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第2章
元侍女とその正体
しおりを挟むマルドゥーク家の病院に着くと、アルフォルトは着替えもそこそこに、脚の怪我を治療して貰った。
一般の人は立ち入れない王族や身分の高い者しか入れない医務室は防音対策が施されている。清潔感溢れるシンプルな部屋だが、王城に引けを取らない調度品が揃えられている。
応急処置で巻かれた布を外すと、鞭を打たれた所は裂傷になっていて、血は止まっているが中々に痛々しい見た目だった。
アルフォルトの白い太股についた幾つもの赤い傷に、ライノアが拳をキツく握ったのが視界に入る。
ライノアの方が傷を受けたのでは、と思う程痛々しい表情に、アルフォルトはキツく握られた拳に指を這わせ、開かせた。
爪がくい込んだ跡をなぞる。じっとみつめれば、ようやくライノアは表情を緩めた。
内腿の一箇所だけ縫う事にはなったが、その他は傷も浅く、スカートの布が衝撃を緩和してくれたようだった。
「応急処置が良かったので、時間はかかりますが、ほとんど傷跡は残らないと思います。縫った所はさすがに元通りにとはいきませんが、跡もそこまで目立たないかと」
処置をしてくれた医者は若いが、マルドゥーク家でも一、二を争う名医で、アルフォルトが怪我をすると必ず彼が治療する。
この間のヴィラでの怪我の治療も、彼がしたと後から聞いた。
王子という立場だから優遇されている気がして、前にアランに気が引けると話したら「お前の為に育てた医者だから気にするな」と言われた。アランは孫にとことん甘い。
「ガーゼは一日二回取り替えて下さい。入浴は明後日から大丈夫です」
「いつもすみません。ありがとうございます」
アルフォルトが頭を下げると、医者はとんでもないと恐縮した。
「私は仕事をしたまでです。──でも、出来れば怪我はなるべくなさらない方が宜しいですよ」
「そうですよ、気をつけて下さい」
不機嫌そうなライノアに、医者は苦笑いして頷いた。
「ライノア様、お薬はマルドゥーク家にお届けして宜しいでしょうか?」
「そうですね、しばらくはマルドゥーク家に滞在予定なので、そうして頂けると助かります」
ライノアに手伝ってもらって着替え終わると、メリアンヌを伴ってアランが部屋に入って来た。
「お前は本当に危なっかしいな」
アランはアルフォルトを抱擁すると、そのま頬を摘んだ。
「お爺様、色々と手配して頂きありがとうございます」
今回潜入するに当たってマニフィカトに手を回したり、アルフォルトのドレスやカツラを準備したり、とサポートしてくれた礼を述べると、アランは豪快に笑った。
「じぃじと呼べと言ってるだろ。まったく······孫の頼みは断れんよ。それにしても無茶しおって──無事に戻ってきて良かった」
アランの言葉に、アルフォルトは色々な人に心配をかけていた事に気づいた。
それは王子という立場もあるだろうが、純粋にアルフォルト自身を心配してくれていたのだと、少し擽ったい気持ちになる。
アランが体を離すと、メリアンヌが足元に跪いた。
「メリアンヌ?」
「護衛する立場でありながら、御身を危険に晒し、剰えお怪我を負わせてしまった事、お詫び申し上げます。どのような処分でも甘受致します。······私はアルフォルト王子の侍女に相応しくない」
急に畏まったメリアンヌに、アルフォルトはオロオロと狼狽えた。
「か、顔を上げて、メリアンヌ。今回の事は僕の不注意が招いた事だから!それに僕が見つけられなかった証拠、ちゃんと見つけてくれたじゃないか」
アルフォルトの言葉に顔を上げず、ずっと跪いたままのメリアンヌをどうしたらいいかわからず、助けを求めるようにアランを見る。
まさか侍女を辞めるつもりなのだろうか。
アランは厳しい顔をしていたが、アルフォルトが袖を引っ張るとため息をついた。
「我が孫は、はなから処分など考えていないようだ。それなのに無理やり罰したら、儂が嫌われてしまうじゃないか」
唇を尖らせるアランの仕草がアルフォルトにそっくりで、間違いなく血の繋がりを感じさせると、この場にいた誰もが思った。
「顔を上げて、メリアンヌ」
アルフォルトがメリアンヌの肩にそっと触れる。
ようやく顔を上げたメリアンヌの表情は硬く、思えば馬車の中にいた時からずっと思い詰めていたのだと気づく。
「どうしても罰が欲しいというなら──そうだな、また梨のタルト作ってよ。勿論皆の分だよ。お爺様や屋敷の皆が食べられるように。それから」
言葉を区切って、メリアンヌの瞳を見つめる。
「ずっと僕の侍女でいてよ。僕にはメリアンヌが必要なんだ。メリアンヌが嫌だって思っても、絶対に離してあげない。──いいですよね、お爺様?」
アルフォルトの問いに、アランは右手をヒラヒラと振ってメリアンヌに言った。
「ホラ、言った通りだろう?アルフォルトはお前を手放すつもりは毛頭ないと。今回の怪我だって、アルフォルト自身の甘さが招いた事だ」
全くもってその通りなので、アルフォルトは頬をかいた。
殴られたのも、捕まったのも、怪我をしたのも。アルフォルトが慢心していたからに過ぎない。メリアンヌは火が回る屋敷の中を探して、危険も顧みずに助けに来てくれた。
メリアンヌはキツく閉じたままだった口元をようやく緩めると、アルフォルトの手を取った。
「アルフォルト王子が望むなら、私はずっと貴方の侍女としてお傍におります」
手の甲に唇を寄せ、メリアンヌはようやく微笑んだ。
それからすっと立ち上がると、ライノアに近づく。
不信感も顕なライノアの耳を掴むと「聞きたいことがあるの。説明してくれるわよね?」と部屋の外へと連れ出す。
「え、ちょっとメリアンヌ?痛いんですが」
そういえば潜入初日、ライノアがキスしてきた事を話したな、と他人事のように思い出す。
部屋を出る間際、メリアンヌが目配せしてきたのに気づき、アルフォルトはアランに「お話があります」と向き直った。
アランが呼び鈴を鳴らすと、すかさず控えの部屋から給仕がワゴンを押してくる。
応接セットに座ると、温かい紅茶と軽食がテーブルに並べられる。美味しそうな匂いに、急激に空腹を感じた。
サンドイッチに手を伸ばし、頬張る。
給仕と一緒に医者は部屋を後にし、医務室にはアルフォルトとアランだけになった。
「今回、エルトンの屋敷である女性に会いました」
二つ目のサンドイッチを食べ終え、アルフォルトは紅茶を飲む。朝から碌に食べていなかった体に沁みる温かさに、ようやくホッと一息ついた。
「ほう、美人だったか?」
茶化すようにウインクするアランに咳払いをし、アルフォルトは続けた。
「その女性は少し前まで、ローザンヌ王妃の侍女をしていて姿を消し──マニフィカトでも働いていたようです。そして、エルトンの屋敷で会った彼女は僕と──母様、それからお爺様の事を知っていました」
掴みどころのない、飄々とした雰囲気。人を食ったような物言い。
変装していたのに、アルフォルトの正体にも気づいていた。
「その女性は、赤毛にソバカス顔の目立たない顔立ちだったろう?」
アランの言葉に、アルフォルトは目を見開いた。
「知っているのですか?」
思わず立ち上がりかけたアルフォルトに着席を促し、アランはティーカップを優雅に持ち上げた。
「詳しい事は話せば長くなるが──彼女は、死にかけていた所をアリアが拾って助けた。まったく、彼女といいライノアといい、お前達は死にかけた人間をほいほい拾って来おって──話が逸れたな。そのあと暫くはウチにいたが······アリアが亡くなってすぐに姿を消した」
恩義がある、とは言っていたが、まさかマルドゥーク家にいたとは思わず、アルフォルトは驚いた。しかし、ソバカス顔の女性に見覚えは無かった。
余程顔に出ていたのか、アランは手を振った。そのまま自分の頬を指して笑う。
「彼女は変装の名人でいつも違う顔をしていた。屋敷にいた時はメアリーと名乗っていて茶髪に巻き毛の美人だったが本当の顔は──あるいはアリアなら知っていたかもな」
昔を懐かしむように、アランの視線は宙を見つめた。
メアリーという名前の茶髪のメイドは覚えている。
母の傍によくいたメイドだ。アリアは身体が弱いにもかかわらず、乗馬や剣術が好きだった。
馬に乗って吐血する事もしばしば見受けられ、その度にアリアはメアリーに怒られていたのを思い出す。
いつも怒っていたが、それでもアリアが大好きなのがわかる優しいメイドだった。
「······あるギルドに所属していて、今回の人身売買の関係者を殺す依頼を受けていた、と話してくれました。それから私の事は秘密にしろと。傷の手当をしてくれたのも彼女です」
地下室のやりとりを思い出す。確かに今思えば彼女から敵意は全く感じなかった。
「マニフィカトの件で薄々気づいてはいたが──そうか、ギルドに戻ったのか」
遠くを見つめるアランに、アルフォルトは問いかけた。
「どういう事です?マニフィカトの件もメアリーがやったと?」
「マニフィカトで怪死した、と言われる人間はみんな毒殺だったからな」
え、とアルフォルトは思う。アランにもらった書類には毒の類の記載はなく、警察の調べも毒は検出されなかった筈だ。
訝しむアルフォルトに、アランは事も無げに言った。
「認知されてる毒が全てではないぞ?世の中にはまだまだ知られていない毒を含んだ物は沢山ある。マニフィカトで使われた毒は、一度体内に取り込まれた位では運が悪くない限り死なん。何度も何度も繰り返し摂取する、あるいは大量に摂取する事で死に至る食材を自然に混ぜた」
アルフォルトは怪死した人が何を食べたか、書類の内容を思い出す。特に怪しい物は無かったはずだ。
アルフォルトが考え込むと、アランは人の悪い顔で続けた。
「調べたら、ルバーブの葉とトマトの葉をサラダに混ぜていた。それから枇杷を種ごと。この他にも色々あったがキリがないので割愛するぞ?──これらを毎回店に来るターゲットに食べさせ続けていたようだ」
どれもよくある食材で、確かに毒だとは気づかない。普段使わない葉をあえてサラダに入れていても、アクセントだと言えば疑われる事はなかったのが伺える。
「それらの毒性に気づいたのは──アリアなのだよ」
思いがけず出た母の名前に、アルフォルトは目を見開いた。
「うちの家門は毒も研究してるのは知っているだろう?お前も護身用でよく使うしな。毒は時として薬にもなる。悪用を防ぐためにも公表していない物は沢山あるが──ルバーブやトマトの葉の毒性について知っているのは儂とアリア、それからメアリーだけだ」
それなら、とアルフォルトも納得した。
被害者が食べた食材でアランはピンときたのだろう。
アランに宜しく、とメアリーが言った意味も、存在を内緒にしろと言われた意味もわかった。
迂闊なことを言えば、マルドゥーク家に要らぬ疑惑を持たれてしまうかもしれない。
「確かに、これはマルドゥーク家だけの秘密にした方が良さそうですね」
アルフォルトは頭痛を覚えて額を抑えた。
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