仮面の王子と優雅な従者

emanon

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第2章

疑惑と来客

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「あれ、ライノアは?」
 執務室で書類を片付けていたアルフォルトは、いつの間にか居なくなっていた従者に気づきメリアンヌに声をかけた。
「そういえばいつの間にかいないわねぇ」
 アルフォルトはキョロキョロと視線を彷徨わせる。いつから居ないのか、それすらもわからない。
「また宰相に呼ばれたのよ、きっと」
「行くなら声、掛けてくれればいいのに」
 頬を膨らませたアルフォルトに、メリアンヌは苦笑いする。
 ライノアが何も言わずに姿を消す事は、今に始まったことでは無い。ただし、メリアンヌが近くにいる時だけなので、アルフォルトの安全を確保した上でどこかに行っているのだが──なんとも言えない居心地の悪さを感じる。
 余程不安そうにしていたのか、メリアンヌはアルフォルトの肩を宥めるように叩いた。
「忙しそうだったから、声をかけなかっただけじゃないかしら」
「それは、そうかも知れないけど······何も言わないのって、やましい事でもしてるのかなって、モヤモヤするよね」
 最近城の中が物騒だから、余計にそう思うのだろう。
 アルフォルトの安全を配慮しているし、ライノアがアルフォルトの命を狙うとは微塵も思っていないが、頻度が高いと要らぬ疑いを持ってしまうのは仕方がない。
「······ライノアがいないってわかった途端、王子がサボるから言わなかったんじゃないかしら」
「酷いなぁメリアンヌ」
 メリアンヌが頬に手を当てて、意地の悪い顔をする。違う、と言いきれなくてアルフォルトは頬を膨らませて視線を逸らした。

『──犯人はシャルワール第二王子に明確な殺意を持っているけど、貴方の敵ではないわ』

 こういう時は、孤児院で聞いたあの言葉を嫌でも思い出す。
 ──貴方の敵ではない。
 その条件に当てはめるなら、アルフォルト陣営は全員疑わなければならない。
 身内を疑いたくはないが、彼女の言葉に嘘はない様な気がした。
(そもそもシャルワールを殺したい目的は何?)
 アルフォルトを殺したい人間の考えは単純だ。
 シャルワールの即位に、邪魔だからだ。
 いくらアルフォルトが王位継承権を放棄したとはいえ、いつ手のひらを返すかわからない、と考えているのだろう。
 現に、継承権を放棄しても、継承順位は相変わらずアルフォルトが上だ。
 もしシャルワールに何かあれば、継承権は嫌でもアルフォルトに戻って来る。
(──つまり、僕に王位を継がせたい人間がいるって事?)
 そんなの、アルフォルトは全く望んでいない。
 しかし、本人の意志など関係なく動くのが政治というものだ。
 舞台に上げられてしまえば、嫌でも逃れられない。 
(──マルドゥーク家は、多分違う。お爺様はむしろ僕の王位継承権の放棄と廃嫡に賛成派だ)
 そもそも、アリアがベラディオと結婚するのに反対していた一人だ。先代の王と親友だったとはいえ、政治には極力関わりたくないと常日頃からアランは公言している。
(でも、それなら誰が?)
 一瞬、ライノアの顔が頭を過ぎった。
 ライノアは、アルフォルトに秘密がある。
 その事に何年も前から気づいているが、その秘密が何なのかまではわからない。
 ただ、秘密が暴かれてしまえば、ライノアはアルフォルトの元を去る確信があった。
 だから、アルフォルトはもうずっと。何も知らないフリをしてライノアを自分の元へと縛り付けている。
(だって僕はもう、自分の意思ではライノアを手放せない)
 それに。アルフォルトは、気づいてしまったのだ。
 自分が、ライノアの事を好きだということに。
 そして、ライノアも同じ気持ちなのだと既に知っている。
(ライノアは······やっぱり違う気がする)
 ライノアも、アルフォルトが王位に付くのはやはり望んでいないように思う。
 王子という身分がいかに厄介で不自由なのか、アルフォルトの一番近くで見てきたのだ。ライノアも、口に出したりはしないがおそらく廃嫡に賛成派だ。
 前にシャルワールなんてどうでも良い、といった趣旨の話しをしていたが、ライノアが首謀者なら尚更そんな発言はしないだろう。
(一体誰がシャルワールの命を狙っているんだ?)
 考えれば考える程、わからなくなる。身内を疑うのは辛い。できればこのまま何も知らないフリをしていたい。
 でも、避けていては取り返しのつかない事になるのは目に見えている。

「──そろそろ、腹を括るしかないのかな」
 アルフォルトがボソリと呟くのと同時に、執務室のドアがノックされる。
 メリアンヌがドアを開けると、見慣れない制服を身につけた護衛に囲まれた、背の高い男が立っていた。
 品の良さと纏う衣類から、どこかの王族なのが一目でわかる。
 黒い長髪をひとつに纏めていて、年齢は三十代くらいだろうか。柔和な笑みに敵意はなく、初めて会うのに何故か懐かしい雰囲気を纏っていた。
 アルフォルトは執務室へ入室を促すが、あまり時間がないからと、丁寧に断られる。
「突然申し訳ございません。非公式での訪問故あまり時間もなく、立ったままでの御無礼お許しください」
 男は一度言葉を区切ると、優雅にお辞儀をした。
「私は隣国ディオハルトの第一王子、エルドレッド·リー·ディオハルトと申します。貴方がアルフォルト様ですね」
「はじめまして、エルドレッド様。ライデン王国第一王子、アルフォルト·ライデンです。訳あって仮面を外せない非礼、ご容赦ください」
 アルフォルトも胸に手を当て、敬意を払った礼をすると、エルドレッドは首を振って微笑んだ。
「本来ならば母が再来月、弟君の成人の儀に参列する予定だったのですが、病状が思わしくなく······欠席させて頂く旨をお伝えしに来た所存です」
「それは、大変な時にわざわざお越しいただき恐縮です。母君の一刻も早い回復をお祈り申し上げます」
 隣国のディオハルト帝国は北の大陸を統べる、ライデンとは比べ物にならない程の大国だ。皇帝が亡くなった後、見事な手腕で国を納めている王妃は、その冷徹さから氷の女帝と呼ばれ、噂は近隣諸国にも届いていた。
 それから、病に伏しているという噂も。
 まさかそんな大国の王子が態々の元に挨拶に来るとは思わず、アルフォルトは少なからず驚いていた。
「お会い出来て良かった。本当はもっとゆっくり話がしたいのですか、もう国へ戻らねばなりません」
 エルドレッドは悔しそうな表情を浮かべた。
 普段のアルフォルトなら、初めて会う大きい男性に少なからず恐怖を覚えるのだが、不思議とエルドレッドに対しては平気だった。
「こちらこそ。機会があれば私も是非エルドレッド様とゆっくりお話がしたいです」
 アルフォルトの言葉にエルドレッドは破顔する。大概の人はアルフォルトに対してあまり友好的でない事が多いが、エルドレッドは終始敬意を持って接してくれる。表面上の演技とも考えたが、敵意があったり見下しているのであれば、時間が無い中態々挨拶には来ないだろう。不思議に思っていると、何かを察したのだろう。エルドレッドは微笑んだ。
「ベラディオ様からよく、貴方のお話を聞いていたのでどうしても一目お会いしたくて」
「父上が?それは······初耳です」
 なんだかこそばゆくて、アルフォルトは頬が赤くなる。
 その後、一言二言会話をすると、名残惜しそうに握手をし「またお会いしましょう」と、エルドレッドは護衛を引き連れてアルフォルトの執務室を後にした。
 エルドレッドの背中が見えなくなると、アルフォルトは執務室のソファに座った。
「なんか、不思議な人だった」
 誰にでもなく呟けば、メリアンヌが紅茶を運んできて頷いた。
「王子が人見知りしないのってレアよねぇ」
「そうなんだよね。なんだろう、雰囲気が誰かに似てたのかな」
 わかりそうでわからない。悶々と考え込んでいると、執務室のドアが開いてライノアが戻って来た。
「戻りました」
「おかえり、ライノア······え、どうしたの?」
 どことなく窶れた雰囲気に、アルフォルトはソファに座るよう促す。
 ライノアはアルフォルトの隣に座ると、深くため息を吐いた。
「宰相に呼び出されて、書庫に書類を届けに行ったのですが──閉じ込められました」
「は?」
「私が中に居るのに、あろう事か書庫の鍵を締めて、挙句『呼んだ事自体忘れてました』と言われました」
 ライノアは静かに怒っていた。
 呼び出されて、忘れられて閉じ込められたら怒るのも頷ける。
 なんだか可哀想になり──それから、色々と疑った事に罪悪感を覚えてライノアの頭を撫でると、従者は申し訳なさそうに頭を下げた。
「何も言わずに出て行きすみません。──五分程で戻るつもりでしたので、特に声はかけなかったのですが·····まさか一時間も閉じ込められるとは思わず」
 項垂れたライノアに、アルフォルトは微笑んだ。
「どこにもいないから心配したけど、ライノアに何も無くて良かったよ。宰相には今度ガツンと言ってやろう」
 拳を握ったアルフォルトに、ライノアは苦笑いした。
 紅茶のおかわりをしながら、アルフォルトはライノアが不在の間の出来事を話した。
「そうそう、さっきディオハルト帝国の人が態々挨拶に来てくれたんだよ」
 途端、ライノアの表情が強ばったように見えたが、気のせいだったのか、瞬きする間にいつも通りの無表情に戻っていた。
「どなたがご挨拶に?」
「第一王子でエルドレッド様って方。なんか、初めて会った気がしなかったというか······上手く言えないけど、とにかく優しい人だった」
 アルフォルトの報告に少しだけ目を見開き、ライノアが微かに笑った。 
「それは良かったですね」
 それから、ライノアはボソリと呟いた。
「······だから閉じ込められたのか」
「?何か言った?」
 上手く聞き取れず、アルフォルトは問いかけたが、ライノアは首をふった。
「いえ──お茶を飲んだら、書類に専念してくださいね」
 釘を刺され、アルフォルトは視線を逸らした。
 視線の先──窓の外は、葉が落ちた木々が寒そうに風に揺れていて、そろそろ冬が来るのだろうな、とアルフォルトはぼんやりと思った。
 弟の誕生日まであと二ヶ月。
 シャルワールの成人の儀はもうすぐだ。
 
 
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