森の中の憩いの場〜薬屋食堂へようこそ〜

森の楽園

第36話 新たなる薬の効果

　穏やかな朝の日差しが、アルトの薬屋に差し込む。
　研究に没頭していたアルトは、新しい薬の調合に成功した。その薬は、神経の鎮静作用と治癒効果を高める効果があるという。
　しかし、完成したばかりで、まだ人体への影響は未知数だった。

「さて、効果のほどを確かめてみようか」

　アルトは、完成したばかりの薬を手に取り、自らの腕に少量塗布しようとした。
　その時、背後から鋭い声が飛んできた。

「アルト！　また無茶をするつもりか！」

　声の主は、魔女のラピスだった。
　いつの間にか薬屋に現れ、アルトの行動を鋭く見つめている。

「ラピスさん、おはようございます。これは新しい薬の実験です。少しばかり毒性があるかもしれませんが、問題ありません」

　アルトは冷静に答える。
　ラピスは、呆れたように溜息をついた。

「問題しかないだろう！　お前はいつもそうだ。自分の身を顧みずに、危険な実験ばかりする。少しは自分の体を大切にしろ！」

　ラピスの言葉に、アルトは少し困ったような表情を浮かべた。

「ありがとうございます、ラピスさん。ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、この薬は、多くの人々を救う可能性を秘めているのです。そのためには、多少のリスクは覚悟しなければなりません」

「だとしてもだ。もう少し慎重にやるべきだろう。私に相談もなしに、勝手に毒を試すな！」

　ラピスは、アルトに詰め寄る。
　アルトは、観念したように肩をすくめた。

「申し訳ありません。今後は、ラピスさんにも相談するようにします」

「最初からそうしろ！　全く、お前にはいつも手を焼かされる」

　ラピスは、そう言いながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
　アルトの研究に対する情熱は理解しているし、何よりもアルトの身を案じているのだ。

「それで、その薬は一体どんな効果があるんだ？」

　ラピスが尋ねる。
　アルトは、薬の説明を始めた。

「この薬は、神経の鎮静作用と治癒効果を高める効果があります。神経を鎮めることで痛みを緩和し、治癒効果を高めることで傷の回復を促進します。また、炎症を抑える効果もありますので、様々な病気や怪我に効果が期待できます」

「ふむ、なかなか良さそうだな。だが、毒性があるんだろう？　一体どれくらいの危険性があるんだ？」

　ラピスが核心に触れる。アルトは少し躊躇したが、正直に答えた。

「正直に言うと、まだ正確なデータはありません。しかし、動物実験の結果から推測すると、高濃度で使用すると麻痺や呼吸困難を引き起こす可能性があります」

「やっぱりな！　そんな危険なものを、よくもまあ自分に試そうと思ったな！」

　ラピスは、再びアルトを叱りつけた。

「ですが、適切な量で使用すれば、非常に効果的な薬になるはずです。それに、私は魔法も使えますから、万が一のことがあっても大丈夫です」

　アルトは、そう言って微笑んだ。
　ラピスは、その笑顔に少しだけ安心した。

「……分かった。だが、絶対に無理はするな。少しでも異変を感じたら、すぐに私に言うんだ」

「はい、もちろんです」

　アルトは、約束した。
　ラピスの監視のもと、アルトは慎重に薬を腕に塗布した。
　最初は何も感じなかった。
　しかし、数分後、徐々に腕が痺れ始めた。

「どうだ？　何か変わったことはないか？」

　ラピスが心配そうに尋ねる。

「少し痺れを感じます。ですが、痛みはありません。むしろ、神経が落ち着いて、リラックスした気分です」

　アルトは、冷静に答えた。
　痺れは徐々に強くなっていった。
　やがて、腕全体が感覚を失い始めた。

「まずいな。痺れが強すぎる。すぐに解毒するぞ！」

　ラピスが、解毒魔法の準備を始めた。

「待ってください、ラピスさん。まだ大丈夫です。もう少し様子を見させてください」

　アルトは、ラピスを制止した。
　痺れはさらに強くなり、ついに腕を動かすことができなくなった。
　しかし、アルトは依然として冷静だった。

「……なるほど。この薬は、神経を麻痺させる効果が非常に強いようですね。しかし、痛みは全くありません。これは、鎮痛剤として非常に有効かもしれません」

　アルトは、自らの体の変化を詳細に記録し始めた。
　ラピスは、信じられないといった表情でアルトを見つめていた。

「お前は本当に……。どこまで研究熱心なんだ」

　痺れは全身に広がり始め、ついにアルトは倒れ込んだ。
　しかし、意識ははっきりしていた。

「……ラピスさん。どうやら、限界のようです。解毒をお願いします」

　アルトは、辛うじて言葉を発した。
　ラピスは、すぐに解毒魔法を発動した。
　魔法の光がアルトを包み込み、徐々に痺れが引いていった。

　数分後、アルトは意識を取り戻した。
　ラピスは、アルトに寄り添い、心配そうに顔を覗き込んだ。

「大丈夫か、アルト？　気分はどうか？」

「ええ、おかげさまで。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

　アルトは、微笑んだ。
　ラピスは、安堵の息をついた。

「全く、無茶ばかりするな。もう少し自分の体を大切にしろ」

「はい、肝に銘じます」

　アルトは、素直に答えた。
　今回の実験で、新しい薬の効果と危険性を知ることができた。
　今後は、このデータを元に、より安全で効果的な薬を開発していくつもりだ。

「さて、今回の実験結果をまとめて、今後の研究に役立てよう」

　アルトは、そう言うと、再び研究机に向かった。
　ラピスは、そんなアルトの背中を見つめながら、小さく呟いた。

「全く、しょうがないやつだな……」

　しかし、その声には、深い愛情が込められていた。

　今日もまた、アルトの薬屋では、新たな発見と、少しばかりの騒動が繰り広げられる。