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第2章
覚悟と懺悔
しおりを挟むメリアンヌに耳を引っ張られ、連れてこられたのは応接室だった。
赤くなっているだろう耳をさすり、ライノアは半目でメリアンヌを見ると、鬼の形相で睨み返された。
「どういう事か説明してもらうわよ」
「······なんの事ですか?」
思い当たる節がいくつかあるが、墓穴を掘るのは嫌なのでラアノアはとぼけてみせた。
案の定メリアンヌに額を叩かれ、ライノアは額を抑えた。
「王子から聞いたわ──キス、したんですって?」
「え、アルフォルトがわざわざ言ったんですか?」
思わず口元を覆うライノアを、呆れた眼差しでメリアンヌは見る。
「何ちょっと嬉しそうなのよ······あのね、わかってる?貴方一応従者なのよ?身分を考えなさい」
腰に手を当てて目くじらを立てるメリアンヌの言う事は最もだ。
王位継承権を放棄し、廃嫡予定とはいえ今はまだ王子だ。まして、王やアランに愛されて育ったアルフォルトは、それなりの嫁ぎ先でないと良しとされないだろう。
アルフォルトが嫁いだ先でライノアが囲われる、という手もあるが、アルフォルトはそんなに器用でも無ければ、不確かな関係を嫌がるだろう。
そもそも、アルフォルトが自分以外と睦み合うなど耐えられない程に、ライノアはアルフォルトに入れ込んでいる。
「そんな事、わかってますよ。······それでも、アルフォルトを誰かに取られるくらいなら──」
ライノアは、そこで言葉を噤んだ。
この先の言葉は、胸の内に秘めておかなければならない。
本当は、キスするつもりはなかった。
もし、万が一嫌がられでもしたらライノアは今度こそ生きていけない自信がある。
結婚の話をしていて、ライノアの気持ちに少しは気づいているのでは──という淡い期待は打ち砕かれ、案の定好きな人はいないのか、と聞かれた時は頭を殴られた気分だった。まして、結婚したいなら従者を辞めてもいい、という雰囲気まで出されて、ライノアの理性は焼き切れていた。
同時に腹の底からふつふつとした怒りが込み上げ──気づいたら、アルフォルトの唇を奪っていた。
抵抗されるかと思ったが、縋るように胸元を掴まれ、キスも嫌じゃないと言われればライノアはどうしようもなく歓喜した。
それなら、アルフォルトに自分の事をもっと意識してもらって、自分なしでは生きられないようにしてしまえばいい。
──自分がそうであるように。
褒められた感情ではない事くらいわかっている。それでも、ライノアはもう決めたのだ。
たった三日離れただけで、ライノアは狂いそうな程アルフォルトを欲していた。
身分なんて、関係ない。
アルフォルトが欲しい。
アルフォルト以外何もいらない。
「······本気、なのね」
余程思い詰めた表情をしていたのか、ライノアのおでこを弾くと、メリアンヌは苦笑いした。
「最初から本気ですけど」
心外だと言わんばかりのライノアに、メリアンヌは微笑んだ。
「そうね、貴方冗談は通じないものね。──アラン様もベラディオ王も、話のわからない方じゃないわ。アルフォルト王子が誰と一緒になるのが一番幸せなのか、わかってると思うの。だから」
言葉を区切ったメリアンヌは、ライノアの胸に人差し指を突き立てた。
「アルフォルト王子を悲しませる真似だけは絶対にするなよ。泣かせたら──殺す」
低く冷たい声、他を寄せつけない鋭い眼差し。アルフォルトには絶対に見せないメリアンヌのその姿は、かつて殺戮人形とよばれたアランの護衛そのものだった。
「······肝に銘じます」
張り詰めた空気は、それだけで人を威圧する。ライノアが思わず生唾を飲み込むと、メリアンヌは瞬き一つでいつもの雰囲気に戻る。そのまま、ノールックでライノアの鳩尾を殴った。
「がはっ」
完全に油断していたライノアは思わず床に膝を付く。
そんなライノアをニヤニヤと眺め、メリアンヌは腰に手を当てた。
「でもムカつくから一発は殴らせてもらうわ。······私の王子を汚しやがって」
中々に酷い言いようだ。文句を言おうとしたが、ダメージがでかく咳き込んだだけだった。
なんだかんだ言って、メリアンヌも愛が重いのだ。
誘拐されて、身も心もボロボロだったアルフォルトを一緒に支えたのはメリアンヌだ。それまでの装いからは一変し、メイド服を来て、侍女になってまでアルフォルトを護衛するくらいには、アルフォルトが好きなのだ。
ライノアは知っている。メリアンヌはアルフォルトの事を、死んだ妹に重ねているのを。
守れなかった、とだけ聞いた事があるが、詳しくは知らない。
「さて、そろそろ戻ろうかしら。·····貴方も、動けるようになったら王子の所へ行ってあげなさい。だいぶ寂しそうにしてたから」
手をヒラヒラ振って部屋を後にするメリアンヌを恨めしそうに睨み、ライノアはあと数分床から立ち上がれずにいた。
マルドゥーク家の自室に戻るなり、アルフォルトはベッドに倒れ込んだ。
「ルト!?」
「あー大丈夫。気が抜けただけー」
片手を上げるアルフォルトを覗き込み──そのまま手をひかれ、ライノアもベッドに倒れ込んだ。
うっかり押し潰さないように咄嗟に体制を変えたライノアを楽しそうに眺め、アルフォルトはライノアの背に手を回した。
ベッドの上で向き合う形になり、ライノアの鼓動は少し速くなる。
アルフォルトの長いまつ毛は、午後の陽射しに照らされて、淡く光って見える。
「三日しか離れてなかったのに、ライノアに会いたくて仕方がなかった」
「ルト、私もです」
頬を撫でると、嬉しそうに目を細め······微笑んだのは一瞬で、アルフォルトの大きな目からボロボロと涙が零れた。
「アルフォルト?!どこか痛みますか!?」
あわてて咄嗟に涙を拭うが、大粒の涙は止まらずに次々とライノアの指を濡らした。
頭を振ってライノアの胸に顔を埋め、アルフォルトは涙を零し続けた。
震える肩は頼りなく、その薄い体には想像出来ないほどの悲しみが詰まっている。
黒く柔らかい髪を梳き、優しく頭を撫でると、胸元から涙で歪んだ声が微かに聞こえる。
「······エルトンが、僕に似た子供を買ってたのは知っているよね?」
アルフォルトの呟きに、はい、と短く答える。
「人生を狂わせた僕が憎いんだって。だから、僕に似てるからって理由で──酷いことをされて、沢山の命が失われた。何の罪もない子供達だったのに」
胸元から、ぐぐもった声でアルフォルトは呟く。涙でシャツが濡れているのがわかる。
「······皆、僕のせいで死んだんだ······」
小さな体だとは思っていたが、今はいつも以上に小さく、力を込めたら壊れそうな程儚く思えて、ライノアは胸が締め付けられた。
「貴方は悪くないし、貴方のせいじゃない」
背中を撫でると、アルフォルトはさらにしがみついてくる。
「でも、僕が······僕さえいなければ······」
アルフォルトは自責の念に駆られて震えていた。
正直、そんなのアルフォルトのせいではない。あくまでも歪んだ感情に勝手に利用されただけだ。アルフォルトが責任を感じる必要など無いのだ。
(アルフォルトは、優しすぎる)
見たくないものからは目を逸らし、聞きたくない事は耳を塞いだっていいのに。背負わなくていいものまで背負い込んでは、いずれ壊れてしまう。
だからライノアは、アルフォルトが壊れてしまわないように真綿で包んで大事にしまいこむ。
気休めの言葉はアルフォルトには届かない。
それなら、背負い込もうとしているものを分けて貰うだけだ。
「ねぇ、ルト。『僕さえいなければ』なんて言わないで。貴方がいなければ、私は今ここに生きていない」
ライノアの言葉に、アルフォルトは泣き腫らした瞳で見つめる。
そっとアルフォルトの背中を撫で、背骨を辿るとくすぐったいのか少しみじろいだ。
「アルフォルトのせいだと言うのなら、誘拐させてしまった私にも非がありますし、警備の甘かった王城の衛兵全員にも咎はあります」
「でも」
「貴方はなんでも一人で抱え込む──悪い癖ですね」
ボロボロと零れる涙も厭わずに、アルフォルトの頬に唇で触れ、涙を拭う。
泣き腫らした目元は赤く、目尻にも唇を寄せ、最後に優しく唇を啄む。
途端に目を見開いたアルフォルトは、驚きでようやく涙が止まった。
それから──
「······なんか、しょっぱい」
思わず呟いたアルフォルトは、可笑しそうに笑った。
ライノアもつられて笑う。もう一度アルフォルトに口付けると、今度は思いっきりその体を抱きしめた。
「──いつも通りの光景ね」
夕餉の支度が整ったと伝えにきたメリアンヌは、ベッドで仲良く寄り添って眠る二人を見つけ微笑んだ。
眠っていると、なんだか幼く見える。
口では色々言うが、二人が一緒にいるのを見るとメリアンヌは安心する。
身分やトラウマの事など問題は山積みだが、二人には幸せになってもらいたい、と切に願う。
あと少しだけそっとしておこうと、メリアンヌは静かに部屋のドアを閉めた。
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