーが指摘する。
 話を聞く限りでは、不死人形イモータルドールというのは自然発生するようなものではないみたいだし、少なくとも、裏で操っているやつがいることは間違いないだろう。
 そして、ヴェルノ商会ファルナ支店がピンポイントで襲撃されたのは、その黒幕が人身売買組織にも関わっていて、証拠隠滅を図った可能性が高い。
 ヴェルノ伯も関わっているのだろうか。
 彼自身は普通の人間のはずだから、黒幕、少なくとも不死人形イモータルドールを操っていたやつではないだろうが。

「まさか、新たな魔王が誕生したわけではなかろうな? そんな物騒な話は願い下げじゃぞ?」

 シュカが背筋の寒くなるようなことを言う。

「いや……。ありえない話ではないな。転移魔法もそうだし、そもそも不死人形イモータルドールを作ること自体、人間ごときの死霊術ネクロマンシーで可能なわざではない」

 おいおい、アルバートさんまで。
 冗談で言っているわけじゃないのがなおさらたちが悪い。

 と、先ほどから押し黙っていたリエッタが、思い詰めた表情で言った。

「魔王は……、メディアーチェは、滅びてはいません」

「はあ!? どういうことだい!?」

 アンジュ様がリエッタに詰め寄る。
 僕が割って入ってリエッタをかばうと、彼女は僕の後ろで絞り出すように話を続けた。

「アンジュ様たち四英雄のお力で、たしかにメディアーチェは倒されました。けれど、完全に滅びてはいなかったのです。そして、そのことにただ一人気付いたのがユグノリア様。ガリアール様でもとどめを刺すことは不可能と判断した彼女は、魔王を封印し、二度と目覚めさせぬよう、子孫たちに託したのです」

「それが……、ユグノリア公爵家がエリシオンにこだわり続けてきた理由なのかい?」

「はい。仰るとおりです、マルグリス様」

「ちっ!」

 アンジュ様が吐き捨てるように舌打ちをする。そしてせきを切ったように、

「あああもう! ノーラの馬鹿たれ! 水くさいにもほどがあるだろ。何であたしたちに相談してくれなかったんだよ!」

「おそらくは、他のお三方さんかたに不安をいだかせたくないと思われたのかと」

「それが水くさいって言ってるんだよ! だいたいあんたは、すぐにそうやって一人でかかえ込んで……」

 そこまで言ったところで、アンジュ様はようやく、今話している相手がユグノリア様その人ではないことを思い出したようだった。

「ごめん。子孫に言っても仕方ないよね」

「いえ、お気になさらないでください」

「えーっと、まさか、その封印が解けちゃった、とか……」

 レニーが顔を蒼ざめさせながら尋ねる。

「いいえ、さすがにそれは無いでしょう。少しでも封印がゆるむようなことがあれば、お父様が気付かれぬはずがありません。それに私だって、先日エリシオンに戻りましたけど、不穏な気配などは感じませんでした」

 そうなのか。
 なら少なくとも、メディアーチェが復活したということはないのだろうけど。

「とにかく、一度エリシオンに行ってみるとしようか」

 アンジュ様が決意のこもった眼差しで皆を見回しながら、そう提案した。

「お、おいジュジュ!」

「もちろんあんたもついて来てくれるんだろ、バート?」

「……ふん、行くなと言って素直に聞くお前じゃないか」

「のう、ひょっとして、わしも行かねばならぬのかの?」

 シュカが渋い表情で両親に問いかける。

「当たり前だろ、せっかく親子三人揃ったんだから」

「むう……」

「しょうがないな。僕たちもエリシオンに行くとしようか」

 僕の言葉を聞いて、リエッタは顔をほころばせ、逆にレニーは顔をしかめた。
 いや、あくまで魔王の封印を確認しに行くだけだから。
 ユグノリア公の庇護下に入るつもりはないぞ。

「では、父に伝えておきます。アンナ、悪いけど先行してもらえる?」

 ずっと議論には口を挟まずにリエッタの側に控えていた侍女に、そう命じる。
 アンナという名の侍女は、承知しましたと頷き、立ち上がった。

「例の人攫いどもの件を放り出していくのは、少々気が引けるが……」

 アルバートさんが呟く。
 そうは言っても、ヴェルノ商会ファルナ支店が壊滅状態になり、引き渡しが不可能になった以上、連中の尻尾を掴むのは相当難しくなった。
 これ以上僕たちがここにいても、出来ることは無いと言っていいだろう。
 ケビンにがんばってもらうしかないな。

「リエッタ、レニー。まだ事件の全貌は皆目見当がつかないし、今後も不死人形イモータルドールが出現するようなことになるかどうかはわからないけれど、気を引き締めて」

「はい、マルグリス様」

「わかってるって、マグ」

 二人とも、気合の入った返事を返してくれる。

「ああ、そうだ、マグ。せっかくだから、旅すがら一丁鍛えてやろう。今のお前では、不死人形イモータルドールを複数相手取るには不安だからな」

 アルバートさんがそんなことを言い出した。
 いや、達人に鍛えてもらえるというのはものすごく嬉しいことなのだけれど……。
 ちょっと私情が入ってやしませんか?
 首をすくめる僕。

 と、その時、不意にアンジュ様が懐から短剣を取り出し、投げ放った。
 部屋の壁に短剣が突き刺さると、その周囲の空間が歪み、黒い何かが串刺しになっていたのが露わになる。
 それは、蝙蝠のようにも見えたが、よく見ると、巨大な眼球から翼のような耳が生えた異形だった。
 やがてそれは、灰になって崩れ去った。

小悪魔インプだね。メディアーチェの目であり耳である使い魔。五百年ぶりに見たよ」

 アンジュ様の言葉が、周囲の温度を一気に下げたかのように思えた。
 魔王は滅んでおらず、そして何者かが暗躍している――。
 そのことが、じわじわと実感を伴い、僕はリエッタ、レニーと無言のまま視線を交わし合った。
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