38 / 89
第2章
元侍女とその正体
しおりを挟むマルドゥーク家の病院に着くと、アルフォルトは着替えもそこそこに、脚の怪我を治療して貰った。
一般の人は立ち入れない王族や身分の高い者しか入れない医務室は防音対策が施されている。清潔感溢れるシンプルな部屋だが、王城に引けを取らない調度品が揃えられている。
応急処置で巻かれた布を外すと、鞭を打たれた所は裂傷になっていて、血は止まっているが中々に痛々しい見た目だった。
アルフォルトの白い太股についた幾つもの赤い傷に、ライノアが拳をキツく握ったのが視界に入る。
ライノアの方が傷を受けたのでは、と思う程痛々しい表情に、アルフォルトはキツく握られた拳に指を這わせ、開かせた。
爪がくい込んだ跡をなぞる。じっとみつめれば、ようやくライノアは表情を緩めた。
内腿の一箇所だけ縫う事にはなったが、その他は傷も浅く、スカートの布が衝撃を緩和してくれたようだった。
「応急処置が良かったので、時間はかかりますが、ほとんど傷跡は残らないと思います。縫った所はさすがに元通りにとはいきませんが、跡もそこまで目立たないかと」
処置をしてくれた医者は若いが、マルドゥーク家でも一、二を争う名医で、アルフォルトが怪我をすると必ず彼が治療する。
この間のヴィラでの怪我の治療も、彼がしたと後から聞いた。
王子という立場だから優遇されている気がして、前にアランに気が引けると話したら「お前の為に育てた医者だから気にするな」と言われた。アランは孫にとことん甘い。
「ガーゼは一日二回取り替えて下さい。入浴は明後日から大丈夫です」
「いつもすみません。ありがとうございます」
アルフォルトが頭を下げると、医者はとんでもないと恐縮した。
「私は仕事をしたまでです。──でも、出来れば怪我はなるべくなさらない方が宜しいですよ」
「そうですよ、気をつけて下さい」
不機嫌そうなライノアに、医者は苦笑いして頷いた。
「ライノア様、お薬はマルドゥーク家にお届けして宜しいでしょうか?」
「そうですね、しばらくはマルドゥーク家に滞在予定なので、そうして頂けると助かります」
ライノアに手伝ってもらって着替え終わると、メリアンヌを伴ってアランが部屋に入って来た。
「お前は本当に危なっかしいな」
アランはアルフォルトを抱擁すると、そのま頬を摘んだ。
「お爺様、色々と手配して頂きありがとうございます」
今回潜入するに当たってマニフィカトに手を回したり、アルフォルトのドレスやカツラを準備したり、とサポートしてくれた礼を述べると、アランは豪快に笑った。
「じぃじと呼べと言ってるだろ。まったく······孫の頼みは断れんよ。それにしても無茶しおって──無事に戻ってきて良かった」
アランの言葉に、アルフォルトは色々な人に心配をかけていた事に気づいた。
それは王子という立場もあるだろうが、純粋にアルフォルト自身を心配してくれていたのだと、少し擽ったい気持ちになる。
アランが体を離すと、メリアンヌが足元に跪いた。
「メリアンヌ?」
「護衛する立場でありながら、御身を危険に晒し、剰えお怪我を負わせてしまった事、お詫び申し上げます。どのような処分でも甘受致します。······私はアルフォルト王子の侍女に相応しくない」
急に畏まったメリアンヌに、アルフォルトはオロオロと狼狽えた。
「か、顔を上げて、メリアンヌ。今回の事は僕の不注意が招いた事だから!それに僕が見つけられなかった証拠、ちゃんと見つけてくれたじゃないか」
アルフォルトの言葉に顔を上げず、ずっと跪いたままのメリアンヌをどうしたらいいかわからず、助けを求めるようにアランを見る。
まさか侍女を辞めるつもりなのだろうか。
アランは厳しい顔をしていたが、アルフォルトが袖を引っ張るとため息をついた。
「我が孫は、はなから処分など考えていないようだ。それなのに無理やり罰したら、儂が嫌われてしまうじゃないか」
唇を尖らせるアランの仕草がアルフォルトにそっくりで、間違いなく血の繋がりを感じさせると、この場にいた誰もが思った。
「顔を上げて、メリアンヌ」
アルフォルトがメリアンヌの肩にそっと触れる。
ようやく顔を上げたメリアンヌの表情は硬く、思えば馬車の中にいた時からずっと思い詰めていたのだと気づく。
「どうしても罰が欲しいというなら──そうだな、また梨のタルト作ってよ。勿論皆の分だよ。お爺様や屋敷の皆が食べられるように。それから」
言葉を区切って、メリアンヌの瞳を見つめる。
「ずっと僕の侍女でいてよ。僕にはメリアンヌが必要なんだ。メリアンヌが嫌だって思っても、絶対に離してあげない。──いいですよね、お爺様?」
アルフォルトの問いに、アランは右手をヒラヒラと振ってメリアンヌに言った。
「ホラ、言った通りだろう?アルフォルトはお前を手放すつもりは毛頭ないと。今回の怪我だって、アルフォルト自身の甘さが招いた事だ」
全くもってその通りなので、アルフォルトは頬をかいた。
殴られたのも、捕まったのも、怪我をしたのも。アルフォルトが慢心していたからに過ぎない。メリアンヌは火が回る屋敷の中を探して、危険も顧みずに助けに来てくれた。
メリアンヌはキツく閉じたままだった口元をようやく緩めると、アルフォルトの手を取った。
「アルフォルト王子が望むなら、私はずっと貴方の侍女としてお傍におります」
手の甲に唇を寄せ、メリアンヌはようやく微笑んだ。
それからすっと立ち上がると、ライノアに近づく。
不信感も顕なライノアの耳を掴むと「聞きたいことがあるの。説明してくれるわよね?」と部屋の外へと連れ出す。
「え、ちょっとメリアンヌ?痛いんですが」
そういえば潜入初日、ライノアがキスしてきた事を話したな、と他人事のように思い出す。
部屋を出る間際、メリアンヌが目配せしてきたのに気づき、アルフォルトはアランに「お話があります」と向き直った。
アランが呼び鈴を鳴らすと、すかさず控えの部屋から給仕がワゴンを押してくる。
応接セットに座ると、温かい紅茶と軽食がテーブルに並べられる。美味しそうな匂いに、急激に空腹を感じた。
サンドイッチに手を伸ばし、頬張る。
給仕と一緒に医者は部屋を後にし、医務室にはアルフォルトとアランだけになった。
「今回、エルトンの屋敷である女性に会いました」
二つ目のサンドイッチを食べ終え、アルフォルトは紅茶を飲む。朝から碌に食べていなかった体に沁みる温かさに、ようやくホッと一息ついた。
「ほう、美人だったか?」
茶化すようにウインクするアランに咳払いをし、アルフォルトは続けた。
「その女性は少し前まで、ローザンヌ王妃の侍女をしていて姿を消し──マニフィカトでも働いていたようです。そして、エルトンの屋敷で会った彼女は僕と──母様、それからお爺様の事を知っていました」
掴みどころのない、飄々とした雰囲気。人を食ったような物言い。
変装していたのに、アルフォルトの正体にも気づいていた。
「その女性は、赤毛にソバカス顔の目立たない顔立ちだったろう?」
アランの言葉に、アルフォルトは目を見開いた。
「知っているのですか?」
思わず立ち上がりかけたアルフォルトに着席を促し、アランはティーカップを優雅に持ち上げた。
「詳しい事は話せば長くなるが──彼女は、死にかけていた所をアリアが拾って助けた。まったく、彼女といいライノアといい、お前達は死にかけた人間をほいほい拾って来おって──話が逸れたな。そのあと暫くはウチにいたが······アリアが亡くなってすぐに姿を消した」
恩義がある、とは言っていたが、まさかマルドゥーク家にいたとは思わず、アルフォルトは驚いた。しかし、ソバカス顔の女性に見覚えは無かった。
余程顔に出ていたのか、アランは手を振った。そのまま自分の頬を指して笑う。
「彼女は変装の名人でいつも違う顔をしていた。屋敷にいた時はメアリーと名乗っていて茶髪に巻き毛の美人だったが本当の顔は──あるいはアリアなら知っていたかもな」
昔を懐かしむように、アランの視線は宙を見つめた。
メアリーという名前の茶髪のメイドは覚えている。
母の傍によくいたメイドだ。アリアは身体が弱いにもかかわらず、乗馬や剣術が好きだった。
馬に乗って吐血する事もしばしば見受けられ、その度にアリアはメアリーに怒られていたのを思い出す。
いつも怒っていたが、それでもアリアが大好きなのがわかる優しいメイドだった。
「······あるギルドに所属していて、今回の人身売買の関係者を殺す依頼を受けていた、と話してくれました。それから私の事は秘密にしろと。傷の手当をしてくれたのも彼女です」
地下室のやりとりを思い出す。確かに今思えば彼女から敵意は全く感じなかった。
「マニフィカトの件で薄々気づいてはいたが──そうか、ギルドに戻ったのか」
遠くを見つめるアランに、アルフォルトは問いかけた。
「どういう事です?マニフィカトの件もメアリーがやったと?」
「マニフィカトで怪死した、と言われる人間はみんな毒殺だったからな」
え、とアルフォルトは思う。アランにもらった書類には毒の類の記載はなく、警察の調べも毒は検出されなかった筈だ。
訝しむアルフォルトに、アランは事も無げに言った。
「認知されてる毒が全てではないぞ?世の中にはまだまだ知られていない毒を含んだ物は沢山ある。マニフィカトで使われた毒は、一度体内に取り込まれた位では運が悪くない限り死なん。何度も何度も繰り返し摂取する、あるいは大量に摂取する事で死に至る食材を自然に混ぜた」
アルフォルトは怪死した人が何を食べたか、書類の内容を思い出す。特に怪しい物は無かったはずだ。
アルフォルトが考え込むと、アランは人の悪い顔で続けた。
「調べたら、ルバーブの葉とトマトの葉をサラダに混ぜていた。それから枇杷を種ごと。この他にも色々あったがキリがないので割愛するぞ?──これらを毎回店に来るターゲットに食べさせ続けていたようだ」
どれもよくある食材で、確かに毒だとは気づかない。普段使わない葉をあえてサラダに入れていても、アクセントだと言えば疑われる事はなかったのが伺える。
「それらの毒性に気づいたのは──アリアなのだよ」
思いがけず出た母の名前に、アルフォルトは目を見開いた。
「うちの家門は毒も研究してるのは知っているだろう?お前も護身用でよく使うしな。毒は時として薬にもなる。悪用を防ぐためにも公表していない物は沢山あるが──ルバーブやトマトの葉の毒性について知っているのは儂とアリア、それからメアリーだけだ」
それなら、とアルフォルトも納得した。
被害者が食べた食材でアランはピンときたのだろう。
アランに宜しく、とメアリーが言った意味も、存在を内緒にしろと言われた意味もわかった。
迂闊なことを言えば、マルドゥーク家に要らぬ疑惑を持たれてしまうかもしれない。
「確かに、これはマルドゥーク家だけの秘密にした方が良さそうですね」
アルフォルトは頭痛を覚えて額を抑えた。
33
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
応援ありがとうございます!
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う
凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。
傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。
そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。
不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。
甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【本編完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
第13回BL大賞にて、読者賞を受賞しました。たくさん読んでくださって応援してくださり、本当にありがとうございます!
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる