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後日談
帝国の日々④
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朝早くに呼び出されたライノアは、アルフォルトが起きる前に城へ出向いた。
迎えに来た護衛に急かされるまで、ライノアは名残惜しそうにアルフォルトの額や頬に口付けて離さなかった。ようやく離れた仏頂面のライノアを、まだ半分寝ていたアルフォルトはベッドの上から苦笑いして見送った。
そのまま、また眠っていたらしい。
「おはよーございます、アルト様」
いつもの間延びした独特な朝の挨拶に起こされ、アルフォルトは欠伸をした。
「······おはよう、メリアンヌ······あれ、今日はメイド服じゃないの?」
視線の先、メリアンヌはいつものメイド服ではなかった。仕立ての良い従者の服に身を包んで、赤く長い髪を後ろで一纏めにしている。
アルフォルトの問いに、メリアンヌはため息を吐いた。
「エルディオス様が書類を忘れて登城したので、この後届けに行く予定なの」
格好は男性なのにいつもの口調で話すメリアンヌに、アルフォルトは微笑んだ。
「無理してその口調で話さなくていいよ?」
「無理してる訳じゃないのよ。アルト様と話す時はこっちの話し方がしっくりくるのよねぇ······染み付いちゃったのかもしれないわ」
アルフォルトの寝間着を着替えさせながら、メリアンヌは苦笑いした。
手際よくシャツのボタンを止めていき──途中で、メリアンヌの手が止まった。
それから、アルフォルトの顔をじっと見つめると、眉間に皺を寄せる。
「······アルト様、痩せましたね」
先日ライノアにも同じ事を指摘されたのを思い出し、アルフォルトはぐっと言葉に詰まった。
「そんなに、わかりやすい?」
ボソボソと気まずそうに呟くと、メリアンヌは首を振った。
「服を着てたらわかりにくいですけど······ライノアは気づいてますか?」
あえてライノアと呼んだメリアンヌは、おそらくアルフォルトの不調に気付いた。
アルフォルトは頷いて──メリアンヌの手を握った。
「最近食欲が無くて、無理に食べると気持ち悪くなる······ライノアには、ダイエットしてるって言って誤魔化した」
「ちゃんと伝えるべきです」
大きな手でアルフォルトの手を握り返し、メリアンヌは険しい顔をする。心配してくれる気持ちは有難いが、アルフォルトにも譲れない事はある。首を振って、アルフォルトは言った。
「王弟としてのエルディオスはまだ日が浅いから、余計な事で手を煩わせたくないんだ」
「余計な事?お言葉ですが貴方の体が何よりも大切だと思います」
女性のような口調の方が話しやすい、と言ったばかりなのに、メリアンヌは真面目な話をする時は女性らしい言葉は使わない。
押し黙ったアルフォルトに、メリアンヌは言った。
「······側室の件が原因ですよね?」
側室という言葉にドキリ、とした。
胸が苦しくなるのを、息を吐き出して誤魔化す。
「やはり、歴史の授業は別の方にお願いした方が······」
「大丈夫だから!!」
思ったよりも大きな声が出て、アルフォルトは自分でビックリした。
気まずくてメリアンヌから視線を逸らし、歯切れの悪い口調で話す。
「·····僕は、大丈夫だから。お願いだから、エルディオスには言わないで。ただでさえ忙しいのに、余計な心配かけたくない」
「しかし」
手が震えそうになるのを堪え、メリアンヌをキッと睨んだ。
「命令だ、メリアンヌ。この事は誰にも言うな······絶対に」
命令、と言われれば、メリアンヌは逆らえない。
渋々頷いたメリアンヌは、アルフォルトをそっと抱きしめた。
「わかりました。でも、本当に辛かったらちゃんと言うんですよ?ライノアに言えないなら、私でもいい。もしアルフォルト王子が望むなら、私はいつでも貴方をライデンに連れて帰ります」
「うん、ありがとう──リアン」
あたたかい腕に包まれ、アルフォルトは少しだけ泣いた。
♢♢♢
興味のない話題というものは、こんなにもつまらない物なのか、とライノアはため息を吐いた。
原因は目の前の若い娘──モルトの末娘だった。
「私、趣味の刺繍は誰にも負けませんのよ」
さっきから、ライノアにお構い無しでひっきりなしに話しかけて来る。おかげで、手元の書類に集中できずにいた。
そもそも朝早く呼び出され、アルフォルトと過ごす時間がただでさえ減ってモヤモヤしているというのに、更に煩わしい状況にライノアは顬を抑えた。
(嫌がらせなのだろうか)
執務室で急ぎの書類を確認している所に、モルトとその末娘が押しかけて来て、再び側室の話を持ちかけて来た。丁重に断っているにも関わらず「話してみると気が変わるかもしれませんよ」とモルトは娘を置いて部屋から出ていってしまった。
確かに、美しい娘だとは思う。が、全く興味がない以上、何の感情も浮かばないし、どうこうしたいとも一切思わない。
正直迷惑にも程があるが、元老院の一人ということもあり、あまり無下には出来ない。
ただ、あまりにも目に余るようであれば、エルドレッドに相談した方が良さそうだ。
もう一度深くため息を吐くと、末娘は何を勘違いしたのか「お疲れのようですのでお茶をおいれしますわね」と今度はお茶の準備を始める。
「お茶は不要です」
「まぁ、そうおっしゃらずに!私お茶を淹れるのも得意なんですのよ」
そう言って、ライノアの目の前にいそいそと紅茶をセッティングしはじめる。
兄が来るまであと十分程。さすがに皇帝が来たら退室するだろうが、それまでこの娘と二人きりなのが、ライノアには苦痛でしかたがなかった。
「さぁ、ご用意が出来ましたわ」
娘は紅茶をライノアに手渡す。勿論飲むつもりは無いが、どう断ろうかと考えていると──部屋がノックされ、返事をすると、まさかのアルフォルトが部屋に入って来た。
「ルト······?どうして城に?」
「あ······エディの忘れ物届けに来たんだけど······」
ライノアに駆け寄ろうとしたが、紅茶を手渡そうとしている娘に気付き、アルフォルトは手に抱えられた書類をぎゅっと握りしめた。
「忘れ物なんて、誰かに頼めば良いでしょう?貴方がわざわざ来る必要はない」
もし、アルフォルトに何かあったら、とライノアは気が気でなかった。雑務なんて他の物に任せて、安全な所で待っていればいいのに、とアルフォルトを見つめると──アルフォルトは、傷ついた表情を浮かべて俯いた。背後に控えているメリアンヌに睨まれ、言い方が悪かった事に気づく。
ライノアがアルフォルトに謝ろうとした途端、モルトがタイミング悪く部屋に戻って来た。
「やぁやぁ、エルディオス様。娘との時間は楽しんで頂けましたかな──おや、アルト様。何故こちらに?」
「······モルト様、ご機嫌よう。エルディオスに忘れ物を届けに来ました」
硬い声で、アルフォルトが微笑んだ。
「そうでしたか。そんな雑務など、下々の物にお任せすれば良いものを······いや、ちょうど良かった」
そう言うと、モルトは娘の肩を叩いた。
「私の娘のエーリアです。親バカだとお思いになるやもしれませんが、中々に器量良しでして······エルディオス様とお似合いだと思いませんかな?」
娘は、満更でもなさそうに頷いてみせる。
ウンザリして──アルフォルトに視線を移すと、アルフォルトは感情の読めない表情で微笑んだ。
「ええ、とても美しい方ですね」
「王弟殿下の側室にはぴったりだと思いませんか?やはり、女性がいた方が、華やぐというものですよ。側室はやはり必要ですよね、アルト様」
同意を求めるモルトに、アルフォルトは──張り付いた笑顔のまま、頷いた。
まさかの同意したアルフォルトに、ライノアは少なからずショックを受け固まる。
「そうかもしれませんね······エルディオス、邪魔してごめん。書類、ここに置いておくから」
アルフォルトは、手にしていた書類を机に置くと「それでは」と挨拶をして部屋を後にした。
慌ててアルフォルトの後を追いかけようとしたメリアンヌだが、立ち止まると振り返り大股で目の前まで来ると、思いっきり睨んで来た。
「······朝、ちゃんと見送り出来なかったからってわざわざ会いに来た婚約者に、酷い言いようですね。空いてる時間にお茶だけでもご一緒に、とアルト様は考えてらしたのに──どうやら、必要なさそうですし」
侮蔑混じりの表情でエーリアを見つめると、メリアンヌは「私はこれで」とそのまま足早に部屋を出ていった。
「······いやはや、従者の教育もなってないなんて、奥方は今後が思いやられますな」
モルトが不愉快そうに潜める。ライノアは、限界だった。
「ルトとその従者を侮辱する事は許さない。すまないがモルト殿──それからエーリア殿。出ていってくれないだろうか」
ライノアは、もう表情を取り繕う事もせずに二人を睨んだ。
冷たい蒼い瞳が細められ──分が悪いと察したモルトは慇懃にお辞儀をすると「側室の件考えて下さいね」と言い残して部屋を後にした。
一人になるとライノアは、深くため息を吐いた。
アルフォルトの傷ついた顔が頭から離れない。確かに、失言だった自覚はある。
あれでは、迷惑だから城に来るなと言っているように受け取られても仕方がない。
勿論、そんな事は微塵も思っていない。寧ろ顔を見れて嬉しい筈なのに、ここに来るまでの間にいったいどれ程の人に顔を見られたのか思うと、ライノアは気が気でない。
すれ違う人々が、アルフォルトの人間離れした美しさに目を奪われるのを、ずっと隣で見ているのだ。
自分の知らない所でもし、怖い目に合ったら。また誘拐でもされたら。そう、思うだけでライノアは不安で仕方がなかった。
「······後で、ちゃんと謝らないと」
今日何度目かの深いため息と共に、ライノアは苦い思いを吐き出した。
♢♢♢
唇を噛み締め、泣き出さないようにアルフォルトは廊下を進んでいた。
(顔、出さない方が良かったのかな······)
今朝、名残惜しそうにしていたライノアを思い出し、無性に会いたくなったアルフォルトは、忘れ物を持っていくメリアンヌに同行した。
普段アルフォルトをあまり外に出したがらないライノアだか、城なら大丈夫だろうということで数名の護衛とメリアンヌと一緒に、ディオハルトの城へと向かった。
念の為ナターシャにも連絡を入れると「それなら皆でお茶でもしましょう」と提案してくれた。
ナターシャの計らいで、忘れ物を届けるついでにお茶へ誘うため、ライノアの執務室を訪ねたら──見知らぬ綺麗な女性が、部屋にいた。
やけに親しそうに話しかけお茶を手渡す姿に、アルフォルトは胸が苦しくなった。
会えて喜んでくれるかと少しは期待したのに、ライノアから迷惑そうに「わざわざ来る必要はない」と言われ、思い上がっていた自分をひどく恥じた。
そしてトドメのようなモルトからの側室の提案に、アルフォルトは──嫌だ、と言えなかった。それどころか、同意する言葉を言ってしまった。
だって、あまりにも。
(ライノアとあの女性がお似合いに見えたから──)
本来なら、あれが正しい夫婦のかたちだ。
子供の産めない自分よりも余程、王弟の妻に相応しい。
ライノアが自分を愛しているのは間違いないとわかっていても、様々なピースが嫌な形でどんどんハマって行く。そうすると、何を信じたらいいのか、わからなくなる。
呼吸が浅い自覚はあるが、痛む胸をどうしたらいいかわからずひたすら城の廊下を突き進む。
「アルト様?」
ふと、声をかけられ──視線を向けると、ナターシャが心配そうにこちらを見ていた。
「あ······ナターシャ、さま」
そう呟いた声は震えて、次の瞬間には頬に濡れた感触がした。
まずい、と思った時にはもう止められず、アルフォルトはボロボロと大粒の涙を零した。
「アルト様!?」
「······っ」
人前だというのに、涙は一向に止まらず、どうしようと目を擦っていると。
ふわりと優しい力で、ナターシャが抱きしめてきた。
「大丈夫です。泣きたい時は我慢なさらないで。とりあえず、私の部屋に行きましょう」
肩を抱くようにして、ゆっくりとアルフォルトを連れて歩き始めたナターシャは、優しく頭を撫でてくれる。
「ッ、すみません······」
声までみっともなく震えるが、ナターシャは優しい声で「気にしなくて宜しいのよ」とハンカチを取り出し、アルフォルトに手渡した。
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