Ωの愛なんて幻だ

相音仔

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本編

素直な気持ちを

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 昨日は、目まぐるしい一日だった。
  昼間に往診に来た医者にとりあえずは問題なしとの診断を受けて、その夕方に俺たちは家に帰った。
 家の扉をくぐると、ほっと息をついた。帰ってきたんだと、心の底から安心した。
「おかえり、エクレ」
「ただいま、リュミエール」
 俺の様子に、気遣うように声をかけてくれたリュミエールにそう返事をした。
 軽めの食事をとった後は、少しはやいが、部屋で休むことを勧められた。
 医者には2、3日は体調によくよく気を付けるようにと言い含められていた。
 
 ……寝られない。いつもの自分の部屋だ。
 でも、目を閉じると、あの川の中を思い出すような気がした。
  もぞもぞと何度も寝返りをうった。
 身体は疲れているのに神経が高ぶっているのだろうか。
 諦めて水でも飲もうと、一度ダイニングへ降りた。

「喉が渇いたの?」
 リュミエールはリビングで何か作業をしているみたいだった。
 仕事は数日休んでくれると言っていた。家で出来る作業をするのだろうか。
「なんか目が冴えちゃった」
「あったかいお茶でも入れるよ」
 入れてもらったお茶の香りはなんだか、心を落ち着かせてくれた。
「……隣に座っても良い?」
「もちろん、何か読むかい?」
 食後のリビングで読書をするのは、習慣でもあった。お互いに好きな本を読んだり、リュミエールはなにか書類仕事している事もあった。 
 俺は頷いて、最近よく読んでいた観光地について書いてあるあの本をまた眺めていた。
 アザレの花畑綺麗だったなぁ。
 あんな事はあったが、あそこに行ったのは良い想い出だ。
「エクレ? 上に行くかい?」
 いつの間にか本を片手にぼんやりとしていた。
 彼の傍にいれば落ち着く自分がいる。
 リュミエールは、半分夢うつつの俺を抱えて、ベッドまで運ぼうとする。
「一緒にねよ」
 彼の耳に口を寄せてそう呟いた。
 今日一人で寝るのは、少し寂しい。
「分かった、隣にいるよ」
 彼は自分の部屋のベッドに運んでくれた。
「寝られそうかい?」
「……たぶん。ごめん、まだ仕事あったよね?」
「君より優先することなんて無いよ。いつだってこうしたいと思ってる」
 優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
 甘えて、縋って、でもリュミエールは嫌がる様子なんて微塵もみせない。
 隣に感じる体温が優しくて、あんなに寝られなかったのにあっさりと夢の中だ。



 リュミエールはすごく気にかけていたが、特に大きく体調を崩すことはなかった。相変わらず食べないと言われながらも、俺自身は食欲も戻ったと思っている。
 両手首についた縄の跡は、毎日丁寧に処置をされて、治ってきていた。
 跡が残るかどうかを俺よりずっとリュミエールが気にしていた。彼が気にするから、俺も綺麗に治れば良いと、めんどくさいと言いながらも処置にはちゃんと従った。

「エクレ、兄さんがお見舞いに来たいって。構わないかい?」
 3日ほど経って、すっかり日常の生活に戻った頃、リュミエールがそう尋ねた。
「ルナールさん! うん、会いたい。心配かけちゃったと思うし」
 最後に聞いた彼の焦った声を思い出す。あんな別れだと、不安にもなるだろう。

 ルナールさんは、オーベルさんと一緒に、沢山のお菓子を持ってやってきた。
「エクレ! 本当に良かった。大丈夫?元気?」
 目に涙を浮かべて駆け寄ってきたルナールさんに俺はハグを返す。少し気恥ずかしさがあるけれど、このやり取りも慣れて来た。
「大丈夫ですよ。皆さんが助けてくれました。リュミエールも来てくれたんですよ」
「聞いたよ!エクレを見つけて川に飛び込んだって! そんなことするタイプじゃないのにねぇ」
「二次災害の事はちゃんと頭にあったさ。でも……身体が動いたんだよ」
 リュミエールはちゃんとライフジャケットを付けて飛び込んだらしい。それでも後で、警備隊の人には注意されたらしいが。
「もう少し遅かったら、エクレは沈んでたよ。完全に溺れてしまうよりは良い」
「まぁ……限界でした。泳いだことなんかほとんどないので」
 練習する機会を作ろうと言われていた。何があるかは分からない。水に恐怖心がないのなら、少しでも泳げるようになれた方が良いと。
「リュミエールには、エクレの声が聞こえたんでしょ?そういうのっていいなぁ」
 不思議なもので、俺の声はリュミエールにだけ届いていた。
 川の中からの声なんて、ほんとに小さかったし、途切れ途切れで聞き取れるようなものじゃなかった筈なのに。
「犯人はみんな捕まったのか?」
「実行犯、それから港側の輸送犯もね。今は余罪の追及中だそうだ」
「最近はβの被害も多かった。ひとつ誘拐のルートを潰せたのは大きい。無論、エクレが無事だったから言えることだがな」
 オーベルさんが俺を気遣いながらそう続けた。
「ただ、やはり警備体制はもっと見直さないとな。うちは専属契約していた護衛とも色々見なおしたよ」
 子どもたちの警護に充てる事が多かったそうで、あの日はルナールさんにはついていなかったそうだ。
 もちろんその分は政府側から出ていた。けれど、顔なじみを連れていくべきだったと、話す。
「私の家でも、護衛の契約をつけた。門にもいただろう」
 うちの専属で既に3人と顔を合わせている。交代で毎日来てくれているから、多少話もした。良い関係を築けたらと思っている。
「会社は何処にしたんだ?」
 オーベルさんとリュミエールがその話をしている隙に、俺は少しルナールさんに聞きたい事があった。
「あの、ルナールさんちょっと良いですか?」
「ん?どうしたの?」
 俺はルナールさんに、庭をみせたいと誘った。もちろん口実なのだけれど。
「エクレ?外に出るの?」
「庭、ちょっと見せたいだけ。すぐだよ」
 敷地の外には出ないとアピールしておいた。
「リュミエールやっぱりちょっと過保護になっちゃった? 窮屈だったら、それとなく言っとくよ? 流石に家の中は一人になりたいこともあるでしょ」
 ルナールさんは俺たちのやり取りを聞いてから、静かにそう耳打ちをしてきた。
「あ、そこは大丈夫なんです。自分の部屋には入ってこないし、むしろ俺が甘えちゃってるだけなんで」
 リュミエールとは接触が増えたし、なんなら座る距離すら変わったと思う。
 ルナールさんが見たのは、わずかな間でしかなかったが、そういうところも察するところがあるのだろう。
「お?エクレが傍にいたいんだ。そっかそっか、リュミエールは絶対喜んでるからもっと甘えていいと思う」
「あの……聞きたい事は別にあって……。ルナールさんは、自分からオーベルさんにアプローチしたんですよね?」
「そうだよ! 猛アタックした」
「すごいな……。気持ちを伝えるってどうしたら良いです? こっちって何か定番みたいなのあったりしますか?」
 モーヴェに居た時から、そう言ったことには疎かった。
 もし、パディーラで今の流行りとかあるなら、聞いてみたかった。
「えっ、そういう話!? 恋バナじゃん!こういうのするの夢だったんだぁ」
 彼の顔はパッと明るくなって、勢いよく答えた。
「定番とかは無いよ。想いのたけをぶつけるの!シンプルでも何でもいいよぉ。絶対伝わるから」
「なんかまだ、曖昧というか、ぼんやりしてて自信が無いんですか、それでも良いですか?」
「でも、エクレは何か言いたいと思ったんでしょ?」
 ルナールさんの真っすぐな目が、俺をみていた。
 その通りだ。
 俺は、確かにあの日、後悔した。だから、伝えないとって思えた。
「……そうです」
「じゃあ、大丈夫。その気持ちを言うだけ。難しいことじゃないよ。エクレは朝、起きたらリュミエールに挨拶するでしょ?」
 当然そのくらいの常識はある。俺が頷くと、ルナールさんは続けた。
「おはようって言うのだってさ、気持ちがないとしないよ。今日も一日よろしくね、朝に貴方の顔をみれて嬉しい。まぁそんな複雑に考えてないかもだけどさ、言いたいから言うし、相手も返す。挨拶だって気持ちのやり取りだ」
「気持ちのやり取り……」
「エクレはよく些細な事でも、リュミエールにありがとうって言ってる。感謝の気持ちをのせてね。簡単で良いんだよ。飾らなくて大丈夫」
 ルナールさんはうんうんと頷きながら、そう言った。
「君のまっすぐな言葉を、あの子はきちんと受け取れると思うよ」
 兄としての目線で、そしておそらく、不安な年下Ωを励ますように、彼は俺の背を押した。


 その日の夜、俺はリュミエールを呼び止めた。
「大事な話があります」
「はい、なんでしょうか」
 改まった俺の様子につられてか、リュミエールも少し表情が固い。
「この前の事件の時に、色々考えました。もしかしたら、俺は他のαの元へいく可能性もあった」
 保護されたのがパディーラで、そこで会ったのがリュミエールだった、国が違えば相手が彼ではなかった可能性もある。
 運命の番というものを、俺は相変わらず信じてはいない。
「富豪のαに引き取られるって、きっと大事にされるだろうって言われた。以前の俺だったら別にいいかって流されてたと思う」
 そう、衣食住が保証されて、生きていけるならどこでも良いとさえ思っていた。
 でも、そうじゃない。
 もう、俺は隣にいるのが、誰でも良いなんて思っていない。 

「あのこれが好きって気持ちなのかは、分からない。でも俺、一緒にいるならリュミエールが良いです。出来たら、そう。ずっと」

 俺の言葉を彼はただ、黙って聞いていた。
「……あのこんなんじゃ、返事になってないかな?」
 ちょっと不安になってそう続けると、すかさずギュッと抱きしめられた。
「充分だよ。一生私の傍にいてくれ。絶対後悔させない。愛してる、エクレ」
 力強い彼の言葉は、重たいくらいで、でもそれがちっとも嫌じゃないから不思議だった。
「そうだね、一生傍にいる」
 そんな保証どこにもないって分かってる。
 今だけの言葉かもしれない。
 それでも、良い。今のこの気持ちを大事にしたい。
 自信が無いとか言ってる場合じゃない気がした。
 今、心の赴くままに告げるなら、きっとこの気持ちは。
「俺も、愛してるよ、リュミエール」




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