28 / 46
第三章 立ち込める暗雲
3
しおりを挟む「ル、ルーカス様っ!?」
カッと顔が熱くなり、目を白黒させるシルファを閉じ込めるように、ルーカスは腕の力を強める。
「始まりこそ互いの利のためだったが、俺はシルファをとても大切に想っている。直接的な言葉は、元の姿に戻るまで言うまいと自らに課しているのだが……俺の気持ちは、きちんと君に伝わっているだろうか」
少し掠れた声で囁かれた熱い吐息が耳元をくすぐる。
ルーカスはいつだってシルファに誠実だ。
毎日一緒に時間を重ねてきて、シルファは確かに彼の愛情を感じている。それは単にシルファを利用するためのものではなく、心からの気持ちであるとそう信じている。
それに、シルファの中で芽吹いていた彼への想いは、とっくに胸いっぱいに咲き誇っている。
「……はい」
(私は、ルーカス様をお慕いしています)
続く言葉は胸の内にしまい込む。ルーカスが元の姿に戻った時、きっと言葉にして伝えよう。
今はせめて、シルファの気持ちが伝わるようにとルーカスを抱き締め返す。
少し早い互いの鼓動が溶け合って、心地いい。
まっすぐ直向きに気持ちを向けてくれる人がいるということは、なんと幸せなことなのだろう。
父を亡くした時、シルファは他者との関わりを一度諦めた。けれど、こうして新たな絆が紡ぎ直された。これはもはや奇跡にも近いことだと、シルファはそう思う。
目を閉じて、両手一杯にルーカスからの愛を感じていると、彼は突然深いため息を吐いた。
「……はあ、今、無性に君に口付けがしたい」
「ええっ!?」
咄嗟に身体を離してルーカスの表情を窺った。彼は少し唇をへの字にして、不貞腐れた様子で頬を染めている。
「だが、この姿ではしない。元の姿に戻るまでは我慢する。……君と婚姻を結ぶまでは、子供の姿でも特に不自由はないと思っていたが、今は一日でも早く元の姿に戻りたいと思っている」
「ルーカス様……」
熱を帯びたルーカスの瞳。彼の言わんとすることが分からないシルファではない。
ドキドキと胸が高鳴り、黄金色の瞳から目が離せない。
「ルーカスでいい」
「ルーカス……?」
「ああ、そうだ」
ルーカスはフッと微笑み、シルファの頬に手を添えた。
先ほど口付けはしないと言ったばかりなのに、なぜか眼前にルーカスの真剣な顔が迫ってくる。
思わず息を呑み、ぎゅうっと目を閉じたと同時に、ふにっと唇に何かが触れた。
息を止めたまま恐る恐る目を開くと、そこには悪戯っ子のような悪い笑みを浮かべたルーカスがいて、シルファの唇を親指でなぞった。
「あ……」
何をされたのかを悟り、急速に顔が熱くなっていく。
ルーカスは、彼の親指越しに――シルファにキスをしたのだ。
「し、しないって言いました!」
「してはいないだろう」
「ぐぬぬ……」
真っ赤な顔で反論するも、ルーカスは楽しそうに笑うばかりだ。
自分ばかりが翻弄されている気がする。狡い。そう思いながらも不思議と嫌な気持ちにはならない。
「さあ、眠れないのなら、添い寝をしてやろう」
そう言ってルーカスは、真っ赤な顔で抗議の視線を向けるシルファの肩を優しく押してベッドに横たえた。
そのままするりと自分も布団に潜り込んでくる。
布団の中で再び優しく抱きしめられ、ルーカスの温もりを感じて心に安心感が広がっていく。
「シルファ、この魔導ランプのことなのだが……」
「ランプ……? ああ、これは私の宝物です」
不意に口篭りながら問われ、シルファは肩越しに目だけを魔導ランプに向ける。そして懐かしげに目を細めた。
「幼い頃、魔塔の開放市で実母に買ってもらって……それ以来ずっと、私が自分でメンテナンスをして大事に使ってきました。これだけは手放したくないと、どうにか継母から守り抜いて……眠れない夜も、この音色を聞いていると……眠く……」
もう十年以上も前のことだ。あの日のことは忘れられない。
幼いながら魔導具に強い関心を持つシルファを開放市に連れて行ってくれた母と回った
魔法の世界はキラキラと輝いていた。そこはシルファにとって、本当に夢の世界だった。
その中でもとりわけシルファを惹きつけたのが、この魔導ランプだった。
あの日は店番の少年しかおらず、製作者に直接お礼を言うことは叶わなかった。
少年は帽子を目深に被っていたので、その表情や瞳の色は見えなかった。帽子から覗く髪色が黒かったことだけは覚えている。
製作者の魔導師は、今も魔塔で働いているのだろうか。
いつか会えたら、お礼を言いたい。ずっと、ずっとシルファを支えてくれた大切な宝物だから。
幼き日の幸せな記憶を胸に抱きながら、いつしかシルファは夢の世界へと落ちていった。
94
あなたにおすすめの小説
追放された無能才女の私、敵国最強と謳われた冷徹公爵に「お飾りの婚約者になれ」と命じられました ~彼の呪いを癒せるのは、世界で私だけみたい~
放浪人
恋愛
伯爵令嬢エリアーナは、治癒魔法が使えない『無能才女』として、家族からも婚約者の王子からも虐げられる日々を送っていた。
信じていたはずの妹の裏切りにより、謂れのない罪で婚約破棄され、雨の降る夜に家を追放されてしまう。
絶望の淵で倒れた彼女を拾ったのは、戦場で受けた呪いに蝕まれ、血も涙もないと噂される『冷徹公爵』クロード・フォン・ヴァレンシュタインだった。
「俺の“お飾り”の婚約者になれ。お前には拒否権はない」
――それは、互いの利益のための、心のない契約のはずだった。
しかし、エリアーナには誰にも言えない秘密があった。彼女の持つ力は、ただの治癒魔法ではない。あらゆる呪いを浄化する、伝説の*『聖癒の力』*。
その力が、公爵の抱える深い闇を癒やし始めた時、偽りの関係は、甘く切ない本物の愛へと変わっていく。
これは、全てを失った令嬢が自らの真の価値に目覚め、唯一無二の愛を手に入れるまでの、奇跡の物語。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。
buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ?
【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません
Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。
家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに
“お飾りの妻が必要だ”
という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。
ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。
そんなミルフィの嫁ぎ先は、
社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。
……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。
更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない!
そんな覚悟で嫁いだのに、
旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───……
一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……
【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。
稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」
兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。
「取引……ですか?」
「ああ、私と結婚してほしい」
私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか……
ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。
* * * * * * * * * * * *
青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。
最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。
リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。
※ゆる〜い設定です。
※完結保証。
※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる