森の中の憩いの場〜薬屋食堂へようこそ〜

森の住人たち

第19話 薬とカルテ

　騒がしい戦士たちが去った後、アルトは静まり返った店内で、一人、深々と溜息をついた。

「（まさか、あんなに食べるとは…）」

　片付けを終え、ハーブティーを淹れて一息ついたアルトは、今後のことを考えていた。薬屋食堂の評判が広まるのは良いことだが、今のままでは、自分の時間が全くなくなってしまう。

「（何か対策を考えないと…）」

　そんな時、ふと、以前から考えていたことを思い出した。それは、患者のカルテ管理だ。

「（そうだ。カルテを作ろう）」

　薬屋として、様々な種族の治療をしてきたアルトは、それぞれの種族によって、薬の効果や副作用が異なることを知っていた。カルテを作成し、各種族の体質や反応を記録することで、より効果的な薬の研究に役立てることができる。それに、カルテがあれば、同じ症状の患者が来た時に、過去の治療例を参考にすることができるので、よりスムーズに治療を進めることができる。

「（それに、料理の好みも記録しておけば、次に来た時に、すぐに好みの料理を提供できるな）」

　アルトは、早速、カルテの作成に取り掛かった。まずは、フォーマットの作成だ。名前、年齢、種族、症状、既往歴、アレルギー、使用した薬、効果、副作用、料理の好み…。必要な項目を洗い出し、丁寧に書き出していく。

「（よし、こんなものかな）」

　フォーマットが完成すると、過去の患者の情報をカルテに転記していった。エルフ、ドワーフ、獣人、妖精…。様々な種族のカルテが、少しずつ完成していく。

「（これは、なかなか骨が折れるな）」

　しかし、アルトは、根気強く作業を続けた。カルテは、薬師としての自分の財産になる。それに、カルテを作ることで、患者との繋がりをより深くすることができる。

「（それに、カルテがあれば、新しい薬の開発にも役立つかもしれない）」

　例えば、ある種族にしか効果がない薬があったとする。カルテを分析することで、その種族特有の体質や遺伝子情報を特定し、他の種族にも効果がある薬を開発することができるかもしれない。

「（夢が広がるな）」

　アルトは、カルテを作りながら、未来への希望を膨らませていた。

　数日後、店の扉が開かれた。

「こんにちは、アルトさん」

　顔を出したのは、以前にも薬を買いに来たことのある、エルフの女性だった。

「いらっしゃいませ、リアさん。今日はどうされましたか？」

「実は、最近、少し体がだるくて…」

　リアは、そう言うと、アルトに症状を説明した。アルトは、リアの言葉に耳を傾けながら、カルテを取り出した。

「（リアさんのカルテは…、これだな）」

　アルトは、リアのカルテを開き、症状や既往歴などを確認した。そして、過去に処方した薬や、その効果、副作用などを確認した。

「（ふむ、なるほど）」

　カルテを参考に、アルトは、リアに適切な薬を処方した。

「この薬を、食後に服用してください。きっと、すぐに良くなりますよ」

「ありがとうございます、アルトさん」

　リアは、アルトに礼を言うと、薬を受け取って店を出て行った。アルトは、リアを見送ると、カルテに今日の症状や処方した薬などを記録した。

「（カルテを作って、多少効率は上がったかな）」

　カルテのおかげで、スムーズに診察を終えることができた。それに、カルテがあることで、患者との信頼関係も深まる。

「（これからも、カルテを充実させていこう）」

　アルトは、そう心に誓った。

　その日の夕食時、アルトは、カルテを見ながら、今日の夕食の献立を考えていた。

「（リアさんは、確か、甘いものが好きだったな）」

　アルトは、リアのために、特別なデザートを作ることにした。薬草園で採れたベリーをたっぷり使った、タルトだ。

「（喜んでくれるといいな）」

　アルトは、タルトを作りながら、リアの笑顔を想像していた。

　数日後、リアが再び店にやってきた。

「アルトさん、おかげさまで、すっかり良くなりました」

　リアは、そう言うと、満面の笑みを浮かべた。

「それは良かったです」

　アルトは、リアの笑顔を見て、心から嬉しく思った。

「あの、今日は、お礼に…」

　リアは、そう言うと、アルトに手作りのクッキーを差し出した。

「これは、ありがとうございます」

　アルトは、クッキーを受け取ると、リアに感謝の言葉を述べた。

「あの、実は、もう一つ…」

　リアは、少し恥ずかしそうに、アルトに言った。

「先日、作っていただいたタルト、とても美味しかったです。もし、よろしければ、また作っていただけませんか？」

　アルトは、少し驚いた。

「ええ、喜んで」

　アルトは、笑顔で答えた。

「ありがとうございます！」

　リアは、嬉しそうに笑った。アルトは、リアの笑顔を見て、改めて、薬屋食堂をやっていて良かったと思った。

「（これからも、みんなのために、美味しい料理と薬を作ろう）」

　アルトは、そう心に誓った。そして、今日もまた、薬草園へと向かうのだった。新しい薬草の種を求めて。