仮面の王子と優雅な従者

emanon

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第2章

頼もしい侍女と潜入中

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 マニフィカトを後にした女装の令嬢(アルフォルト)と赤毛の給仕(メリアンヌ)は馬車に乗り、エルトンの屋敷へと向かった。マニフィカトから馬車で20分程の郊外に立てられた屋敷はそこそこの広さで、庭は高い生垣に覆われているため、外から屋敷の様子は見えない。
 屋敷の裏手には雑木林があり、鬱蒼とした木々が何処か不気味で、人を寄せつけない雰囲気を醸し出していた。
「さあ、到着だ」
 エルトンは上機嫌で屋敷に二人を案内する。
 馬車の中でも終始機嫌が良く、メリアンヌとたわいも無い会話を楽しんでいた。
 入口に控えていた執事と思わしき老齢の男が、エルトンの外套を受け取る。すぐ後ろに続くアルフォルトとメリアンヌを見つめ、何とも言えない表情を浮かべたがそれは一瞬の事で、お辞儀をすると微笑んだ。
「ようこそ、ディーク家へ」
「ロン、新しいメイドと従者を連れてきた。彼女は言葉はわかるが話せないらしい。もう一人は──」
「リアン、と申します。元々従者をしておりましたので、基本的な事はなんでも出来ます」
 メリアンヌはお辞儀をし、アルフォルトにだけわかるように目配せする。
 は、アルフォルトが付けた愛称で、メリアンヌの本名はリアンだ。
 まさか偽名に本名を使うとは思わず、アルフォルトは一瞬目を丸くした。
「リアンはすぐ働けるな。屋敷の決まり事など教えて貰え。お嬢さん、名前は?」
 エルトンの問いかけに、執事がそっと紙とペンを渡してくる。アルフォルトは受け取ると『アリア』と書き記した。
「アリアというんだな。ロン、メイド長にアリアの面倒を見させろ。リアンは明日からロンの指示に従え。俺は湯浴みしたら寝る」
 ロンと呼ばれた執事は頷くと、メイド長と従者を呼び寄せた。
 メイド長は五十路を過ぎた小柄な女性で、アルフォルトに一瞥をくれると「付いてきなさい」と冷たく言い放った。
 誰にも気づかれないように、メリアンヌに合図を送り、アルフォルトはメイド長の後に続いた。

「ここが、お前の部屋です」
 案内された部屋は個室で、アルフォルトは少なからずホッとした。集合部屋だった場合、アルフォルトの行動は極端に制限される。間違えても男だとバレてはいけないし部屋を抜け出すのも難しくなる。
 部屋を見渡すアルフォルトに、メイド長は淡々と屋敷の説明と仕事内容を伝える。
 態度も冷たく、あまり歓迎されていないのがわかった。
(まぁ、話せない元令嬢なんて扱い辛いよなぁ)
 他人事のようにアルフォルトは思う。長居するつもりもなければ、メイド長の気持ちもわかるので、特に気にはならなかった。
「仕事がキツイと思ったら逃げ出しても誰も咎めません。いつでも東側の勝手口から出てお行きなさい。そして私も優しくするつもりはありません」
 メイド長の言葉に、声を出すわけにはいかないのでアルフォルトは笑顔で頷いた。
 すると、メイド長は盛大なため息をついた。
(無表情の方が良かったかな?)
 なるべく機嫌は損ねないようにしようと思っての行動だったが、どうやら正解ではなかったようだ。悩むアルフォルトに背中を向け、メイド長は用が済んだとばかりに部屋から出ていく。
 ふと、足を止めるとアルフォルトをふり返った。
「大事な事を伝え忘れていました。西側の地下室と旦那様の自室には決して近付いてはなりません。では、おやすみなさい」
 バタン、どドアが閉められた。
(今のはかな?)
 近づくな、と言うメイド長の忠告は含みがある気がした。あくまでもアルフォルトの主観だが。
 つまり、屋敷の秘密がにあると言っている様なものだ。
(とりあえず東側の勝手口は本当にあるのか、使えるのか後で確認しよう)
 脱出経路の確保は基本中の基本だ。
 エルトンの自室と地下室の事はメリアンヌに相談してどうするか決めよう。
「······好奇心は猫を殺すって言うけど」
 アルフォルトは窓の外を眺めて独り言ちた。



「待たせてごめん」
 アルフォルトが待ち合わせ場所に付くと、メリアンヌは影からそっと出てきた。
 夜更け過ぎ。人に気づかれないようにそっとエルトンの屋敷を抜け出したアルフォルトは、メリアンヌと落ち合った。
 先程玄関ホールで、エルトンの屋敷の裏口にある雑木林で合おう、と合図したのがちゃんと伝わっていてアルフォルトはホッとした。
「大丈夫よ、私も今来た所」
 メリアンヌもアルフォルトも暗闇に紛れられるように黒ずくめの格好で、闇に溶け込んだ身体は輪郭が不確かだ。
「宛てがわれた部屋が個室で良かったよ。シャワーも付いてるし思ったより快適」
 苦笑いするアルフォルトに、メリアンヌは頷いた。
「設備も悪くないわね。ただ、気になる事があって」
「······部屋数の割に、使用人が少ない?」
 アルフォルトの返答に、メリアンヌは目を見開いた。
「全くもってその通りよ。さすがですわ、王子」
 よく出来たと言わんばかりに、大きな手でアルフォルトの頭を撫でる。
「特にメイドの数が少ないみたいね」
「メイド長から歓迎されてる感じはなかったからね。みんなすぐ辞めちゃうのかも」
 メイド長本人も「優しくするつもりは無い」と断言していたくらいだ。入ってもすぐに辞めてしまう可能性は高い。
「あら、従者は逆よ?人手が足りなくて困ってるから助かったって歓迎されちゃった」
 メリアンヌは人の懐に入り込むのが上手い。そうでなければいくら有能でも格式ある王城で、女装して働くなど到底無理だ。持ち前の人心掌握術で城の人事に認めさせた手腕は密かに伝説となっている。
 元々は祖父であるアランの護衛だったが、今ではすっかりメイド服が板についた、アルフォルトにとってかけがえのない侍女だ。
「情報収集はメリアンヌに任せるね。それと、メイド長が『地下室と旦那様の自室は近付くな』って言ってたんだけど、どう思う?」
 先程のメイド長は、まるで秘密の在処はそこだ、と言っているようなものだった。ご丁寧に脱出口まで教えてくれた事を伝えると、メリアンヌは頬に手を当てて考え込んだ。
「純粋に親切で教えたにしては含みがある気がするんだよね」
「罠の可能性も考えられるわ······屋敷の人間もまだ把握出来てないし、今日はもう遅いから明日以降、どうするか考えましょうか」
 睡眠不足はお肌によくないわ、とウインクして、アルフォルトを連れて屋敷へ戻ろうとし──何かに気づいたメリアンヌは、咄嗟にアルフォルトを腕の中に囲った。外套で隠すように包み、顔が近づいてくる。
「少しだけ我慢して下さい」
 急に真面目なトーンで囁いたメリアンヌの唇が、アルフォルトの唇──に限りなく近い頬に触れる。それと同時に背後から足音がした。
「そこで何をしている?」
 若い男の声がした。手に持っていたランタンの光が二人に向けられる。
 メリアンヌはしばらくすると鬱陶しそうに顔をあげ、アルフォルトをさらに腕の中へと隠した。
「······見てわからないか?」
 メリアンヌが低い声で男に問かけた。アルフォルトの腰を抱くように撫で、くすぐったくて思わず高い声が零れた。慌てて口を抑える。
「邪魔して悪かった。だが盛るなら場所を選んでくれよ。野盗か何かかと思ったぞ」
「こっちこそ紛らわしくて悪いな。夜風に当たってたらに声を掛けられてさ。お詫びに今度可愛い子紹介するよ」
 男は「ほどほどにな」と軽口を叩くと、そのまま元来た道を戻って行った。
 足音が聞こえなくなり、周囲に静寂が戻ると、メリアンヌはようやくアルフォルトを離した。
「まさかこの外れまで巡回が来るとはね······それより、びっくりさせたわよね、ごめんなさい」
 唇を寄せたアルフォルトの頬を自分の袖で拭い、メリアンヌはオロオロと謝罪してきた。
 アルフォルトは苦笑いし、メリアンヌの手を止めさせた。
「大丈夫だから気にしないで。それより庇ってくれてありがとう」
「怖い思いさせてしまったわ」
 項垂れたメリアンヌの頬を、アルフォルトは両手で包む。背伸びして額にそっと口付けて微笑んだ。
「メリアンヌを怖いと思った事はないよ。今のだって、メリアンヌが機転を効かせてくれたお陰で事なきを得た」
 アルフォルトは、知っている。
 メリアンヌが普段あえて女性のような言葉使いなのも、メイド服を来ているのも、全部アルフォルトを怖がらせないためだという事を。
 中性的な顔立ちだが、体格に恵まれたメリアンヌは、自分の体で威圧感を与えないようにいつも気を使っているのがわかる。
 本人は「女装は趣味、心は乙女」と言い張っているが、その本心は計り知れない。
「流石に長居しすぎたね、また怪しまれる前に戻ろう」
 促せば、メリアンヌは微笑んでアルフォルトの手を取った。
 ライノアとはまた違う、独特の安心感がメリアンヌにはある。
「僕の側近は皆頼もしいね」
「まぁ、それは恐悦至極に存じます」
 それから、思い出したようにアルフォルトは口を開いた。
「メリアンヌはさっき、唇じゃなくて頬にキスしたよね?」
 巡回の目を誤魔化すために、メリアンヌはアルフォルトと睦み合うフリをした。
「それは勿論、フリとはいえ王子の唇を奪うなんて出来ないわ。ファーストキスは大切になさいまし」
 再び頬に軽くキスして冗談めかしてはいるものの、当たり前のように言うメリアンヌに、アルフォルトは固まった。
「どうしたの、王子?」
 今まで考えた事もなかったが、世間にはファーストキスなんてイベントがあったな、なんて今更ながら思い出した。
 それならもう、とっくに──。
「ファーストキスって、従者との場合はカウントされるのかな」
 ぼそっと呟いた声を聞き逃さなかったのか、メリアンヌは目を見開いた。
「まさかっ王子、ライノアと!?あの奥手が!!」
「ライノアが何を考えてキスしてきたのかわからなくて」
 思い出すだけで、アルフォルトの頬は朱に染まる。優しく触れる唇は柔らかく、嫌だとは思わなかった。
「まって、合意の上でキスしたんじゃないの!?」
 興奮したように、メリアンヌは肩をがしり、と掴んでくる。あまりの剣幕に、アルフォルトは若干尻込みした。
「なんか急にキスしてきたんだけど······あ、でも嫌だとは思わなかったよ?」
 念の為、ライノアの為にも一応嫌では無かったとフォローしておく。
 ライノアの「好き」とアルフォルトの「好き」は違うのだと言われたが、未だによくわからない。
 ただ、心臓がいつもよりも早鐘を打っていて、ライノアを直視するのがなんだか恥ずかしいと思った。
「あいつ······問い詰めないとな」
 不穏な空気を纏ったメリアンヌは「とっとと終わらせて城へ帰りましょう」とニッコリ微笑んだ。
 その笑顔がどこか怖い、とアルフォルトは思った。 
  
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