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しおりを挟む「フィーネ!」
「フィーネちゃん!」
屋敷に戻るとお父様とお母様が駆け寄ってきて力強く抱きしめてきた。
「ご心配をおかけしてすみませんでした」
「良いんだよ。無事に帰ってきてくれたんだから」
「そうよ。それにしてもダーマル男爵家は許せないわ!」
お母様は怒りすぎて持っていた扇子を折ってしまう。そんなお母様を若干引き気味に見つめながら、ウルフイット第三王子が言ってきた。
「……あそこは確実に爵位と領地は没収される。家族は全員、ホイット子爵家に莫大な慰謝料を払うためにキツい場所に行く事になる。更に払い終わり次第、姉のリーシュと妹のマニーは平民として自由になり、残りは処刑というとこだな。まあ、その頃は年寄りになっていているだろうから老衰で死んでそうだが……」
ウルフイット第三王子がそう説明すると、お母様の溜飲が下がったのか、だいぶ穏やかな表情になる。
「まあ、妥当ですわね。ちなみにダナトフ子爵家はどうなりますでしょうか?」
「あそこもホイット子爵家が融資した額を全額返済後はダーマル男爵家と変わらないな。支払いが終わったら兄アルバンと弟レンゲルは平民となり、残りは処刑になる」
「こちらも妥当ですわね」
「ちなみにホイット子爵はダナトフ子爵領が欲しいのだよな?」
ウルフイット第三王子が突然、そう聞いたので私とお母様は驚いてしまう。するとお父様は頬をかきながら頷いた。
「まあ、あそこは隣の領地だしちょっと色々とあってね。だから、ウルフイット第三王子に頼んだんだよ」
「お父様、そんな事は可能なのですか?」
「ああ、既に国王様に頂けると言葉をもらった。それと爵位も伯爵になる。正直、自由に動きたいから爵位は辞退しようと思ったけど……将来的には他の貴族に馬鹿な事をされない様、子爵以上の爵位が必要かなあって思ってね」
お父様はそう言ってからウルフイット第三王子を見るので私は理解してしまう。
私とウルフイット第三王子が婚約した場合、他の身分の高い貴族が無理矢理割って入って邪魔をしてくる可能性がある。それを防ぐ為にお父様は爵位を子爵家から伯爵家にする決心をしてくれたのだ。
「……お父様、ありがとうございます」
「ふふ、可愛い娘のためだからね。それとフィーネにはこれを」
お父様がそう言うと、いつの間にかいたユリが私にアルバン様との婚約破棄が認められた書状を見せてきたのだ。それを見た瞬間、思わず歓喜の声をあげ私はユリに抱きついてしまった。
「やったわっ!」
「良かったですね、お嬢様!」
「あれ? こっちに抱きついてくる予定だったのに……」
「良いじゃないですか、あなた。今はフィーネちゃんがあのお馬鹿さんと婚約破棄できた事を祝いましょう」
「ああ、そうだね! よし、料理長に声をかけてくるよ! ウルフイット第三王子も良けれはどうですか?」
「いや、俺はすぐに帰って報告を色々としないといけない。特に一番大事な報告もな」
ウルフイット第三王子は私を見つめる。すると、ユリが私の背中を押してきた。おかげで、かなりウルフイット第三王子の近くに来てしまう。そんな私に更にウルフイット第三王子が近づく。そして真剣な顔で口を開いた。
「近いうちに正式に話に行く。それまで待っていてくれるか?」
「はい……」
私は緊張して声がうわずってしまったが何とか答える。すると、ウルフイット第三王子はしゃがみ込みほっとした表情を浮かべた。
「良かった。断られたらどうしようかと思った」
「こ、断りませんよ! むしろ私なんかで本当に良いのですか?」
「お前とできないなら一生独り者で構わないよ」
「えっ……」
「まあっ……」
「中々の殺し文句」
「私がアマンダに言った時の方がきっと……」
周りでみんな色々と言っていたが、私の耳にはウルフイット第三王子の言葉がずっと繰り返されていた。だから何も聞こえなかった。
けれど、良いのだ。だって、今はウルフイット第三王子の言葉が一番である。この言葉は、アルバン様の息をする様に言ってくる嘘の言葉ではない。
はっきりとわかりますよ。だから、私もウルフイット第三王子が思うような淑女になれる様にこれからもっと努力します。
私はそう心に強く思いながら、ウルフイット第三王子に微笑むのだった。
◇
あれから、かなりの月日が経ち、今日は裁判も終わり判決が出たダナトフ子爵家とダーマル男爵家の男性陣が北の鉱山に送られる日である。
そこで、私はあの日から一度も顔を合わすことがなかった、アルバンに私自身の言葉で決別するために会いに来ていたのだ。
ちなみに女性陣は重労働をさせられるアリス修道院に既に送られていて、私は会ってはいない。リーシュが暴れ回って大変だから来ない方が良いと言われたのだ。そんな彼女に一言、反省しろと言いに行ったお父様とお母様はげんなりして帰ってきたので相当だったのだろう。
「大丈夫か?」
その事を思いだしていたら、隣にいたランドール・ウルフイット第三王子が心配そうに声をかけて来たので頷く。
「はい、大丈夫ですよ、ランドール様」
「いや、フィーネは優しいから心配だぞ。変に同情するなよ」
「今回ばかりはしませんわ」
私は心配症なランドール様に微笑んでいると騎士に連れられたレンゲルが歩いてきて私達を見るなり笑顔で声をかけてきた。
「ホイット子爵令嬢と第三王子、二人とも来てたんですか」
「ああ。それよりお前、ずいぶんとスッキリした表情になったな」
「重しが取れたおかげですかね」
「……そうか」
「本当にすみませんでした」
「ふん、本当に悪いと思ってるならしっかり働いて、さっさと出てこい」
「いや、さっさとって……」
「恩赦もある。お前は俺の大切な婚約者を守ってくれたからな」
ランドール様がそう言うと、レンゲルは驚いた表情になって私を見る。そして笑いだした。
「はははっ! 第三王子、遂に夢叶ったわけですね!」
「ま、まあな……」
「おめでとうございます! 良かった、第三王子ならきっとホイット子爵令嬢を幸せにできますよ!」
「ああ、もちろん幸せにしてみせる。だからレンゲル、お前の頑張りを見せて早く外に出て。さっさと祝いに来い」
「……はい、わかりました!」
レンゲルは涙を流しながら深々と頭を下げた後、騎士に連れられ去っていった。私はすぐにランドール様を見つめると、頬をかきながら言ってくる。
「すまない。だがチャンスは与えてやりたかった」
「いいえ、とても素晴らしい事ですよ」
私はそう言うとランドール様がすぐに私の肩を抱きよせてきた。
「俺は幸せ者だな」
「私もですよ」
私達は見つめ合っていると誰かの視線に気づいた。アルバンである。アルバンは笑みを浮かべて口を開いた。
「フィーネ、迎えに来てくれたんだね! 早く僕を連れて行ってくれよ!」
「……アルバン。あなたとは一切縁がなくなりましたからそれはできません。いえ、ホイット伯爵家への慰謝料の支払いという繋がりはありましたね」
「……な、何言ってるんだ! 僕達は婚約者だろう? それに伯爵家だって?」
「はあっ……。本当にあなたは人の話を聞かないし、都合の悪いことは忘れてしまうのですね……。良いですか。今後は私の事を婚約者と言うたびに追加で慰謝料が発生しますのでしっかり頭の中に入れて下さいね」
「な、なんだって⁉︎ じゃあ、僕はどうなってしまうんだ⁉︎」
「北の鉱山で重労働ですね。頑張れば二十年後には出られるみたいですよ」
「そ、そんな……。何でこんな事に……」
アルバンはそう呟いた後に項垂れる。それが合図になったのかアルバンは騎士に引きずられていかれた。
私はランドール様に頭を下げる。
「何も言わないで頂いてありがとうございます」
「フィーネがしっかり言ったから俺の出る幕はなかったよ。まあ、あれで喚き散らすようなら俺が丁寧に教えてやったがな」
「ふふ」
私はつい想像して苦笑してしまった。そんな私をランドール様は抱きしめて言ってくる。
「これで、全て終わったな」
「はい。やっとです」
私が頷くとランドール様はご自分の額を私の額に重ねてくる。それがくすぐったくて、身を捩らせているとあっという間に抱きかかえられてしまった。
「ランドール様⁉︎」
「ふふ、逃げようとしたから捕まえた」
「ち、違います! くすぐったかったからですよ!」
「まあ、良いじゃないか」
そう言って微笑まれてしまうので、私はもう何も言えなくなる。そんな私の耳元にランドール様が顔を近づけてきた。
「フィーネは可愛いな。早く一緒に住みたいよ」
ランドール様はそう囁き熱のこもった瞳で見つめてくる。私は恥ずかしくなってしまうが、ゆっくりと頷く。
「……私もですよ、ランドール様」
そう言って今度は自分から額をランドール様の額にくっつけにいくのだった。
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