仮面の王子と優雅な従者

emanon

文字の大きさ
5 / 89
第1章

従者と葛藤

しおりを挟む



「メリアンヌ、手間をかけたね」
 寝台脇のテーブルにティーセットを準備していたメリアンヌは、手を止めると優雅にお辞儀した。
「それが私の仕事ですもの」
「頼もしいよ、ありがとう」
 アルフォルトが微笑むと、メリアンヌは腰に手を当てウインクする。こういう時、普段ならすかさず注意するはずの従者は無言だった。
 メリアンヌは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になり、ライノアとアルフォルトを交互に見た。
    
「ライノアも迷惑かけてごめんね」
 ベッドに横になったまま、アルフォルトはずっと無言で見下ろす従者に謝罪したが、返事はない。
「この通りもう大丈夫だから!僕が毒で簡単に死なないのは、ライノアが一番わかってるでしょう?」
 アルフォルトは我儘な子供に言い聞かせるような口調で、ライノアの顔色を伺う。言葉も発しなければ表情も読み取れないライノアに辟易した。
 付き合いが長いアルフォルトは、よくわかっている。
(ライノア、めちゃくちゃ怒ってる······)
 朝、起きたくないと駄々を捏ねて枕を投げた事だろうか。
 書類を押し付けて消えた事だろうか。
 一人で勝手に問題を起こした事だろうか。
 それとも······。
(マズイ、思い当たる節がありすぎる)
 正直この状況は、毒で身体が痺れるよりも堪えた。
 メリアンヌは二人の重く気まずい空気に耐え兼ねたのか「宰相様の所に報告に行って来ますね~」と、寝室を出ていった。何とも強かな侍女である。
    
 メリアンヌが居なくなり、広い寝室は静寂に包まれた。
 無言で微動だにせず立ち続けるライノアに、アルフォルトは痺れを切らして身体を起こすが、肩を押されて再びベッドに倒れた。
「ちょっと、ライノア?」
 押し倒す形で、アルフォルトの上から見下ろすライノアは、苦悶の表情を浮かべていた。
「······まだ、安静にしていて下さい」
「うん」
 アルフォルトは大人しく従う。身体はだいぶ楽になったので、本当は起き上がって動きたいのだが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
 ライノアが、自分の下に囲いこんだアルフォルトの頬に触れる。
 毒を喰らった訳でもないのにライノアの指先は冷たく、微かに震えていた。
 真っ直ぐ見つめてくる蒼い瞳が揺れていて、唇をぐっと噛み締めている。
「······もう、置いて行かないから泣かないで、ライノア」
 ライノアの唇にそっと触れる。これ以上強く噛んでいたら血がでてしまう。
「······泣いてません」
 ライノアはそのままアルフォルトの上にのしかり、肩に顔を埋めた。
「ぐぇ」
 重くて思わずカエルが潰れたような声が出るが退くつもりはないようで、緩く抱きしめられる。ライノアの黒い髪が頬をかすめて擽ったい。
 アルフォルトも腕を伸ばして、ライノアの背中をポンポン、と叩いた。
「必ず、私を連れて行って下さい」
「うん」
「対処が遅れたら、貴方も危なかったんですよ」
「ごめんね。でも、見過ごせなかった」

 アルフォルトは書類仕事をライノアに押し付けて、城の中を偵察がてら散歩していた。庭園でお茶会が催されている事もあり、城の中は忙しなく人が動き回っていた。その中で給仕が運んでいた茶菓子に見慣れない物があり、不審に思って厨房に確認したが誰も作った覚えがないと言う。
 嫌な予感がして、給仕に出すのを止めるよう伝えようとしたら、既に会場に運び込まれた後で──止むを得ずお茶会を台無しにして、今に至る。
 シャルワールがもしあの場で焼き菓子を口にしていたら今、弟は生きていないだろう。
 間に合って、本当によかった。
 もしシャルワールになにかあったらと思うと、アルフォルトは身体の奥が冷たくなる。
「私は、第二王子なんてどうでもいい」
「ライノア!?」
 物騒な発言にアルフォルトは身体を起こそうとしたが、上からライノアがのしかかっていて動けない。
 着痩せしていてわかりづらいが、ライノアの鍛え抜かれた身体はそれなりに重い。
「僕は、弟が大事だ。嫌われても憎まれても、シャルワールが好きなんだよ。そんな弟の命が危険に晒されるのは我慢ならないんだ」
 可愛い弟の為なら、命をかける事に躊躇いはない。その事をライノアも充分理解していると思っていた。
 アルフォルトの言葉に納得したのかしていないのかわからないが、ライノアは身体を起こす。
 そのままアルフォルトの腕を引き、向かい合うように座らせた。
 アルフォルトの腕を掴んだまま、蒼い双眸が眇められる。
「······ルトが、第二王子を大切に思うように」
 言葉を区切り、再び頬に触れるライノアの指先はもう震えてはいなかった。
「貴方の事を大切に思う人間がいる事を、忘れないで下さい」
「うん」
「大丈夫だとわかっていても、貴方の苦しそうな姿は極力見たくない」
「ごめん、ライノア」
 ライノアはベッドから立ち上がる。
 この優しい従者が、アルフォルトは堪らなく好きだった。
「念の為に二、三日は安静にして下さい」
「多分お茶会を台無しにしたから、謹慎になるよ」
 集まった令嬢達には悪いが、弟の命の方が大事である。謹慎くらい甘んじて受けよう。
 二回も毒殺に失敗したとなれば、敵は毒殺が失策だと見切りを付けて、次の一手を考えているはずだ。いますぐ動くとは考えにくい。宰相に相談してシャルワールの警備を強化してもらえば当面は大丈夫だろう。
「暇になるね」
 アルフォルトはベッドに座ったまま、謹慎中の過ごし方を考える。  最近読めていなかった本でも読もうかな、なんて考えていたアルフォルトだが、世間はそんなに甘くない。ライノアはもっと甘くない。
「······暇?何言ってるんですか。謹慎中は溜まりに溜まった書類を片付けてもらいますよ」
「え」

 ライノアは今日1番優しい顔で微笑んだ。
  
    

    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。

竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。 自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。 番外編はおまけです。 特に番外編2はある意味蛇足です。

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

処理中です...