20 / 89
第1章
従者の後悔と王子の暗躍
しおりを挟む遠乗りの話を聞いて以来、アルフォルトとは碌に口を聞いていなかった。
快く、とは言わずとも楽しんでおいで、と送り出してあげるべきだったが、ライノアには出来なかった。
それどころか、立場を考えろなどと尤もらしい言葉で説き伏せようとしてしまった。自分の方が立場を考えて発言しろ、とライノアは自己嫌悪に陥る。
良き従者なら笑顔で送り出して、二人の後ろを気付かれずに護衛するべきだった。
それなのに、ライノアの口を出た言葉はアルフォルトを否定するもので、自分の心の狭さに頭を抱えたくなる。
(気まずくてアルフォルトを避けるなんて、自分は子供か······)
長い付き合いだ、喧嘩をした事はこれまで何度もある。今回はライノアが一方的に悪いと言ってもいい。それなのに、無駄なプライドが邪魔をして、素直に謝れずにいる。
朝起こす時と、就寝の挨拶はしている。喧嘩をしていても、それだけは欠かさないのが二人の暗黙のルールだ。
しかし、それ以外はなるべく顔を合わせないように、仕事に没頭した。仕事は山のようにある。宰相に仕事を増やして欲しいと相談すると、嬉々としてライノアに仕事を押し付けた。その間、楽しそうに遠乗りの件の嫌味を言われ続けたライノアは、ある意味限界を迎えていた。
「アルフォルト不足だ······」
アルフォルトの書庫で、本の整頓をしていたライノアは深く溜息を吐いた。
思わず声に出していたらしく派手な音を立てて、メリアンヌは手に持っていた本を落とした。それから珍妙な生き物を見つめる目でライノアを凝視する。
「······何か?」
「いいえ、別に」
落ちた本を拾い上げ、メリアンヌに手渡す。ぎこちない動きで受け取ったメリアンは少しの間の後「早く仲直りしなさいな」と呆れた声で言った。
次の日の朝、意を決してアルフォルトに謝ろうと寝室のドアを開けると、アルフォルトの姿は無かった。
メリアンヌの話では、城の管轄内の湖に早朝の二時間だけという約束で宰相の許可を得て、遠乗りに出たと言う。
自分に何も言わずに出てしまったアルフォルトに少し憤りを感じたが、話たらまた止められると思って何も言わなかったのだろう。
そう思わせてしまったのは自分なので、ライノアは反省し、アルフォルトが帰って来るのを大人しく待つ事にした。
帰ってきたら言い過ぎた事を謝ろう、と宰相のお小言を聞きながら仕事をしていると──衛兵が宰相の執務室に駆け込んで来た。
「何事ですか」
オズワルドが手元の書類から顔を上げ、衛兵の報告を促した。
「申し上げます。城の西側の森に、不審な人影と馬車が出入りしていると、巡回の兵士から報告がありました。背後から襲われ、巡回していた兵士が一人負傷したとの事」
「西の森?」
オズワルドが勢いよく立ち上がる。
慌てる宰相が珍しく、ライノアが驚いていると、宰相は苦虫を噛み潰したような表情で報告に来た衛兵に指示を出していた。
「すぐに衛兵を向かわせなさい」
「何かあるのですか?」
状況が飲み込めないライノアの問いに、オズワルドは答えた。
「西の森は今、アルフォルト様とシャルワール様が遠乗りに出ているのですよ」
宰相の言葉を聞き終わらない内に、ライノアは執務室を飛び出した。
♢♢♢
廊下は無人だった。
アルフォルトは足音を立てないように先程声がした方──廊下の奥へ向かう。
ヴィラの間取りは覚えている。小さい頃、シャルワールと、冒険という名の散策をしていたのを思い出す。裏手側はいわゆるバックヤードで従業員用の部屋や作業部屋が続く。
同じデザインの扉が等間隔に並ぶ廊下の突き当たりに、先程の武装した男が立っていた。目ざとくアルフォルトを見つけて、腰の剣に手をかけると警戒しながら近づいてくる。
アルフォルトは破れたシャツの前を掻き合わせ、怯えて見せた。
「······お前、なんでここにいる?」
いかにもな格好で現れたアルフォルトに、男は訝しむ表情を浮かべた。アルフォルトはビクリ、と肩を震わせる。
「残念ながら出口はこっちじゃねぇぞ」
狼狽えるアルフォルトに、武装した男は嫌な笑みを浮かべた。 逃げ道を間違えたと思ったのだろう。
「どうやってアイツから逃げて来たんだ?」
怯えるアルフォルトの手をつかむと、男は上着から荒縄を出して両手を縛ってくる。
「き、急に倒れて······」
震える声でアルフォルトが答えると、男は「またか。酒の飲みすぎだっての」と悪態をついた。
どうやら、先程の男は定期的に意識を飛ばす事があるようで、先程怪しまれずに済んだ事にホッとする。
「ったく、面倒かけやがって」
アルフォルトの腕を強い力で引っ張ると、大きな両開きのドアがある部屋へと押し込んだ。
記憶の中の大広間は、シンプルな家具と調度品で統一された落ち着いた雰囲気の部屋だったが、今では家具の類いはなく、カーテンが閉ざされた薄暗い部屋になっていた。
入口には男が二人、見張りをしている。どちらも武器は持っているが、戦闘要員ではなさそうだった。気だるそうに雑談している。
「大人しくしてろよ」
男は吐き捨てると、部屋から出て行った。
アルフォルトは部屋の中を見渡す。部屋の隅にはアルフォルトと同じように手や足を縛られた子供が五人、床に力無く座り込んでいる。
貧民街の子から金持ちの子供まで身なりは様々だが、いずれの子もみんな虚ろな目をしていた。
その中でも一際怯えた顔をした、栗色の髪の少年の隣にアルフォルトは座った。
年齢的にはアルフォルトよりも4、5歳下だろうか。あどけない顔は整っていて、目は泣き腫らした痕がある。着ている上等な衣服は乱れ、何をされたのか容易に想像できた。おそらくアルフォルトに襲いかかった男の仕業だろう。
「身体が辛かったら、少し横になった方がいいよ」
見張りに声が聞こえないように、小さな声でアルフォルトは話しかけた。少年はビクリ、と肩を震わせたが、アルフォルトが自分と似たような格好なのを見て目を潤ませた。
素直に横になる少年に「僕の膝に頭を乗せて」と膝を貸す。震える少年の頭を、縛られた手で撫でると、頭を乗せた太腿に涙の濡れた感触がした。
乱暴されたのはこの子だけのようだが、他の子供達も殴られた痕があったり、碌に食事を与えられていないのか、皆ぐったりとしている。
(──いつからだ?母様が亡くなってからあまり使わなくなったとはいえ、ヴィラの管理人が定期的に訪れるはず。それに、室内があまり荒れていない)
定期的に巡回の兵士が見回っているはずだが、今まで侵入者の報告も上がっていない。
賊の様子から、ここを使うのは初めてではないのが窺える。
(ずっと、ここを根城に人身売買をしてたんだ······城の敷地内なら、ある意味摘発されにくい)
彼等をここに手引きしたのはおそらくヴィラの管理人だろう。殺して鍵を奪った、と初めは考えたが、窓ガラスが割られた形跡はないし、そもそも一週間程前に登城した履歴に管理人の名前があった。
(穏便に、と思ったんだけど······)
アルフォルトは、膝で涙を流し続ける少年をみつめる。
「怖かったよね······早く助けてあげられなくてごめん」
アルフォルトの呟きに、少年は涙に濡れた虚ろな目を向けるが、その目を縛られたままの手で覆う。
「ちょっと待っててね。僕がいいよって言うまで目を閉じていて──そうしたら、きっと全部終わるから」
少年が微かに頷く。アルフォルトは微笑むと、近くに落ちていたクッションを少年の頭の下に敷き、立ち上がった。
入口で見張りをしている二人の男が、アルフォルトの様子に気づいて訝しむ。
「おい、勝手に動くんじゃねぇ」
一人がナイフを突きつけて威圧してくる。
アルフォルトは、縛られたままの両手で指を組んで──ナイフを持つ男の顔を、縛られた両手で殴り飛ばした。
27
あなたにおすすめの小説
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う
凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。
傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。
そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。
不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。
甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】
蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。
けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。
そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。
自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。
2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる