仮面の王子と優雅な従者

emanon

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第2章

メイドと噂話にご用心

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 メイドの朝は早い。
 起きて身支度を整えたアルフォルトは、メイド服を着て(昨晩の内に着用方法をメリアンヌに教えて貰った)軽めの朝食を取った後、応接室の窓拭きをしていた。
 メイドはアルフォルトとメイド長の他に五人いるらしく、今日はマリーンとリリアという三十代位のメイドと一緒に仕事をしている。
 二人とも移民らしく、南方の出身で褐色の肌にふくよかな体系だった。
 が没落令嬢で話せない、娼館から逃げてきたという身の上話を既に誰かから聞いたのだろう。
 若いのに苦労してるのねぇ、と無駄に優しくされて、アルフォルトは罪悪感を感じた。
 没落したとはいえ元令嬢は窓拭きなどできないだろう、と思っていたのか、窓拭きをそつ無くこなすと、何を思ったのか目頭を抑えて「少し休憩していいわ」とこっそり焼き菓子を分けてくれた。
(······窓拭きって、貴族は普通やらないもんね)
 アルフォルトも王子なので、普通なら絶対にやらない、やってはいけない。
 しかし、母アリアの教育方針でやれる事は一つでも多い方がいいと、掃除全般は出来るように育てられた。後から聞いた話だと、掃除はアリアの趣味だったようで、単純に趣味に巻き込まれただけだった。
 今でも離宮の掃除はたまに手伝っているので、窓拭きは朝飯前だし、アルフォルトも掃除が嫌いでは無い。  
(掃除は出来ても、服を一人で着られないんだよなぁ······)
 城で着ている服は装飾がやたら多く、アルフォルトは中々ひとりで着られない。逆にメイド服はシンプルなので着やすく、アルフォルトとしては大いに助かった。

 マリーンに促されて、椅子に座ったアルフォルトは渡された布の包みを開く。
 包みの中にはクッキーが入っていた。
 正直朝食が全然足りなかったので、アルフォルトは有難く咀嚼する。
 念の為、毒が入っていないか飲み込まずに口内に留め、異常が無いことを確認してから飲み込んだ。
(あー美味しい······お腹空いてると何でも三割増しで美味しい)
 メリアンヌの紅茶が飲みたい、とアルフォルトはぼんやり思う。レンとライノアは今頃どうしているだろうか。
 クッキーを噛み締めていると、マリーンとリリアはおしゃべりに花を咲かせていた。同じ出身という事もあり、仲が良いようだ。
 そっと耳をそば立てると、どうやらメイド長の話らしい。
「······結局この間の子は逃げたの?何人目よ」
「若い子が来るとすぐいびるの、いい加減にしてほしいわ。おかげさまでいつも人手不足ね」
「若い子が増えたら自分が追い出されるとでも思ってんじゃないの?」
 二人はヒソヒソと話しているが、その方が逆に聞き取りやすいという事を知らないのだろう。アルフォルトとしては貴重な情報なので有難いが、メイド長が来たら大丈夫だろうか、と少し心配になった。
「みんな一週間もすれば居なくなっちゃうから、旦那様や執事に相談したの。でも全然取り合ってくれなくて困ったわ」
「辞めさせられない理由でもあるのかねぇ?メイド長に弱みでも握られてるとか」
 クッキーを咀嚼しながら、アルフォルトは二人の様子を探った。喋れないアルフォルトの前でメイド長の悪口を言っても無害だと思っているのだろう。情報はできるだけ欲しいので、アルフォルトは話に関心がないフリをして窓の外を眺めた。
(若い子はすぐ居なくなる、か)
 辞めた、ではなく逃げた、居なくなったという言い回しが少々気になった。
 もう少し詳しく聞きたかったが、急に応接室のドアが開き「おしゃべりよりも手を動かして下さい」と、別のメイドがやってきた。
(······え?!)
 アルフォルトは、突如入室してきたメイドの姿に心臓が跳ねた。
 アルフォルトの視線に気づいたのか、赤毛のメイドは一瞥をくれる。眉を顰め、一呼吸の後「ああ、新しいメイド······」と呟くと、さっさと応接室を出ていった。
「例外がいたね」
 リリアはため息をつくと閉まったドアを睨んだ。
「やーね感じ悪い。若くても可愛げ無いのは長居できるのよ······」
 マリーンも悪態をつき──それから様子がおかしいアルフォルトに気づき「怖かったわよねぇ」と苦笑いした。
(あれは······)
 赤い髪、ソバカスに冴えない地味な顔立ち。
 あえて印象に残らない風貌を隙のない雰囲気。
 彼女は紛れもない、失踪したローザンヌ付きの侍女だった。
(なんでここに!?え、僕バレてないよね??)
 流石に女装した王子がこんな所にいるとは思わないだろう。そもそも彼女はアルフォルトの素顔を知らない事を思い出し、深呼吸する。
 予想外の出来事は心臓に悪い。アルフォルトは新たに増えた問題に頭を抱えたくなった。

 夕方まで屋敷内の掃除を中心に業務を行うと、メイド長が終わった所を全てチェックして「ここの拭き取りが甘い」とか「埃が落ちてる」と難癖を付けて再掃除する羽目になった。
 他のメイドが気を利かせて手伝おうとしてくれたが、メイド長が良しとせずアルフォルト一人で再び掃除を再開する。
(多分こういうのに耐えられなくて辞めちゃうのかな)
 窓ガラスを磨き直しながら、アルフォルトはお腹が空いたな、とぼんやり思った。
 正直一人の方が気楽なので、再掃除は平気なのだが、空腹は地味に堪える。普段から人より食べるアルフォルトにとって、メイドのご飯の量では全然足りない。
 城での朝昼晩のご飯に午前午後のティータイムが恋しい。
(早くエルトンの悪事の証拠を手に入れて城に帰ろう······)
 このままではお腹が空き過ぎて倒れそうだ。
 ふらつく身体に鞭打ってようやく清掃を終えたアルフォルトだが、メイド長に使用人の食事時間はとうに終了したと告げられ、柄にもなく泣きそうになった。
 しょんぼりとして宛てがわれた自室に戻ると、部屋の中にはメリアンヌが居て、簡素なテーブルの上には肉を挟んだサンドイッチや油で揚げたポテトが用意されていた。
 思わずメリアンヌに抱きつくと「よしよし」とアルフォルトの背中を撫でて椅子に座らせられる。
「聞いたわよ?さっそくメイド長にいびられてるって」
 ベッドに腰掛け、長い脚を組んだメリアンヌは苦笑いを浮かべた。
 どうやらアルフォルトが夕食を食べ損ねた事を察して、食堂からこっそり分けて貰ったらしい。
 サンドイッチを頬張りながら、アルフォルトは項垂れた。
「意地悪されるのは別に平気なんだけど、ご飯食べられないのは流石に堪えるね。ただでさえ量少ないのに」
 悲しい哉。普段からローザンヌの嫌がらせや暗殺者の襲撃に慣れてるアルフォルトにとって、メイド長の嫌がらせは可愛いものだ。
 アルフォルトがなにより耐えられないのは、空腹である。
「うちの王子は見た目からは想像できない程食べるものねぇ。いっぱいお食べ」
 メリアンヌは懐から小さな紙袋を取り出す。
 袋の中には小さいメレンゲ菓子が入っていて、どうやら昼間に別のメイドから貰ったらしい。
 さっそく屋敷に溶け込んでいるメリアンヌの手腕に関心する。
「今日得た情報をお伝えするわね。食べながら聞いて下さいまし」
ポテトを頬張り、アルフォルトは頷いた。
「私達が来る前に、メイドと下働きが二人新しく雇われたみたいなんだけど、下働きの子は一週間もしないで居なくなったみたいなの」
「辞めた、ではなくて?」
 日中にマリーン達も似たような事を言っていたのを思い出す。彼女達も「居なくなった」と言っていた。
 頬に手を当てて、メリアンヌは頷く。
「そうなの。しかも居なくなる子は大体、金髪か紫色の目をした子供だそうよ?」
いなくなる使用人の共通点に、アルフォルトは顔を顰めた。
 金髪、紫の瞳。
「······僕に似た子供を探してるって噂だったけど、どうやら間違いないようだね──正直、いい気はしないけど」
 思わず眉間に皺が寄る。エルトンは、意図的にアルフォルトに似た子供を迎え入れている。
 しかも、使用人の話が正しければ、その子供達はみんな一週間もしない内に居なくなる。
「メイド長の嫌がらせが原因だとしたら、さすがにエルトンも黙ってないわよねぇ」
 考え込むメリアンヌに、アルフォルトは先程聞いた話を思い出した。
「前に他のメイドがメイド長の事を相談したみたいなんだけど、取り合ってくれなかったって言ってたな」
 メイド長に弱味を握られているから、辞めさせられないのではないか、とマリーン達は話していた。もう少し詳しく聞きたかったのだが、途中で邪魔が入って──
「あぁ!!」
 思わずアルフォルトが大きな声を出した。
 流石のメリアンヌも驚き、口に人差し指を立てて「声!!外に聞こえちゃいますから!!」と小声で諌められた。
 慌てて口を抑えたアルフォルトは、同じく小声で詫びる。空腹で肝心な事を忘れていた。
「僕らが入る前に、新しいメイドが入ったって言ってたよね」
 アルフォルトの問いかけに、メリアンヌは頷く。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、そのメイド、ローザンヌ王妃付きの──失踪した侍女だった」
「はぁ!?」
 今度は中々ドスの効いたメリアンヌの声が部屋に響く。思わずアルフォルトも口に人差し指を立てると、メリアンヌは「ごめんあそばせ」と咳払いをした。
「私がマニフィカトに潜入する直前に、辞めた給仕がいたって話をしたけど······状況的に彼女で間違いないわね」
 険しい顔のメリアンヌに、アルフォルトは頷いた。
「流石に僕の正体に気づいてないとは思うけど、注意した方がいいよね。メリアンヌは城で直接会った事ある?」
「直接、と言えるかどうかわからないけど、仕事中何度かすれ違った事はあるわね」
 向こうはアルフォルトの素顔は知らないので、大丈夫だとは思う。メリアンヌも顔のベースは変わらないが、化粧とメイド服のインパクトが強いので、ボロを出さなければバレないだろう。
「偶然、にしては不自然よね。何か目的があってここに居るのは間違いないわ。王子、少しでも違和感を覚えたら引きましょう」
 メリアンヌは真面目な顔でアルフォルトの手を取った。男性らしい大きな手だが、剣を握るライノアの節榑だった指とは違い、スラリとしている。
「その侍女の目的がわからないのが一番厄介だな。今の所敵か味方かわからないし」
「そうね。私も注意して様子を見るわ」
 メリアンヌの手を握り返し、アルフォルトはため息をついた。

 
 
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