仮面の王子と優雅な従者

emanon

文字の大きさ
6 / 89
第1章

猜疑心と侵入者

しおりを挟む



「なんて忌々しい······!!」
 ローザンヌは怒り心頭だった。
 昨日の王家主催のお茶会は、息子であるシャルワールと、婚約者候補である令嬢達との顔合わせの場でもあった。
 それを第一王子に台無しにされたのだ。
 普段から第一王子と良好な関係とは言えないが、表向きは取り繕っているローザンヌが人目もはばからずに怒鳴り散らすとは相当だ。
「母上、落ち着いて下さい」
 朝から荒れている、とローザンヌの侍女から聞かされてはいたが、まさかここまで怒り狂っているとは思わなかった。
「貴方は悔しくないのですか、シャルワール!」
 確かに、あの場にいた時は兄の愚行に怒りがあった。
 しかし、参加したくもない茶会が有耶無耶になり、内心ホッとしている自分がいる。
 碌に顔を合わせたこともない令嬢と何を話せばいいのかわからないし、甘いお菓子も、むせる様な香水の匂いも何もかも嫌だった。
 それに──。
「······茶会の菓子に、毒が盛られていたと聞きました」
 シャルワールから奪ってアルフォルトが食べた焼き菓子に、どうやら毒が盛られていたらしい。アルフォルトは一命を取り留め、今は安静にしていると宰相から聞いた。
 そのお菓子は城の厨房で作られたものでは無く、何処から持ち込まれたのかもわからないという。城の警備体制に問題があるとされ、早急に見直しがされていた。そのためか、昨日から城の空気がピリピリしている。
   
「非常識に振舞って毒に倒れたなら自業自得です」
 ローザンヌは片眉を釣り上げて吐き捨てるように言った。
「誰が、毒を盛ったのでしょう······」
「そんな事どうでも良いわ」
 ──そんな事。
 ローザンヌにとっては些末な事なのだろう。
 誰が何の為に毒を盛った、なんて考えもしない。 お茶会を台無しにされた。台無しにした張本人が苦しんでいる。
 この2つの事実に囚われて、他の事に考えが及ばないのだろう。
 息子の命が狙われた事よりも、体面を気にする。ローザンヌはプライドの塊のような人だ。
 息子を溺愛してる、と噂されるが、あくまでもそれは表面上の事だった。
(心配もしてくれないんだ、この人は)
 シャルワールは、モヤモヤとした胸の内をさらけ出せる訳もなく、適当に相槌を打つとローザンヌの部屋を後にした。

 自室に戻る廊下を、シャルワールはぼんやりと歩いていた。
 途中すれ違う家臣は、立ち止まりお辞儀をしてシャルワールが通り過ぎるのを待つ。それらを横目で見ながら、この中に自分を殺したい人間いるのかもしれないと思うと怖くなり、急ぎ足になる。
 自分の為のお茶会で毒が盛られたという事は、誰かが明確な殺意を自分に持っているという事だ。
 それが誰で、何故自分を殺したいのか。
 何もわからず、漠然とした不安だけが残る。
 ローザンヌは命の危機、と言った事に疎い。政治に関心は無く、綺麗に着飾り人にかしずかれるのがなによりも幸せだと考える人だ。守ってくれる存在ではない事ぐらい、理解していたつもりだった。
 父であるベラディオは心配してくれたが、王という立場上いつでも守ってくれる訳では無い。ただ、少しでも憂いを払えるように、と対策を講じ近衛騎士を多目に派遣してくれているだけでも有難いと思わなければ。
    
(自分の身ぐらい、自分で守れないと)
 あと半年もすれば成人するというのに、人に守って貰うばかりではいけない。
 おもわず震えそうになる手を叱咤し、シャルワールは自室のドアを開けた。
 己の未熟さと漠然とした不安に押しつぶされそうで、ドアがやけに重く感じた。



♢♢♢



 お茶会を台無しにした罰と療養を兼ねて、アルフォルトは一週間離宮で謹慎になった。
 元々毒に耐性があるので、周りが危惧する程身体にダメージはない。念の為、医師の診察も受けたが異常はなく、至って健康だった。
 せっかく離宮にいるのだから人目を気にせず、ライノアと剣の手合わせが出来るとワクワクしていたアルフォルトは、ライノアの手でベッドに押し込まれていた。
 ほとんど人が来ることはないが、万が一離宮の近くを誰かが通った時、剣戟の音が聞こえたらさすがに怪しまれる。
 病弱設定を通しているのであまり活発に動き回るのは良くない、とライノアに怒られた。正直、病弱なら毒に耐えられないのでは?と思われそうだが、悪運が強かったと思わせておけばいい。
 勢いとゴリ押しは時として有効だとアルフォルトは思う。
 なによりも今、城はそれどころでは無い。
 第二王子に明確な殺意を持った何者かが城に入り込み、犯人はまだ捕まっていないという不祥事に、城の近衛騎士や衛兵の警備体制の見直しが行われていた。
 要は、うつけ者の第一王子に人員をさけないので、何かしでかさないように離宮で謹慎という建前で厄介払いをされた訳だ。

「結局犯人はわからないままなのよね?」
 アルフォルトが食べ終えた夕食の片付けをしながら、メリアンヌはため息を吐いた。
 離宮にはシェフも給仕もいないので、メリアンヌを筆頭に、メイド達が料理をしてくれている。
 なんなら、掃除洗濯料理護衛全てを一人でこなせる。実に有能な侍女(男)だ。
 美少女のような顔と引き締まった身体がちぐはぐて、見ていると脳みそがバグるのが難点だが。
「犯人不在だと示しが付かないからとりあえず仮の犯人は用意したよ。······死体だけど。明日使うらしいから適当に持って行ってと宰相には伝えてある」
 体裁を取り繕うのも王族の務めだ。
「その死体ってまさか」
 メリアンヌが、心底嫌そうに顔を顰めた。
「この間の服毒自殺した給仕だよ······つかえるものは使わないと」
「結構日にち経ったわよね。腐ってない?」
「念の為牢屋の管理人が防腐処理して保管してたようなので大丈夫です」
 ライノアが紅茶を運んで来て答えた。
 メリアンヌと分担して王子の世話をしているライノアも、基本的になんでも出来る。
 侍女をはじめ、側近が数える程しかいないアルフォルトだが、不自由に思った事はない。
 少数精鋭。人数の多さよりも質が大事だと、アルフォルトは常々考えている。
 それに、自分でできる事は極力自分でやるのがアルフォルトのポリシーだ。

 ライノアが淹れた紅茶を受け取り、アルフォルトは香りを楽しむ。
「政治的な事は専門の人間に任せるのが一番ですからね」    
 どのように収拾をつけるのかは宰相達に一任しているのでわからないが、悪いようにはならないだろう。
「敵も、警戒してますよって派手にアピールしてるから、対策を練られた事を考慮して今後毒殺は諦めると思う」
 現に、二回とも阻止している。敵が理性的であれば、次の一手を講じるだろう。
「ただ、次がどんな手を──」
 アルフォルトの言葉を遮るように、部屋の隅に置かれた装置のベルが鳴った。
「誰か来ましたね」
 ライノアが慣れた手つきでアルフォルトに仮面を着けてカツラを被せた。
 この離宮に予告もなく人が来る事はほとんど無い。宰相が来る時は事前に連絡がくるが、生憎今日訪問の予定はない。
 予告にない来訪は、殆どが侵入者だ。
 再び装置のベルが鳴った。迷い込んだ訳では無いようで、まっすぐ離宮の入口へ向かっているようだ。
侵入者対策で、離宮の入口へと続く石畳には等間隔に細工がしてあり、誰かがその上を歩くと、室内装置のベルが鳴るようになっている。
 離宮を使うようになって最初にやったのが、この侵入者対策だった。石畳の他にも、離宮を囲む森や至る所に細工が仕掛けてある。
 
「アルフォルトは念の為動かないでここに居てください。メリアンヌ、アルフォルトの護衛を。私が見て来ます」
「承知したわ。王子、紅茶でも飲んで待ってましょう」
 メリアンヌは侍女という立場上率先して戦う事はないが、護衛スキルに関しては城の衛兵など足元にも及ばない。
 体術を得意としていて基本的に武装しないが、服の中に暗器やら何やらを常に隠し持っている。
「気をつけてね、ライノア」
 手を挙げるアルフォルトに、ライノアは微笑んで頷いた。
 手早く帯剣ベルトを腰に巻き付け、ライノアは離宮の玄関ホールへと向かった。




 数分もしない内に、ライノアが意外な人物を伴って戻ってきた。
「······えっ?どうしたの!?」   
 思わず立ち上がったアルフォルトに、来訪者は気まずそうに視線を逸らした。メリアンヌも驚いて目を見開いている。

 突然の来訪者の正体は、第二王子──シャルワールだった。
    



    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 応援ありがとうございます! 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【本編完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。 第13回BL大賞にて、読者賞を受賞しました。たくさん読んでくださって応援してくださり、本当にありがとうございます!   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。

竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。 自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。 番外編はおまけです。 特に番外編2はある意味蛇足です。

処理中です...