森の中の憩いの場〜薬屋食堂へようこそ〜

森の住人たち

第18話 思いがけない繁盛

　薬屋食堂の扉が、今日もまた、森の静寂を破って開かれた。しかし、今日訪れたのは、見慣れた顔ぶれの森の住人たちではなかった。

「ここが、噂の薬屋食堂か？」

　店の奥まで響くような、野太い声が店内に響き渡った。声の主は、屈強な体躯を持つ、いかにも戦士といった風貌の男たちだった。鎧を身につけ、腰には剣を携えている。その数は、ざっと十人ほど。

　アルトは、いつものように穏やかな笑顔で彼らを迎え入れた。「いらっしゃいませ。何かお探しですか？」

　戦士たちのリーダーらしき男が、顎をしゃくりながら言った。「飯だ。腹が減った。美味いと評判の料理を食わせろ」

　アルトは、内心で小さくため息をついた。ここ最近、薬屋食堂の料理の評判が広まり、遠方からも客が訪れるようになっていた。それは、アルトにとって、決して喜ばしいことではなかった。

「当店は、薬屋ですが、簡単な食事も用意できます。どのようなものがよろしいでしょうか？」

　アルトが尋ねると、戦士たちは口々に注文を始めた。「肉だ！肉を食わせろ！」「野菜も少しは欲しいな」「スープもあるか？」

　アルトは、一つ一つ丁寧に注文を聞きながら、厨房へと向かった。正直なところ、これほどの大人数の料理を作るのは初めてだった。しかし、ここで断るわけにはいかない。

「（仕方ない。やるしかないか）」

　アルトは、気合を入れ直し、手際よく料理を作り始めた。まずは、戦士たちが所望する肉料理だ。幸い、先日、森の奥で巨大な猪を仕留めたばかりなので、十分新鮮な肉はあった。

　猪肉を豪快に切り分け、特別製のスパイスを擦り込む。そして、薬草園で採れた香りの良いハーブと一緒に、オーブンでじっくりと焼き上げた。

　その間にも、野菜スープやサラダの準備も進めていく。薬草園で採れた新鮮な野菜は、どれも生命力に溢れており、一口食べれば、体の中から元気が湧いてくるようだ。

　厨房の中は、あっという間に香りの良い匂いで満たされた。肉の焼ける香ばしい匂い、ハーブの爽やかな香り、野菜の優しい香り。それらが混ざり合い、食欲を刺激する。

「お待ちどう様でした」

　アルトは、出来上がった料理を次々とテーブルに運んだ。テーブルの上は、あっという間に料理でいっぱいになった。

　戦士たちは、料理を見るなり、目を輝かせた。「おお！これは美味そうだ！」「早く食べようぜ！」

　彼らは、我先にと料理に食らいつき始めた。豪快に肉にかぶりつき、スープを啜り、サラダを頬張る。その様は、まるで獣のようだ。

「うまい！これは本当にうまいぞ！」「こんな美味い料理、今まで食べたことがない！」

　戦士たちは、口々に料理を褒め称えた。その言葉に、アルトは僅かに頬を緩めた。

「（喜んでくれているなら、まあいいか）」

　しかし、束の間の安堵だった。戦士たちは、あっという間に料理を平らげ、おかわりを 요구してきたのだ。

「おかわりだ！もっと肉を持ってこい！」「スープもおかわり！」「サラダもおかわり！」

　アルトは、再び厨房へと向かった。終わりの見えない料理作りに、少しばかりの疲労を感じ始めた。

「（これは、ちょっと予想外だったな）」

　しかし、ここで諦めるわけにはいかない。アルトは、自分を奮い立たせ、再び料理を作り始めた。

　日が暮れ始めた頃、ようやく戦士たちは満足した様子で店を後にした。「また来るぞ！」「今度は、もっと大勢で来るからな！」

　彼らは、そう言い残して、森の中へと消えていった。

　アルトは、店の入り口に立ち、彼らを見送った。そして、静かに息を吐き出した。

「（疲れた…）」

　店の中は、戦士たちが残した食べ残しで散らかっていた。アルトは、ため息をつきながら、片付けを始めた。

「（明日からは、もっと大変になるかもしれないな）」

　料理の評判が広まるのは、喜ばしいことではある。しかし、今のアルトにとっては、それは、必ずしも良いことではなかった。

　アルトは、静かに店の扉を閉めた。そして、心の中で呟いた。「（少し、考えないといけないな）」