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第13章 遠い背中
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雪解けの季節が訪れても、屋敷の空気はまだ冬のままだった。
カリウスが王都を離れてから、もう二週間。
連絡は途絶えたまま、届いたのは一通の書状だけ――
“しばらく戻れない。健康に気をつけて。”
それだけの言葉で、彼の気配が薄れていく。
朝、シャルロッテはひとりで食卓についた。
向かいの椅子が空いたままの光景にも、
もう驚かなくなっていた。
カップに注いだ紅茶がゆらりと揺れる。
香りは変わらないのに、味だけが薄く感じられる。
「奥さま、今朝の新聞です」
侍女リディアが差し出した紙面を、
受け取る手が無意識に震えた。
紙面には、彼の名が再び載っている。
「アーベントライン財閥後継者、北方領にて新事業提携か」
「同行するのは、秘書エリナ・クレイン氏――」
指先が冷たくなる。
何度目だろう、この名前を目にするのは。
記事の下には、並んで歩く二人の小さな写真。
雪を背景に、彼が誰かに微笑んでいる。
その笑顔を、最後に見たのはいつだっただろう。
「……お仕事、なのよね」
呟いても、声は弱く震えた。
“信じる力を失わないで”――
手紙の言葉が、まるで試すように蘇る。
信じるという行為が、これほど痛いものだとは思わなかった。
その日の午後、王都から友人のアメリアが訪れた。
彼女は明るく笑いながらも、瞳の奥に少しだけ迷いの影を宿している。
「久しぶりね、ロッテ。少し顔色が悪いわ」
「ええ……少し疲れているの」
「彼のこと、よね」
問いかけに、シャルロッテは返事をしなかった。
アメリアは静かに紅茶を一口含み、ため息をつく。
「王都では、いろいろな噂が出ているの。
あなたに伝えるべきか迷ったけれど……」
「噂?」
「彼とエリナ嬢が、北方の屋敷で共に滞在しているって」
「……知っています。新聞で」
「それだけじゃないの。
“後継者としての正式な婚約を検討している”って声も」
その瞬間、空気が止まった。
「そんなこと、ありえません」
「わたしもそう思いたい。
でも、あなたが信じるほど、彼は、何も言わないから」
シャルロッテは立ち上がり、窓の外を見つめた。
遠くに広がる雪の庭。
白い薔薇が冷たい風に揺れている。
彼がいつか言った――“薔薇は人の心を映す鏡だ”と。
ならば、今の自分の心は、どんな色をしているのだろう。
「アメリア……もし、彼が本当に誰かを愛しているのなら、
それでも、私は彼を憎めると思う?」
「ロッテ……」
「憎めないの。
だって、私が彼を愛したのは、彼の優しさも沈黙も全部だったから」
アメリアの瞳に、静かな涙が浮かんだ。
「あなたは強い人。でも、その強さが痛みに変わらないように」
夜。
ひとりになった寝室で、シャルロッテはまた手紙を書いた。
宛名は“カリウスへ”。
書くたびに涙で滲み、何度も書き直した。
あなたがどこにいても、わたしは信じています。
でも、もしあなたが誰かと幸せでいられるなら――
それでも、いいと思えるようになりたい。
ペンを置いた瞬間、心の奥で小さな音がした。
まるで、何かが壊れていく音。
それでも、彼の名を最後まで丁寧に書いた。
窓の外で風が吹き、雪が再び舞い始める。
遠い北の空にも、きっと同じ雪が降っているのだろう。
けれどその雪の下にある彼の背中は、
あまりにも遠く、あまりにも静かだった。
カリウスが王都を離れてから、もう二週間。
連絡は途絶えたまま、届いたのは一通の書状だけ――
“しばらく戻れない。健康に気をつけて。”
それだけの言葉で、彼の気配が薄れていく。
朝、シャルロッテはひとりで食卓についた。
向かいの椅子が空いたままの光景にも、
もう驚かなくなっていた。
カップに注いだ紅茶がゆらりと揺れる。
香りは変わらないのに、味だけが薄く感じられる。
「奥さま、今朝の新聞です」
侍女リディアが差し出した紙面を、
受け取る手が無意識に震えた。
紙面には、彼の名が再び載っている。
「アーベントライン財閥後継者、北方領にて新事業提携か」
「同行するのは、秘書エリナ・クレイン氏――」
指先が冷たくなる。
何度目だろう、この名前を目にするのは。
記事の下には、並んで歩く二人の小さな写真。
雪を背景に、彼が誰かに微笑んでいる。
その笑顔を、最後に見たのはいつだっただろう。
「……お仕事、なのよね」
呟いても、声は弱く震えた。
“信じる力を失わないで”――
手紙の言葉が、まるで試すように蘇る。
信じるという行為が、これほど痛いものだとは思わなかった。
その日の午後、王都から友人のアメリアが訪れた。
彼女は明るく笑いながらも、瞳の奥に少しだけ迷いの影を宿している。
「久しぶりね、ロッテ。少し顔色が悪いわ」
「ええ……少し疲れているの」
「彼のこと、よね」
問いかけに、シャルロッテは返事をしなかった。
アメリアは静かに紅茶を一口含み、ため息をつく。
「王都では、いろいろな噂が出ているの。
あなたに伝えるべきか迷ったけれど……」
「噂?」
「彼とエリナ嬢が、北方の屋敷で共に滞在しているって」
「……知っています。新聞で」
「それだけじゃないの。
“後継者としての正式な婚約を検討している”って声も」
その瞬間、空気が止まった。
「そんなこと、ありえません」
「わたしもそう思いたい。
でも、あなたが信じるほど、彼は、何も言わないから」
シャルロッテは立ち上がり、窓の外を見つめた。
遠くに広がる雪の庭。
白い薔薇が冷たい風に揺れている。
彼がいつか言った――“薔薇は人の心を映す鏡だ”と。
ならば、今の自分の心は、どんな色をしているのだろう。
「アメリア……もし、彼が本当に誰かを愛しているのなら、
それでも、私は彼を憎めると思う?」
「ロッテ……」
「憎めないの。
だって、私が彼を愛したのは、彼の優しさも沈黙も全部だったから」
アメリアの瞳に、静かな涙が浮かんだ。
「あなたは強い人。でも、その強さが痛みに変わらないように」
夜。
ひとりになった寝室で、シャルロッテはまた手紙を書いた。
宛名は“カリウスへ”。
書くたびに涙で滲み、何度も書き直した。
あなたがどこにいても、わたしは信じています。
でも、もしあなたが誰かと幸せでいられるなら――
それでも、いいと思えるようになりたい。
ペンを置いた瞬間、心の奥で小さな音がした。
まるで、何かが壊れていく音。
それでも、彼の名を最後まで丁寧に書いた。
窓の外で風が吹き、雪が再び舞い始める。
遠い北の空にも、きっと同じ雪が降っているのだろう。
けれどその雪の下にある彼の背中は、
あまりにも遠く、あまりにも静かだった。
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