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第5章 雨の午後に
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昼過ぎから降りはじめた雨は、次第に強さを増していた。
ガラス窓に水の筋がいくつも流れ、庭の薔薇が濡れて頭を垂れる。
その光景を、シャルロッテは窓辺から静かに見つめていた。
カップの中の紅茶はすっかり冷め、香りだけが部屋に残っている。
――今朝も、彼は早くに出かけた。
理由は「急な会議が入った」と。
けれど、以前は毎朝のように「行ってきます」と微笑んでくれたのに、
この頃はその一言すら急ぎ足のまま消えてしまう。
「お嬢さま……いえ、奥さま」
侍女のリディアが声をかける。
「旦那さま、今朝は秘書のエリナ様とご一緒に出立なさいました」
「……そう」
「屋敷に戻られるのは夜になると」
「ええ、ありがとう」
努めて穏やかに答えたけれど、胸の奥に微かな棘が刺さった。
エリナ。
カリウスの秘書で、仕事をよく助けてくれる女性。
彼女は美しく、聡明で、いつも冷静。
――まるで、夫が隣に置いておくべき理想の人のように。
窓を打つ雨の音が、やけに冷たく響く。
彼とエリナが並んで歩く姿を想像しただけで、息が詰まりそうだった。
“信じている”という言葉の裏側で、
心のどこかが静かに揺らいでいる。
ふと机の上に目をやると、
カリウスが今朝忘れていった書類鞄が置かれていた。
触れてはいけない。
そう思いながらも、手が自然に伸びてしまう。
革の感触の中に、ひとつの小さな紙片が挟まっていた。
――それは、折りたたまれたメモ。
滲んだインクでこう書かれていた。
> 「午後三時、ホテル・ルミエール。例の件、必ずあなたひとりで。」
見たことのない筆跡。
署名もない。
けれど、宛名の「あなた」が、カリウスであることは直感でわかった。
血の気が引くような感覚。
手が震え、紙を落としそうになる。
何かの仕事上の連絡かもしれない。
それでも、“必ずひとりで”という言葉が、胸の奥をざわつかせた。
雨脚が強くなる。
遠くで雷の音がした。
心臓の鼓動が、雨に溶けていくようだった。
「――奥さま、暖炉を入れますか?」
リディアの声で我に返る。
「ええ……お願い」
火が灯ると、部屋に少しだけ温もりが戻る。
けれどその炎の赤さが、逆に胸の不安を浮き彫りにした。
暖炉の前で膝を抱え、彼女は指輪を見つめた。
白金の輪の中心、薔薇の彫刻が雨に濡れた光を反射している。
「……信じているわ。あなたを」
呟いてみても、声は震えていた。
その夜、彼は帰らなかった。
屋敷の時計が十二を越えても、扉は静まり返ったまま。
眠れぬまま夜を明かした翌朝、
メイドが差し出した新聞の一面に――彼とエリナの名が並んでいた。
> 「アーベントライン財閥後継者、秘書と極秘会合か」
雨の雫が窓を伝い、記事の文字を滲ませていく。
カップの中の紅茶は、もう完全に冷めていた。
ガラス窓に水の筋がいくつも流れ、庭の薔薇が濡れて頭を垂れる。
その光景を、シャルロッテは窓辺から静かに見つめていた。
カップの中の紅茶はすっかり冷め、香りだけが部屋に残っている。
――今朝も、彼は早くに出かけた。
理由は「急な会議が入った」と。
けれど、以前は毎朝のように「行ってきます」と微笑んでくれたのに、
この頃はその一言すら急ぎ足のまま消えてしまう。
「お嬢さま……いえ、奥さま」
侍女のリディアが声をかける。
「旦那さま、今朝は秘書のエリナ様とご一緒に出立なさいました」
「……そう」
「屋敷に戻られるのは夜になると」
「ええ、ありがとう」
努めて穏やかに答えたけれど、胸の奥に微かな棘が刺さった。
エリナ。
カリウスの秘書で、仕事をよく助けてくれる女性。
彼女は美しく、聡明で、いつも冷静。
――まるで、夫が隣に置いておくべき理想の人のように。
窓を打つ雨の音が、やけに冷たく響く。
彼とエリナが並んで歩く姿を想像しただけで、息が詰まりそうだった。
“信じている”という言葉の裏側で、
心のどこかが静かに揺らいでいる。
ふと机の上に目をやると、
カリウスが今朝忘れていった書類鞄が置かれていた。
触れてはいけない。
そう思いながらも、手が自然に伸びてしまう。
革の感触の中に、ひとつの小さな紙片が挟まっていた。
――それは、折りたたまれたメモ。
滲んだインクでこう書かれていた。
> 「午後三時、ホテル・ルミエール。例の件、必ずあなたひとりで。」
見たことのない筆跡。
署名もない。
けれど、宛名の「あなた」が、カリウスであることは直感でわかった。
血の気が引くような感覚。
手が震え、紙を落としそうになる。
何かの仕事上の連絡かもしれない。
それでも、“必ずひとりで”という言葉が、胸の奥をざわつかせた。
雨脚が強くなる。
遠くで雷の音がした。
心臓の鼓動が、雨に溶けていくようだった。
「――奥さま、暖炉を入れますか?」
リディアの声で我に返る。
「ええ……お願い」
火が灯ると、部屋に少しだけ温もりが戻る。
けれどその炎の赤さが、逆に胸の不安を浮き彫りにした。
暖炉の前で膝を抱え、彼女は指輪を見つめた。
白金の輪の中心、薔薇の彫刻が雨に濡れた光を反射している。
「……信じているわ。あなたを」
呟いてみても、声は震えていた。
その夜、彼は帰らなかった。
屋敷の時計が十二を越えても、扉は静まり返ったまま。
眠れぬまま夜を明かした翌朝、
メイドが差し出した新聞の一面に――彼とエリナの名が並んでいた。
> 「アーベントライン財閥後継者、秘書と極秘会合か」
雨の雫が窓を伝い、記事の文字を滲ませていく。
カップの中の紅茶は、もう完全に冷めていた。
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