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第9章 誤解の口づけ
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雨は止んでいたが、夜の空気はまだ湿っていた。
シャルロッテは書斎の扉を閉め、机の上の手紙を見つめていた。
“あなたの夫は、マリアンヌ・ド・レーヴェをまだ愛しています。”
それだけの文字が、何度読んでも胸を刺す。
――こんなもの、誰が送ったのだろう。
信じてはいけない。
そう分かっているのに、指が震えて紙を離せない。
扉の向こうから足音がした。
カリウスが帰ってきたのだ。
彼の靴音はいつもより重く、疲れた気配が滲んでいた。
「起きていたのか」
「はい。少しだけ、話がしたくて」
「明日にしよう。今夜は、何も話す気分じゃない」
その言葉に、胸の奥で何かが切れる音がした。
――逃げるのね。
「何も話す気分じゃない、ではなくて、
本当は……何も、話せないのでは?」
カリウスの眉が僅かに動いた。
「どういう意味だ」
「この手紙の意味です」
彼の前に紙を差し出す。
琥珀色の瞳が文字を追い、無言のまま折り畳んだ。
「誰がこれを?」
「知りません。でも……嘘だとは言えない顔をしています」
沈黙。
その沈黙が、答えよりも残酷だった。
「ロッテ、君はそんなものを信じるのか?」
「信じたくありません。けれど……あなたの沈黙が、一番信じられない」
「……!」
「どうして何も否定しないの? どうして怒らないの?」
「怒れば君は信じるのか?」
「――わかりません!」
声が震える。
彼の眼差しの奥に、かつて見た優しさが消えていくようだった。
「僕を疑う君に、何を言っても無駄だ」
そう言って、彼は背を向けた。
その瞬間、胸の奥にどうしようもない衝動が走る。
「なら、教えてください。あなたの口で、今もあの人を愛していると」
「ロッテ……やめろ」
「言えないなら――わたしのことを、抱いて!」
思わず彼の胸に縋る。
拒まれると思った――けれど、彼の腕が強く彼女を抱きしめた。
「どうしてそんなことを言う……」
声が震える。
「信じられないから。あなたが、私の夫でいてくれる証がほしいの」
「証……?」
次の瞬間、彼の唇が彼女の唇を奪った。
荒々しく、哀しく、まるで何かを確かめるように。
呼吸が混ざり、涙が頬を伝う。
「こんな形でしか、確かめられないのか……」
「あなたが教えてくれないから」
「君は僕を……罰しているんだな」
彼はゆっくりと離れ、額を押さえた。
「……ロッテ。君を抱くことが、君を傷つけるなら、それは愛ではない」
「……違う、わたしは――」
「もう休め」
彼はそれだけ言い残し、扉を開けて出て行った。
閉まる音が、雷のように胸に響いた。
唇に残るのは、彼の熱と、涙の味。
愛したいのに、触れられない。
疑いは、いつの間にか愛のかたちを変えて、痛みへと変わっていた。
その夜、彼の部屋の明かりは最後まで灯らなかった。
沈黙が、二人を隔てる壁のように、ゆっくりと広がっていった。
シャルロッテは書斎の扉を閉め、机の上の手紙を見つめていた。
“あなたの夫は、マリアンヌ・ド・レーヴェをまだ愛しています。”
それだけの文字が、何度読んでも胸を刺す。
――こんなもの、誰が送ったのだろう。
信じてはいけない。
そう分かっているのに、指が震えて紙を離せない。
扉の向こうから足音がした。
カリウスが帰ってきたのだ。
彼の靴音はいつもより重く、疲れた気配が滲んでいた。
「起きていたのか」
「はい。少しだけ、話がしたくて」
「明日にしよう。今夜は、何も話す気分じゃない」
その言葉に、胸の奥で何かが切れる音がした。
――逃げるのね。
「何も話す気分じゃない、ではなくて、
本当は……何も、話せないのでは?」
カリウスの眉が僅かに動いた。
「どういう意味だ」
「この手紙の意味です」
彼の前に紙を差し出す。
琥珀色の瞳が文字を追い、無言のまま折り畳んだ。
「誰がこれを?」
「知りません。でも……嘘だとは言えない顔をしています」
沈黙。
その沈黙が、答えよりも残酷だった。
「ロッテ、君はそんなものを信じるのか?」
「信じたくありません。けれど……あなたの沈黙が、一番信じられない」
「……!」
「どうして何も否定しないの? どうして怒らないの?」
「怒れば君は信じるのか?」
「――わかりません!」
声が震える。
彼の眼差しの奥に、かつて見た優しさが消えていくようだった。
「僕を疑う君に、何を言っても無駄だ」
そう言って、彼は背を向けた。
その瞬間、胸の奥にどうしようもない衝動が走る。
「なら、教えてください。あなたの口で、今もあの人を愛していると」
「ロッテ……やめろ」
「言えないなら――わたしのことを、抱いて!」
思わず彼の胸に縋る。
拒まれると思った――けれど、彼の腕が強く彼女を抱きしめた。
「どうしてそんなことを言う……」
声が震える。
「信じられないから。あなたが、私の夫でいてくれる証がほしいの」
「証……?」
次の瞬間、彼の唇が彼女の唇を奪った。
荒々しく、哀しく、まるで何かを確かめるように。
呼吸が混ざり、涙が頬を伝う。
「こんな形でしか、確かめられないのか……」
「あなたが教えてくれないから」
「君は僕を……罰しているんだな」
彼はゆっくりと離れ、額を押さえた。
「……ロッテ。君を抱くことが、君を傷つけるなら、それは愛ではない」
「……違う、わたしは――」
「もう休め」
彼はそれだけ言い残し、扉を開けて出て行った。
閉まる音が、雷のように胸に響いた。
唇に残るのは、彼の熱と、涙の味。
愛したいのに、触れられない。
疑いは、いつの間にか愛のかたちを変えて、痛みへと変わっていた。
その夜、彼の部屋の明かりは最後まで灯らなかった。
沈黙が、二人を隔てる壁のように、ゆっくりと広がっていった。
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