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第三章 立ち込める暗雲
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しおりを挟むその日の夜、シルファの寝つきは悪かった。
目を閉じれば、子爵家での不遇な日々がまざまざと蘇ってしまい、どうにも眠れない。
家宅捜索をするように古い家財や魔導具を売り払われ、与えられた狭い使用人部屋は隙間風が酷く、冬の寒い日は身体を丸めて震えながら眠った。少しでも埃が残っていようものなら執拗に掃除をさせられた。大切な思い出の品が次々にゴテゴテとした装飾品に塗り替えられていく。暴力を振るわれることはなかったが、無能で役立たずな穀潰しと顔を合わせるたびに暴言を吐かれた。使用人のみんなはシルファに同情してくれたが、フレデリカが屋敷の主人となった以上、強く意見ができるはずもなく――
シルファはギュッと閉じていた目を開き、観念して身体を起こすと、魔導ランプに手を伸ばした。
久しぶりにランプの光を灯して、オルゴールの音色を流す。
穏やかな音色に耳を傾け、暖かな橙色の光を眺めていると、静かに寝室の扉が開かれて光の筋が差し込んだ。
「……眠れないのか」
「すみません、うるさかったですよね」
「いや、大丈夫だ」
心配そうに寝室に入ってきたルーカスは、シルファの隣に腰を下ろした。ギシ、と僅かにベッドが軋む。
ランプの光がルーカスの輪郭を浮かび上がらせ、濡羽色の髪が煌めいた。幼いながらも整った顔立ちをしているため、その横顔は絵画のように美しい。
「やはり、昼間に何かあったのだろう」
ルーカスの横顔に見惚れていると、心配そうに顔を覗き込まれた。
子供をあやすような手つきで頭を撫でられて、心地よくて目を細めてしまう。
ルーカスに隠しごとはできない。
そう観念したシルファは、ゆっくりと立ち上がって執務室へと向かい、自分のデスクの引き出しからくしゃくしゃになった手紙を取り出し、寝室に戻った。
いつの間にか室内には明かりが灯されていて、ルーカスがシルファの様子をジッと見守ってくれている。
ルーカスの隣に腰を下ろすと、何も言わずに封筒と手紙を差し出した。
怪訝な顔をして受け取ったルーカスは、まずは封筒の裏表を確認してから、手紙に視線を落とした。
そしてみるみるうちに眉間に皺が寄っていく。
「馬鹿馬鹿しい。俺のシルファを軽んじるにも程がある」
(俺のシルファ?)
気になる言い回しではあるが、シルファのために憤ってくれていることが嬉しいと感じてしまう。
「まさか、ここに書いてある通りにするつもりではないよな?」
「もちろん。この人とはもう何の関係もありませんから」
念の為、といった様子で確認された言葉に深く頷くと、ルーカスはホッと安堵の色を浮かべた。
「今すぐこの忌々しい手紙を燃やしてしまいたいが、一応証拠として取っておくのが賢明だろう。君の手元には置いておきたくない。俺が預かってもいいだろうか?」
「はい」
ルーカスは手紙を封筒に仕舞って無造作に胸ポケットに突っ込むと、シルファの手を取った。
そして真っ直ぐにシルファの目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「シルファ、俺は君が子爵家でどんな扱いを受けてきたのかも、子爵家を食い潰す奴らのことも、君の継母が魔塔に話を持ちかけてきた時に調べて知っている」
「えっ」
思わぬ事実を打ち明けられ、シルファは思わずルーカスの黄金色の瞳を見つめ返した。
彼の目は、ただ真っ直ぐだ。
「君の知る通り、魔塔は魔力を持て余した子供や、事情があって親と暮らせなくなった子供を引き取り、魔法の指導や仕事の教育を施している。時に金銭のやり取りが発生することもある。だが、君のように成人してから戸籍ごと魔塔で引き取るケースは過去にも例がない」
「で、では、どうして……」
シルファを戸籍ごと買い取ったというのか。
「金に困った君の継母が、どこからか魔塔で魔力の強い子供を引き取っている話を聞きつけたのだろう。何を都合よく勘違いしたのか、魔力があれば魔塔に売れると解釈したらしく、嬉々として君を売り込んできた」
義理の娘とはいえ、子爵家の長女を魔塔に売って金に替えようとするフレデリカに不信感を覚え、ルーカスは秘密裏にカーソン子爵家を調査したと語った。
そこで分かったシルファの実の両親の不幸。そして後妻としてやってきたフレデリカと娘のフローラによって子爵家が乗っ取られ、財産が食い潰されたことを知った。子爵家の嫡子であるシルファが不当な扱いを受けていることも調査を進めるにつれて明らかになったという。
「調べれば調べるほど、君をあの家に置いておくことはできないと思った。だから、多少の色をつけて承諾の連絡をすると、あの女は二つ返事で頷いたよ。条件として戸籍ごと魔塔に引き渡し、今後一切子爵家との関わりを断つようにと伝えたときは一瞬渋った様子だったがな。そのまま即金で支払い、君は子爵家から魔塔に籍を移すことになった。少しでも、君が自由に生きる手立てとなれればと思ったんだ」
シルファが継母によって魔塔に売られた事実は変わらない。しかし、その背景にあったルーカスの想いを知り、胸が熱くなる。
「そう、だったんですね。私、子爵家から解放されてよかったと思っています。あのまま残されていても、没落の一途を辿るばかりでしょうし……最悪の場合、どこかの好色親父に売り飛ばされていたかもしれませんし、それこそ娼館に放り込まれてもおかしくはなかったでしょう」
「そんなことを……!」
ルーカスは怒りの色を滲ませて声を荒げかけたが、深く息を吐いてくしゃりと髪を掻き上げた。
「はあ、そうなる前に君を救い出すことができて、本当に良かった」
「はい、本当にありがとうございます。ルーカス様のおかげで、末端ながらも大好きな魔導具に関わることができています。私には遠い世界だったものが、今では日常の一部になっています。ルーカス様がいなければ、今の私はいなかったでしょう。あなたが私の世界を広げてくれたんですよ」
そう微笑みかけると、ルーカスはすっくと立ち上がり、シルファの前に立った。ベッドに腰掛けているシルファと、ちょうど視線の高さが同じぐらいになる。
ジッと見つめ返していると、ルーカスは愛おしげにシルファの頬を撫で、背中に腕を回してギュッと抱き寄せた。
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