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「ふうっ……」
だからこそ、その後の授業は全く集中することが出来なかったのだけれど。
何しろ、あんなことがあった後は——と、横に置いてある籠に通算七度目の視線を向けてしまう。あの誰にでも怖れられているという噂のウルフイット第三王子が言った言葉を思い出しながら。
わざわざ、こちらまで来て籠を渡してきたことにはやはり何か意味があるのではと考えて。
つまりお口に合ったようで良かったと安堵するのではなく。
何しろ生徒会室での会話のことがあったので。
ただ籠を返しに来たわけではないだろうと。
あの会話をそもそも振ったのはあの方なのだから……
金蔓だからだろう? と。
まあ、だからといっていくら理由を考えても、婚約者の本当の気持ちさえ理解できない私には、第三王子の意図など到底読み取れるはずもなかったけれど。
まったくもって……と、クッキーを焼く以外、本当に私は何もできないことに気づいてしまう。どんどん気持ちが沈んでいってしまいも。
なので、今日はこれ以上、無理と判断して授業が終わり次第すぐに荷物を纏めて教室を出たのだが……
「フィーネ」
残念なことに教室を出た直後、今一番会いたくない人と会ってしまって……
私のことを内心で金蔓と思っているアルバン・ダナトフ子爵令息に。
「ごきげんようアルバン様。授業はどうされたのですか?」
私はそれでも貴族らしく表情を作ったが。
「フィーネが心配だったから授業をさぼってきたんだよ。でも、なんだか元気そうだね」
彼が白々しくそんなことを言ってきても。
「……そう見えますか? 私は調子が悪いのでこれから帰ろうと思っていたのですが?」
まあ、少し棘が出てしまったけれど——と、私はそう尋ねながらもさっさと歩き出す。
「だ、だったら家まで送るよ」
そう言ってアルバン様が慌てて横に並んできても。
ただし、私の荷物を持とうとした際、思わず立ち止り、更には顔を顰めそうにもなってしまったが。
先ほどの言葉に薄っぺらさを感じながら。
「しかも絶対に紙よりも薄い……」
そう小さく呟きながら私はアルバン様への思いはとっくに冷え切り、愛情もなくなっていることを再確認する。
まあ、だからといって婚約解消しませんか? とは今は口が裂けても言えないけれど。
何しろ頭の片隅で常にチラついてしまうから。ウルフイット第三王子の姿が——と、私は言いたい事を言えない歯痒さを感じながら荷物を引き寄せる。
「ああ、貴方にお手を煩わせるわけにはいきませんので。それと、もう近くに御者もおりますから」
つまりはやんわりと拒否をしながら。
ただし、「何を言ってるんだい? 僕達は婚約者同士じゃないか。だったら支え合わなきゃね」と、彼は私の気持ちに気づくことなく今度は背中に手を添えてきたけれど。上辺だけの紳士を演じて私を騙さなければならないので。
既に本性がこちらにバレているのも知らずに……と、私は内心嫌な気分ではあったけれど「離れて下さい」とは言わずにここはグッと我慢して一緒に歩きだしたが。
何しろ会話をするのがもう嫌だったし、これ以上、彼に嘘の言葉を吐き出し続けられるのに耐えられる自信もなかったので。表情が崩れてしまいそうで。気持ち悪いと不快に感じてしまう。
この人に触れられるのが……
そう思っていると心が通じたのだろう、彼がこちらに怪訝な表情を向けてきてくれたが。背中から手がほんの少しだけ離れながら。
「え、ええと、フィーネ?」
更には続けて何かを言ってこようとも。
派手な格好をした女子生徒が目の前に現れるなり顔を青くした挙句、一瞬で出かけた言葉と手を引っ込めてしまったが。
代わりにお芝居で見た浮気男性が言う台詞と同じ内容を言ってきながら。
「こ、これは彼女が気分が悪くなったから家まで送っていくんだよ。何もやましいことはしてない」
まるで、こちらが浮気相手みたいな言い分で。
まあ、それは向こうもそう思っているだろうけれど。
何しろ女子生徒はやっと気づいたとばかりに大袈裟な表情をこちらに向けてきたので。言葉に棘を混ぜてきながら。
「あら、こんなところに人がいたのね。あっ、もしかしてこの地味なのがあなたの婚約者?」
しかも堂々と馬鹿にし、勝ち誇った表情で。
「あ、ああ……」
そして、この人も——と、アルバン様は歯切れ悪くも頷く。この際だから否定してくれればいいのに。
そうすればそれを理由にこちらは婚約解消……いいえ、婚約破棄に持っていけたのだから。
「貴方側の問題として。ふう、残念ね」と、私は小さく呟く。
冷え切った視線をアルバン様に送った後に目の前の女子生徒にカーテシーも。
「ご挨拶が遅れました。私はフィーネ・ホイットと申します。婚約者のアルバン様とずいぶんと仲がよろしいですが、お二人はどの様なご関係なのでしょう? ああ、言いたくなければ別に良いのですが」
まるで、問題にしていない態度で。
それと内心では二人の関係に薄々勘付いてしまいながら。女子生徒が眉間に皺を寄せ睨んできたらなおさら——と、私は涼しげな表情を返す。目の前の不躾な女子生徒とこちらは違うと態度で示しながら。
まあ、本人には通じてないみたいだけれど。
何しろ、全くもって貴族令嬢のような落ち着きを持っていなかったので。それは今も。彼女が隠す様子もなく怒った顔でこちらに歩み寄ってきたので。
おそらくはこのまま掴みかかってくるために。この状況で手を出してしまうことがどうなることかも理解をせず……
残念ながらアルバン様が慌てて私達の間に割って入ってきてしまったが。
捲し立てるように弁明も。
「リ、リーシュはダーマル男爵家令嬢で僕の幼馴染なんだ。ぼ、僕達、小さい時から仲が良くてね。だから、変な勘繰りはやめて欲しいな」
更には誰にでもわかるほど焦った表情を浮かべながら。
つまりは私の考えは正解と。
おかげで今度はこちらが眉間に皺がよりそうになってしまったが。アルバン・ダナトフが私が知る中でもっとも最低な男だと理解したのだから。
ただし、それでもなんとか笑顔を作り、首を傾げることに成功したけれど。
「アルバン様、変な勘繰りだなんて。私はただ、どの様なご関係なのかと聞いていただけですけれど」
こういう時だからこそ冷静に動かなければいけないので。チャンスを逃さないために。
そう考えているとアルバン様は明らかに安堵した様子で胸を撫で下ろす。
「そ、そうだったのか。ごめん」
そう言いながら。誰にでもわかる作り笑顔で——と、私は気づかないふりをしながら首を横に振る。
「で、どうするのですか?」と、出口の方に視線を向けながら。
「えっと……」
彼が私とダーマル男爵令嬢を交互に見て言いよどむのを見越して。
それと彼女も。きっと調子に乗るだろうと。
すると、案の定、ダーマル男爵令嬢がアルバン様の肩ごしからニヤついた顔を出してくる。
「誠実なアルバンに謝らせるなんてあなた酷い女ね」
まあ、ただし言ってきた言葉につい吹き出しそうになってしまったけれど。
「誠実……ね」
そして、つい呟いてしまいも。もちろん表情を見られないように口元に手を当てて。
ただ、彼女にとってはその行動さえ気にいらなかったらしいが。アルバン様を押しのけ睨んできたので。
「そうやって体調が悪いふりをして、アルバンの気を引こうとして最低ね!」
「私は別に気を引こうとはしていませんけれど。それに私とアルバン様は婚約者ですから、貴女にそもそもとやかく言われる筋合いはないのですが」
「なっ!? わ、私とアルバンは……」
ダーマル男爵令嬢は顔を真っ赤にさせ何かを言おうとする……が、再び残念なことにアルバン様が慌てて割って入り、彼女の口を押さえてしまう。
「はははっ、リーシュ、僕達そろそろ行かなきゃ」
「うう……アルバン!」
「リーシュ、彼女を送り届けたら戻ってくるから」
つまりは埋め合わせをするよと。
婚約者の前で……
まあ、彼女はアルバン様の意図を理解もせずに私を睨み、「ふん!」と、彼の手を払いのけその場を離れていってしまったが。
「リーシュ……」
そして、アルバン様はそんな彼女の背中を心配そうに目で追って。
もちろん私はというと呆れてしまっていたが。心の底から不快感でいっぱいになりながら。
ただし、おかげで良い案も思いつき「心配なら、行ってあげたらどうですか?」とも。
「えっ、な、何を言ってるんだい」
「私は馬車に乗って家に帰り横になれば良いだけです。ですがあの方は後、半日は学院にいるのですよ」
するとアルバン様は明らかに嬉しそうな表情に変わる。私が冷めた視線を向けているのに……
「い、良いのかい?」
「……お決めになるのはアルバン様ですから」
「すまない。すぐに家に帰って休む君より、一日中、学院にいる幼馴染のリーシュの方が心配だ」
しかも、こんなことを——と、私は頷く。
「わかりました」
そして、さっさとその場を後にしようとも。残念ながらアルバン様に呼び止められてしまったが。
「フィーネ、ちょっと待ってくれ」
「……なんでしょう」
「そ、その、父が融資をして欲しいと……」
「……なぜ、私に仰るのです?」
するとアルバン様は驚いた表情を浮かべた後、すぐに作り笑いを浮かべる。
「だって、いつも僕が言ったら喜んで話してくれてたじゃないか」
ですよね……と、私はその言葉を聞き頭を抑えかける。確かに私がアルバン様のためにと今までは父に融資を喜んでお願いしていたので。
まあ、だからといってもうしませんけれど。お金目的の外道の願いを聞くのは。もう頭の中がお花畑の馬鹿な女は居なくなったので。
アルバン・ダナトフ、あなたのせいでね——と、私は口を開く。
「一応、父には話しておきますが……正式に融資の手続きがされる事は忘れないで下さい」
どうせ返す気なんてないだろうと思いながら。
「もちろん、僕達が結婚すれば問題ないさ! だって愛し合う僕達に婚約解消なんてありえないだろうから。だからちゃんと頼んだよ! それじゃあ、僕は行くから! リーシュ!」
ほらね、と、私はダーマル男爵令嬢を慌てて追いかけて行く彼に蔑んだ瞳を向ける。
「愛してるのは私じゃないでしょうに……」
そう呟きながら。
そして、やっと一人に慣れたことに清々しい気分になりながら馬車へと歩いていくのだった。
だからこそ、その後の授業は全く集中することが出来なかったのだけれど。
何しろ、あんなことがあった後は——と、横に置いてある籠に通算七度目の視線を向けてしまう。あの誰にでも怖れられているという噂のウルフイット第三王子が言った言葉を思い出しながら。
わざわざ、こちらまで来て籠を渡してきたことにはやはり何か意味があるのではと考えて。
つまりお口に合ったようで良かったと安堵するのではなく。
何しろ生徒会室での会話のことがあったので。
ただ籠を返しに来たわけではないだろうと。
あの会話をそもそも振ったのはあの方なのだから……
金蔓だからだろう? と。
まあ、だからといっていくら理由を考えても、婚約者の本当の気持ちさえ理解できない私には、第三王子の意図など到底読み取れるはずもなかったけれど。
まったくもって……と、クッキーを焼く以外、本当に私は何もできないことに気づいてしまう。どんどん気持ちが沈んでいってしまいも。
なので、今日はこれ以上、無理と判断して授業が終わり次第すぐに荷物を纏めて教室を出たのだが……
「フィーネ」
残念なことに教室を出た直後、今一番会いたくない人と会ってしまって……
私のことを内心で金蔓と思っているアルバン・ダナトフ子爵令息に。
「ごきげんようアルバン様。授業はどうされたのですか?」
私はそれでも貴族らしく表情を作ったが。
「フィーネが心配だったから授業をさぼってきたんだよ。でも、なんだか元気そうだね」
彼が白々しくそんなことを言ってきても。
「……そう見えますか? 私は調子が悪いのでこれから帰ろうと思っていたのですが?」
まあ、少し棘が出てしまったけれど——と、私はそう尋ねながらもさっさと歩き出す。
「だ、だったら家まで送るよ」
そう言ってアルバン様が慌てて横に並んできても。
ただし、私の荷物を持とうとした際、思わず立ち止り、更には顔を顰めそうにもなってしまったが。
先ほどの言葉に薄っぺらさを感じながら。
「しかも絶対に紙よりも薄い……」
そう小さく呟きながら私はアルバン様への思いはとっくに冷え切り、愛情もなくなっていることを再確認する。
まあ、だからといって婚約解消しませんか? とは今は口が裂けても言えないけれど。
何しろ頭の片隅で常にチラついてしまうから。ウルフイット第三王子の姿が——と、私は言いたい事を言えない歯痒さを感じながら荷物を引き寄せる。
「ああ、貴方にお手を煩わせるわけにはいきませんので。それと、もう近くに御者もおりますから」
つまりはやんわりと拒否をしながら。
ただし、「何を言ってるんだい? 僕達は婚約者同士じゃないか。だったら支え合わなきゃね」と、彼は私の気持ちに気づくことなく今度は背中に手を添えてきたけれど。上辺だけの紳士を演じて私を騙さなければならないので。
既に本性がこちらにバレているのも知らずに……と、私は内心嫌な気分ではあったけれど「離れて下さい」とは言わずにここはグッと我慢して一緒に歩きだしたが。
何しろ会話をするのがもう嫌だったし、これ以上、彼に嘘の言葉を吐き出し続けられるのに耐えられる自信もなかったので。表情が崩れてしまいそうで。気持ち悪いと不快に感じてしまう。
この人に触れられるのが……
そう思っていると心が通じたのだろう、彼がこちらに怪訝な表情を向けてきてくれたが。背中から手がほんの少しだけ離れながら。
「え、ええと、フィーネ?」
更には続けて何かを言ってこようとも。
派手な格好をした女子生徒が目の前に現れるなり顔を青くした挙句、一瞬で出かけた言葉と手を引っ込めてしまったが。
代わりにお芝居で見た浮気男性が言う台詞と同じ内容を言ってきながら。
「こ、これは彼女が気分が悪くなったから家まで送っていくんだよ。何もやましいことはしてない」
まるで、こちらが浮気相手みたいな言い分で。
まあ、それは向こうもそう思っているだろうけれど。
何しろ女子生徒はやっと気づいたとばかりに大袈裟な表情をこちらに向けてきたので。言葉に棘を混ぜてきながら。
「あら、こんなところに人がいたのね。あっ、もしかしてこの地味なのがあなたの婚約者?」
しかも堂々と馬鹿にし、勝ち誇った表情で。
「あ、ああ……」
そして、この人も——と、アルバン様は歯切れ悪くも頷く。この際だから否定してくれればいいのに。
そうすればそれを理由にこちらは婚約解消……いいえ、婚約破棄に持っていけたのだから。
「貴方側の問題として。ふう、残念ね」と、私は小さく呟く。
冷え切った視線をアルバン様に送った後に目の前の女子生徒にカーテシーも。
「ご挨拶が遅れました。私はフィーネ・ホイットと申します。婚約者のアルバン様とずいぶんと仲がよろしいですが、お二人はどの様なご関係なのでしょう? ああ、言いたくなければ別に良いのですが」
まるで、問題にしていない態度で。
それと内心では二人の関係に薄々勘付いてしまいながら。女子生徒が眉間に皺を寄せ睨んできたらなおさら——と、私は涼しげな表情を返す。目の前の不躾な女子生徒とこちらは違うと態度で示しながら。
まあ、本人には通じてないみたいだけれど。
何しろ、全くもって貴族令嬢のような落ち着きを持っていなかったので。それは今も。彼女が隠す様子もなく怒った顔でこちらに歩み寄ってきたので。
おそらくはこのまま掴みかかってくるために。この状況で手を出してしまうことがどうなることかも理解をせず……
残念ながらアルバン様が慌てて私達の間に割って入ってきてしまったが。
捲し立てるように弁明も。
「リ、リーシュはダーマル男爵家令嬢で僕の幼馴染なんだ。ぼ、僕達、小さい時から仲が良くてね。だから、変な勘繰りはやめて欲しいな」
更には誰にでもわかるほど焦った表情を浮かべながら。
つまりは私の考えは正解と。
おかげで今度はこちらが眉間に皺がよりそうになってしまったが。アルバン・ダナトフが私が知る中でもっとも最低な男だと理解したのだから。
ただし、それでもなんとか笑顔を作り、首を傾げることに成功したけれど。
「アルバン様、変な勘繰りだなんて。私はただ、どの様なご関係なのかと聞いていただけですけれど」
こういう時だからこそ冷静に動かなければいけないので。チャンスを逃さないために。
そう考えているとアルバン様は明らかに安堵した様子で胸を撫で下ろす。
「そ、そうだったのか。ごめん」
そう言いながら。誰にでもわかる作り笑顔で——と、私は気づかないふりをしながら首を横に振る。
「で、どうするのですか?」と、出口の方に視線を向けながら。
「えっと……」
彼が私とダーマル男爵令嬢を交互に見て言いよどむのを見越して。
それと彼女も。きっと調子に乗るだろうと。
すると、案の定、ダーマル男爵令嬢がアルバン様の肩ごしからニヤついた顔を出してくる。
「誠実なアルバンに謝らせるなんてあなた酷い女ね」
まあ、ただし言ってきた言葉につい吹き出しそうになってしまったけれど。
「誠実……ね」
そして、つい呟いてしまいも。もちろん表情を見られないように口元に手を当てて。
ただ、彼女にとってはその行動さえ気にいらなかったらしいが。アルバン様を押しのけ睨んできたので。
「そうやって体調が悪いふりをして、アルバンの気を引こうとして最低ね!」
「私は別に気を引こうとはしていませんけれど。それに私とアルバン様は婚約者ですから、貴女にそもそもとやかく言われる筋合いはないのですが」
「なっ!? わ、私とアルバンは……」
ダーマル男爵令嬢は顔を真っ赤にさせ何かを言おうとする……が、再び残念なことにアルバン様が慌てて割って入り、彼女の口を押さえてしまう。
「はははっ、リーシュ、僕達そろそろ行かなきゃ」
「うう……アルバン!」
「リーシュ、彼女を送り届けたら戻ってくるから」
つまりは埋め合わせをするよと。
婚約者の前で……
まあ、彼女はアルバン様の意図を理解もせずに私を睨み、「ふん!」と、彼の手を払いのけその場を離れていってしまったが。
「リーシュ……」
そして、アルバン様はそんな彼女の背中を心配そうに目で追って。
もちろん私はというと呆れてしまっていたが。心の底から不快感でいっぱいになりながら。
ただし、おかげで良い案も思いつき「心配なら、行ってあげたらどうですか?」とも。
「えっ、な、何を言ってるんだい」
「私は馬車に乗って家に帰り横になれば良いだけです。ですがあの方は後、半日は学院にいるのですよ」
するとアルバン様は明らかに嬉しそうな表情に変わる。私が冷めた視線を向けているのに……
「い、良いのかい?」
「……お決めになるのはアルバン様ですから」
「すまない。すぐに家に帰って休む君より、一日中、学院にいる幼馴染のリーシュの方が心配だ」
しかも、こんなことを——と、私は頷く。
「わかりました」
そして、さっさとその場を後にしようとも。残念ながらアルバン様に呼び止められてしまったが。
「フィーネ、ちょっと待ってくれ」
「……なんでしょう」
「そ、その、父が融資をして欲しいと……」
「……なぜ、私に仰るのです?」
するとアルバン様は驚いた表情を浮かべた後、すぐに作り笑いを浮かべる。
「だって、いつも僕が言ったら喜んで話してくれてたじゃないか」
ですよね……と、私はその言葉を聞き頭を抑えかける。確かに私がアルバン様のためにと今までは父に融資を喜んでお願いしていたので。
まあ、だからといってもうしませんけれど。お金目的の外道の願いを聞くのは。もう頭の中がお花畑の馬鹿な女は居なくなったので。
アルバン・ダナトフ、あなたのせいでね——と、私は口を開く。
「一応、父には話しておきますが……正式に融資の手続きがされる事は忘れないで下さい」
どうせ返す気なんてないだろうと思いながら。
「もちろん、僕達が結婚すれば問題ないさ! だって愛し合う僕達に婚約解消なんてありえないだろうから。だからちゃんと頼んだよ! それじゃあ、僕は行くから! リーシュ!」
ほらね、と、私はダーマル男爵令嬢を慌てて追いかけて行く彼に蔑んだ瞳を向ける。
「愛してるのは私じゃないでしょうに……」
そう呟きながら。
そして、やっと一人に慣れたことに清々しい気分になりながら馬車へと歩いていくのだった。
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