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第16章 夫人の決意
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昼の陽ざしが、窓辺のカーテンを透かして揺れていた。
けれどその光は、どこか遠く、手を伸ばしても届かない。
会見から三日。
世間は少しずつ沈黙を取り戻したが、シャルロッテの心はまだ落ち着かなかった。
“彼が沈黙を破った”――それは確かに希望の光だった。
けれどその光の届く先には、まだ影があった。
彼の声が、どこか痛みを隠すように震えていたのを、彼女は忘れられなかった。
「奥さま」
侍女リディアが静かに声をかける。
「ご体調は、いかがですか?」
「ええ……大丈夫よ。少し考えたいことがあって」
鏡の中の自分を見つめる。
少し痩せた頬、結い上げた髪。
以前よりも凛とした表情が、そこにあった。
「わたしね、リディア。湖畔の別邸に行こうと思うの」
「……おひとりで、ですか?」
「ええ。少し、静かな場所で考えたいの」
リディアは言葉を失い、やがて小さく頷いた。
「旦那さまにお伝えしますか?」
シャルロッテは、首を横に振る。
「いいの。今は、彼に何も言わないでおきたい。……“自分の答え”を見つけてから、話したいの」
指輪を見つめる。
白金の輪には、小さな傷が一本。
それが、まるで“わたしの迷い”のように思えた。
「この傷を見ているとね、痛みよりも強さを感じるの。
――壊れても、もう一度やり直せる、って」
出発の準備はすぐに整った。
荷物は少しの衣服と、手紙の束、それから“約束のカップ”。
金で継がれた白磁が、箱の中で小さく光を放つ。
「リディア」
「はい、奥さま」
「わたし、あの人を責めるのをやめるわ。
沈黙の意味を、疑うより信じてみたいの」
「……奥さま」
「人はね、愛されているときほど不安になるものなの。
でも、私はもう“怖い”で立ち止まりたくない。
彼が沈黙を選んだ理由を、愛の証として受け止めたいの」
リディアの瞳に涙が光った。
「どうか、旦那さまが必ずお迎えに来てくださいますように」
シャルロッテは微笑んで頷いた。
「ええ。その時、私は“よく待ったな、姫君”って言われたいわ」
夕暮れ、屋敷の前に馬車が止まる。
シャルロッテは白い外套を羽織り、手袋を整える。
玄関の大扉の前で一度だけ振り返る。
あの日、彼が出立した朝の光と同じ匂いがした。
「――カリウス様。
わたし、あなたを信じて待ちます。
でも、ただ待つだけの妻ではいたくない。
“あなたの隣に立てる夫人”として、もう一度始めたいの」
唇を噛み、扉を押す。
馬車の窓から見える庭には、雪解けの土がのぞいていた。
黒い土の中から、赤い薔薇の芽が小さく伸びている。
――春は、もうすぐそこまで来ている。
車輪が静かに動き出す。
金継ぎのカップ、そして傷の入った指輪。
そのどちらも、彼女の決意の証だった。
「行ってきます、カリウス様。
“沈黙の指輪”に恥じないように、
わたしも今夜、沈黙の中で強くなります」
空は淡く桃色に染まり、雪の上を光が滑る。
それはまるで――
再会の朝へと続く、一筋の道のようだった。
けれどその光は、どこか遠く、手を伸ばしても届かない。
会見から三日。
世間は少しずつ沈黙を取り戻したが、シャルロッテの心はまだ落ち着かなかった。
“彼が沈黙を破った”――それは確かに希望の光だった。
けれどその光の届く先には、まだ影があった。
彼の声が、どこか痛みを隠すように震えていたのを、彼女は忘れられなかった。
「奥さま」
侍女リディアが静かに声をかける。
「ご体調は、いかがですか?」
「ええ……大丈夫よ。少し考えたいことがあって」
鏡の中の自分を見つめる。
少し痩せた頬、結い上げた髪。
以前よりも凛とした表情が、そこにあった。
「わたしね、リディア。湖畔の別邸に行こうと思うの」
「……おひとりで、ですか?」
「ええ。少し、静かな場所で考えたいの」
リディアは言葉を失い、やがて小さく頷いた。
「旦那さまにお伝えしますか?」
シャルロッテは、首を横に振る。
「いいの。今は、彼に何も言わないでおきたい。……“自分の答え”を見つけてから、話したいの」
指輪を見つめる。
白金の輪には、小さな傷が一本。
それが、まるで“わたしの迷い”のように思えた。
「この傷を見ているとね、痛みよりも強さを感じるの。
――壊れても、もう一度やり直せる、って」
出発の準備はすぐに整った。
荷物は少しの衣服と、手紙の束、それから“約束のカップ”。
金で継がれた白磁が、箱の中で小さく光を放つ。
「リディア」
「はい、奥さま」
「わたし、あの人を責めるのをやめるわ。
沈黙の意味を、疑うより信じてみたいの」
「……奥さま」
「人はね、愛されているときほど不安になるものなの。
でも、私はもう“怖い”で立ち止まりたくない。
彼が沈黙を選んだ理由を、愛の証として受け止めたいの」
リディアの瞳に涙が光った。
「どうか、旦那さまが必ずお迎えに来てくださいますように」
シャルロッテは微笑んで頷いた。
「ええ。その時、私は“よく待ったな、姫君”って言われたいわ」
夕暮れ、屋敷の前に馬車が止まる。
シャルロッテは白い外套を羽織り、手袋を整える。
玄関の大扉の前で一度だけ振り返る。
あの日、彼が出立した朝の光と同じ匂いがした。
「――カリウス様。
わたし、あなたを信じて待ちます。
でも、ただ待つだけの妻ではいたくない。
“あなたの隣に立てる夫人”として、もう一度始めたいの」
唇を噛み、扉を押す。
馬車の窓から見える庭には、雪解けの土がのぞいていた。
黒い土の中から、赤い薔薇の芽が小さく伸びている。
――春は、もうすぐそこまで来ている。
車輪が静かに動き出す。
金継ぎのカップ、そして傷の入った指輪。
そのどちらも、彼女の決意の証だった。
「行ってきます、カリウス様。
“沈黙の指輪”に恥じないように、
わたしも今夜、沈黙の中で強くなります」
空は淡く桃色に染まり、雪の上を光が滑る。
それはまるで――
再会の朝へと続く、一筋の道のようだった。
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◇◇◇◇◇
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