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第1章
従者と葛藤
しおりを挟む「メリアンヌ、手間をかけたね」
寝台脇のテーブルにティーセットを準備していたメリアンヌは、手を止めると優雅にお辞儀した。
「それが私の仕事ですもの」
「頼もしいよ、ありがとう」
アルフォルトが微笑むと、メリアンヌは腰に手を当てウインクする。こういう時、普段ならすかさず注意するはずの従者は無言だった。
メリアンヌは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になり、ライノアとアルフォルトを交互に見た。
「ライノアも迷惑かけてごめんね」
ベッドに横になったまま、アルフォルトはずっと無言で見下ろす従者に謝罪したが、返事はない。
「この通りもう大丈夫だから!僕が毒で簡単に死なないのは、ライノアが一番わかってるでしょう?」
アルフォルトは我儘な子供に言い聞かせるような口調で、ライノアの顔色を伺う。言葉も発しなければ表情も読み取れないライノアに辟易した。
付き合いが長いアルフォルトは、よくわかっている。
(ライノア、めちゃくちゃ怒ってる······)
朝、起きたくないと駄々を捏ねて枕を投げた事だろうか。
書類を押し付けて消えた事だろうか。
一人で勝手に問題を起こした事だろうか。
それとも······。
(マズイ、思い当たる節がありすぎる)
正直この状況は、毒で身体が痺れるよりも堪えた。
メリアンヌは二人の重く気まずい空気に耐え兼ねたのか「宰相様の所に報告に行って来ますね~」と、寝室を出ていった。何とも強かな侍女である。
メリアンヌが居なくなり、広い寝室は静寂に包まれた。
無言で微動だにせず立ち続けるライノアに、アルフォルトは痺れを切らして身体を起こすが、肩を押されて再びベッドに倒れた。
「ちょっと、ライノア?」
押し倒す形で、アルフォルトの上から見下ろすライノアは、苦悶の表情を浮かべていた。
「······まだ、安静にしていて下さい」
「うん」
アルフォルトは大人しく従う。身体はだいぶ楽になったので、本当は起き上がって動きたいのだが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
ライノアが、自分の下に囲いこんだアルフォルトの頬に触れる。
毒を喰らった訳でもないのにライノアの指先は冷たく、微かに震えていた。
真っ直ぐ見つめてくる蒼い瞳が揺れていて、唇をぐっと噛み締めている。
「······もう、置いて行かないから泣かないで、ライノア」
ライノアの唇にそっと触れる。これ以上強く噛んでいたら血がでてしまう。
「······泣いてません」
ライノアはそのままアルフォルトの上にのしかり、肩に顔を埋めた。
「ぐぇ」
重くて思わずカエルが潰れたような声が出るが退くつもりはないようで、緩く抱きしめられる。ライノアの黒い髪が頬をかすめて擽ったい。
アルフォルトも腕を伸ばして、ライノアの背中をポンポン、と叩いた。
「必ず、私を連れて行って下さい」
「うん」
「対処が遅れたら、貴方も危なかったんですよ」
「ごめんね。でも、見過ごせなかった」
アルフォルトは書類仕事をライノアに押し付けて、城の中を偵察がてら散歩していた。庭園でお茶会が催されている事もあり、城の中は忙しなく人が動き回っていた。その中で給仕が運んでいた茶菓子に見慣れない物があり、不審に思って厨房に確認したが誰も作った覚えがないと言う。
嫌な予感がして、給仕に出すのを止めるよう伝えようとしたら、既に会場に運び込まれた後で──止むを得ずお茶会を台無しにして、今に至る。
シャルワールがもしあの場で焼き菓子を口にしていたら今、弟は生きていないだろう。
間に合って、本当によかった。
もしシャルワールになにかあったらと思うと、アルフォルトは身体の奥が冷たくなる。
「私は、第二王子なんてどうでもいい」
「ライノア!?」
物騒な発言にアルフォルトは身体を起こそうとしたが、上からライノアがのしかかっていて動けない。
着痩せしていてわかりづらいが、ライノアの鍛え抜かれた身体はそれなりに重い。
「僕は、弟が大事だ。嫌われても憎まれても、シャルワールが好きなんだよ。そんな弟の命が危険に晒されるのは我慢ならないんだ」
可愛い弟の為なら、命をかける事に躊躇いはない。その事をライノアも充分理解していると思っていた。
アルフォルトの言葉に納得したのかしていないのかわからないが、ライノアは身体を起こす。
そのままアルフォルトの腕を引き、向かい合うように座らせた。
アルフォルトの腕を掴んだまま、蒼い双眸が眇められる。
「······ルトが、第二王子を大切に思うように」
言葉を区切り、再び頬に触れるライノアの指先はもう震えてはいなかった。
「貴方の事を大切に思う人間がいる事を、忘れないで下さい」
「うん」
「大丈夫だとわかっていても、貴方の苦しそうな姿は極力見たくない」
「ごめん、ライノア」
ライノアはベッドから立ち上がる。
この優しい従者が、アルフォルトは堪らなく好きだった。
「念の為に二、三日は安静にして下さい」
「多分お茶会を台無しにしたから、謹慎になるよ」
集まった令嬢達には悪いが、弟の命の方が大事である。謹慎くらい甘んじて受けよう。
二回も毒殺に失敗したとなれば、敵は毒殺が失策だと見切りを付けて、次の一手を考えているはずだ。いますぐ動くとは考えにくい。宰相に相談してシャルワールの警備を強化してもらえば当面は大丈夫だろう。
「暇になるね」
アルフォルトはベッドに座ったまま、謹慎中の過ごし方を考える。 最近読めていなかった本でも読もうかな、なんて考えていたアルフォルトだが、世間はそんなに甘くない。ライノアはもっと甘くない。
「······暇?何言ってるんですか。謹慎中は溜まりに溜まった書類を片付けてもらいますよ」
「え」
ライノアは今日1番優しい顔で微笑んだ。
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